She Roll Dice/He Role Vice 1
BIG-C防衛部隊の現状は、最悪の一言に尽きた。
私兵集団の一部を倒す毎に、防衛部隊はそれ以上の出血を強いられる。
先のBIG-C防衛線の頃まだ子供であったヒューイ・ローダーは、かつての戦闘を味方の主観が入った情報でしか知らない。
曰く、精鋭たちが率いる誇り高き防衛部隊と、自分達がよく勝手に付け回しては困ったように微笑んでいた傭兵のお兄さんが私兵集団を殲滅した、と。
子供達にはただの優しいお兄さんに見えたが、私兵集団の襲撃の際、確かにヒューイは自分達がお兄さんと呼ぶ男の傭兵である側面を垣間見た。
お兄さんは子供達を時計台の地下に作られたシェルターに全員を避難させ、たった1人で戦場へと戻って行った。
BIG-Cの教育が偏ってるのも原因ではあるが、人が撃たれて死ぬなど理解出来なかった少年少女達は泣くよりも先に呆然とした。
あの優しいお兄さんが地獄の真っ只中に飛び込んでいく事に、当然のように人を殺しているという事実に。
恐れる事はなかったが、子供達はお兄さんの異質さだけは理解させられてしまった。
その後BIG-Cは企業の襲撃部隊に勝利し、お兄さんはコロニーを出て行くことになった。
当時まだ子供だったヒューイには理解できなかったが、今では分かる。
大人達は恐れたのだ。
そしてお兄さんが消え、古い考えばかりが最初に出てくるこのコロニーは平穏に酔いしれ、こんな苦戦を強いられている。
何が、精鋭率いる防衛部隊だ、とヒューイは震える体で鼻で笑うように息を吐く。
「何があっても退くな! 我々には守らなければならない家族がいるのだ!」
しかし彼は檄を飛ばす小隊長を見て悟ってしまった。
自分達はもう勝利することはおろか、生きて帰ることも出来ないだろう。
BIG-Cでは子供達は小さい頃から有料ではあるが、教育施設で教育を受けることが出来た。
そして子供達は騎士道精神を学び、正直な子供はそれに傾倒し、ヒューイのように当時から冷めてしまっていた子供はそれを受け入れられずにいた。
しかしコロニー有力者の一人娘で傭兵と一番近かったローレライ・アロースミスだけは、騎士道精神を受け入れた上で自らの新しい道を見つけ進んで行った。
古臭い騎士道精神を切り捨てるわけではなく、それを成す為の手段を新しい考えで構築する。
司令部や小隊長達が彼女のように新しい考えを持った優秀な人間だったのなら自分達は生き残れたのだろうか?
もはや弛緩する体を維持できない。
辺りはもう双方の銃声と仲間の断末魔とその死体に溢れていた。
「なッ!?」
先程まで檄を飛ばし続けていた小隊長の肩が徹甲弾によって貫かれ吹き飛ばされ、隊長が悲鳴を上げる事も出来ないまま地面に倒れる。
その光景にヒューイはもう手遅れだ、勝手にしてくれとばかりに肩を竦める。
そもそも敵は狂っていた。
大型の粒子砲で防衛部隊を消す為だけに、敵の機動兵器は前線の味方ごと吹き飛ばしていた。
防衛部隊が倒すより先に、私兵集団によるフレンドリーファイアが自らの部隊のほとんどを吹き飛ばしているのだ。
そのように躊躇いもなく高威力兵器を使えるような連中に、騎士道と旧式の兵器しかないBIG-Cがどう勝つというのか。
彼は塹壕の中で座り込み、旧式のアサルトライフルを塹壕の壁に立て掛ける。
一際眩しい閃光と破裂音に飲み込まれながら、ヒューイはかつて恋焦がれた人への想いを胸に塹壕ごとこの世から消えた。
せめてローレライだけは生き残れますように、と。
●
BIG-Cは時計台と河を背に、かつて聳え立っていた建物達は朽ち果てた現在では大まかに分けて北、西、東の3つの大きな街道がある。
私兵集団の進行はすなわち3つの街道の制圧となる。
最初に西の最前線の部隊が数で押し切られ、東の最前線の部隊が私兵集団が所持する起動兵器に搭載された粒子砲により吹き飛ばされた。
その威力は配置した防衛部隊と塹壕と私兵集団すら吹き飛ばすほどだったそうだ。
一番、兵を厚く配置している北の街道の最前線部隊も時間の問題だろう。
北の街道に関しては唯一残った戦闘車両が鎮座していて、攻めあぐねているのかもしれない。
チャールズ・アロースミスは楽観的な考えに縋り付いていた。
実際はもっと単純で享楽的な理由ではあるが、彼にはそれを知る由はない。
敵対者や第三者から見れば滑稽であっても彼等はとことん真面目なのだ。
だから、彼等は傭兵の男以上に策謀や翳め手に弱い。
もし細い裏道に配置した少数の部隊を、無線での連絡を取る前に殺されていたなら?
信頼という不確かな感情で、定時連絡の重要性を理解しなかった彼等はどうなるのか?
その答えは1つだった。
「アロースミス指令! お逃げ下さい!」
護衛の男がチャールズへそう叫ぶも、逃げるにはもう遅かった。
真っ白なパワードスーツを纏う私兵達のアサルトライフは弾丸を吐き出し、その弾丸はチャールズの腹部を穿つ。
その運動エネルギーに導かれるように、彼は地面に倒れ臥す。
フロックスタイルの白いシャツには赤い染みが広がり、経験のない痛みにチャールズは歯を食いしばる。
しかし戦略指令であるチャールズに、退く事と死ぬ事は許されない。
せめて一矢柄でも報いようと、チャールズがアンチマテリアルライフルに手を伸ばしたその時、冗談のような銃声がいくつも響き渡る。
そしてチャールズの耳に届いたのは、決して軽くはない質量が地面に叩きつけられる音。
頭に血が昇っていくのを確かに感じたチャールズは、痛む腹部を無視して一気に起き上がって銃口を突き出すように構えた。
大事な部下達を殺されて黙っていられるほど、チャールズの気は長くはないのだから。
しかしチャールズは予想外の光景に驚愕させられる事となる。
「お父様!?」
そう声を張り上げたのは血相を変えた金髪碧眼の娘。
そしてもう1人は見覚えの無い眼帯をし、見覚えのあるバイクにまたがった傭兵だった。




