Rimfire 2
ローラが立てた筋書きはこうだ。
東の部隊は広がりつつ東へ後退、西の部隊も同じく西へ後退、北の部隊は南に。
そして裏道を警戒していた兵士達は旧時代の名残である建造物の上からロケットやグレネード等の高威力兵器で狙撃。北に配置された装甲車は歩兵の壁となりながら全ての街道の果てが集結する中央まで撤退する。
私兵集団の機動兵器がコロニーの中央寄りである北に配置されなかったのはいくら新型の兵器であろうと、装甲車に装備されたグレネードキャノンを無視する事が出来ないからであろうとローラは考えた。
装甲車には東から進軍してくる機動兵器を破壊、もしくは動けなくなる程度にダメージを与えてもらわなければならない。
そして擬似的な包囲網を完成させ、各部隊の弾丸の消費に合わせ個別に撤退。
最低でも非戦闘員が脱出する時間だけは稼がなければならないのだ。
「限りなくベターな作戦だね、最悪な戦況ではあるけどこれなら生存率も高くなるだろうさ」
「そう言って頂けると気分が楽になりますわ。でも、お兄さんならもっといい作戦をお持ちなのでは?」
「いや、俺はスタンドプレイヤーだからね。小隊ならともかく大隊なんか動かせやしないさ」
男の進退させ決めかねないローラとマコーリー卿の会話にすら口出しをしなかった男が口を開いた。
その言葉にローラは驚愕と共に理解した。
組合に入れば多対多の戦闘を経験することがあったのかもしれないが、男は組合にも入らず、1人であらゆる依頼をこなしてきた。
先のBIG-C防衛戦においても防衛部隊が出来るであろう、飽和銃撃を指示しただけで他は全て男の戦闘でしかなかった。
ローラは自らの依頼ではあるが男の力になれた事を喜ぶ。だが戦闘中である事を再認識し、意識を変える。
ローラと傭兵の男の仕事は愚直が過ぎ、撤退のタイミングを見誤った部隊の脱出支援とバイクの機動力とチャールズの置き土産であるアンチマテリアルライフルとそこにあったありったけの徹甲弾の狙撃による霍乱だ。
脱出支援と言えど難しいことは出来ない。様子を見て必要ならば「もう脱出しろ」と無線で伝え、追走する私兵集団の部隊にアンチマテリアルライフルに装填された徹甲弾を打ち込むだけだ。
ローラも銃火器を装備しようとしたが男の掛けられた言葉で、それが自分の仕事ではないと理解させられた。
俺は作戦とかそういう物に対して無知で口出しすることが出来ない。だからローラ嬢ちゃんは自身の仕事に集中くれればいい。
その言葉にローラはもう「お兄さん」を泣いて見送るだけの少女ではないのだと満足気な笑みを浮かべ、男がまたがるバイクの後ろに乗る。
「わたくし達も動き始めるとしましょう。人々を守る、それが我々の義務ですわ」
それに応えるように男はバイクを走らせる。
この世に存在するバイクの中でも大型、よくローラが運転してスラムまで来れたと関心するほどに大型のそれは左手に持った比較的短い銃身とは言えアンチマテリアルライフルが地面に触れないほどのものであった。
急を要する処置をしなければならない者達以外を乗せた車両はそろそろBIG-Cを出た頃だろうか。
ローラは出来れば父と母には同じ車両で脱出させたかったが、母は父の姿を取り乱さないはずがないと分かっていた。
結果、安全のため数台毎にルートを変える車両編成によって2人はバラバラになってしまったがいずれまた会えるのだ、そう胸中で呟いたローラの端末が着信を告げるシグナルを鳴らす。
『狙撃部隊、全員配置につきました』
「了解、始めてください」
端末からの報告に応え、ローラは頭の中ですべき事を反芻する。
防衛部隊は既に後退を始めており、ダメージの深刻な東の防衛部隊の後退支援をしてから西へ回り込み後退と撤退の支援。
既に甚大なダメージを負った東の大隊は撤退に躊躇う事はないだろう。
どちらかと言えば東の惨状を知ってしまい、装甲車にも守られていない西の防衛部隊が自棄を起こさないかどうかが不安の種であった。
しかし、全部隊がローラの指示に従う様に指揮権譲渡を無線で全部隊に伝えてくれた父の期待に応えなければならない。
その為にローラは戦うのだ。
「東の後退する防衛部隊と交戦中の私兵部隊を確認、攻撃を開始する」
そう言うなり男は路地をさらに一本奥の路地に入り、建物の切れ間に差し掛かる度に徹甲弾を私兵部隊に放つ。
セミオートの機構が薬莢を吐き出し、それが落ちる頃には建物の影に隠れるバイクを駆る急襲者達を私兵部隊は確認すら出来ない。
派手な効果が期待出来る訳ではなく、BIG-Cの防衛部隊の目には卑怯に映るかもしれないが確実に防衛部隊の援護となる支援。
もしかしたら「バイクさえあれば同じことが出来る」と言い張る者も居るかも知れないが、眼帯に覆われた左目を持つ男が左側から現れる敵に確実に徹甲弾を当てる姿を見れば皆黙るだろう。
『こちら、東の防衛部隊。目標地点までの撤退がほぼ完了しました。ご支援、感謝します』
「了解しました。あとは自らの判断で迎撃し、撤退なさってください」
東側から西側へ行く為に更に大きく回り込む。
建物の間からあまりにもアンバランスな巨大な砲身と歪な人方の胴体を持つキャタピラの機動兵器を視認する。
あれの撃退は装甲車1台の役目となる。
手助けが出来ない事に悔しさを感じるが、ローラの仕事はそれではない。
バイクが数秒程、北の街道を横断するが目の前に展開する部隊に夢中になっていた私兵部隊は気づきもしなかった。
やはり考え方が違うのだろう。
相手の歩兵は狙撃舞台の活躍により数を減らしているとは言え、最新装備にフレンドリーファイアをしてもなお余る人員、比べてこちらは大量の非戦闘員を抱え武器と先方は旧来の物。
気づいてから応戦しても勝てる、そう思われているのだろう。
いずれはただのハンドガンなど文字通り豆鉄砲でしかなくなるのかもしれない。
だがそれでいい、私兵部隊には油断していてもらわなければならない。
逃げ腰の情けない戦力だと、豆鉄砲とそれを放つしかない脳を持った連中だと、侮ってもらわなければならない。
「西の防衛部隊と交戦する私兵部隊を確認、攻撃を開始する」
西の防衛線はグレネードやロケットの爆発音とあらゆる銃声、、防衛部隊の断末魔に溢れていた。
隊は乱れ、部隊ではなく個人で脱出する人間が出るのも時間の問題だった。
結果として東よりも西の方が悪い予想のようにパニックに陥っていた。
「陣形を立て直しますわ。銃撃をしつつ、西部隊の中央に向かって下さい」
「了解」
目的地に向かいながらも速度はそこまで上げず、確実に銃撃を当て、進む。
男の戦い方は「確実」という物にこだわっているように思えた。
急にスピードを上げて今までの轟音に紛れていたエンジン音とは違う音を出して気づかれるような事はしない、躍起になって確実に私兵部隊を殺し尽くそうとしたりしない。
そして最悪の事態を最初に考え、確実な勝利に駒を進める。
それが逃げる事であっても。
誰もが望むような結末ばかりではない。
この時代を象徴するような考え方であった。
「5分ほどで西防衛部隊の中央に到達する。話が通るように端末で声を掛けて置いてくれ」
男の着用するジャケットのパワーアシストがアンチマテリアルライフルの反動を押し殺し、その弾丸は油断していた私兵の体を撃ち抜き殺す。
ローラはそんな状況を視界の端に捉えながら西の防衛部隊に用件を伝える。
しかしこのアンチマテリアルライフルを無反動のように扱えるパワーアシストを持ってしても押さえ込めないハンドキャノンの反動にローラは恐怖した。
そして思考が前に考えていた物に戻り、ただのハンドガンが文字通り豆鉄砲になってしまったら自分もあんな銃を護身用に持たなければならないのだろうか?
脳裏には的から大きく外れた所に弾丸を放ち、反動で吹き飛ばされる自分の姿が浮かんだ。
無理だ、絶対に無理だ。
ローラはハンドガンの安全装置の外し方でさえ未だに知らないのだ。
ハンドキャノンを扱う男ですら「冗談のような」と言う形容詞をつけるような銃をローラが扱えるはずがない。
思考が回らないローラを乗せたバイクの速度が不意に落ちる。
「到着だ。周囲の警戒に移る」
思考から回帰したローラはその言葉をバイクから降りながら聞く。
男がバイクに乗ったまま2,3mほど離れ、既に話を通していたローラは西の防衛部隊のトップが居る兵の壁を抜けて中に入った。
「ルーサム卿! 隊が乱れています! 今すぐに陣形を立て直してください!」
「ああ……チャールズの娘か……」
声を張り上げるローラにルーサム卿は諦観が滲み出した目を向ける。
ルーサム卿は優秀な部隊長であり、同時に敗北の匂いに敏感な人間であった。
先のBIG-C防衛戦では最善ではないと理解しながらも愚直な戦いを繰り返し、自らの部下達と娘の伴侶である歩兵を失った。
その頃からルーサム卿は敗北の匂いに敏感になった。ルーサム卿が大隊のほとんど失った部隊長でありながら有力者であり続けたのはその才能による物が大きかった。
「最早手遅れだろう。余す事無くお前の指揮が通っているはずなのにこれだ……」
「それはわたくしが防衛部隊に支持されていないからです! ルーサム卿が命令を下せば状況は変わるはずです!」
「どうだかな、皆恐れている。東の惨状に、起動兵器に、装甲車すら居ないこの戦況に」
「確かにそれはもう起こってしまった事ですわ! だから先の防衛戦の英雄であるお兄さんを連れて戻り、生存率の高い敗走戦に切り替えたのですわ!」
「それであの傭兵の小僧にまた重荷を背負わせるのか?」
ローラはまだ自分が成果を出せている訳ではない若者である事を理解し、ルーサム卿は斜に構えた思考を戻すことが出来ていなかった。
過去に自分の指示で息子となる人間を死なせた。
もう二度とあんな責任を取れないような事は御免だった。
「……そうです。我々が弱く、無知であるからこそお兄さんに頼らなければなりません。しかし考えてください。ここで西の防衛部隊がそれぞれ勝手に撤退を始めてしまえば、防衛部隊の兵士達もお兄さんも生存率が下がってしまいます」
ルーサム卿の目の色が変わる。
かつて誤っていると分かっていながらも皆を守る為に戦っていたあの頃の、目の前に居るローラがまだ庇護すべき存在だった頃の色へと。
「わたくしは貴方にも皆も死んで欲しくはありません。サビナだってそう望んでいるはずですわ。だからわたくしは生き残るためにどんな手でも使うつもりです」
娘の、サビナの名前を聞いた瞬間。ルーサム卿の脳裏に悲嘆に暮れる娘の表情が思い浮かんだ。
早い内に母を病気で亡くし、仕事で忙しいルーサム卿と2人で暮らしていた娘には寂しい思いをさせただろう。
傭兵の男が来てからは友達達と傭兵の男を付回して、傭兵の男とよく哨戒の順番が続いた男に惚れ込み、2人が想い合う頃には寂しさから解き放たれたように見えていた。
娘が欲しければ俺を超えてみせろ、という冗談を言ってみたところ娘が惚れた男は簡単な事ではありませんがいずれ必ず超えて見せ、そして娘さんをいただく、と言ってみせた。
その言葉を聞いた時、娘が自分の元から旅立って行くヴィジョンが見え寂寥感と安心感が胸に溢れた。
そんな娘の伴侶を1人死なせて、もう1人の娘が変わる切欠となってくれた傭兵の男を死なせたとあれば娘はどんな顔をするだろうか。
何よりあの時決めたはずだ。
また娘が自分の元から旅立つと決める時まで守り通して見せると。
そしてルーサム卿が、一人娘を思う父が腹を決め立ち上がった。
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「見事なご采配で」
「いえ、わたくしの信頼がないからこそ陥ってしまった事態ですわ。自らが招いた事態の収拾をつけるのは当然でしょう?」
薬莢を足元に散らかした男はローラの方を見ずに言う。
ローラが居ない間も男はただ自分の仕事をしていた。
しかし、ローラが中央部から戻る頃には防衛部隊に動きがあり男の仕事はなくなっていた。
「この調子なら撤退の頃合を見誤る事もないでしょう。そろそろ部隊のいくつかが残弾不足を訴えてくるでしょうし、わたくし達は改めて各所の援護に――」
『こちら装甲車部隊。目標の機動兵器を補足、これより交戦に入る』
突然の戦況の大きな動きに2人は黙る。
その結果次第で生き残りの数が大きく変わるのだ。
「……了解、検討を祈りますわ」
ローラは通信に応え、心からの言葉を送った。
彼らには勝ってもらなければならない。
ローラは問いかけるように男を見る。
「機動兵器同士の戦闘は先に補足した方の勝率が高い。お互いに高威力兵器を積んでいるにも関わらず、土台となる部分の強化が甘いので先に一撃を打ち込んでさえしまえば」
「勝てる、とおっしゃいますの?」
「可能性はあるよ。相手はチャージに時間のかかる粒子砲が主兵装みたいだし。視認したあのタイプの機動兵器であれば、最低でも機動部くらいは潰せるだろう」
しかし油断はしないで欲しい。男は言外にそう付け足しながら、ローラの問いに答える。
私兵集団の歩兵に比べ1握りである機動兵器を扱う人間達の使う武装の理念は攻撃に偏ったものだ。
前線の味方をフレンドリーファイアしようとそれ以上の敵を葬れれば構わないと兵器で粒子砲を使い、敵を消し飛ばす。
死ぬ寸前の敵に対してMEMORY SUCKER.を使うのは主に歩兵の仕事なので、それと関係ない彼らだからこそ平気で出来る考えだった。
彼らにとって戦争は自らの破壊願望を叶える為の物でしかなく、歩兵に多くの敵を取られてしまう前に少しでも早く動けるように装甲は薄く、その結果状況によっては一握りではあるが傭兵でも破壊する事が出来るレベルの物になった。
「しかし、引っ掛かる事があるんだ」
その言葉を聞き、訝しげな顔をするローラに男は続ける。
「このコロニーの財産や人の記憶が目的であったり、ただ単に目障りで消しに来たのであれば何故機動兵器が1台きりなんだ?」
財産や記憶を奪いに来たのであれば圧倒的な兵力を見せつけ蹂躙してから奪う方が彼らの好みのはずだ。
なら何故たった1台なのか。
2台の装甲車を破壊した後、何故まだ装甲車が数台ある可能性もあるというのに応援を呼ばないというのは舐め過ぎではないだろうか?
「我々は遊ばれているというだけではありませんの?」
「だとしたら尚更だよ」
BIG-Cは過去の男の活躍により、私兵集団の襲撃を長く受けてこなかった。男にとって当然でもBIG-Cにとっては知らぬことばかりだ。
「アレは限界まで戦争というゲームで遊び、その上で勝利したいという子供の感情が組織になったような物だ。奴等にとってこの状況はとても面白くないはず」
私兵部隊とそれを所有する企業はその思考の果てに「過剰な戦力を注ぎ、その上で躍らせて勝つ」という歪な理念を持っているはずなのだ。
特に1度敗北しているこのBIG-Cに対してと言うのに。
嫌な予感がぬぐえない。エフレーノフのロケットランチャーごときでは比較対照にならないほどの物だ。
奴等にはいつもと違う目的がある気がする。
いつもなら最悪の状況が想像できるのに、今は何も浮かばない。男にはそれがとても不気味に感じた。
しかし男は確証の無い事を話すつもりは無く、注意だけは喚起する事にした。
「何があってもおかしくはない。状況が動き次第必ず教えてくれ」
男はそう言いローラにバイクへ乗るように促す。
BIG-Cではなく、アロースミス家の雇われたその時から男の優先順位は決まっていた。
傭兵最後の仕事でこうなるとは思わなかったが、状況は動き続けている。
それが傾いてしまえば、出来る事は1つしかない。
それが例え裏切りであったとしても。
『――ス指令! アロースミス指令! こちら装甲車部隊!』
ローラをバイクの後部座席に乗せたバイクが走り出したと同時に、興奮した様子の男の声が端末から聞こえた。
「こちらアロースミス。どうなさいまして?」
『敵機動兵器の破壊に成功しました! やりましたよ俺達!』
「よくやってくださいましたわ!」
装甲車部隊の報告に同じく興奮し、喜色を浮かべたローラが返す。
実弾であるグレネードキャノンとエネルギーをチャージする必要がある粒子砲ではやはり実弾の砲が早かったのだろう。
「装甲車部隊に破壊した機動兵器に何かおかしな物がないか至急確認させてくれ。望遠レンズくらいはついているはずだ」
男の少し焦りが見える態度に首を傾げながらローラは男の言うとおりにした。
「装甲車部隊、敵機動兵器の残骸におかしなものはありませんか?」
『おかしなもの……ですか?』
装甲車部隊の男は黙る。言われた通り、残骸を観察しているのだろう。
10秒ほどしてから、改めて通信が入る。
『特におかしな点は見受けられません。グレネードで中まで燃えてま――』
装甲車部隊の男は途中まで言って言葉を呑んだ。
明らかにおかしい事がディスプレイの中で起きていた。
『いや……何か……赤いランプが点灯して――』
その言葉を聞いた瞬間、男はバイクを急に速度を上げた。
「ど、どうしましたの!?」
突然の事にローラは泡を食いながら問い掛ける。
かつて飛行機という物は人を高速で運ぶ優れた移動手段であった。
しかしそれも人が扱い、人が作った物。
予想だにしない自体が起こればそれは墜落し、中の人々も死んだ。
そして人々は起きたことを繰り返さないように、ブラックボックスという記録媒体を積んだ。
ローラはきっとそういう類の物だと思っていたが、男の焦り方を見るとそうではないように感じた。
「罠だ! 奴等の目的は戦力をこの場に残しておく事だったんだよ!」
後ろに乗るローラにアンチマテリアルライフルを押し付け、男はさらに速度を上げる。
「至急残っている全員に持ち場を放棄させ、なるべく遠くへ逃げるように命令しろ!」
「ならその理由を説明なさい! 適当な事を言えば皆を混乱させてしまいますわ!」
こちらも見ずに怒鳴る男にローラは怒鳴り返す。
ローラは男を信じていたが、指揮官である以上理由を知らなければそんな事は出来なかった。
「まず! あの赤いランプの端末は通信媒体だ! 状況が変わった事を外部へ伝える為の!」
器用に路地を抜けながら男は続けて怒鳴る。
「奴等の目的はおそらくあの戦況をひっくり返せるレベルの機動兵器のテストだ!」
男がそう怒鳴ると同時に辺りに落雷のような低く響き渡る音がし、灰色の空がいつもより暗くなっていった。
そして、雲と汚染された空気を切り裂いて現れたのは大型の飛行機だった。
「クソッ! 空爆か! 何をやってる!? 早く全員に退却させろ!」
「は、はい!」
それを見て呆然としていたローラは男の怒声により、我に帰り端末に向かって叫んだ。
「至急、なるべく遠くまで撤退してください! 敵が大規模な空爆を仕掛けてきます!」
ローラはその返事も受諾せず、ただ一方的に全部隊に繰り返した。
考えもしなかった。そんな発想すらなかった。
バイクや車が貴重品であるこの世で空を飛ぶ乗り物など、資産を持つ者達の中でも一握りの人間達の移動手段でしかないと思っていた。
それを兵器に転換するなんて思っても見なかった。
悔しさと虚しさと胸に沁み、男と企業への理不尽な怒りがこみ上げてきた。
その日、ローレライ・アロースミスとBIG-Cの住民達は故郷を失った。