Into The Deep Unknown/Brew The Cheep Unknown 6
「臨時戦略指令の権限によってローラの随行は決定、そのための食料、弾丸、ナノマシンを用意しておきます――それと報酬を先払いさせていただきますわ」
そう言ってローズは首にしていた金のフレアのネックレスを外して、不測の事態に困惑するアドルフへと差し出す。
アロースミスのエンブレムを象るそのネックレスは金で出来ており、物資が枯渇するこの時代においては戦争の火種となりえる物だった。
「受け取れません。俺はもう十分なほどの報酬をいただきました」
売れば数年は遊んで暮らせる、そんな小さな財産にアドルフは思わずそれを拒否してしまう。
しかしローズはアドルフの手を取って無理矢理にそれを握らせる。
「いいえ、あなたにはこれを受け取っていただかなければなりませんわ――私は確約していただかなければなりませんの。ローラを必ず守ってくれると、あの子を絶対に死なせたりしないと」
囁かれた後半の言葉にアドルフは思わず、ローズの碧眼を見つめてしまう。
その瞳が放つ視線はそれが本気だと言う事をアドルフに理解させ、アドルフは思わず深いため息をついてしまう。
傭兵家業を廃業するにはもう少し掛かりそうだ、と。
「ローラは私と、あなたにはあちらの車両のシートを開放しますわ。ゆっくり休んでおきなさい」
「……了解、明朝には出ますのでよろしくお願いします」
もはや断る事も出来ないのだろう。
引き続く護衛任務にアドルフは手の平のネックレスを見つめ、ローレライはどこか満足げに微笑んでいた。
ローズはその光景を背にして、自身とローレライに割り当てられた車両へと歩いていく。
透き通る青い双眸が捉えるのはBIG-Cとは大きく違う、Ceasterのお世辞にも整っているとは言えない光景。
疲労の中であってもまだ働きをみせるその頭脳は、現状の懸念に思考を走らせていく。
バイクがあるとはいえ、2人の旅は短いものとはないだろう。
ローレライという旅慣れしていない娘が居る以上、どの物資も出来るだけ多く用意しなければならない。
彼には面倒を押し付けてしまう。
思わずため息をついてしまったその時、ローズは車両の周りに数人の男女が集まっている事に気付く。
その表情は一様に険しい物だった。
「奥様、本気なんですか?」
「何がですの?」
おもむろに投げ掛けられた問い掛けに、ローズは真っ向から問い返す。
言いたい事が分からない訳ではないが、話の主導権を握るにはこれが1番手っ取り早いのだ。
「あの傭兵とお嬢様を一緒に行かせるという事です!」
「あら、聞いてましたのね」
「……今回の戦いも、あの傭兵の入れ知恵によってあの結果に導かれたと聞きました」
「そうですわね。BIG-Cの男達だけで戦わせていたら、どのような結果になったのか。考えたくもありませんわ」
「私はそうは思えません。奴が、奴こそが、企業の手先なのではありませんか? タイミングが良すぎる到着に、防衛部隊と我々の分断、突然現れた急襲者。その全てに説明がつきます」
「もしそうだとして彼が我々に銃口を向けない理由は? バイクを欲したのだとしても、わざわざ危険な戦場に訪れた理由は? そもそもなぜ私の娘が生きてここに居られるのか? その全てに説明がつきませんわ」
納得がいかないとばかりに食い下がってくる非戦闘員の男に、ローズは肩を竦めながら問い掛け返す。
平気でフレンドリーファイアをする企業の機動兵器。
平気で傭兵を囮にしようとするBIG-C。
その2つの脅威が混在する戦場にあの傭兵が戻ってくる理由などない。
バイクが欲しいだけならローレライを殺して、逃げればいいだけなのだから。
想像していなかった答えに言葉を詰まらせる男。
その分かりやすい戸惑いにローズは思わず嘆息してしまう。
確かにアロースミスはBIG-Cの人々のために尽力してきた。
かつてコロニーに傭兵が居る事に抵抗がある人々のために、アロースミス家が所有する家にアドルフを住まわせた。
その傭兵を監視をすると同時に、BIG-Cの子供達に影響を与えないように教育を施した。
誰よりも傷つく事を運命付けられた傭兵を、その生き方以外を知らない少年をただ疑い続けた。
だがアドルフと自身らで生き残らせた人々の無様な光景に、自身らの行いは間違いだったのではと思ってしまったのだ。
しかし、そう思うからこそローズはアドルフを頼るほかなかった。
策謀に疎く、愚直に相手を信用してしまうBIG-Cの人々には、普通の傭兵は裏切られてしまうリスクが高過ぎる。
報酬さえ出せば紛争地帯から逃げてきた移民の子供達の子守がてら、それを狙う人身売買のビジネスの営む組織の殲滅までした傭兵。
裏切りさえしなければ決して裏切らない傭兵、アドルフをかつて雇ったのはそういう理由からだったのだから。




