Ride The Bullet/Hide The Cullet 8
「適当に座ってくれ。悪いけど決して美味しくはないアルコールもどきと、買って1週間放っておきっぱなしの水しかない。どちらもお勧めは出来ないから持て成しは出来ないけどね」
アドルフはジャケットを脱いで、奥にあるベッドに放る。
アドルフの部屋は縦長のワンルームで手前は仕事のスペース、奥がプライベートの寝るだけのスペースと申し訳程度の仕切りで分けていた。
屋根があるだけマシ。この時代に物を持っている人間は少なかった。
服飾は最低限、かつての娯楽は朽ち果て他社の記憶などのデータ。生きるために必要な物しか必要ではないのだ。
傭兵の中には自慢の武器を壁一面に並べる者も居たが、アドルフの趣味ではない。
武器はあくまで道具であり、飾ったりコレクションをして楽しむ物ではない。
その考えが殺した相手の血が付着する武器を平気で使つ、アドルフの精神を作り上げていた。
「結構ですわ。楽しいお話またいずれといたししましょう」
安物のソファに少女が腰を掛けながら言う。
その言葉には暗に「問い詰めたい事がある」という意思を感じさせ、透き通る碧眼はアドルフを値踏みするかのように男を覗っていた。
やがて少女は軽く咳払いをし、意を決するように口を開いた。
「今回依頼したいのはわたくしのコロニーBIG-Cを私兵集団からの護衛、状況によっては奪還ですわ」
「懐かしい名前だ」
アドルフは久しぶりに聞いたコロニーの名前に少しだけ口角を上げる。
朽ち果てかけでもう動く様子もない時計を揶揄して、BIG-Cと呼ばれていたコロニー。
そのコロニーはかつてはイギリスとという国の首都だったらしいが、残された名残は朽ち掛けた時計台だけだった。
しかし感傷と共にやってきたのはやはり面倒事だったと、男は思わず深いため息をついてしまう。
護衛、もしくは奪還。
つまり少女が男の所へ来るのを決めたときには既に襲撃されていたという事だ。
アドルフの脳裏に最悪の事態がヴィジョンでよぎる。
面倒だ、本当に面倒だ。
俺は早く帰りたいだけだと言うのに、とアドルフは左目の眼帯を左手で覆う。
「そうでしょう。お兄さんとしては2度目の護衛となりますわね」
少女が放ったどこか気象を滲ませる言葉に、アドルフは訝しげに眉間に皺を寄せる。
アドルフがBIG-Cで受けた任務からもう数年が経っている。
ここ数年で顔をあわせた男の知人はせいぜい移民や仕事の関係者だけだった。
その中にBIG-Cの関係者は居なかったはず。
「……まさかとは思っていましたが、わたくしの顔をお忘れになられたんですの?」
端正な顔には呆れと悲しみが浮かび、やがて少女は少し悲しげな溜息と共に告げる。
「……ローラ、ローレライ・アロースミスですわ」
「……ローラ嬢ちゃん?」
少女の名乗った名前にアドルフは静かに驚愕する。
アドルフの記憶の中のローレライ・アロースミス、ローラはBIG-Cの有力者の一人娘だ。
脳裏にあの頃の記憶が鮮明に甦る。
哨戒任務中のアドルフの後を率先してつけていた少女。
アロースミス夫妻に貸し与えられた別宅で、休日の贅沢を満喫するアドルフの腹部にボディプレスをかましてきた少女。
甦る過去にアドルフの顔が引きつる。
最初は警戒してすぐに飛び起きていたが、慣れてしまえばそうもいかない。
子供の体重とは言え、睡眠中で完全に弛緩しているアドルフの腹筋になかなかのダメージを与えていたのだ。
「そうですわ。まさか本当に忘れられてるなんて……」
「忘れてたわけじゃないさ。ただローラ嬢ちゃんだと気づけなかっただけ、本当に大きくなった」
「わたくしはもう16ですのよ? 子ども扱いはやめてくださいまし」
「アロースミス夫妻は俺がそのくらいの年齢だった頃、俺を子ども扱いしてたよ」
昔はそんな呼び方をしなかったと言うのに、と頬を膨らませ淑女然とした振る舞いに似合わぬ拗ね方をする少女にアドルフは笑みをこぼす。
夫妻は子供達にやたら懐かれていた男が使うスラングに子供達が悪影響を受けないようにと、アドルフがスラングを使う度に注意していた。
アドルフは「そもそも傭兵の傍に子供達を置いておく方が有事の際、危険なのでは?」と上告した。
しかし夫妻は「護衛できる戦力が子供達の傍に居てくれれば有事の際、コロニーの防衛戦力をコロニーの防衛に割ける」とアドルフの上告を一蹴した。
今思えば子供達と一緒に守られていたのかもしれない。
BIG-Cはコロニーの中でも比較的裕福なコロニーで、アロースミス夫妻はこの時代に置いては滑稽と言えるほどにを尊んだ。
一傭兵にちゃんとした住居と食事を与え、言葉等の教育をし、平穏な時間も与えてくれた。
時が経つにつれ言葉だけには留まらず、騎士道と紳士としての振る舞いも叩き込まれた。
それはただの気まぐれかもしれないが、余所者の傭兵に教育を施すなんてとてもじゃないが信じられなかった。
当時まだ成人していなかったアドルフはその度に「俺は子供ではなく傭兵です。ここにきたのは勉強でも保護されに来たのでもなく、仕事をしに来たのです」言ったが一度も聞き入れられることはなかった。
そんな夫妻が暮らすコロニーが今危機に瀕していると、ローレライはそう言ったのだ。




