Ride The Bullet/Hide The Cullet 4
しかしもはやただの過去だ、と嘆息したアドルフは家路を進む。
アドルフがベースとしているスラムは、旧時代にリヴァプールと呼ばれた都市の名残。
もはや瓦礫しか残っていないただの溜まり場であり、多くの傭兵が集う掃き溜め。
多くの傭兵は民間軍事企業同士を繋ぐ組合を介して仕事を請けていたが、アドルフは訳あって個人で全てを受けていた。
何も最初からアドルフは、1人で傭兵業を始めようとしていた訳ではない。
しかし初対面で企業と関わりの深いコロニーKzylのバックアップを受けていたエフレーモフと揉めてしまい、結果として企業とのパイプを求めていた民間軍事企業から嫌われてしまったのだ。
異物として排除されたアドルフは、それから生半可ではない苦労を強いられた。
見つかるとは思えない失踪人の捜索。
今の世においても歓迎されない紛争地帯からの移民の子供達、人買い達からの護衛と言う名の子守。
その母達の護衛と言う名の買い物の荷物持ち。
もし目標を持たず、覚悟を持って傭兵という職業についていなければ、アドルフはとっくに逃げ出していただろう。
しかし悪い事ばかりではなかった事も事実だった。
基本的にアドルフは単独戦闘を行うため、常に最悪の事態を想定して動けるようになったのだ。
エフレーモフのロケットランチャーに気付けたのも、その能力によるものだった。
そして子供達の護衛のおかげか、どこへ行っても子供にだけは懐かれた。
決してそれが傭兵家業に役立ったという訳ではないが、円滑な人間関係を築くのに役に立ってくれたのは事実だった。
その代償としてとある大型コロニーの護衛任務の際、哨戒中の傭兵に子供達がゾロゾロとついて来るというトラブルを抱える事になったが。
コロニーの有力者の1人娘が率先してついてくる時には、思わず頭を抱えてしまったりもした。
それでもあのコロニーの子供達は聡明であったと、アドルフは確かに覚えている。
アドルフがあの歳の頃どうだったがは本人は覚えてはいないが、あのコロニーの子供達ほど聡明ではなかっただろう。
そんな事を考えながら慣れ親しんだ集合住宅に辿り着いたアドルフは、見覚えのないバイクに眉を顰める。
掃き溜めのようなスラムには似つかわしくない高級品。
しかし、とアドルフはそれを無視して歩みを進める。
傭兵家業は今日で廃業、これ以上面倒を抱え込む理由などないのだから。
物分りはいいが、遊びに貪欲な子供達。
物分りは悪いが、圧倒的な殺意に消えていく敵対者達。
その全てが過去の物であり、これからのアドルフは故郷で女と静かに暮らしていくのだから。
「――さん、いらっしゃ――」
頑丈さだけが取り柄の合金製の扉が叩かれる音と、張上げられる女の声。
階段を上っていたアドルフは、面倒ごとの匂いに顰めていた眉を更に顰める。
アドルフにとって住み慣れた我が家ではあるが、あくまでここは傭兵がたむろするスラムの集合住宅。
そんな場所で女が騒げばどうなるか、など分かりきった話だった。
「――せえぞこら――」
予想通りの展開にアドルフは深いため息をつく。
女の傭兵がいない訳ではない。
だが訓練されていない人間は男女の区別もなく、ただの弱者でしかない。
荒くれ者とただの女。
司法は死に、宗教は廃れ、モラルが腐ったこの世に置いてフェミニストなど存在はせず、このままであれば女は犯され見るも無残な姿になりおしまいだろう。
しかしアドルフの懸念はその凄惨な結末ではなく、その声が聞こえてくる方角にあった。
知っている限り、その声はアドルフの部屋の方から聞こえるのだ。
もしその女の目的がアドルフであるのなら、おそらく至急の依頼、もしくはアドルフの殺害。
前者なら「廃業した」と正直に告げお断り。
後者はこんな間抜けな暗殺者が居る訳がないが、その背後を洗わなければならないするので無力化しなければならない。
アドルフは面倒だとばかりに嘆息をするも、どうせ明日にはこのスラムから去っているのも事実。
誰かの恨みを買ってしまったとしても、この広い世界のどこかのコロニーの個人を探し出すことなど不可能だろう。
「――りなさい! ――」
方針を決めたアドルフの耳に届く、ヒステリックな響きを持つ女の声。
頭がいい隣人に因縁をつけられる可能性に頭を悩ませながら、アドルフは階段を上る足を速める。
荷物の整理はまだ終わっていない上に、アドルフの体はひたすらに疲労を訴えている。
いらずらに無意味な現状を長引かせるのは、アドルフの本意ではないのだから。




