Ride The Bullet/Hide The Cullet 5
やがてアドルフの視界に入る我が家。
そこに居たのは見覚えのある隣人と、豊かな金髪を輝かせる少女だった。
薄汚いタンクトップとカーゴパンツに身を包む男。
一目で分かるほどに質の良い、青と白を基調にした乗馬服のようなフロックスタイルに身を包む少女。
あまりにも不釣合いな両者は、アドルフの自宅前で口げんかをしていたのだ。
「黙るのは! てめえだ! クソアマが! キーキー! うるせえんだよ!?」
「うるせえのはお前もだよ。人の家の前で叫ぶんじゃない」
唾を撒き散らしながら怒鳴り声を上げる隣人に、アドルフは消えろとばかりに手を払う動作をする。
隣人を初めとしたここに住む傭兵達は決して物分りが良いとは言えない。
そのためアドルフとしては、これ以上に厄介なことになる前に事態に収集と付けたいのだ。
しかし灰色の髪をした筋骨隆々の隣人は、気に入らないとばかりにアドルフに食って掛かる。
「てめえのところの客が! キーキーうるさくて! 起きちまったんだよ!」
「いや、俺の客かどうかも知らないよ。勝手に俺の責任しないでくれ。女に逃げられたのはそんなに器が小さいからじゃないのか?」
いつものように直情的にかつ、アクセントをつけながら怒りを表現する隣人。
アドルフはその隣人の器用な様に嘆息交じりに毒を吐く。
並みの精神であれば、心が折られてもおかしくはない所業。
それでも打たれ慣れてしまった隣人は、怒鳴り声を上げ続ける。
「ケニーが出て行ったのは! お前が! 俺をぶっ飛ばしたからだろうが!」
「いやいや、ケンカを売ってきたのはお前だろ? 毎回怪我させないようにぶっ飛ばすのって難しいんだぜ? 大体ソレが原因なら器以前の問題だな。原因が分かってよかったじゃないか、おめでとう」
関係ない事を持ち出されてさらに憤る隣人、あくまで責任の所在は隣人にあると告げるアドルフ。
その2人の諍いの原因は2人の仕事の格差にあった。
小さな仕事ばかりを組合に押し付けられる隣人。
大型コロニーの護衛などを個人でこなしていたアドルフ。
隣人は大多数から外れたアドルフを不審に思い、思わず問い掛けてしまったのだ。
「組合に所属してないお前がそんなに儲かってるのはおかしい。組合の上役の変態どもにでも抱かれてお情けでもらってるのか?」
アドルフをコケにする意味があった言葉であったとはいえ、組合至上主義の隣人がそう言った疑問を持つのも無理はなかった。
しかし相手が悪すぎた。
「こういうのって実力と信頼の差がハッキリ出るよな。しかし組合の上役ってのはそんなんなのか? お前みたいなみすぼらしくて暑苦しい奴しか見てないと俺みたいな奴が魅力的に見えるのかね? いや参った。上役の変態に狙われない醜いお前がうらやましいよ」
アドルフは平然とその過剰なカウンターを叩き込んだのだ。
コケにするつもりがされてしまった。
その事実に憤った隣人はアドルフに殴り掛かり、アドルフは壁に立て掛けてあったモップで隣人を無力化した。
その後も諍いは続き、その光景をむざむざと見せ付けられていた隣人の恋人は、隣人に愛想を尽かして出て行ってしまったのだ。
「お兄さん! その目はどうなさったのですか!? 何故組合に所属してなさらな無かったのですか!? 本当に見つかるかどうかふあ――」
「はいはい、お兄さんの目は昔からこうでしたよ。組合は面倒だったから。見つけ辛いのは自営業の辛いところだよね」
鼻息荒く怒れる隣人を無視するかのように、平然と割り込んできた少女。
アドルフはそんな少女に呆れたように言葉を遮るも、その少女の美しい容姿に見惚れてしまう。
真っ直ぐに下ろされた長髪は金糸のように美しいプラチナブロンド。
彫刻のように美しく整った顔には突き通るような青い瞳。
その美しい容姿の少女は、あまりにも薄汚いスラムの住居には不似合いだった。
企業は環境を汚染し太陽を奪ったこの地上に生き残ったのは、人間を含め環境に適応できた生き物達だけ。
紫外線が弱くなり人々の髪や瞳の色素は退色し、生き残った人々の大半は灰色の者達となった。
その前の時代にある程度の資産をもつ者達は退屈しのぎに染髪などではない、遺伝子から手を加え、あらゆる色を楽しんだ。
だがその子孫達は人類に等しく訪れた色素の退色により、灰色の髪と瞳を手に入れたのは皮肉でしかなかった。
アドルフの黒髪や少女の金髪碧眼は単に血の濃さや、先祖がそういうものに興味を示さなかった結果である。
遡れば発色ももっとハッキリした物だったのかも知れないが、この時代に置いてこの2人の色合いは異端だった。
商品価値の高いその色に目を奪われながらも、アドルフは少女の様子を窺う。
暗殺者にしては華奢すぎる体、武器など使った事がなさそうな細く綺麗な指。
何よりアドルフより弱いとは言え、傭兵である隣人に真っ向から喧嘩を売る姿勢。
その世間知らずにも程がある態度に、アドルフは懸念が消え去ったのを理解する。
こうしている間にも隣人が怒りを募らせているがアドルフには関係ない。
どうせ明日の昼には切れる、どちらかと言えば早く切りたい縁だ。
しかしアドルフが早く寝たいのは事実。
だからアドルフは、この状況を手っ取り早く終わらせる事にした。




