Into The Deep Unknown/Brew The Cheep Unknown 11
「……何か目印はありませんの?」
「どうだったかな――でも都合よく人が来た、彼に聞いてみよう」
精一杯の強がりを見せるローレライの言葉に、何も知らないアドルフは平然と言葉を返す。
本当につれない人だ。
ローレライは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「そこの人、ドレーシー・ベルナップの家を知らないか?」
「トレーシー・ベルナップ……ああ、あそこの」
アドルフに声を掛けられた灰髪の男は、考え込んだ末に見当がついたとばかりに指を鳴らす。
こんなにも広いコロニーで1人の女を知っている男。
さりげなく、それでいて違和感のない程度にローレライは疑惑の視線を灰髪の男へ送る。
全てが"お兄さん"と自分を引き裂こうとしているのではないか。
そんな被害妄想がローレライを駆り立て、やがて自己嫌悪に陥らせる。
その惨めな在り方に、高貴なる者の義務などありはしないのだから。
「E3の区画の居住区に居るよ――にしても兄ちゃん随分若いな、親戚かなんかか?」
「まあ、ちょっとな。わざわざありがとう」
婚約者が居るという事が気恥ずかしいのか、アドルフはそう言って灰髪の男を置いて歩み始める。
E6、E5、E6。
いくつかの区画入り口を越えて、やがて2人は目的であるE3区画へと辿り着いた。
扉もなければ、申し訳程度の安っぽい照明しかない明り。
しかしそこに広がる景色は瓦礫が多少散らかっている物の、そこまで荒廃しているような印象はなかった。
その光景にローレライは意外だと感じる。
拠点がスラムであるという事と家族が居ない事から、ローレライはアドルフの出身はスラムだと勝手に決め付けていたのだ。
しかし、とローレライは新たな疑問に眉根を顰める。
なぜコロニーに住める立場にありながら、"お兄さん"は忘れてしまうほど昔から戦場に立たされてしまったのか。
コロニーの有力者達の子供が統率者となるために、傭兵としての戦歴を欲しがるのは知っている。
だが"お兄さん"は傭兵家業を始めた理由を"将来を約束した女と暮らすため"と言っていた。
そこからローレライは"お兄さんは傭兵になる事を強要されたのではないか"と仮定する。
伴侶となる女を人質に取られたのか、それとも伴侶となる女自身に強要されたのか。
理解が追いつかない事態に、ローレライは色素の薄い唇に立てた人差し指を当てて考え出す。
コロニーCrossingは居住区を多く持つ大型コロニーだが、設備の悪さから裕福とは言いがたい状況にある。
そのコロニーCrossingは裕福ではないとはいえ大型コロニーである。だからこそ防衛部隊を持っているはずで、わざわざ傭兵として出稼ぎをするメリットはない。
そしてローレライは1つの答えに辿り着く。
貧乏なコロニーの防衛部隊では手に入れる事は出来ず、傭兵はそれを手にするチャンスを得られるかもしれない物。
それはただ1つ。命を捨てる事によって得られる、決して少なくはない報酬だ。
辿り着いてしまった答えにローレライは、名前しか知らないトレーシー・ベルナップを警戒対象にする。
もし伴侶だというのなら、トレーシーはなぜ"お兄さん"を助けなかったのだろうか。
怒りと困惑から生まれた疑問に、ローレライは無責任すぎると憤慨する。
ローレライが脳内で"お兄さん"拉致作戦の草案を練り始めた頃、2人は1軒の家に辿り着いた。
だがその家が掲げるファミリーネームはベルナップではなく、クレネルとなっていた。
それを理解した瞬間、ローレライは辺りを一気に見渡す。
バイクという高級品、同じく高級品である有色の人種である2人。
それらを奪うためにこの閉鎖空間へ誘われたのではないかと、ローレライは考えたのだ。
しかし辺りに人影がないどころか、遠くから生活音が聞こえる程度にそこは平和だった。
騙された訳ではない、しかし現れたのは目的とは違う名前。
ローレライが新たに生まれた疑問に悩んでいると、アドルフはコンバットブーツを履く足でスタンドを立たせてバイクを停める。
「あー……ローラ嬢ちゃん、変なところないかな?」
「今のお兄さんは随分と変な印象を受けますわ」
答えの出ない疑問達と、"お兄さん"が去ってしまう寂寥感から、ローレライは心にもない答えを返してしまう。
失敗したと即座に理解したローレライは恐る恐るアドルフの様子を窺うも、アドルフは苦笑しながらライダースジャケットの襟を正していた。
「辛辣な評価ありがとう――うっしゃ!」
やがてアドルフは覚悟を決めたように、薄汚れた合金製の扉をノックする。
この扉が開いたその瞬間、2人の旅が終わる
恐かった事もあった。
悲しい事もあった。
それでも、その温もりに再開できた事をローレライは確かに喜んでいた。
時間にして数秒。
アドルフにとっては永遠のような数秒。
ローレライにとっては刹那のような数秒。
それを終わらせるように、その扉が開かれた。




