Nemesis 2
これを作った者と自身以外、この世界の誰も知らないソレからウィリアムは逃げていた。
緑色の瞳は頭痛と共に考察を含む情報をウィリアムに送る。
敵性戦力/高機動高火力特化型2脚機動兵器
装備/大型ガトリング/荷電粒子砲
ウィークポイント/バックブースター?
超高速でバイクを走らせ純白の機動兵器の射軸から逃げながらウィリアムはその情報を考察する。
高機動高火力特化型というのは文字通りあの背中に展開されるいくつものブースターとアンバランスなほどに大きい銃火器が純白の機動兵器の主武装である事を示している。そしてその片割れであるバックブースターはウィークポイントとしての側面を持っていた。名称の後ろについている?はデータが無く考察のみでの表示と割り切ってしまえれば楽だが、4脚の機動兵器でさえ足の脆弱さを指摘され市街地のみでの戦闘でしか扱われないというのにあの2本の脚はブースターと比べて頑強だと表示されているのはウィリアムには納得がしがたかった。
緑の瞳の眼球の考察が間違っているのかもしれない、むしろ合っているのかもしれない。もしくはあの機動兵器にジャミングの機能が搭載されていてそれによる影響を受けているのかもしれない。
コロニーOdeonに向かう船上でウィリアムは自身が駆るアロースミスのバイクに対して左目を使ったところ、ウィークポイント/搭乗者という表示がされ、それからというもの左目の表示をいまいち信じることが出来ずに居た。
確かにあの狼と甲殻類の間のような生き物の体当たりをまともにくらってもへこみもしなかったカウルは確かに頑丈で、人の肉の砲が耐久性が無いのは分かるが常時搭載されているパーツではない人の身をパーツとして扱うのは無理があり、何よりあのバイクがいくら優れた品だからと言っても人が作った物に完璧な物がある訳が無い。
「こんな風にな」
直線のみ機能する高速移動をバイクの速度上げる事で回避し、背中を晒す形となった機動兵器のバックブースターをウィリアムは左目が示す弾道なぞるようにアンチマテリアルライフルの弾丸を放ち抉る。
緑の瞳の左目がジャミングを受けていない、確かな情報を使用者に与えいると仮定して、そこから導かれるのは確率の高いもの以外の考察の秘匿である。
多くの情報が与えられる事による脳へのダメージの軽減が目的ではない事は確実であり、左目を露出する事により作動するというスイッチを入れるプロセスはあるが左目を出してしまえばパッシブに移行する為、ウィリアムが制御しきれないという事でもない。
つまり、その目を与えた人間には何か思惑がありそういうセーブを掛けたという事になる。
あの赤い機動兵器のセンターシャフトの破損を考察から見抜き、結果勝利へ導いたのは確かに緑の瞳の目だが、自分の体であって自分の体ではない、何者かにコントロールされている可能性が捨てられないソレにウィリアムは気味悪さを感じてしまう。
しかし複数あるブースターの1つがアンチマテリアルライフルから放たれた数発の徹甲弾で簡単に破壊できた事が信頼を加速させる。
自分は大きな思い違いをしているのではないか。
ロールアウトされていない最新鋭の機体をワンオフ機を戦闘車両を使わずに撃破した人間を使用してのデータ採取、ウィリアムはそう考えてたがその考えすら疑わしくなってきていた。
答えではなくヒントを1つだけ与えられているのは何故?
勝てる状況を整えられたのは何故?
「……ふざけやがって、クソッタレが」
得体の知れない何かに理解の出来ない何かへ誘導されているような気味の悪さを感じながら導かれる答えにウィリアムは沸々と溜まる苛立ちををスラングという形でぶちまける。
導かれた答えから企業の張った掛け金とこの戦いが終わった後、彼等の手元に戻るリターンが余りにも割りに合わない事にウィリアムは気づいたが、そもそもベット自体が企業にとって不要なものだったのならばどうなのだろうかと考えていたその時、純白の機動兵器から放たれた粒子砲が数秒前までウィリアムが居た場所を吹き飛ばす。
「もっと紳士らしく振舞えないのか? 乱暴な奴はモテないぜ?」
残弾を全て吐き出したマガジンが地面に落ち、吹き飛ばされた遮蔽物の残骸と共に塵芥の1部となる。
一瞬でも気が緩めばその猥雑さと助長する事になる死線の中でウィリアムは軽口を叩く。
鈍痛に苛まれる頭で導いた答えはこの戦いの結末までもが決められた物だと、ウィリアムが自らその命を絶たない限り企業の手のひらで踊り続けるのだと示し、そして脳裏をよぎる最悪のヴィジョンはどちらへ進もうと再び全てを失わずにいるのは困難だと告げる。
「やってみろよ、クソッタレが!」
純白の機動兵器がガトリングの弾丸をばら撒きながらの突撃をウィリアムは自らに向かって飛び散る遮蔽物の残骸をアンチマテリアルライフルの銃身で払いのけながら回避する。
幾つもの残骸を叩き落したライフルの銃身は折れ曲がり、もはや役に立たない。
折れ曲がったライフルは誰なのだろうか。
ウィリアムに2度捨てられたライフルはここでその役目を終えたが、もしこれが誰かならそれを捨てるのもまた誰かとなるのだろう。
ローラを捨てたのはウィリアム、ウィリアムを捨てるのはローラと企業。因果応報で世の中が回っているのならば人の為に尽くせる彼女を害されていいはずが無い。
企業の社屋内の人口の少なさにウィリアムは、ロールアウトされていない機動兵器が外の部隊にもあてがわれていてそちらのバックアップと元BIG-C防衛部隊とレジスタンス達の記憶の奪取に私兵達は向かっているはずだと考えていた。
自らが復讐の成就の末で死に行くのは別に構わない、その為にここまでの犠牲を払ったのだ。
自らを想う少女の想いを、そしてこれからの生涯を。
だが、ローラは違う。
企業、コロニーの無能な首脳達、そしてウィリアム。そういった大人達に争いの渦中へ誘われ《いざなわれ》、戦う事を選ばされてしまった。
ローラがどう考えていようと自らのコロニーが襲撃され、涙を流していたローラに参謀の道を歩ませた一端を自らが担っていたとウィリアムは思っていた。
自らの同胞を殺され激昂していた少女を、時として顔色1つ変えずに多数の命を捨てなければならない参謀にさせたのは自分だ、と。
この襲撃で世界を知らない元BIG-Cの防衛部隊はレジスタンスの略奪行為を見てそれに同調し、隙を見せた多数の命が失われるだろう。
それを背負う事を放棄させたのはウィリアムの生き方で、それを刻み付けてしまったのはローラの生き方。
だからこそ、とウィリアムは思う。
「痛いのも、苦しいのも、辛い事は全部俺が持って行ってやる」
ウィリアムが最高速度を維持したままバイクから飛び降り、そのままバイクを追い駆ける純白の機動兵器の背中にガンホルダーから出したセミオートのハンドキャノンを向ける。
純白の機動兵器が撒き散らす残骸をその身に喰らいながら、引き金を連続して引く。抑えきれない反動に腕は無様に振り回され、その度に鈍痛がその存在をアピールするかのようにウィリアムの脳を軋ませるが、ウィリアムはそれに構わず半壊した遮蔽物の駆け上がり壁だったはずの場所から出てきた私兵達にグリップの倍はあるマガジンの弾丸を放ち、そのまま飛び降り遮蔽物に身を隠す。
ハンドキャノンの冗談のような銃声すら足元にも及ばない、純白の機動兵器のバックブースター周辺が爆発する音が一帯を襲う。
状況がウィリアムの脳裏によぎる最悪の状況の通りに事が進んでいるのならば高威力の粒子砲、援軍の歩兵、そしてウィークポイントの箇所を破壊してもまだ動き続ける機動兵器。
状況をろくに確認もせずウィリアムはバイクを失ったその身では短いとは言えない距離を走る。純白の機動兵器はうつ伏せに倒れるその身をガトリングを放棄し支え、チャージの遅い粒子砲で迎え撃とうとするがパワーアシストが利いた足で走るウィリアムを捉える事が出来ずそのもはや装甲など無いに等しい背後を許してしまう。
「餞別だ、1個で1食済ませることが出来るくらいの高級品。味わってくれよ」
ブースターが爆散し、大きなクレーターを刻んだ純白の機動兵器の背中にハンドグレネードを2つ埋め込んでウィリアムは先程破棄したバイクへ走り、倒れたバイクのシートを下から掬い上げるようにパワーアシストの利いた足で蹴り上げアクセルを回しながら飛び乗る。
カウルが無様にへこんだバイクが動いた事を面倒な依頼人に聞かされた十字架に貼り付けられた男に感謝しながらウィリアムがその場を去ったその瞬間、今度はハンドグレネードが弾ける音が一帯を包み込む。
左目の擬似レーダーが補足し切れなかった細かい遮蔽物の残骸がウィリアムを襲うが、ウィリアムは苦しむ事すら許されない。
アリーナ上に広がる自らの戦場を外周を沿うように最高速でバイクを走らせ、まだ生き残っていた私兵達にハンドキャノンの弾丸を放り急襲する。自らのワイルドカードが突破された私兵達は高速で迫る復讐鬼に気付くのが遅れ、最初に切った不意打ちというカードを台無しにしながらの撃ち合いに殉ずるほかなくなる。
ウィリアムが放つ弾丸が私兵の1人を葬る、自らの頭部目掛け放たれる私兵の弾丸を弾道計算により顔を傾ける事で回避する。
ウィリアムが放つ弾丸が私兵の装備するロケットランチャーの榴弾に命中し弾け周囲の私兵達を燃やす、仲間が死んだ事に動揺した私兵がパニックのまま放った弾丸が見当違いな方向の壁に当たり兆弾したソレがウィリアムのボディアーマーを抉る。
自らの肋骨が砕けた事を認識しながらもウィリアムは進むのをやめない。
勝機を持って挑んで来たはずの私兵達は恥も外聞もなくウィリアムに背を向けて逃げ出すが、ウィリアムのハンドキャノンがそれを許さない。
7人、6人、5人。
ウィリアムは引き金を引きながらまだ消す事が出来ていない命の数を数える。まるで処理される廃棄物のように命が消されていく。
4人、3人、2人。
グリップから大幅にはみ出したマガジンの最後の1発を最後の1人は転ぶ事で回避した。しかし抜けた腰は拾った命の延命を助長する事無く最後の1人をその場に縫い付けた。
「アアアァァァッ!」
パニックに陥りながらもバイクから降り、自らに向かって歩みを進めるウィリアムを迎え撃とうと私兵が構えたライフルをウィリアムはスティールトゥのコンバットブーツで蹴り飛ばす。
MEMORY SUCKERで記憶の奪取が出来るのは脳が腐敗するまでの数時間。ここにも私兵が来る可能性がある以上この場所に留まるのは危険だと判断したウィリアムは古くからの付き合いであるハンドキャノンをガンホルダーから取り出し、私兵のヘルメットの中央に銃口を押し当てた。
「……化け物」
かすれた声で私兵が吐き出した言葉をウィリアムのハンドキャノンの銃声が掻き消す。
「それも数年前に、お前の大先輩に言われたよ」
学習しないな、もはや聞く相手の居ない言葉を言外に付けたしウィリアムは辺りを見渡す。
炎の赤と焼け付いた灰色増やしていくかつて純白だった機動兵器の残骸と、真っ白な床とパワードスーツを赤く染めていく私兵達だった死体達がそこに転がっている。
左目でその船上を見渡して何もない事を確認して左目を閉じ、改めて耳を澄まし動きがあるものがないかウィリアムは確認する。
目と耳、そして脳裏のヴィジョンからここにはもう敵が居ないと理解してウィリアムはバイクのカードリーダーからカードを引き抜き、造園の私兵達が来たバイクで通るには狭い通路を進んでいく。
内包する弾を撃ち尽くしたハンドキャノンのマガジンを新しい物に変えながら、使ってしまった分の弾丸を装填しながら、ウィリアムは自身の思う最後に向けて歩みを進める。
初めはオリヴァー・モンクトン。次はアドルフ・レッドフィールド。そしてチャールズ・アロースミスと戦場で死んでいった自らを受け入れてくれた子供達。
その全てを仇を討つ復讐がもう終わる。
企業の首脳を殺したところでローラやトレーシーの哀しみが晴れるわけではない。
ウィリアムは最後まで自分の為に戦う。自分の為に他者の復讐を負う。
自らが傷付けてきた女達に報いる方法をウィリアムは他には知らない。
そしてウィリアムの歩んできた道の終わりを告げるように通路が終わり、緑の光を放つカードリーダーと真っ白な扉がそこに存在していた。
最後まで手に馴染みそうにないカードをそのスリットに通し、扉のロックが解除された事を確認しカードを胸ポケットにしまう。
これで最後だ、とハンドキャノンを構え覚悟を決めたウィリアムが蹴り飛ばした扉の向こうには純白で彩られた部屋がその姿を現す。
大きなディスプレイ、大きなデスク、そのデスクを挟むように鎮座する純白の彫刻、そしてその最奥に灰色の髪で顔のほとんどを覆い隠した男が居た。
「やあ、遅かったじゃないか。復讐者」
灰色の髪の間から楽しそうな表情を窺わせる男がウィリアムを確かにそう呼んだ事を認識したウィリアムの右手を包むレザーグローブがギシリと音を立てる。
仇と分かっている男を殺してしまいたい衝動に駆られるが、自らの事を知るまでは殺すわけにはいかず苛立ちだけが増していく。
「僕は演出者。君の人生をハチャメチャに楽しく演出した立役者だよ。演出者なのに立役者だなんてどうだい? 面白くないかい?」
冗談のような銃声と共に放たれたハンドキャノンの弾丸が男が両肘をつくテーブルの片隅を消し飛ばす。
「ワオワオ! 荒事は勘弁してよ、そういうのは僕の仕事じゃないんだよ!」
「俺が聞きたいことは分かってるはずだ、剥いても次が無い不愉快なマトリョーシカになりたくなければさっさと話せ」
「すんごい面白い切り替えしだね! そんな君にとっておきの映像を観せてあげよう! きっと君の知りたい事でもあるからさ! あと部屋暗くするけど撃たないでね」
演出者と名乗った男のテンションが上がる毎に、力が入りそうになる引き金に掛ける指を抑えながら銃身を振り払うような動作で促す。
演出者と名乗った男が言った通り暗くなった部屋を、ディスプレイから放たれる光だけが室内を照らす。
場違いなほどに明るいファンファーレと共に映像が始まる。
『むかしむかしあるところに1人の少年が居ました。その少年は迫害の中で生きていた少年は盗みを働くようになり、ある日大人たちに捕まってしまい人買いに売られてしまいましたが持ち前の凶暴さで盗んだ銃をぶっ放してお金を掴んでファラウェイしました。この恋泥棒!』
画面には黒い毛糸で出来た髪を振り乱しながら走るパペットが、ナレーターの語る酷くウィリアムの感情を逆撫でするナレーションをバックに走る。
映像の光景がローラ以外の誰にも話していない事から窺わせる過去がウィリアムにディレクターと名乗る男を殺させようとするが、映像はまだ始まったばかりであり、ウィリアムは演出者に銃口を向けながら再度ディスプレイを注視する。
『少年はいろいろなコロニーを転々としながら盗みを続けていましたが、ある日ブラコン軍人に捕まって弟の名前を押し付けられた挙句、同じ部隊に所属させられる事になりました。男も惑わすとかなんて魔性!』
響く冗談のような銃声。ウィリアムは今度は我慢する事無く、演出者の後ろの壁をハンドキャノンで撃ち抜く。
「いや! ナレーションは僕が書いた訳じゃないんだよ!? 殲滅者、って言っても分からないか。赤い機動兵器乗りの女が僕が書いた原稿を無視して吹き込んだんだよ!」
「黙れ」
必至に弁解する演出者を再度銃口を向けることによってウィリアムは黙らせる。
『そしてすったもんだあって少年、ウィリアムはコロニーをゲラウェイされました。ブラコン軍人は弟もどきを追い出した上司を訓練という名のリンチで半殺しにし、昇進の道を閉ざしてしまいました。無念ー』
ディスプレイ内では灰色の毛糸で出来た髪を生やすパペットがもう1つの灰色の髪を持つパペットを八つ裂きにしていた。
早く終われ、ウィリアムはただそう願う。
今殺すわけにはいかないが、殺さなくてはならない理由が増えていく。
『そしてウィリアムは……復讐者じゃ駄目なの? ウィリアムって長いのよ。……はいはい、分かったわよ。そしてウィリアムはコロニーからゲラウェイされ、スラムに移り住み傭兵家業を始めました。組合に登録する際にボンボンをぶっ飛ばしてしまったウィリアムは組合からもゲラウェイされました。やるー』
先程の灰色の髪のパペットがもう1つの灰色の髪のパペットを八つ裂きにする映像が再度流れる。違うところは凄く雑に黒く塗られた髪だけ。
『かくしてウィリアムは個人で傭兵稼業を始めましたとさ。仕事は子守から暗殺まで。本当に節操無いわねー、暗殺対象を小隊まるごと殺した次の日に護衛の仕事するとかこっち側向きなんじゃないの?』
殲滅者と名を教えられた女が黒髪のパペットが暴れている映像の背景で、呆れたように漏らす言葉にウィリアムは苛立ちながらも認めざるを得なかった。企業の私兵達もウィリアムも元を正せば生きていく為に殺しに手を染めた。そこに楽しみがあろうとなかろうと訪れる結末は変わらない。
『ウィリアムは順調に人買いの組織の支部を全滅させたり、メモリーインダストリーの歩兵小隊を全滅させたりしながら力をつけた後、コロニーBIG-C、お高くとまったライミー共の護衛を引き受ける事になりましたとさ。それでもって大隊を率いて襲撃を掛けた貫通者を殺害し、ライミー共に勝利をもたらしました。凄いわねー、歩兵じゃ最強だったのにあいつ』
企業が抱える私兵達は大きく分けて歩兵、車両機動兵器を含む機動兵、そしてそこから細かく分けるならば私兵は戦闘と支援に分かれる。ウィリアムが殺したあのオルタナティヴによって与えられた不恰好な右腕を持ったあの歩兵は戦闘歩兵の中では最強だった。
『そしてまたもや護衛対象のライミー共にコロニーからゲラウェイされたウィリアムはスラムに戻って療養に励みました。ここまでされて折れないなんて本当にタフね、それとも何にも期待してないだけなのかしら』
殲滅者が退屈そうに吐き出す言葉がウィリアムの核心を突く。だがそれはウィリアムにとっては当然の事でしかない。
誰かに何かを与えられるのは選ばれた人間だけだ。
ウィリアムと違い愛情の中で生きたアドルフ・レッドフィールド、富と名誉と大事な家族と同胞と共に生き、それらに愛情を注ぎ続けたアロースミス一家。
盗み、殺し、奪い続けた自らの傍に居たアドルフやアロースミス一家には大事なものを失わせてしまった。
もしウィリアムに出来る事が残されているのなら、それは生き残った彼女等の敵を殺し続ける事だけだ。
復讐者、生きている限り戦いから逃れる事は出来ないであろう自らには相応しい名前じゃないか。
嘆息をついてウィリアムが苦笑をこぼすとディスプレイには金の毛糸で出来た髪を生やすパペット達に石を投げられ黒髪のパペットがコロニーから追い出されるという事実とは違う演出が終わり、スラムのかつての自室に良く似た場所で横たわる黒髪のパペットがムクリと起き上がる映像が流れた。
『ある日ウィリアムの端末にコロニーCrossing、ブラコン軍人が防衛部隊の小隊長を務めるコロニーから援護要請がウィリアムに届きました。トランスフィクサーを単独で殺害したんだもの、名前が売れるのは当然ね。それにしても都合が良いものね、だからコロニーの連中嫌いなのよ』
吐き捨てた殲滅者の言葉が持つ感情とは裏腹にディスプレイに映る黒髪のパペットは武器を持って威勢良く部屋から飛び出した。
観ていたくない。
この戦いの顛末を知っているウィリアムは心からそう願うが、そんなウィリアムの思いを知ってか演出者は笑みを浮かべ映像を止めようとはしない。
『ウィリアムはシェアバスを乗り継ぎ、コロニーCrossingへ向かいましたが既に戦場となっていたCrossingにシェアバスは接近する事が出来ずウィリアムは徒歩で向かいましたとさ。若いっていいわねー』
灰髪の男のパペットに忍び寄る私兵を撃ち殺す黒髪のパペット、そして待ちきれぬとばかりに赤い蜘蛛がそのディスプレイに姿を現した。
『そして! 最強にして艶美なアタシ、ミュリエル・フリップが駆るクリムゾン・ネイルが2人に襲い掛かる! きゃー麗しい!』
スピーカーからの黄色い声とは裏腹に冷え切っていく心を意図的に無視しながらウィリアムはただディスプレイを睨みつけるがそんなウィリアムの心中など知らぬとばかりに黒髪と灰髪のパペットが吹き飛ばされる。
『本当はまとめて殺したかったんだけど、灰色の方が邪魔したせいで殺し損ねちゃったのよね。結果的には良かったんだけど――因みに、この瞬間までブラコン軍人はウィリアムの事を本気で弟の同位体だと思ってたのよね。馬鹿みたい』
ギシリ。耳に届いたその音が自らの歯が擦れ合う音だとウィリアムが気付くには少し居時間を要した。
弾け飛んだ灰髪のパペット、動こうとしない黒髪のパペット、そして赤い蜘蛛のパペットが映るディスプレイとは温度差のある声で、自らが殺した仇敵は軽い口調でそう言ってのけた。
誰かを殺している以上、誰かに殺されても仕方がない。
この世界にとってそれは当たり前の事であり、ウィリアムもそれを理解して生きていたからこそBIG-Cから足早に出て行ったのだ。
だが、大事なものを奪われた人間はどうすればいい。
この世界は復讐者を生み、復讐者は復讐を成就し誰かの復讐の対象となり、永遠に続いていく。復讐の終わりは永遠に訪れない。
『アタシにも弟みたいのが居るけど、あの子が死んだって絶対にそんな事出来やしな――わかったわよ、話戻せばいいんでしょ。結論から言うと負けたわ。オルタナティヴも何もしていない、傭兵っていうちっぽけな存在に。アタシが今ここに居るのはアヴェンジャーの味方だったはずのCrossing防衛部隊が彼を狙って誤射したから』
赤い蜘蛛のパペットが倒れ伏す黒髪のパペットを飛び越え、粗雑な作りの灰は角パペット達を駆逐していく。
『ムカついたわ、とにかくムカついた。あのゴミクズ共は自らの名誉なんてくだらない物の為にアタシの戦いに水を差した。アタシは別にアヴェンジャーに殺されるのならそれでも良かった。あれだけストレートに叩き潰されたのだから納得も出来るわ。でも、あのゴミクズ共自分たちが住むコロニーさえ守れないくせに出しゃばってきた。だから大半を殺してやったわ、コロニーも1部消し炭にした。彼等が悔恨し、苦しむように刻み付けてやった』
今までの飄々とした態度が嘘のような声色で殲滅者は淡々と言葉を紡ぐ。
『この世界に身内を除いて私達と拮抗できる存在はもう居ない。貫通者を殺害でき、アタシのクリムソン・ネイルを大破寸前まで追い詰められるような人間なんて尚更。だからアタシは望んだ。もう一度決着を付けたいと、もう一度本気の殺し合いがしたいと』
その言葉を最後に映像が終わり、ディスプレイが黒に染まり室内に灯りが点される。
「ここからは僕が説明させてもらおうかな。本当は最後まで映像観せたかったんだけど、殲滅者があんな感じになっちゃって最後まで撮れなかったんだ」
ディスプレイを操作していた端末をデスクに投げ捨て、ホワイトレザーのプレジデントチェアの背もたれに灰髪の男が体を預けながらウィリアムにも座る事を促すがウィリアムはそれを拒絶するようにハンドキャノンの銃口を向けなおす。
「話すからそう慌てないでよ。そうだな、まず君の体に何が起きて僕達が何をしたのか教えようかな」
演出者は手放したばかりの端末を手にとって、ディスプレイに人体を模した画像データを呼び起こす。
「君の体は殲滅者との戦闘で裂傷、筋断裂、骨折、打撲、おまけに銃創って負傷のオンパレード。そんな君をまた戦える状態まで戻せ、と殲滅者に言われたんだけど、僕達企業がそんな利益が無い事をする訳が無い」
負傷箇所を示すチェックがディスプレイに写された人体を模した画像を埋めていく。その数は確かに生きているのが不思議なほどの数だった。
「だから僕達は条件を付けた。君がもしMEMORY SUCKERを施した上で生きていたなら、その上で君を僕等が利益を得る形で利用できるのならば、と」
「なら、何故こんなものが付いている?」
「それを説明するには、まだ話を続けさせてもらわなければならない。君の聞きたい事は分かってるから、いちいち話を途切れさせないでよ」
左目をハンドキャノンを持たない手で覆いながら言うウィリアムに、初めて演出者が笑顔を不機嫌そうに崩してそう言う。
「いいかい? 君が生きている時点で結果は分かってるけど、君はMEMORY SUCKERを施した後も君は生き伸びた。ほとんどの人間は眼球に端子突き刺した時点でショック死するんだけどね。でも君は生き残った、だから僕達は自分達の利益を確保しながら、殲滅者の希望に応えることになったんだ」
ディスプレイにウィリアムが施工されたであろう内容が現れる。
「まず、僕達が君に施工したのは記憶の流入。アドルフ・レッドフィールドだっけ? 彼の記憶を君に流し込んだ」
「記憶の流入?」
「ああ、君は知らないのか。元々MEMORY SUCKERは記憶の吸出しじゃなくてコピーを前提に考えられた装置でね。でも吸い出した記憶を装置に記憶させてから記憶を海馬に戻すっていう大容量のデータを無理矢理流し込むってプロセスは結構過酷みたいでさ。吸い出された時に生き残っても、ここで皆死んじゃうんだよね。作った奴は相当なクレイジーだよ」
クスクスと楽しそうに笑いながら言う演出者の言葉にウィリアムは眉間に寄った皺を深める。自らの目が抉られた話で笑える人間など居るはずがない。
「ここでも君は僕達の予想を裏切って生き延びた。ここで僕達は君の認識を変えた。僕達は殲滅者が言っていたようにただのちっぽけな、色が付いただけのどこにでも居る傭兵だと思ってた。でも実際は君は僕達が求めていた存在だったんだ」
理解できぬと胡乱げなウィリアムの表情と反比例するように、そう言いながら演出者は笑みを深める。それはまるで自らの玩具を自慢する子供のような笑顔。
「超越者、絶対に負けないスーパーソルジャーって言うのかな。僕達のような停滞し退色した人類とは違う、生きる為に進化せざるを得なかった奇形の生き物達とも違う、世界に変化を促す唯一無二の存在。普通の人間は時速100kmを越えるバイクに乗りながら同速度以上で遠ざかる的を打ち抜くなんて出来ないし、無意識に狙って誤射された弾丸を致命傷にならないような場所で受けるなんて事が普通の人間に出来ない事くらいは分かるだろう?」
「気持ちの悪い事を言ってくれる。俺はお前等がいじった点を除けばただの人間、お前等の言う停滞した人類に過ぎない。俺がお前等の言う超越者とやらだとして、何故そうなった?」
「その答えは遺伝子の凝縮だよ。君の祖先は自らと同色の同胞を狭い世界へ閉じ込め、近い遺伝子の者達とだけ交配を繰り返した。その結果戦闘のプログラムが強固な物になって、蓄積による遺伝子の劣化よりも早く生まれた君はその恩恵を授かる事になった。その証拠に僕達の私兵は一度大きく揺さぶられるともう手に負えないでしょ? 遺伝子が散って自己防衛のプログラムが破綻してるからなんだよ。髪の色を変えるのが少し前に流行ったけど、あれは単純に灰髪を隠す為のデコイ。醜い灰色になる事はプライドが許さなかったんだってさ、結局後天的に遺伝子をいじるリスクから廃れたけどね」
演出者の放つ言葉が企業とその他の人間達が持つ価値観の相違を窺わせる。
黒髪のウィリアムを企業は超越者と持てはやし、人買いやその他の人間達は商品として値踏みし、戦場に立つ男達は良く目立つ的として見ていた。そして疎まれ殺されそうになったのは、ウィリアムが狙った誤射の標的になったのは1度ではない。コロニーCrossing防衛部隊時代、コロニーCrossing防衛線、そしてコロニーBIG-C。
確かに自身は異常と言える数の死線を乗り越えてきた、とウィリアムはそこだけは納得せざるを得ない。
「それを仮に認めてやるとして、俺と同一の存在は他に存在しないのか?」
「過去に近い存在が居たのは事実だけど、超越者と言えるほどのものじゃなかった。君みたいに煮詰められた存在ではなかったけど、傭兵として僕等の私兵を殺して回ってたよ。その彼が居たから傭兵の組合を潰さずに黙認しているんだ。企業には色付きの人間は居ない、色付きの移民はいくら同胞が犯され拉致されても戦わずに逃げるだけ、なら色付きの傭兵に願いを託す他ない」
面倒ごとに巻き込まれた苛立ちを吐き出すように問い掛けたウィリアムの言葉に演出者はあくまで自分本位な言葉を弄す。
結局この世界で人々は自らの為に人を利用し、そしてその人々が世界を動かしていた。
「しかし、コロニーCrossingで結果として君は負けてしまった。だから僕等は出来る事をして、一度君を放逐する事にした。まずオルタナティヴで作ったその左目、擬似レーダー、擬似スキャナー、擬似演算装置、擬似データベース、痛覚のオンオフの機能を持つ義眼を与えた。因みにそれと同じような物を以前作ってたんだけど誰も耐えられなくてね、2人分の記憶の流入に耐えられた君以外は使えなかったんだ。そのせいで五感の一部が死んだみたいだけど、その性能と命には代えられないでしょ。大した生命力だよ、本当に」
五感の一部の消失、そのワードから思い当たる点がいくつか浮上する。
憧れが先行していたとはあれだけ美味いと思いながら飲んでいたアルコール、ローラと2人で食べてはみたが余りの不味さに水を買いに走った青い固形食物。そしてローラと自分の住む世界の違いを教えた紅茶の味。
ウィリアムが奪われた五感は味覚。
ウィリアムは味を感じなくなっていったのは物資やラインの劣化が原因と思っていたが、実際は左目を生かす為にただ殺されていただけ。
そして左目と同様にそれに違和感を抱きもしなかった自分に恐怖する。意識までいじられたような、そんな気持ち悪さを振り払うようにウィリアムは銃身を軽く振り続きを促す。
「話を続けるね。メモリーインダストリーは一枚岩じゃない、私兵達は仕事で記憶を集めてるだけで、彼等は殺しが出来ればそれでいい。そんな場所に無防備な状態の君を置き続ける訳にはいかなくてさ、骨の再生を待つ訳にはいかず、これもオルタナティヴで作ったパーツで内部骨格強化を施工した。おかしいと思わなかった? これだけ高威力のハンドキャノンを連続でぶっ放しても何ともないなんてさ。流石にガタが来てたのか殲滅者との戦闘で壊れたいみたいだけど」
ウィリアムのハンドキャノンで吹き飛ばされたデスクを指差しながらディレクターが楽しそうに言う。確かにパワーアシストだけでは、抑えきれない反動でウィリアムの痩躯な身が無事である理由は確かに説明が付かない。
「そして僕達はある程度回復した君を荒野に適当に放り出して、再び君が戦場に戻ったその時、君がどうなっているのか見る事にした。結果、君はアドルフ・レッドフィールドを、かつて愛情の中で生きた男の記憶を君は選んだ。その上でウィリアム・ロスチャイルドの記憶で移民達やアロースミスの人間達との記憶を選んだ。まさか無意識下で目と五感の消失を自己完結して、自らの辛い記憶を捨て自分と他人の幸せな記憶だけを選ぶなんて本当に都合がいい限りだね。惚れ惚れしちゃうよ――それでもってその後は君も知ってる通り、空爆機の実験と称したBIG-Cの襲撃。BIG-Cの連中は予想通り簡単に君に縋り付いて、君はそれに応じた。そして生き残りの半数を生かし撤退に成功した。でも僕達は君が超越者である確かな証が欲しくて、逃げ出した部隊を追撃させた部隊に大半を生き残らせてコロニーCrossingへ行くように誘導させた。あのコロニーはアドルフ・レッドフィールドの出身地だし、君なら率先して向かうだろうと思ってね」
確かにトレーシー・ベルナップとの婚約という案件が無くても、当時はコロニーCrossingを故郷と認識していたウィリアムがそこへ向かう何も知らない少女を1人で放り出すなどするはずがなかった。
「殲滅者との約束も果たさなきゃならなかったし、そこで彼女に何も告げずに出撃を命令した。サプライズってやつ。でもタイミングが遅くても早くてもいけないから、捕獲していたあの奇形の生き物達にセンサーの役割を持たせて放った。君達があれを皆殺しにしたのを確認してからデストラクターを現地へ向かわせたんだけどそれだけじゃつまらないから追撃させていた部隊の所有する機動兵器に先に行って暴れさせておいた。まあ、君の相手じゃなかったけどね」
「随分と買われたもんだ」
「あんな風に壊されるとは思わなかったからね、勉強になったよ。でも、ここで僕の演出に無い事が起きた。君と一緒に居た女の子、あの子がウィリアム・ロスチャイルドを呼び起こしてしまった。その前にアドルフ・レッドフィールドの婚約者と会っていたみたいだし、2つの名前が会話に出るっていうのが記憶の強制再生のキーワードで最終的には僕達への復讐を誘発するつもりだったからから遅かれ早かれだけど」
「なぜソレを知っている?」
その会話を演出者と名乗る目の前の男が知る手段は無かったはずだ。コロニーCrossingは企業の影響を受けていないコロニーで監視設備などは企業に把握されていないはずだとウィリアムは言外に訴える。
「教えてもらったのさ、彼女の記憶に。多分今頃Crossingも空爆で何も残ってやしないよ」
そう言うなり演出者は端末を操作し、ディスプレイにムービーデータを再生する。
ディスプレイには見覚えがある、かつてその名前を名乗っていた男とその隣に居る黒髪の少年。それはまぎれもなくアドルフ・レッドフィールドと同姓を名乗らされていたウィリアムだった。
それはトレーシー・ベルナップの記憶で、同時にその女はもうこの世には居ないという事実を告げていた。
「それにしても凄いよね、君。左目を使ったのはこの後の戦闘が初めてだけど痛覚のシャットダウンだけはパッシブで使ってた。元々痛みに対して強いのもあったのかもしれないけど、そう言う要領のいいところが超越者足る証なのかな」
演出者のその言葉に沸点に達したウィリアムの怒りが引き金を引かせ、残った少ない理性がその銃口を純白の彫像に向けさせた。
復讐者だろうが超越者だろうが、結局誰も救えやしない。
あの時、トレーシー・ベルナップの家に行かなければ彼女が命を落とす事は無かったのだろうか。
際限の無い後悔が苛立ちと無力感という形でウィリアムを染めていく。だからウィリアムは早く終わらせなければならない、次はその眉間を撃ち抜いてしまうから。
「黙れ、何故そこまでして記憶を集める?」
「退屈だったからね。映画も本も面白いものから磨耗して消えていくし、おあつらえ向きの装置もあったし、使わなきゃ損って言うか。あとはなんていうかな、世界を変えたかったのかもしれない」
砕け散った彫像の粉を払いながら演出者は至近距離で放たれたハンドキャノンを気にせずに言葉を紡ぐ。
「僕達にとって世界はもう終わってるんだ。人々は考えるのをやめて過去に、記憶に縋った」
「自分たちで与えておいてよく言う」
「与えられた物を工夫して新しい物を生み出すのは人類の使命だと僕は思うけどね。鉛筆についた消しゴムみたいに、って君は分からないか。旧時代の資料なんてもうほとんど残ってないだろうしね。でもまあ灰色の人間達はすべからく停滞してしまった、歩み続ける事を止めなかった君や奇形の生き物達と違ってね。色を残す人間達は僕達にとって変化の希望だった。だから望みは叶わないと知りながら人買いに移民を襲わせて居るかも分からない君以外の超越者を探し、有望そうな色付きの子供は拉致したり、人買いから買って手を加えてみたりもした。君の左目だって、君が考えるのをやめないように考察する余地のある情報のみしか表示されないようにリミッターを掛けた。まあ、そのリミッター解いたら流石に君が死んじゃうかもだけど――まあ、そんな事はどうでもいい。もう一度聞くけど、おかしいと思わないかい? あんな機動兵器を作る事が出来ても、ハンドキャノンのようなどこまで行っても歩兵の武器でしかない物で突破できる材質の装甲しか作れないなんて。もう終わってるんだよ、何もかも」
朽ち果てていくだけの大地、ガスに覆われていく空、汚染され干上がっていく海、色を失いそこに立ち止まり続ける人類。糧食を得る為に生き、生きる為だけに糧食を貪る人々はこの世界を食い潰し、そしていずれ荒野に朽ち果てるだけの身を晒す事になるだろう。
それは生きる為だけに盗み殺し奪い続けたウィリアムも変りはしない。そのウィリアムを神聖視する皮肉のような事実にもはやウィリアムは笑う事も出来なかった。
「でも君が現れた! 僕達が作った超越者じゃ君の相手にもならないだろう! 何せ君は僕達が用意した最新にして最強の機動兵器、オリジナル・ホワイトを撃破した! 君は最高にして至上の存在だ! だから君を主役にした演目:復讐者を作り上げたんだ! 途中で死ぬなら他の人間にはない重厚で芳醇な記憶をもらう! 僕達を殺し復讐を成就する事が出来たのなら僕達は人類の新しい可能性、超越者の礎になる事が出来る! こんなに嬉しい事は無い!」
演出者が言葉を紡ぐ度にウィリアムの復讐の理由が重なっていく。ウィリアムは導かれた復讐から逃げる事はもう出来ない。
限界まで高まっていた苛立ちと左目からくる頭痛に苛まれながら、ウィリアムはもう終わらせる事にした。
「そして君は復讐を成就し、別の人間達の復讐の対象となり君を殺すために新たな超越者が生まれるだろう! さあ、復讐を果たせ復讐者! そして人類に変化を! 新たな争いの炎を! この至上の演目に相応しいフィナーレを――」
「永遠に黙ってろ、クソッタレ」
冗談のような銃声が鳴り響き、舞台に幕を降ろすように室内が緞帳のような赤で染まっていく。
残響が去り、辺りを包む静寂を喘ぐようにウィリアムは深く息を吐いた。
復讐は成就された。だがウィリアムが取り戻した自分は結局誰かを犠牲にするだけの者であるというものであり、その事実は役目を終えた復讐者に平穏を与えたりはしない。
もし叶うのなら、どこか遠くへ行こう。
誰かの傍に居ればその誰かを傷つける事になってしまうが、1人で旅をしながら傭兵家業を続けるのならその杞憂も抱え込まずに済む。
あの時、アドルフと約束したいつか話すと言った旅の土産話を増やすもの悪くないだろう。
上顎から上が吹き飛んだ、演出者としての生を終えた死体を背にウィリアムは復讐の舞台を後にし、自分が行った復讐の軌跡を進んでいく。
オリジナル・ホワイトと名付けられた機動兵器と伏兵の私兵達の死体が転がるアリーナでバイクを回収し、バイクでウィリアムの復讐の対象を失った心中のように真っ白な通路を進む。
しかし、その白を邪魔するかのように脳裏にヴィジョンがよぎる。オリジナル・ホワイトと交戦していた時から流れ続けていたヴィジョンが。
当初の目的通りであれば、ウィリアムの端末が企業社屋から発されるジャミングの範囲外に出ればソレがローラ達の撤退タイミングとなる。
なら、仕事を果たすことだけは出来る。
侵入経路であり、脱出経路である排水路に続くハッチを開け、黒と緑のバイクをその場で乗り捨てウィリアムは近くしている最後に向かって歩き続ける。
君は復讐を成就し、別の人間達の復讐の対象となり君を殺すために新たな超越者が生まれる。
つい先程殺したばかりの男の言葉が脳内でリフレインされ、余りの滑稽さにウィリアムは笑みを漏らす。
そうだ、今度は自らの番だ。
「痛いのも、苦しいのも、辛い事は全部俺が持って行ってやる」
自らの傍らに居続けて最後の生き残りの少女が何にも犯されぬよう、ただ殺し続けるのみ。
純白に慣れ、暗闇を見通せぬ目がささやかな光を、終わりを告げるその場所に導いた。
「遅かったじゃないか、薄汚い傭兵さん。来賓の皆様が待ちわびていたよ」
排水路から出たウィリアムの前に広がっていたのはローラに似て非なる金髪碧眼を持つ男、キンバリー・ポズウェルが率いる部隊が展開された光景だった。
「しかし、君は凄いね。君の殺害依頼を組合に出したら無料で受けてくれた人達も居たよ。本当に度し難い生き物だよ、君は」
「おや、そんな事まで出来るのかい。最近のルーキーは自分の力量が分かっているみたいで素晴らしい限りだよ」
言われて見渡した敵対勢力の中には確かに見覚えのある顔が存在した。集合住宅でウィリアムの隣に住んでいた男、その他の旧リヴァプールの傭兵達。そしてキンバリー・ポズウェルが率いる小隊とウィリアムが殺したエフレーノフのコロニーKzylの者達であろう男達。
歩兵から戦闘車両までバリエーションに富んだその戦力達は、今にもウィリアムを殺さんと牙を剥いていた。
「はっ、随分と尊大な言葉だけど遺言として聞き入れてあげよう。――ああ、君の伴侶の事は気にしないでくれていい。君のような薄汚れた有象無象に心を許したような売女を、僕の伴侶にするわけにはいかないが、体を慰めるくらいはしてあげるよ。なんて心が広いんだ、僕は」
芝居掛かった口調と手振りでそうウィリアムを挑発しながら、自らが用意した戦力にただ相手を蹂躙するだけの戦いの準備を促す。
しかし、ポズウェルと相対する傭兵は嘲笑を浮かべた。
「全く、立場のある人間がそう品のない事を言っていいものなのかい? 俺がアロースミスから受けた教育じゃ、スラングすら許されなかったよ」
「だかだか不良債権の行き先の説明じゃないか、わざわざ僕の物にしてあげるんだ。喜んでくれるんじゃないかな、彼女も」
「知らねえよ、そんな事。でも、思い上がってどこまでもハッピーなその頭に1つだけ教えておいてやる」
ウィリアムがガンホルダーからグリップの倍の長さはあるマガジンが付けられたハンドキャノンを取り出す。
これが最後だ、これが本当に最後だから。
奪ってきた自分が何かを願うなどおこがましい事なのかもしれないが、ウィリアムは最後の我が侭を、今自分の体を動かす最後の縁を奪わせまいとその銃口を向け言い放った。
「アレは、あの子は俺のものだ。俺だけのものだ、お前なんぞにはくれてやらねえよ」
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キンバリー・ポズウェルは目の前の惨状を理解する事が出来なかった。自身が薄汚い有象無象と罵った傭兵は見た事のない緑色の瞳の目を見開いた後、戦闘車両を片っ端から破壊して行き、破壊された車両は悪辣なほどに爆散させた鉄塊と炎でその味方を屠っていく。
勝てる戦いだ、蹂躙するだけの戦いだったはずなのだ。
しかしポズウェルが描いていた未来は覆され、味方戦力は鉄クズと物言わぬ死体と変わっていく。
残るは戦闘開始後、ポズウェルと共に後退した小隊だけ。
「絶対に通させるな! 誇りある我等があんな薄汚い傭兵に負けるはずが無い!」
「で、ですが他の傭兵達は既に――」
「所詮クズはクズという事だ! お前等はクズなのか!? あのクズ共と同じように死にたいのか!? 分かったらさっさと守りを固め――」
その瞬間冗談のような銃声が響き渡り、先程までポズウェルに口答えをしていた男が顔の右半分を吹き飛ばされそのまま崩れ落ちる。
「い、嫌だ! 俺は死にたくない! アンタがこっちにつけば金が手に入るって言うから、略奪もしないでアンタの指示に従ったんだぞ!?」
「死にたくなければ守りを固めろ! 今散ればあのクズ共のように確固撃破の対象に――」
「もう嫌だ! アンタなんか信じられるか!」
1人、2人と小隊の陣形を崩しそこから走り去ろうとするが大口径の弾丸がソレを許さない。その大地に転がる、頭を吹き飛ばされた奇形の人形が増えるだけ。
そして2人が出て行った所を見られたということは場所が割れたという事であり、その事実に気付いたポズウェルが残った男達に撤退を促そうと振り返ったその時、そこに広がっていたのは生暖かい真っ赤な飛沫。
「やってくれるじゃないか……こんなに梃子摺らされるとは思わなかったよ、クソガキ《ルーキー》」
その身の黒で無い部分のほとんどを赤で染め、息絶え絶えのウィリアムがポズウェルに誰もが逃れられぬ死のように歩み寄る。
「や、やめろ、来るな! 彼女みたいな人間はお前のような薄汚い人間と居るべきではない! お前にだって分かるはずだ!」
腰を抜かし地面に倒れ後ずさるポズウェルに、ウィリアムは立ったまま威圧するようにハンドキャノンを向ける。銀の銃口がポズウェルに終わりを告げんとギラリと光る。
「そうだな……俺もそう思うよ……。でも、知ったことか」
ウィリアムは霞む目を細め対象を見逃さんとするが、多数の無勢の弾丸はウィリアムのボディーアーマーを破り、ウィリアムの体に新たな銃創を残していた。
「あの子のこの先の人生は……あの子が決めるものだ……。俺もお前も……あの子にはもう不要なんだよ……」
カチャリ。霞みかかってきたウィリアムの意識はその大事な音を聞き逃してしまう。紆余曲折の後の、最悪のヴィジョンへと歩みだしてしまう。
「耄碌してるんじゃないか、ベテラン《クソジジイ》? さっきと言っている事が違うじゃないか」
そう言い放ったポズウェルの手には血塗れたアサルトライフルが、つい先程ウィリアムが殺した小隊の人間の獲物が握られていた。
ウィリアムは先手を打とうとハンドキャノンの引き金を引くが、それはピクリとも動かなかった。
排出部に挟まる真鍮色の薬莢、ウィリアムの最後を宣告するそれを見ながらもう1丁のハンドキャノンに手を伸ばすが間に合わない。
そうか、これが自らの終わりか。
「彼女の事は任せてくれていい、精々楽しんでやるさ。さらばだ、あの世があるなら永遠に悔い続けろ」
銃声と共に感じるボディアーマーを打つ衝撃。
ウィリアムはそのまま後ろへ倒れ、そして動く事はなかった。
それを見届けたポズウェルは、自らの伴侶を奪った復讐の対象の命を奪ったライフルを杖代わりに立ち上がる。
ポズウェルの周りには燃え盛る戦闘車両、おびただしい数の死体がそこらに散っている光景が広がっていた。
常人ならば目を背けるような醜い光景ではあるが、この光景を築き、アロースミスを懐柔した後にポズウェルはその報酬として陰謀の渦中にある老人達に名誉あるポストを与えられる。
今は別行動をしている非戦闘員達となんとか合流し、我々が彼等を守ってやらなければならない。ただ、その代償に全てをもらう事になるが。
ポズウェルは心中でそう呟き、酷薄な笑みを浮かべる。
立場のある世界で、立場の上で生きる。
BIG-Cのように自らにとっての誇りに則った生き方を、自らに都合の良い生き方を続けられるのならば他に望む事は無い。
ポズウェルを含めた陰謀の渦中にある者達はそう考えていた。
企業が消えた今、世界を統治するのは自分達だ、と。
腰が抜けたせいで未だに覚束ない足取りで、今頃ローレライ・アロースミスを拿捕しているはずのその者達と合流しようと歩みを進めたその時、乾いた銃声と共にポズウェルは腹部に暖かい何かを感じた。
生死を決める大事な音を聞き逃したのはウィリアムだけではなく、戦闘車両が燃え盛る音に紛れたバイクのエンジン音に気付けなかったポズウェルも同様であった。
「ぁあ……」
漏れ出たあまりにも力の無い自身の声に驚愕を覚える。そしてその声は戦場で死んでいった者達と同じもので、一度は退けたはずの途方も無い死への恐怖が再燃し、それから逃れようとポズウェルは支えきれなくなった自らの体で赤い軌跡を残しながら這いずる。
「あら、随分と身の程を弁えた移動方法ですのね。素敵なほどに不様ですわ」
ポズウェルが這いずった先にはその白いナポレオンジャケットを血と泥と硝煙で汚した、未だ銃口から硝煙の昇るハンドガンを持ったかつての許婚が居た。
「な……ぜ……」
「これだけ手間を掛けさせておいてよく言いますわ。部隊を2つに分けて端末上では従順に任務を遂行しているように見せるなんて誰の入れ知恵ですの? ご老体方はポズウェル卿の考えを理解できず、端末を保持したまま司令部へ突撃してきたので地雷原へエスコートさせていただきましたわ」
陰謀の渦中にある者達は自身等が撃破する事が出来ぬと踏んだ鉄色の機動兵器をローラに撃破させ、それを確認した後に司令部へ襲撃を掛けたがそれを察知していたローラはバイクでそこから逃げ出し、襲撃部隊は追い駆けた末に地雷原でその一生を終えることとなった。
「しかし、ポズウェル卿もお変わらずなようで何よりですわ。浅い考えで勝ち戦にはボディアーマーを着て出陣しない。相変わらずの日和見主義っぷり。お見事ですわ」
バイクから降りたローラは、震える手でライフルを掴もうとしたポズウェルの手ごとライフルを遠くへ蹴り飛ばす。
ローラの視界には破壊された戦闘車両、見覚えの無い者がその大多数のウィリアムに向けられたであろう戦力、地べたに這いずるかつての許婚、そして血潮の水溜りを広げていく自らの想い人が写っていた。
「さて、楽しいお喋りを続けていたいところですが、もうあまり時間がありませんのでそろそろお開きといたしましょう」
ローラはウィリアムの傍らに居る為には手段を選ばないと誓った、そしてその邪魔をする者は全て駆逐すると誓った。
そして残る自らの道を邪魔立てする存在は、目の前に無様に這いずる男のみ。
「いつかのお礼を、あの方とあの方のものであるわたくしを侮辱したお礼をここに返させていただきますわ」
パワーアシストの利いたジャケット、母から贈られたレザーグローブ、想い人に与えられたハンドガン。
切り捨てたはずの過去を改めて捨てるには十分過ぎる装備でローラは改めて過去と相対する。
「や……め……」
自身に向けられた漆黒の銃身から逃れようとポズウェルは赤い軌跡を延ばしながら逃げるが、目には見えない黒い死は形を変えてポズウェルに纏わりつき離そうともしない。
黒髪の傭兵、そして過去の許婚が向ける黒い銃身。
ポズウェルはもう、逃げられない。
そして乾いた銃声が、想い人を傷つけられた少女の復讐の舞台を支配する。放たれた弾丸は無数のクレーターをその身に刻むアスファルトと男のきらびやかな金髪を赤く染め、それを放った少女は不愉快そうに顔を顰めながら呟いた。
「クソッタレ、ですわ」




