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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
6/107

Roaring In The Dark.2

「別に構わないよ」


 ローラが話の6割を終えた時、頭に包帯が巻かれた男は簡単そうにそう言った。

まだBIG-Cの人々の命が掛かっていると言った訳でもない。

 だが男は表情も変えず、紅茶をすすり何かを考え込むかのように目を伏せ、そしてこう付け加えた。


「ただ、条件が2つある。どちらか1つでも飲めないなら断る」

「……なんですの?」

「まず、今までのような強行軍はちょっと辛いから多少の休みを挟みつつの移動。あとはローラ嬢ちゃんに出来なくても良いからこいつの扱い方を覚えてもらう」


 男がそう言って懐のガンホルダーからハンドガンを取り出す。

 灰色の髪を持った隣人の指を吹き飛ばしたあのハンドガンだ。


「わたくしが……ですの……?」

「そうさ。送っていくのは構わないけど、多少は自分の身を守れたほうがいい」


 ローラが昨日得た情報を傭兵の男に話した所、おそらく第2班が目指したのはコロニーcrossingだろうと男は言った。

 旧時代には交通網の要となっていたらしいが今ではコロニーにしては貧しく、スラム地区はあるが治安はそこまで悪くない程度の場所らしい。

 北上した先にある、企業の影響力が薄く、大量の負傷者を乗せた車両を受け入れてくれるような場所はそこくらいだと男は言った。


「やるかい? もしやるのなら物資を纏めるのは誰かに任せて銃の手解きをしたい」


 男の問いに追い討ちを掛けるようにハンドガンの黒い銃身がギラリと光る。

 それに頷き、しかし遠慮がちにローラは確認する。


「しかし……本当にいいんですの……?」

「構いやしないさ。どちらにしろ、俺もそこに行く用事があったんだ」


 体の事、男が晒された暴力や非難の事、そして立場の事。遠慮がちな声色に含ませたそれらに男はハンドガンをガンホルダーにしまい、立ち上がりながら答えた。


「俺の故郷はそこなんだよ」


 これが男との最後の旅なる、と気づかされたローラは人を殺す事すら出来る道具を扱っているのだと理解しながらも集中できず、銃の反動で転んだり、的にしていた瓦礫とは見当違いの方向に弾丸を放ったりと初めて銃を扱ったにしても、散々な結果を残しながらも「持ってないよりはマシ」という理由でハンドガンとガンホルダーを与えられた。

 ローラがハンドガンに振り回されるのは彼女の服にパワーアシストが着いていないという事だけが理由ではない。

 ただ単に慣れていないだけ。あのハンドガンの反動はそこまで強くないのだ。

 ローラはこんな物をもらってしまっていいのか? というローラの問いに故郷に戻れば必要なくなる物だ。アンチマテリアルライフルも到着後返却するつもりだ、と告げられ刻一刻と男との別れが近づいている事に気付かされた。

 時刻が正午に差し掛かる頃には必要な物資は既に纏まっており、ローラの腰には清楚な服とは合わぬ無骨なハンドガンとそのガンホルダーが鎮座していた。

 ああいう事が起きた以上、男がここに残るのは危険であり多少無理をしてでも帰郷して故郷で療養する方が安全である。そして向かう先が同じで、夫妻への借りを返すにはちょうどいい。

 男はそう言い、出立の準備をする。

 ローズはアロースミス家に代々受け継がれてきた金で出来たフレアを模ったの首飾りを男に与えようとしたが与えようとしたが、男は受け取ろうとしなかった。


 今回の依頼料だと言えば、今回はついでに送って行くだけだと言い。

 ハンドガンの代金だと言えば、アンチマテリアルライフルの賃貸料だと言い。

 最終的にローズは男が飲んだ紅茶の代金として、受け取る事を強制した。


 その時コロニー護衛時代に見た事があった男の苦い顔を見て、ローズは緊張が少しほぐれた気がした。

 故郷で待たせている女への土産としライダースのジッパーつきのポケットにそれを入れ、言葉短くローズに男は別れを言う。

 ローラも母と軽く抱擁を交わし選別にレザーグローブを受け取り、そしてようやく起きたサビナとの再開を喜びつつすぐ戻ると約束してバイクの後部座席に乗り込んだ。

 そこからの旅路はローラにとってとても困難な物となり、感傷に浸る事は許されなかった。

 数時間毎にバイクを止めて休みを挟む度にハンドガンを撃つ練習をさせられ、銃声に釣られて姿を現した狼と甲殻類の間のような生き物に焦ったローラは銃口を向け乱射するがすぐに弾丸は外れ、そして全てを撃ち切ってしまいパニックを起こしかけた時、男の冗談のような銃声が聞こえその場に残ったのはローラが撒き散らした薬莢と、その生き物の死体だけとなった。

 この時代に生き残った生き物は人間を含め、環境に適応した生き物のみ。

 文明が止まった世界で生き物達が更なる進化をした事実は、まるで皮肉のようだった。

 その後の寝る順番を交代しながらの夜間警戒はローラにとってとても恐ろしいものに感じた。


 いつまたあの生き物が襲ってくるのかわからない。


 実際には個体数はとても少ないのだが、出会ってしまったローラにそれは気休めにもならなかった。

 警戒中も傍らで眠っている男の存在を確認するように手を握り続けた。

 もしかしたらろくに休息を取らせてやれなかったかもしれないが男は文句1つ言わなかった。

 ローラにはそれがすごくありがたく、そして申し訳なく感じた。

 そしてコロニーcrossingが視認できる程となった頃、旅路の最後に2人を出迎えたのはあの生き物達が5体だった。

 最初の1体がバイクの横側に体当たりをかまし、それをバイクは旋回し回避するも気付くのが遅れた2人は荒野の砂の上に投げ出される。

 男は投げ出される際にバイカーズバッグから取り出した、サブマシンガンで生き物達を牽制し、ローラを背中に隠すように立ちふさがる。


「ローラ嬢ちゃん、あいつらは当りさえすればそのハンドガンの弾でもダメージを与えられる。こういうことで面倒見てやれるのは最後かもしれない」


 やってみろ、と言葉を切る男の態度にローラは恐怖する。


 出来なければ見捨てられるかもしれない。

 ここ最近の自分は男を失望させていなかったか?

 ないとは言えない。いろいろな事に巻き込みすぎた。


 しかし、男や母、待っている同郷の者達をこれ以上失望させるわけにはいかない。

 ローラが考えている間にも男はハンドキャノンによって2体を吹き飛ばしていた。

 覚悟を決め、ローラはガンホルダーから黒光りするハンドガンを取り出す。

 止まっている的にもろくに当らなかった付け焼刃の銃撃だ。

 傭兵の男のように行く先を予測してあの生き物を銃殺するなんて事は不可能だろう。

 ローラがすべき事は、全弾を撃ち切ってでもあれを無力化すること。

 男が3体目を仕留めた時、ローラは行動を開始した。

 まず、1体の一番当てやすいであろう胴体を狙って引き金を引く。

 それに気付いた生き物はそれを易々と回避し、ローラを値踏みするかのような目で見る。

 意思など通じる相手ではないが、侮られている事だけは分る。

 だがそれでいい。ローラが弱いのは事実だ。

 男の銃で一番扱いやすいであろうハンドガンですら苦戦し、事ある毎にパワーアシストが着いたジャケットを羨むようなローラが強いはずがない。

 侮れ、見くびれ、そして勝たせてもらう。

 ローラの牽制のつもりで放った弾丸は生き物の、鼻先を掠める。

 見くびっていた女の意外な銃撃に驚いた生き物は紙一重でそれを回避し、逆上しローラに飛び掛ってくる。

 至近距離であれば生き物と比べ、動きの鈍いローラでは回避出来なかったであろう。

 しかし、この距離であれば弾丸の方が速い。

 一直線に向かってくる生き物に腰だめにしたハンドガンの銃口を向けて引き金を絞る。

 ローラの放った弾丸は生き物の甲殻のない腹部に飲み込まれ、生き物は地面に叩き落されもまだ生きている。

 視界の端で捉えた男が4体目の生き物に止めを刺しているのを見て、ローラは覚悟を決めた。


「……許せとは言いませんわ」


 そして銃口を生き物に向けて、引き金を引いた。

 勉強しかしてこなかったローラにとってこれは初めての殺生であった。


「お疲れ様」

「……いえ」


 男はローラに声を掛け、怪我の有無を確認して大丈夫だと判断する。


「悪い判断じゃなかったけど、1人の時はああいうことをしないように」

「どうしてですの?」


 自らの傍らを離れ、バイクを起こして破損がないか確認する男にローラはハンドガンに安全装置を掛け問いかける。


「あれはまだああいう生き物の中では鈍重な生き物なんだよ。他のなら、あんな距離一瞬だ」


 バックアップできる人間が居ないならすべきではない。

 バイクに破損がない事を確認出来たらしい男はそう言い、シートにまたがる。

 ローラはあれだけ必死になって倒した生き物以上のものが居ると思うと怖くてたまらなかった。

 ローラが後部座席に乗り込むと、バイクはまた走り出した。

 あれと平気で相対するこのバイクを運転する男は本当に「お兄さん」なのだろうか。

 引っ掛かっていた疑問が肥大化し始める。

 個体数が少ない生物を理解し、他の生物と比較出来るほどに渡り合ってきた。


 それはどれ程の経験で培ったものなのだろうか。


 男はまだ18.9歳前後。経験に年齢が追いついていないようにさえ感じる。

 以前と違う味覚、呼び方、雰囲気、そして左目の眼帯。

 ローラには目の前の男が幻影のように思えて、思わず抱きつくように腰に回した腕の力を強めた。

 確かにそこに居るが、居ないような気がする。

 ローラの不安は留まる事を知らなかった。


+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+==++=+=+=+=+==+=+=+=+=


 コロニーceasterを後にして数日後、2人はコロニーcrossingに到着した。

 あれからあれらの生物の襲撃はなく、何の苦も無くここまで辿り着けたがコロニー内をいくら散策しても車両が見つからず時間が必要なように思えた。

「先に用事を済まさせて欲しい。荷物を置いてから捜索に付き合うから」という男の申し出に「何を悠長な事を」とローラは思わないでもなかったが、男が押しているバイクには武装と男との私物と必要な物資が積んであった。

 それを押したまま狭いとは言えないコロニー内を歩かせるのは流石に酷だったので、その申し出を了承した。

 それにローラには男の伴侶の顔を見てみたいという思惑もあったのだ。

 そんなことを知らない男はバイクを押して居住区へと足を向けるが、途中で何度も足を止めて考え込んだ。


「どうしましたの?」

「いや、ちょっと記憶が曖昧でね。大まかには分るんだけど、合ってるかどうか不安でさ」


 ローラは男のその言葉に疑問を持った。

 男は数年振りに戻ったBIG-C、それも相手の砲撃などで路地がいくつか埋るほどのダメージを負ったかつての任地の道をあれだけ迷わず進んだというのに生まれ故郷の道が分らないという。


 やはり脳に障害が残ってしまったのだろうか?


 数日前の同郷の女の凶行が思い出される。

 もし、障害が残ってしまったらと思うと不安が胸に湧き出してきた。


「先日の影響でしょうか? お医者さんに診て頂いた方がよろしいのでは?」

「そうだね。落ち着いたら行ってみようかな」


 ナノマシン治療はこういう外傷ではない症状には一番効果的だった。

 流石のオルタナティブも頭の中身を取り替えるなんてことは出来やしないのだ。


「そこの人、申し訳ないけど道を聞いて良いかな? トレーシー・ベルナップの家の場所を知らないか?」

「トレーシー・ベルナップ……? ああ、あそこの」


 男に話し掛けられた通行人は悩みながら当たりがついたらしい返事をする。

 門が広く開けられているとは言え、名前を言って分るレベルには閉鎖的である事がそれから伺える


「E3の居住区の奥だけど、兄ちゃんずいぶん若いな。親戚かなんかかい?」

「まあ、ちょっとな。ありがとう、助かったよ」


 通行人の男が銀色のバイクを羨ましそうな目で見始めた出した頃、男は話を切り上げ擦れた文字でE3と書いてある通路を通る。

 そこに広がる景色は瓦礫が多少散らかっている物の、そこまで荒廃しているような印象はなかった。

 男の経歴に疑問を持っているローラからすれば意外であった。

 男には悪いが、正直傭兵の男はスラムのような場所の出身だとローラは思っていた。

 そうでなければ、忘れてしまうほど昔から戦場に出るような事もなかったのでは? と思ってしまう。


 そうなると厄介払いか?


 比較的裕福なBIG-Cでは表立っては無かったが、この時代それは当然らしく他のコロニーで赤子の死体が転がってるのを見た事があると気分悪そうに語っていたコロニーの大人をローラは知っている。

 それがある程度育てた上で、伴侶を人質にされ傭兵になる事を教養されたものならどうだろうか?

 ローラは名前しか知らない、トレーシー・ベルナップという女を警戒対象とした。


 もし伴侶だと言うのなら、何故「お兄さん」を助けなかったのか?

 あまりにも無責任すぎる。

 対応次第では「お兄さん」はやらない。


 ローラの考えがおかしくなり始めた頃、2人は一番奥の家に着いた。


 しかし、どうにもおかしい。


 表札がベルナップではなく、クレネルになっている。

 先程の男に騙されたのか? しかし行き止まりに追い詰めて、追いはぎをすると言うのならこんな開けた居住区に誘い込んだのはおかしい。

 ここに別働隊が待ち受けていて、奇襲を掛けるのだとしてもそういう事に関して素人のローラにでも分るほど警戒はされていなかった。

 ローラ達が来た路地を覗けばたまに人影は見えるが、こちらの様子を伺っている様子は無く辺りからは生活音が聞こえる。

 ここは紛れも無く住民達の日常の中だ。

 ローラがいくら考えても、答えは出なかった。


「あー……ローラ嬢ちゃん、俺に変なところない?」

「今のお兄さんはずいぶんと変な印象を受けますわ」

「辛口な評価ありがとう。よっしゃ!」


 ローラの冷たい言葉に男が覚悟を決めて、扉をノックする。

 扉が開き男の思い人が現れれば、2人の旅は終わる。

 ノックしてからの数秒が、ローラにはとても短く感じた。

 そして扉を開けて現れたのは、灰色の髪の妙齢の女性だった。


「えっと……どなたですか……?」


 妙齢の女性は訝しげに男に聞く。


 そうか、そこまで無責任になれるのか。


 ローラの内心に怒りの炎が点る。

 もし、「お兄さん」を傷つけるようなことがあれば許さない。


「おいおい、忘れちまったのかトレーシー? というか随分老けたなお前」


男の口調はいつもより軽く、そしてなおかつ疑問を感じているような口調であった。


「いえ……本当にどなたですか……?」

「いや……マジで……?」


 ローラには男の後姿しか見えないが、きっと男は悲しそうな顔をしてるのだろう。


「お前トレーシーだよな?」

「はい……私は間違いなくトレーシーですが……?」


 男の疑問符に女も疑問符で返す。

 進まないが確実に男の心を苦しめ、ローラの心をささくれ立たせる様な会話。

 溜息と共に男が言った。


「ハア…俺だよ、アドルフ・レッドフィールドだよ」


 その名前にローラと女の顔色が変わる。


「あなた! 分かって言ってるの!?」


 男と相対している女が男に怒鳴る。

 それに男が呆れたように返そうとする。


「いや、だから――」

「……思い出したわ。あなたあの時の子でしょ!?」


 女の豹変する態度にローラは恐怖する。

 戦場慣れする男でも怯んでいるのはどの理由だろうか。


「よくそんながおふざけができるわね! 早くどこかへ消えて! 2度と顔を見せないで頂戴! アドルフは……もう死んだのよ!」


 女は傭兵の男、アドルフ・レッドフィールドと名乗った男を突き飛ばして扉を荒々しく閉める。


 おかしい、おかしすぎる。


 急速に体の熱は冷え込み、それとは裏腹にローラの思考は高速で回り始める。


 ローラはそんな名前の男を知らない。


 普通なら考えられない事が起き、ローラの知っている情報が何もかも違っている。


 「お兄さん」は何故生まれ故郷の道を忘れていた?

 帰巣本能はどんなに思考が利かない生き物でも持っているもので、任地というだけのBIG-Cの道を理解していた男が生まれ故郷の道が分らないのはおかしい。E3の文字の擦れ具合を考えるとコロニー内が変わったとは考え難い。


 「お兄さん」は青の固形食物を苦手としていた。

 目に何かが起きてから、味覚が変わったとしてもあの匂いを得意になる人間が居るとは思えない。


 「お兄さん」は経歴等と年齢があまりにも合っていない。

 余程でなければ年齢を偽る事に意味はない。何よりこのアドルフ・レッドフィールドと名乗った男は自分の歳をいまいち分っていない。

 加えてローラと「お兄さん」の年齢差はあって3つ程。嬢ちゃんと呼ばれるには歳が近すぎる。嫌味にしては少し程度が低すぎる上に、お兄さんは自分より年下の人間に嫌味は言わない。

 それに彼は「待たせている女が居る」と言っていたが、外見から判断するにあまりにも2人の歳が離れている。

 歳の差を気にしないで結婚をするような人はBIG-Cにも居たが。基本的に女は早く結婚するのがこの時代の常識なので女が年上であそこまで歳が離れている2人が巡り合い約束を交わすというのは少しおかしく感じる。

 表札がベルナップではなくクレネルである所に厄介払いの線が浮上するが、そうだとしたら女の態度はおかしすぎる。

 それにアドルフという人間はもう死んだ、と女は言った。

 眼帯こそついてはいるが、この顔立ちで年下に優しくて自分の母に頭が上がらない「お兄さん」をローラは知っている。

 しかし、「お兄さん」はアドルフ・レッドフィールドと言う名前ではない。

 傭兵時代には名前を偽っていたのかもしれないが、あの時の「お兄さん」が嘘をついているとは思えない。

 全てのモノが現状を否定しているような、ローラはおかしな感覚に襲われた。


「ハハ…まいったな。なんかよく分からないけどあいつもう結婚してるみたいだし、そりゃ昔の男が来たら邪魔だよな」


 男が悲しげに目を地面に向けながら振り返る。

 可哀想だとは思うが、ローラには確認しなければならないことがある。


「お兄さんの名前は、アドルフ・レッドフィールドと仰りますの?」


 突然のローラの質問に男は眉間に皺を寄せる。


「おいおい、ローラ嬢ちゃんも俺の事忘れちまったのかい? 俺は生まれた頃からアドルフ・レッドフィールドだよ」

「ですが、わたくしはそんな名前の人間を存じませんわ」


 ローラの告白に男の表情が見た事ないほどに変わる。

 しかし男は持ち前の切り替えの早さで疑問の解決を急ぐ。

 ローラは男の名前を知らないというが、男には確かに名乗った覚えがある。

 しかし、自分がなんという名前を名乗ったかなどは覚えていない。


「……お互い人違いしてるとか?」

「それだけはないでしょう。わたくしだけではなくお母様やBIG-Cの人間がお兄さんを「お兄さん」として認識していました」


 男の投げやりな答えにローラは確実性のある答えを告げる。

 顔を似せた偽者かと思ったが、お兄さんのように孤軍奮闘する人間に化けた所でリターンはほとんどない。それどころか苦労を背負い、敵を増やすだけである。

 それに男の人間性がローラに「お兄さん」であると認識させている。


「ウィリアム・ロスチャイルドという名前に聞き覚えはありませんか?」

「…ッ!?」


 ローラがその名前を告げた時、男の顔色が急変し左目を覆う眼帯を抑えながらその場にうずくまる。


「お兄さん!?」


 声も出せぬほどに苦しみだした男にローラが駆け寄る。

 確実に彼に何かが起きている。いや、もしかしたら起きた後だ。

 しかし、そんな2人を戦いは手放したりしない。

 轟音。確かにここにあった日常を踏み潰し、焼き尽くすような光と共に響き渡るそれが男に立ち上がる事を強制する。


「……グチグチ考えるのは後にしよう。とりあえず、BIG-Cの第2班を探し出して脱出する」


 焼けるような痛みを訴える左目を抑えながら男は立ち上がる。


「大丈夫なんですの?」

「チャールズさんに……何かあった方が俺には辛いのさ」


 バイクに這いずり寄りアンチマテリアルライフルの紐を解き、それを杖のように扱いシートに跨った。


 戦っている間だけは、考えずに済むだろうか、そんな事を考えながらローラが乗った事を確認した男はバイクを走らせた。

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