Into The Deep Unknown/Brew The Cheep Unknown 4
明るい灰色から暗い灰色へ。
皮肉のような変化を遂げた空の下で、アドルフは抱擁する金髪のアロースミスの親子を眺めていた。
コロニーCeasterに辿り着いた2人を出迎えたのは、無事コロニーBIG-Cから逃げ遂せる事が出来た車両群だった。
「ご無事で何よりですわ、お母様」
「そちらも無事で何よりですわ、ローラ」
煌めくような金髪を真っ直ぐ下ろした娘にそう返すのは、同じく煌めくような金髪をシニョンにした母――ローズ・アロースミスだった。
チャールズ・アロースミスの妻にして、ローレライ・アロースミスの母。
愚直なBIG-Cの人々の中で、正しく聡くあり続けたアロースミスの女傑。
抱擁を解いたローズはアドルフの前へと歩み出た。
「あなたも、ご苦労様でした」
「……いえ、俺が出来たのはお嬢様をここまでお連れする事くらいでしたので」
「……BIG-Cはダメでしたのね」
「空爆で何もかも、申し訳ありません」
淡いブルーのジャケットとスカート、オフホワイトのシャツを身に纏う美しき女傑に、アドルフは視線を逸らしながら答える。
利発さを窺わせる碧眼は悲しみに暮れていた。
バイクというギャラを受け取りながらもミッションは失敗したアドルフに、かつて世話になったローズに合わす顔などあるわけがなかった。
「あなたのせいではありませんわ。その発想自体誰にもなかったのです、仕方なくてよ」
詫びが受け入れられた事実に少しだけ肩が軽くなったように思えたアドルフは、おもむろにバイカーズバッグからはみ出しているアンチマテリアルライフルを取り出す。
グリップにはフレアのアロースミスのエンブレムが刻印され、バレルは比較的短めの物に取り替えられた対企業の私兵用のライフル。
アドルフはそれを両手でローズへと差し出した。
「ああ、あなたが持っていてくださいましたのね」
「はい、チャールズさんからお預かりしました。お返ししたいのですが、チャールズさんはどちらに?」
ローズがライフルを受け取ったのを確認したアドルフは、そう言いながら辺りへと見渡す。
当時の戦闘と今回の失態を知っているのか冷たい視線を送ってくる大人達。
好奇心から物陰から様子を窺ってくる子供達。
その中にチャールズの姿はなかった。
「……それについて話しておかなければなりませんわね」
ローズはそう言いながら居住まいを正す。
それがローズの女傑としてのスイッチだと理解しているアドルフは、それに釣られるように背筋を伸ばす。
受けた教育が、アドルフを構成する大きな要素が無意識にそうさせるのだ。
「ここへ来る途中に企業の私兵による襲撃を受け、私達の先行部隊とチャールズ達の後続部隊が分断されてしまいましたの」
「……他にも部隊が居ましたか。敵の詳細は?」
「一切不明。ですがおそらく私達が知らない、高速行軍が出来るの企業の少数精鋭。私達が戦慣れしていないとはいえ、そうでなければここまでの事態にはなりえませんでしたわ」
予期もしていなければ、実態すら掴めない敵戦力に、アドルフは不愉快げに顔を歪める。
おそらくそれは"突然現れて"、"突然攻撃を開始した"のだろう。
車両で部隊に対して突然接敵出来る機動力と、その機動力を有しながらも車両群が無視出来ない攻撃力。
しかし戦争のエキスパートであるアドルフですら、企業のそんな兵器を知らない。
企業の機動兵器は軒並み運行速度が速いとは言えず、輸送車に乗せて現場まで向かうのだから。
そしてアドルフは1つの可能性に気付き、それを首を振る事で却下する。
部隊や機動兵器ではなく"個人"であれば、臨機応変な待ち伏せ、機動力を生かした急襲を行う事は容易いだろう。
だが個人でそんな攻撃を行える存在など、あってはならないのだから。
「それで後続部隊は?」
「最後の通信ではコロニーCrossingへ行く、と。私達は負傷者達を多く含む後続部隊に囮をさせてしまいましたの――そこで勝手な事だというのは分かっていますが、改めてあなたに依頼をさせてください」
「お母様! お兄さんは任務を終えた足で先の戦いに参戦されましてよ!?」
ローズの言葉にローレライは思わず大声を張上げてしまう。
アドルフが疲弊しているのは間違いない事実であり、その状態で任務に就かせるなどありえてはならない。
しかしローズはそれを受け入れることは出来ない。
「分かっています、ローラ。ですが私達には彼を頼る以外の術はなくてよ」
そう言葉を返すローズの顔には悲痛な表情が浮かんでいた。
失われてしまったのであろう左目、疲労感を滲ませる顔。
そんな男1人に背負わせてしまう事が間違いだということくらい、ローズが理解出来ない筈がない。
だがアドルフは優秀な傭兵だった。
BIG-Cの防衛部隊とは違い、単独であらゆる行動を取れるアドルフ。
Ceasterの防衛能力を残したまま救出を行うには、これ以上ない最適な戦力なのだから。




