She Roll Dice/He Role Vice 4
「お待ち下さいアロースミス卿! ローレライ嬢が優秀とは言え、経験もない者にコロニーの住民の命を託されるのですか!?」
「我々の……やり方では人々を逃がす事すら……できまい」
チャールズは眼帯の男の言うことを理解していた。
お前達の古い考えでは何も出来はしない、アドルフは言外にそう言っているのだ。
だが他の有力者を束ねる立場が、それを行動に移させることを許さなかった。
しかし、次の世代の子供達はどうだろう?
短い期間ではあるが傭兵の少年と共に過ごし、良くも悪くも伝統にこだわるBIG-Cの大人達と違う視点を持てた子供達なら。
「ですが、先の防衛戦のようにこの傭兵を単騎で突入させて――」
「過去のような戦法は通用しないと、今言ったばかりでしょうに……」
ローレライはマコーリー卿の現状を理解できない発言に溜息を漏らす。
過去にアドルフは確かにBIG-Cに勝利をもたらしたが、防衛部隊もアドルフも無傷で勝利したわけではない。
防衛部隊の4割を失い、アドルフはその身に弾丸を喰らっていた。
しかしアドルフは弾丸を摘出しただけの体で、BIG-Cから出て行くことになってしまった。
民間軍事企業のバックアップが無いアドルフにとっては、認めてもらえた現場から去るのは金銭的にも辛いものがあった。
それでもアドルフが傭兵である以上、任期が満了すればそれまでだ。
それが突然決まったものだとしても。
だがアロースミス家の人々はそうは思わなかった。
夫妻は自らの無力を悔やみ、一人娘はただ悲嘆にくれた。
傭兵のシステムを理解していないわけではなかった。
アドルフ自らが持ち込んだ、パワードスーツに近い素材で出来た防弾チョッキがあったのも知っている。
だが命を懸け、弾丸をその身に受け、コロニーを救った「お兄さん」が、傷だらけの身で追い出された事に納得がいくはずが無かった。
それが傭兵であろうと、それが人を殺す仕事をする人間であってもだ。
数年でしかないが参謀になる教育を受けたローレライには、その時よりも無謀な戦況に"お兄さん"を放り出す事など出来はしなかった。
「では、何のために傭兵を雇ったと言うのですか!?」
「少なくとも当て馬にする為ではありませんわ。大体、お兄さんを雇ったのはアロースミス家でしてよ? そして我々は誇りの為だけに非戦闘員や防衛部隊を危険に晒す訳にはいきませんの」
非戦闘員の中にはローレライの母、ローズ・アロースミスも居る。
争いを嫌い、傷だらけの傭兵の男に同情し、口には出さないがローラが戦闘に関する教育を望む事を悲しんでいた母。
そんな母は生きる為であっても銃を持つ事はできないだろう。
敵の殲滅が叶わない以上、傷ついた父と自愛に満ちた母と大勢の非戦闘員を生かすためには、至急脱走の手立てを立てなければならない。
「指揮権がわたくしに譲渡された以上、わたくしはわたくしの成すべき事をしますわ。マコーリー卿には負傷者を含む非戦闘員の脱出支援をしていただきます」
ローレライはマコーリーを評価してはいなかったが、他の有力者は中央で指揮を執っていたチャールズを除いて戦場に出てしまった。
そんな彼らには敵戦力を減少と自身が率いる部隊の生還を優先させなければならない以上、非戦闘員を生きてCeasterまで逃がすには、マコーリー卿の力を借りるしかなかった。
事実上の戦力外通告。しかしアドルフが急襲部隊を殲滅するまで姿を現さなかったマコーリー卿は、きっと気にする事はないだろう。
「……私に逃げろと仰るのですか?」
ローレライが告げた事に大してマコーリー卿はどこか期待するように、それでいて有力者としてのプライドが態度と裏腹なことを言わせる。
加齢と共に色を失った訳ではない灰色の髪を持つマコーリー卿は、有力者の中でも下の人物だった。
血統が意味を持ち、実力主義だけではないBIG-Cは卿にとって権力を行使できると同時に劣等感を苛む箱庭であった。
愚直な人間が多いBIG-Cであっても灰色の髪は卑下の対象であり、その箱庭が壊され権力が行使できない以上、卿がここにいる理由など存在しなかった。
「その通りですわ。逃げて非戦闘員達と負傷した者達を生かすのです」
その事を察し、理解していたローレライは当然のように命令する。
脱出が成功すれば彼が求めてやまない尊敬を得られる。
しかも「何故逃げた」と糾弾されても、「指揮官に命令されたからだ」と事実を告げれば彼を責める人間は居ないだろう。
非戦闘員をいち早く逃がしたいローレライにとっても、いち早く逃げ出したいマコーリーにとってもそれは最良の選択だった。
「……了承いたしました。――おい、今より指揮官殿の命により我々が負傷者を含む非戦闘員を逃がす――」
負傷者の回収、非戦闘員への説明、車両の用意、1番施設の装備を開放。
マコーリー卿が端末越しに指示を出し、一番近くに配置していた直属部隊が負傷したチャールズと兵士を回収しに来た部隊と変わるように、マコーリーは沿いの場から姿を消した。
あまりにも分かりやすいマコーリーの態度に、アドルフは思わず嘆息してしまう。
しかし、とアドルフが視線を移すのは金髪碧眼の親子。
「死ぬんじゃないぞ……」
「心配いりませんわ、私には優秀な傭兵が居ますもの。お父様こそ、お気を付けて」
健闘を祈りあう親子の会話を邪魔しないように、アドルフは残されたアンチマテリアルライフルを手に取る。
グリップに刻まれたフレアのアロースミス家のエンブレム。
かつて嫌と言うほど見ていたそのエンブレムに、アドルフは言いようのない感情を持て余していた。




