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Avenger  作者: J.Doe
Actors On The Last Stage/Program:Avenger
44/107

Into The Deep Unknown/Brew The Cheep Unknown 7

「この際ですので先に言っておきましょう。彼を雇っているのはアロースミス家であって、BIG-Cではなくてよ。報酬を用意したのはアロースミス、彼に随行するのもアロースミス、そして全てのリスクを負うのもアロースミス。企業に対しての銀の弾丸が存在しない以上、私達は確実な手段だけを行使していかなければなりませんの。それが今回は彼に頼り、縋るだけだったということ。それだけですわ」


 そう言いながらローズはアンチマテリアルライフルを、両手で胸の高さまで持ち上げる。

 眼帯の男のハンドキャノンを意識して改良を加えたライフル、そのグリップに刻印されたアロースミスのエンブレム。


 お前らに口を出す権利はない。


 そう言わんばかりに見せ付けられた金色のフレアに、BIG-Cの生き残り達はすごすごと引き下がらざるを得ない。

 事実彼らはアドルフに全てを押し付け、その結果に憤慨していただけなのだから。

 やがて返す言葉もない彼らは散り散りに去っていき、そこに残されたのは彼らを論破したローズと、何も言えないままその光景を眺めていたローレライだけだった。


「お入りなさいローラ、少ないですが紅茶を持ってきましたの。久しぶりに私が淹れて差し上げますわ」


 咎めるでもないローズの誘いに、ローレライは扉が開かれた車両へと入る。

 決して小さくはないキャンピングカー。

 簡素なシート、全てを遮断するように張られたスモーク、そして最低限のローズの私物。

 今は亡きアロースミス邸とは程遠いそれらに視線をやりながら、ローレライは近くのシートへと腰を掛ける。


「しかし余所者を嫌がるという点ではどのコロニーも変わりませんのね、勉強になりましたわ」


 ライフルを棚に置いたローズは、ティーポットへとお湯を注ぎながらどこか面白そうに言う。

 避難できただけマシなのだが、事実BIG-Cの車両群が居るのはCeasterの隅だった。

 やがてローレライの前に暖かい紅茶が入った金属製のカップが置かれる。

 アロースミス邸で使っていた流麗なデザインとは程遠い、無骨なデザイン。

 しかしそこから立ち上る品の良い香りに、ローレライは凝り固まっていた物がほぐれていくのを感じた。


 その紅茶はBIG-Cの特産の品であり、ただただとても貴重な物だった。

 この時代の汚染された空気の中でほぼ全ての植物が枯れ果てた。

 かろうじて育ったとしてもそれはただの毒でしかなかった。

 だがBIG-Cは旧時代の遺産である有機プラントをコロニー内に有しており、それによって野菜から紅茶などの生産していたのだ。

 BIG-Cはそれを利用して食料を自給自足し、余った物をチャールズの妹であるメアリー・アロースミスの商会を介して余所へ販売していた。

 眼帯の男が合成アルコールを買っていたように、合成品ではない品物は貴重でありそのおかげでBIG-Cは豊かな生活を送れていたのだ。

 しかし今回の企業の襲撃によって、豊かなコロニーが狙われるというかつてないケースが生まれてしまった。


 経済、人口、世界は大きく変わるだろう。

 何かしらの分野で突出したコロニーが私兵集団の殲滅の対象になる。

 今回のケースはそう言うことなのだから。

 確信めいたその考えを飲み下すように、ローレライは紅茶に口をつける。

 口に広がるダージリンのさわやかな香りを堪能するローレライの向かいに、ローズは自身に用意したカップを手に持ってテーブルを挟んでローレライの向かい側に腰を掛ける。


 その所作は疲労を感じさせない優雅な物で、ローレライは母の手伝いもせずに座ってしまった事を胸中で恥じる。

 その様子から窺えないだけで、本質では争いを好まない母がこの状況に疲弊していないはずがないのだから。


「ローラ、外の世界はいかがでした?」

「……とても冷たく、とても厳しい物に感じましたわ」


 ここまでの道のりに思いを馳せながら、ローレライはローズの問い掛けに答える。

 旧リヴァプールのスラムで、BIG-Cで、そしてCeasterまでの道のり。

 アドルフが居なければ、ローレライはどのタイミングで死んでいてもおかしくはなかった。


「その世界に改めて踏み出す覚悟はありますの?」

「正直、恐くないなんて言えませんわ。ですがお兄さんを1人にしておくのが、なぜだかとても不安なんですの」


 その恐怖を読み取ったようなローズの言葉に、ローレライは両手に握ったカップを覗き込むように俯く。


 変わり果てた"お兄さん"。

 切り離されてしまったような過去と現在。

 そしてただ1人に任されてしまった戦況。


 ストレートティーの赤い水面に写るその表情は、言いようのない不安を湛えていた。


「それに関しては同感ですわ。どうにも先ほど話していた彼と、私たちが知っている彼に差異があるように感じていましたの」

「お兄さんは別人だということですの?」

「それは分かりませんわ。ですがあの左目とあの眼帯、そしてあの頃頑なに教えなかった故郷。どうにも引っ掛かりますの」


 かつて教育を施した傭兵と対面してからというもの、ローズのその脳裏には解決していない疑問が居座り続けていた。


 詳細の1つも分からない企業の精鋭。

 傭兵らしい身なりには合わない上等な素材の傭兵の眼帯。

 かつて頑なに話そうとしなかった傭兵の故郷。


 それらに答えを求めるように、ローズは同色の瞳を持つ娘へと視線をやる。


「彼は左目に関しては何と仰ってまして?」

「"昔からこうだった"と仰ってましたわ」


 ありえない、その言葉を飲み込んでローズは色素の薄い唇に指を当てる。

 ローレライとローズは灰色がかった傭兵の双眸を知っているのだから。


「……やはり妙ですわね。ローラ、あなたはどうお考えで?」

「荒唐無稽なものでよろしければ仮説が1つだけ――MEMORY SUCKERや弾丸によって眼球を損傷。その痛みと恐怖から逃れるために記憶が偽造された、というのはいかがでしょう?」

「ないとは言い切れませんが、もしそうだとして企業が彼を放っておく理由が分かりませんわ。彼は私達と同じ"有色"の人間、その上でほぼ100%の致死率を跳ね除けるような存在。企業にとってはこれ以上なく魅力的な存在で、それ以外の人々にとってはお金を掛けて救うには値しない存在。酷な事を言いますが、生きている理由がないはずですわ」


 その答えを予見していたローレライは返された答えに頷くも、解決の糸口も見えない不安に深いため息をついてしまう。

 眼球を失うということは紛れもない重傷であり、その重傷の治療にはとてつもない金額が掛かるはずなのだ。

 しかしアドルフには家族は居らず、その治療費を負担する人間は居ない。

 その状況であっても生き残っているアドルフが、ローレライ達には歪な存在に思えてしょうがないのだ。


「ローラ、母として言わせていただきますわ――彼について行く事に今更文句をつけたりはしません。ですが、いざとなれば1人でも逃げ出しなさい」


 突然告げられたローズの言葉に、ローレライは驚愕から目を見開いてしまう。

 人々の模範たれ、そう在り続けたアロースミスが言ってはいけない言葉。

 それは間違いなくそういうものだったのだ。


「お兄さんを見捨てろと、そう仰いますの?」

「ローラ、あなたは自分を過大評価していますわ。確かにあなたには参謀としての教育を受けさせました、確かにあなたは戦場で人々を導く為の力を付けさせました。ですが"それだけ"ですわ。あなたも私も彼が生きてきた世界に蔓延する暴力を知らないではありませんの」


 何かを確かめるように問い掛けるローレライの言葉に、ローズは視線をアンチマテリアルライフルへと移しながら答える。

 チャールズはこのライフルで人を殺した事はないが、アドルフはローレライのために躊躇いもせずに引き金を引いた。

 その2人の間にある差は"暴力を正しく認識しているか否か"だとローズは結論付ける。

 そしてそれを自身らが一欠けらも理解できていない事を、ローズは理解させるようにローレライを諭していく。


「それに本当は分かっているはずですわよローラ。無力なあなたが彼の周りに居れば、彼はあなたを守るためにどうするか」


 紡がれた反論の余地もない正論にローレライは黙り込んでしまう。

 ローレライは銃の安全装置の外し方を知らない。

 ローレライは引き金を引き方を知らない。

 ローレライは人を殺すという事の本質を知らない。。


 そんな傭兵の男が行使する暴力を知らないローレライに何が出来るというのだろうか。

 何より"お兄さん"としてかつて子供たちへ見せた彼の温情が、彼を殺してしまうのではないか。

 ローズにはそう思えてしょうがないのだ。


「だからあなたは自分と彼を守るためにお逃げなさい、そして彼からなるべく目を離さないようになさい。おそらく事態はとても複雑なもの、1つ選択を誤れば取り返しのつかない事になる。そんな気がしますの」


 確信めいた何かを確かめるように言葉を紡いだローズは、起こりうるであろう新たな波乱に嘆息した。

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