She Roll Dice/He Role Vice 2
「ローラ嬢ちゃん、この速度で走るバイクを両手離しで乗りこなすのと馬鹿でかい銃声に耐えるの、どっちなら出来る?」
「手を離すなんて出来るわけがありませんわ!」
ローレライはアドルフの突飛な発言に思わず怒声を挙げる。
バイクは150kmで走行中だ。とてもじゃないが、そんなことは考えられない。
「なら、覚悟だけはしておいてくれ。本当に馬鹿でかい、それこそ冗談みたいな音がするから」
アドルフはハンドルから左手を離し、器用にバイカーズバッグから冗談のような拳銃を取り出した。
銀色の大口径のバレル、その口径に合わされた大型の銃弾を納めるシリンダー。
それは巨大なリボルバーだった。
「衝撃もなかなかでさ、絶対振り落とされないようにしっかり掴まっていてくれよ」
アドルフの雰囲気が昨晩の傭兵の隣人と対峙している時の物になったと気づき、ローレライは必死にアドルフの背中にしがみつく。
そこには色っぽさなどなく、ローレライの整った顔に浮かぶ必死な様だけが緊迫した状況を表していた。
アドルフの眼帯に覆われていない右目が、時計台の下に皮肉のような白いパワードスーツを纏う部隊を視認する。
そしてアドルフは左手に持った冗談のような拳銃を正面に構え、引き金を引いた。
しかしローラにはその事実がアドルフの体が大きく揺れた事、パワードスーツの纏う私兵が吹き飛んだ事、そしてかつて聞いた事のない音量の銃声で目眩を感じた事でしか理解が出来なかった。
その銃はかつての世の中でハンドキャノンという分類で分けられいた、世界で最も高威力のリヴォルバー銃の発展型である。
私兵集団が纏うパワードスーツを貫通する威力を持つ銃はアドルフの持つハンドキャノン、徹甲弾やグレネードやロケットなどの高火力銃器、そして私兵集団の銃火器のみだった。
文字通り冗談のような銃声が幾度も木霊し、その度に白いパワードスーツを纏う私兵達が吹き飛ばされ、その白を赤に染めていく。
絵に描いたような蹂躙劇。
ハンドキャノンの装弾数5発を撃ち切る頃には、時計台の下に配置された部隊に急襲を掛けていたであろう私兵集団の部隊は全滅していた。
物言わぬ死体となった私兵達と、防衛部隊を避けるように、時計台の下でアドルフはバイクを止める。
「お父様!?」
ローレライがバイクから飛び降りてチャールズに駆け寄る。
その間にアドルフは周りを警戒するように見回しながら、ハンドキャノンから空薬莢を地面に捨てて新しく弾丸を装填する。
目前の脅威を排除したとはいえ、ここはまだ戦場なのだから。
「おい、どうなっている?」
赤く染まる肩を抱き蹲っていた防衛部隊の兵士に、周囲を警戒するアドルフは尋ねる。
「……3つの街道にそれぞれ大隊を配置し……裏路地などは小隊に任せ…正面から迎え撃とうとしたのですが――」
「分かった、もういい」
生き絶え絶えの兵士の説明を遮り、アドルフはうんざりだとばかりに深い溜息をついた。
彼らの戦争はもう終わっている。"最悪の負け"と言う形で、だ。
正直、勝てる戦争ならともかく、負けると分かっている戦争に付き合ってやる器はアドルフにはなかった。
常に勝てる戦争だけをしてこれた訳ではないが、今回の戦争は予想通り不利過ぎる。
おそらくアドルフがかつて可愛がっていた子供達の何人かは戦場に出ているだろう。
そしてほとんどが死んだはずだ。それも大人達の愚直すぎる戦い方のせいで。
それを糾弾した所で何かがあるわけではない。
アドルフただ、見切りをつけていた。
「ローラ嬢ちゃん、防衛戦から敗走戦に切り替えるべきだ」
「……やはり覆りませんの?」
「防衛部隊が思うような勝利を得るのはもう不可能だよ」
防衛部隊の心の支えであるチャールズ・アロースミスは凶弾に倒れ、戦力の要であった戦闘車両は2台も失われた。
加えて私兵集団は"機動兵器"を持ってきていないはずがない。
彼らの仕事は「脅威をちらつかせながらも、弱者に希望を持たせた上での記憶の奪取と駆逐」にある。
その目的を達成するのに有効な兵器を使わない理由がなく、その機動兵器を撃破するには戦闘車両に搭載しているグレネードキャノンが必要なのだ。
「やはり薄汚い傭兵などアテにするべきではなかったのだ!」
鼻息荒く現れた初老の男が肩を怒らせながら怒声を放つ。
灰色の髪はそのほとんどを失い、灰色の瞳はただ怒りを湛えていた。
「所詮貴様のような薄汚い、伝統も持たぬようなゴミには分かるまい! アロースミス家の財産を奪い、敗北主義を撒き散らすような薄汚い下等民族が!」
「なら伝統で勝ってみてくれよ。考えずに銃を撃って弾が切れたら突撃なんて、歴史がある時代でもほんの一時期の話だぜ?」
そう言うアドルフの眼帯に覆われていない右目の視線は老人に注がれ、アドルフは我慢しきれないように鼻で笑ってしまう。
泥1つ跳ねていない、戦場に居る人間とは思えないほどに清潔なネイビーのスーツ。
それはその男が戦場に立っていない事を意味していた。
「しかし、卿の活躍においては勝利を掴む事が出来るかもしれませんな。大した働きぶりで」
「……ふん! 貴様のような薄汚い傭兵には分からぬ、貴族の仕事と言うものがあるのだ!」
「そうなのか。それで、貴族の一番の仕事って自らの保身の事かい?」
「貴様――」
「お兄さんも、マコーリー卿もいい加減になさい!」
チャールズの衣服を赤く染める傷口を止血しながら、ローレライが叫ぶ。
昨晩知った事だが、どうやらアドルフは口喧嘩を売られるととことん楽しんでしまう性分のようだ。
どういう状況でも軽口と皮肉が飛び交うのは、生き残る絶対の自信があっての事なのだろう。
チャールズの止血を終えたローレライは、アドルフが言った意味を考える。
防衛部隊が思うような勝利は得ることはもう不可能。
つまり勝利条件が変わると言う事だ。
防衛部隊、ひいてはBIG-C全体が望む勝利は私兵集団の殲滅。しかしそれが叶わないのなら、そこから視点を変えればいい。
戦場と言う物をこの中で誰よりも知っている男が提案した敗走戦へと。
生きてさえいれば、負けではないのだから。




