Before I Forget
復讐劇は幕を閉じ、世界には混迷が訪れた。
住まう者達の安寧を謳っていた、メモリーインダストリーの影響下にあったコロニーは遺された者達の復讐の対象となった。
企業という揺り篭の揺り手を失ったコロニーは庇護者を求め、トニー・ルーサム等の防衛部隊経験のある者達や、大規模なレジスタンスの者達がその任に就いた。
そしてコロニーOdeonに従者等と共に渡ったローズ・アロースミスは義理の妹であるメアリー・アロースミスの力添えの元、交渉屋アロースミスを開業し、コロニー同士が争う前に交渉で解決しようと尽力した。
メモリーインダストリーが消え、記憶の販売は衰退の一途をたどり、企業という枷を失った私兵達は野盗と化し、企業の軍需工業はある場所は破壊され、ある場所は野盗の根城と化し、世界は企業が現れる前の混沌とした物に戻りつつあったが、大きな力に支配されながら生きるのか、ただ自らの力で混迷する世の中を生きていくのが正しいかは誰にも分かりはしない。
ただその日を生きるという意思、それは世界が企業を失う前も後も変わらず世界を動かしていた。
それでも移民達はその身の価値が消える事は無く、人買いはバンディットと組み移民を襲い、移民はソレを恐れその身を寄せ合う他無く、抵抗する手段を持たぬ者達から何もかも奪われていった。
しかし世界に自浄作用があるように、バンディットに対する最強の戦力が生まれた。1度戦いが始まればバンディットを殺しつくし、大地を赤く《レッドフィールド》染め上げるソレを移民達は安いとは言えないギャランティで雇い、バンディットを撃退した。
その戦力の名は多目的傭兵屋アヴェンジャー、旧リヴァプールのスラムに住まう白黒の髪の男の機動遊兵と金髪の女の参謀の2人組みだ。
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肩に感じる心地良い重みと暖かさにウィリアムは目を覚ます。
遮るものが無い右目でその正体を探れば、そこに居たのはかつて死線を共にし自らが利用した少女で、現在は自らの伴侶であるローレライ・ロスチャイルドだった。
ローラはあの復讐劇の後、傷だらけのウィリアムに素早く救急用ナノマシンを投与し、バイクで旧リヴァプールのスラムまで運んだ。
瀕死の体をナノマシンで誤魔化して運べばウィリアムの体に負担を掛ける事になるとローラは理解していたが、アロースミス党首の座を剥奪され資金も頼れる物も何もなかったローラは戦場に転がっていた見覚えのある手甲をした傭兵の死体を見つけ、ウィリアムを殺す為に戦力の大半を出奔させた旧リヴァプールに行く事を決めた。
旧リヴァプールのスラムに無事辿り着いたローラ達だったが、ウィリアムの体に残るナノマシンでは補いきれない負傷の為の治療には、まとまった資金が必要だったがローラの資金はとっくに底を付いておりウィリアムの資金を使わなければならなかった。
しかし他人の口座の金を他人が使う事など出来るはずが無く、ローラは途方に暮れていたがある情報を耳に入れその状況を引っ繰り返した。
この時代、一家の大黒柱足る男達のほとんどは戦いと関わる仕事でその収入を得ており、そしてその半数は簡単に死に、遺された家族等は収入を得る事が出来ずにただ死を待つだけになってしまう。
その状況を打破する為に大規模組織の中で唯一モラルを守り続けてきた金融機関は、戸籍上の縁者であればその口座の中の資金を好きに出来るという救済案を打ち出した。
それを知ったローラはいけない事と知りながら、その反面意気揚々とウィリアムの戸籍を持っていた貴金属の一部を売った資金で操作し、戸籍上で妻となり、ウィリアムの口座から降ろした資金を治療に当てた。
そして2週間ほど経ち、目を覚ましたウィリアムは自分が生きていて事、ローラがそこに居た事、ローラが自分の妻になっていた事に驚愕し更に3日ほど眠りに付いた。
改めて目を覚ましたウィリアムは掛かった金は返す、だから早く母の下へ帰れとローラを説得したが、ローラはウィリアムを救う為に多数の貴金属を手放した事とアロースミス党首の座を剥奪されたという事実を聞き今度は意識を失うまいと意識を確かに持ち会話に臨んだ。
トレーシー・ベルナップが自らと関わったせいで殺され、コロニーCrossingもそのついでに空爆に晒された。もう守ってやる事は難しいかもしれない、必要ならばバイクも持って行って構わない。
ウィリアムは自らの持つ精一杯の誠意を持ってそう話した。
怒るかもしれない、見限られるかもしれない。だが、それ以上に目の前の少女を失うことをウィリアムはただ恐れた。
最後に受けたポズウェルの襲撃でさえ、ローラを守るという目的が無ければもう戦えなかっただろう。それほどまでに大きくなってまった少女の存在を危険に晒すなどウィリアムには出来なかった。
しかし当のローラは怒ったりする事もなく、いつもの柔和な笑みを浮かべこう言い放った。
「知りませんわ、そんな事」
ウィリアムは今度こそ意識を手放した。
そして次にウィリアムが目覚めたそこは医療施設でも今まで自らが暮らしてきた簡素な家屋でもない、暖かみと気品が同居する内装で飾られた家だった。
日に日に逞しくなっていくローラにウィリアムはアロースミスの女傑の影を感じ、そして自らの口座の衰退を感じながらもろくに体が動かないウィリアムはローラに頼らざるを得なかった。
住処をそこに移してからというものローラは何も聞かずただウィリアムに尽くし、ウィリアムはソレに応えるように回復していった。
左目の多用により黒髪は白髪に侵食され、左目にはローラに与えられた黒い布。とても回復したとは言いがたい姿だが、鏡で見た久々の自身の姿にウィリアムローラに改めて礼をするが「礼をいう必要は無いから約束を守って欲しい」と言われ、ウィリアムは再び訪れるアロースミス家のマナー講座に恐怖したが正確にはソレではないらしい。
ソレから逃れる事は叶わない事が確定したが、せめてもともう1つの約束をウィリアムはローラに問い質したが「自分が分かっていれば問題ない事だ」とウィリアムに教えることは無かった。
それから数ヶ月が経ち、ウィリアムはローラが受諾した依頼のみを受けるという制約の下、ウィリアムは傭兵業を再開した。
この世の復讐を望む者達にその名が届くよう、自らが失った物を忘れぬようアヴェンジャーと名付けられた傭兵屋を。
時折連絡してくる義理の母となったローズ・アロースミスは交渉で解決しなかった案件の解決をウィリアムに依頼し、それのついでに「いつまでも傭兵を続けられるはずがないのだから新しい仕事を見つけなさい」とありがたくも手厳しい苦言を呈していた。
そしてバンディットの小隊を3つ壊滅させ、バンディットに拉致された移民の子供を奪還し3日ぶりの、今ではすっかり慣れた値段以上に上等なソファでウィリアムは寝てしまったいたらしい。
少し凝ってしまった体を解そうとしたが、自らに体を預け眠っているローラを起こすのは忍びなくウィリアムは小さく溜息をつく。
「……ん」
「ああ、ごめん。起こしちゃったかい?」
「……構いませんわ、ソファに座ったらついうとうとしてしまっただけですの」
そう言いながらローラはウィリアムの腰に腕を回し、ウィリアムはそんなローラの頭を撫でる。
「夢を見ていたんだ。俺とローラが再会した頃の」
「あの頃は大変でしたわね、婚約されると聞いて相手次第ではウィルを誘拐して逃げようと思いましたもの」
「それは犯罪だ!? 何がそこまで君を焚きつけた!?」
「ウィルへの留まる事を知らない愛情ですわ。責任を取っていただけます?」
ウィリアムの目を見上げるようにローラがそうウィリアムに問い掛ける。
酷使された脳とのナノマシンで何度も無理矢理再生した体はローラよりも先に朽ち果てるだろう。もしかしたらそれよりも早くローラが自分から離れて行くかもしれない。
しかし、自らが変えてしまった少女が傍らに居る限り誓おう。
「また、俺は何もかも忘れてしまうかもしれない。だからその前に言っておきたい事があるんだ」
大容量のデータを脳とやり取りする左目が残っている以上、自分の脳に何があってもおかしくはない。その時には1人で行って欲しい。
そんな事を考えながら、ウィリアム・ロスチャイルドは自らの伴侶のおかげで失わずに済んだ命を動かす、自分の縁を口に出した。
「ローラ、君を誰よりも愛してる」
「わたくしもですわ、ウィル。忘れても何度でも思い出させて差し上げましょう」
ローレライ・ロスチャイルドは美しい笑みを浮かべて言った。
「御覚悟を。もう、二度と離したりなんてしてあげませんわ」




