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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
14/107

Vengence 1

 その身に感じるのは夜の寒さと敵意と好奇の視線。

 ローズ・アロースミス夫人との1対1のティータイム、そして決起集会への参加のいずれかをローラに選ばされたウィリアムは迷う事無く決起集会を選んだ。女傑で且つ家族想いな母であるローズが傷物にしてはいないものの、愛娘の傍らに居る男をどう思うかなどウィリアムは考えたくもなかったのだ。

 ウィリアムの感じている恐怖感は体躯で圧倒的に劣るアディとの素手での組み手以上だった。ナイフですら得意ではないウィリアムには、とてもじゃないが勝ち目の見えない勝負だったそれすらを越えるローズの威圧感。

 いずれはあの子も、と過去に数回嘆いた言葉が脳裏に浮かび始めたウィリアムの肩に男がぶつかる。


「失礼、あまりにも薄汚い黒で影かと思っていたよ」


 ローラと似て非なる金髪碧眼を持った男――キンバリー・ポズウェルは嘲笑を浮かべながらそう言った。


「そうかい、しっかり周りは見ないといけないよ。じゃないと逃げる事も出来やしない」

「おや、コロニーの英雄殿は逃げる事をお考えか?」

「ああ、必要とあればね。特に君には必要なように思う」


 またこの手合いか、とウィリアムは溜息をつきながら皮肉を弄す。心当たりは多すぎて辿り着くのが困難だったが、おそらくコロニー1の良家の愛娘と共に居る事だと当たりをつけた。


「残念ながら猪突猛進に向かっていく若さと浅い考えはとうの昔に失ってしまってね、困ったものだよ」

「ハッ、結局誇りもないような下賎な者には理解できないか」

「その言葉は数年前もつい先日も言われてね、もう聞き飽きた。参謀が優秀でも下がこれじゃ勝利は得られない」

「……面白い事を言うじゃないか」

「ああ、光り輝く栄光しか省みれないような人間に先は無い。そういう人間であふれていたからこうなったんだろ? たいそうご立派な目だ、その幸福にあやかりたいものだよ」

「……どうやら貴様は利口さを片目と共にどこかへ捨ててきてしまったようだ。時間を取らせた侘びにその薄汚い目の代わりをくれてや――」


 ポズウェルが懐からハンドガンを抜くより早くウィリアムのハンドキャノンはポズウェルの左目の眼球を捉える。その早さはローラ以上で、向けられた銃は冗談のような口径をポズウェルに主張した。


「子供の癇癪に付き合ってやるのは大人の役目なのかもしれないけど、俺も先約があってね。悪いな、ルーキー」


 薄い笑みを浮かべたウィリアムの言葉にポズウェルは懐に手を入れたまま悔しさのあまり歯軋りをする。

 ポズウェルは大隊長となる為に血反吐を吐くような訓練をし続けてきた。家柄があったとしても防衛部隊という実力主義の社会では頭1つでは足りぬほどの抜きん出た実力を求められ、それに応えるようポズウェルは小隊長の中では高水準の実力を提示した。しかし、辛酸を飲み干し、土を頬張り、味方に銃を向けられながら生きたウィリアムとは必要とする練度が違う。


「さてこれが最後だルーキー、早く自分の居るべき場所へ帰るんだ。これから俺は淑女レディをエスコートしなければならなくてね」


 端末がローラの準備が終えた事を告げ、ハンドキャノンをガンホルダーにしまいながらウィリアムは皮肉を吐き、その自身に興味を失ったであろう男の態度にポズウェルは唇を噛む。

 ウィリアムの戦闘スタイルがヒット&アウェイである事を知っていたポズウェルは正面を切っての勝負であれば負けはしないと高を括っていた。しかし結果は左目に銃を突きつけ抵抗の意思を折られ、今では背を向けられている。

 その足でどこかへ向かう男の背中を見て、その背中に弾丸を撃ち込もうかと貴族から外れた考えも浮かんだがポズウェルはその考えを破棄する。復讐の甘露はその雫を溜め始めている。そしてその甘露は同胞達と分かち合うものだ。


「――してやるぞ」


 その言葉はウィリアムには届かず、夜の帳に消えていった。


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「お集まりくださった皆様、そしてこれをご覧になってくださっている皆様ありがとうございます。此度の襲撃の総指揮を取らせていただきます元BIG-C戦闘総指揮官兼アロースミス当主のローレライ・アロースミスと申します。以後お見知りおきを」


 ウィリアムのエスコートにより音響照明設備の整った壇上へ導かれたローラは、自身の目の前に置かれたレンズに一礼をした後にそう言葉を発した。ローラを映すレンズは繋がれた端末を通して、使者達がその身を寄せるレジスタンス達に集会の様子を送る。


「これをご覧になっている皆様は我々と同じく彼等に全てを奪われたのかと存知ます。家族や同胞を、住まうコロニーを、ただ平穏に過ごしていたその時間を。理由など無く、ただ目に付くとそれだけの理由で」


 壇上で弁舌と共に手振りが振るわれる度に礼装としての兼用である白いナポレオンジャケットとそれに映えるローラの美しい金髪が輝く。そしてその後ろにはオリヴァーの母に与えられたオリヴァーの黒い燕尾の礼服を身に纏う、ウィリアムが休めの姿勢でただその場に居た。


 ウィリアムは今回の集会の出席に条件を2つ付けた。

1つは防衛部隊の物ではない礼服の提供。これは立場のある人間の傍にいる人間として人前に出る以上、見た目で舐められる訳にもいかずオリヴァーの遺品を拝借する事となった。ウィリアムには少し大きかったが、他に借りられる人間はアドルフ以上の体躯を誇るルーサム卿のみだったのでウィリアムは喜んでオリヴァーの物を借り受けることにした。そして2つ目はスピーチの内容への不干渉だ。これも理由は簡単で「さっさと終わらせて帰って寝るぞ」というのが戦闘前の常套句であったアドルフと、部下に対しても皮肉しか言わない大隊長の下に居たウィリアムに人の心を引き鼓舞する言葉など思いつくはずが無かったためだ。何より人身掌握の術にも明るいなどと思われてしまっては、面倒ごとを更に抱える事になってしまう。ただでさえウィリアムは「令嬢を誑かした男」として思われており、これ以上は名誉と今後の自分とローラの為にも避けたかった。


「しかし皆様方の戦意も折れる事無くただその牙を研ぎ澄まし、再起の時を待っておられた事も存じております。そしてそれは我々も同じです」


 ローラは自身に向けられたレンズから目を外し、復讐派と中立派が並んで座る段下を見やる。ルーサムは無表情で、ポズウェルの上司である東の防衛部隊大隊長は腕を組んでただローラの言葉を聞き、そしてポズウェルはかつて許婚であったローラをただ睨んでいた。

 ウィリアムは薄目を開けその様子を窺い小さく溜息をつく。

 愛しさの反対は憎しみなのだろうか、恋慕の情に焦がれた事のないウィリアムにはポズウェルの考えが理解出来ない。そして襲撃の後に出奔する自分にローラはどう思うのだろうか、と考えがそれた所でウィリアムは小さな溜息を重ねて思考を振り払う。

 傭兵で仕方ないウィリアムには、憎み憎まれるのは慣れたものでしかないのだ。


「我々は戦う力を持っています。そしてその力は彼等と違い、愛すべき同胞達を守る為の物です。しかし、戦う力を持たぬ者達を守る事を義務とはもう言いませんわ」


 引いてから押す、交渉の基本に忠実なローラの話術に場の空気が変わる。復讐派は我が意を得たりと、中立派はローラの言葉の意思を探ろうと。


「戦う力を持たぬ者達はただ逃げるしかありません。ですがただ逃げるだけではそう遠くない将来、限界を迎えてしまいますわ。ですので我々が彼等の露払いとなりましょう。さて、わたくしの最強の剣をご紹介させていただきますわ――ウィリアム」


 ローラに促されウィリアムは休めの姿勢を解き、ローラの傍らに立つ。ウィリアムに集う段下の者達の視線は好奇、期待、嘲り、不信、怒りとあらゆる感情に溢れていた。無理もないだろう、組合に所属する傭兵の中においてもトップクラスの実力を持つ無所属の傭兵など、眉唾物以外の何物でもない。


「彼の名前はウィリアム・ロスチャイルド。皆様方がご存知の通り、単独での企業の私兵集団との戦闘で生き残り、コロニーを救い、そして機動兵器2機に勝利した唯一の存在ですわ」


 その言葉は不信を深めたのかそれとも彼等に期待を与えたのか。

 空爆に敗れた最後の防衛戦しか知らない者達にとってはウィリアムは敗残兵の1人にしか過ぎない。ならば情報でしか知らない者達はウィリアムをどう思うだろうか。偽者と思うかもしれない、そもそも情報が出来すぎだと言われるかもしれない。

 しかしBIG-Cサイドにはそう多くは無い物資を除けばウィリアム以上の手札はない、そしてウィリアムの存在に疑惑を掛けられるのもローラは分かっていた。


「彼の存在を疑ってらっしゃる方々は一度お考えになってください。数少ない金髪碧眼のわたくしの傍らに居るそう多くは無い黒髪黒目の傭兵が彼以外に誰が居るのかを。そして彼が何を成し遂げたのかを」


 少なくとも自分達はそれを知っている、とローラは言外に付け足す。この時代において珍しい金髪と黒髪、更に言えばそれらが共に在るのはほぼ奇跡といっていいだろう。それ故に他人以上に当人達がお互いの存在を疑って掛かる、ただその見た目だけに騙されないよう。裏切りは死へ直結する、する方もされる方も。


「復讐は何を生むのか? そう思うのも無理はありませんが、復讐に意味を持たせるのは自らの意思。ただ殺し尽くすのではなく、何のために戦うのか? そこに大儀はあるのか?」


 ローラは問いかける。復讐は恥ずべき行為なのか? しかしそれを縁に生きている者を否定する事は許される事なのか。何より人を殺すのは悪い事だ、そんなモラルなど欠片も残らぬこの時代においてそんな事を考える人間など居るはずも無かった。


「ならば我々は抗う者達の灯台となりましょう。折れる事無くただ道を照らし、弱者を救う刃となりましょう」


 そうだ、復讐に善し悪しなどは無い。そこにあるの戦いによる利益と自らのプライドの拠り所。ただそれだけだ。

 この戦いでウィリアムは自らを取り戻し、ローラはウィリアムを手に入れる。ローラにとってはそれで十分だった。


「立ち上がる意思と力を持つ者はお立ちなさい。わたくしがあなた方を勝利へ導きましょう」


 勝利へは導こう、だが自らの愛する者の為に働いてもらう事にはなるが。当然の対価だ、とローラは笑みを浮かべ胸中で呟く。彼等はローラとウィリアムを利用し、ウィリアムはローラを利用し、ローラは全てを利用する。ただそれだけの話。

 ローラの美しい微笑を勝利への確信と勘違いした防衛部隊の男達は再起の雄叫びを上げ立ち上がる。この戦いに人々が思うような勝利などありえない。だが、お膳立ては整った。


「さあ、我々の復讐を始めましょう」


 そう言い放ったローラはレンズを見つめた。そのレンズに移りこんだウィリアムの目を。

 そして護衛に専念し、それに気付かないウィリアムは頃合だとローラに手を差し出す。防衛部隊の人間が中心となっているこの場であっても企業の暗殺者アサシンが紛れ込んでいないとは言い切れない以上、先導者であり扇動者でもあるローラにとってこの場はもはや安全とは言えない。ローラが自らの胸の高さに上げられたウィリアムの手を取ったのを確認するとウィリアムは足早に会場を後にし、控え室代わりにしていた車両へローラを導く。端末に仕込んだ認証キーによって開いたドアにローラを入らせ、扉に背を向け辺りを警戒しながら車両に入り扉にロックを掛ける。しかしそれでも事を起こしてしまったローラの安全を確保するには足らない。先程の映像を含め全ての通信にはシークレットチャンネルを使用していたが、企業への内通者が居ないと決まった訳ではない。ウィリアムは燕尾のジャケットを脱ぎ、ボディアーマーとドレスシャツの上からいつものライダースを羽織り、手の届く場所にハンドキャノンを用意する。ローラに対する人質となりえるローズ・アロースミスにはアロースミス家の自衛の要であるライアンが付き、ウィリアムはローラを守る事だけに集中することが出来た。


「見事なエスコートでしたわ、場所が決起集会でなければ素敵でしたのに」

「そう言ってくれるとあの頃の努力も報われるよ」


 肌に合わない騎士道精神、マナーや教養、そして女性のエスコートも叩き込まれたウィリアムは苦笑を浮かべながら言う。チャールズは基本的に忙しい人間だったのでそれら全てはローズの監修のもと行われ、ウィリアムのエスコートに不備があれば監督であり練習相手でもあるローズが「もう1回」を発した。ソレはウィリアムが及第点を出すまでやめる事を許さず、最初の頃はナイトウェアを身に纏ったまだ幼いローラが眠い目をこすりながら就寝の挨拶に来るほどの時間までウィリアムを苦しめた。そして日々の睡眠時間を削られ休日だからと昼過ぎまで惰眠を貪ろうとすればローラの奇襲により内臓にダメージを負う事となり、結局空いている時間にローラに練習に付き合ってもらうこととなっていた。当時は嫌がっていたものの令嬢の護衛となれば役に立つ技能だったので過程にあった苦しみはともかくとして、後々になってからウィリアムは2人に感謝はしていた。


「ふふ、アロースミス流の教育術もなかなかのものでしょう」

「ああ、おかげで骨の髄まで染み付いて忘れられそうにないよ」


 楽しそうに笑うローラにウィリアムは苦笑を深めて返す。あの時まさか娘にまで「もう1回」をもらう事になろうとは考えもしなかった。ローラがただウィリアムにエスコートされたくてソレを繰り返していた事をウィリアムは知らないが、反復練習が万物の上達の近道である以上ウィリアムに文句を言う権利などは無い。

 ウィリアムの返事に満足したのか、ローラは天幕の向こうへ消えた。やがて訪れた衣擦れの音にウィリアムは右手で顔を覆い溜息をつきながら思う。

 ローズ・アロースミスに合わせる顔がない、と。

 ウィリアムの知っているローズ・アロースミスは感情に任せて怒鳴り散らしたりなどしない人間ではあったが、相手に自らの非を理解させるまでは追及の手を休めない人間であった。彼女が居なければBIG-Cはもっと早い段階で失われていただろうと策謀に弱いウィリアムにもソレは理解出来た。企業の影響力の無いコロニーの中ではトップクラスの資産を持っていてなお且つ愚直な人間が多かったBIG-Cではあったが官僚である有力者の経費横領などが無いわけではなかった。

 そしてアロースミスの女傑はそれに1人で立ち向かった。娘はそんな母に憧れ、夫は自らの部下であるライアンに自らの無力さを打ち明けた。1家の長として思うところがあったのかもしれないが、出来ない事に手を出した所で損失しか生まない事を理解していたチャールズは妻を労わりこそしても妻のする事に手を出す事は無かった。それが自らの無力から来る諦めなのか、それとも自らの妻に寄せる信頼なのかをウィリアムが知る事は最後まで無かった。

 そして思索する事においてローズに劣るチャールズではあったが、ウィリアムが出会ってきた人間の中ではトップクラスのカリスマを備えていた。同胞の為に身を削り、傭兵でしかないウィリアムの身を案じる、そう言うことが出来る器を持ち、自然と周りの人間を味方につけられる、そんな男だった。


「ふう、ああいう特殊な服って肩が凝りますのね」


 そのカリスマを持つ父と女傑というに相応しい頭脳を持った母を持つ、ローラが天幕の向こうから現れた。

 先程までナポレオンジャケットを羽織るパンツスタイルだったその身は、ワンピースにカーディガンとラフなスタイルに変っていた。


「鋼繊維にパワーアシストなんて代物が付いてる訳だからね、着心地なんて二の次さ」

「戦場に出てまで着飾ろうとは思いませんが、オシャレには我慢が必要ですものね」


 ローラはそう言いながらシートに座り、隣のシートをポンポン叩いてウィリアムに隣に座ることを促す。


「疲れてないのか? 後の事は俺に任せて今日はもう休んだ方がいい」

「そうしたいのですが、まだ気が張って眠れそうにありませんの。少しお付き合いいただけまして?」


 その中に刺客が居るかもしれない大多数を前にしてのスピーチ、護衛として同じような状況を何度も繰り返したウィリアムでも気が張る以上無理もないだろう。そう思ったウィリアムは何も言わず促された場所に座る。向かいのシートに腰を下ろしたならアロースミスの女傑の無言の圧力に苛まれる事は必至だった。


「扇動というのもなかなか大変なものですのね、敵部隊を地雷原に誘い込む方がよっぽど楽ですわ」

「そこは令嬢らしく戦争から離れた喩えが欲しかったな」


 ローラのえげつなく血生臭い喩えにウィリアムは顔をしかめる。スラングこそ矯正されていたものの、日頃から丁寧な言葉遣いを心掛けていた訳ではないウィリアムは、これも自らの影響かと思うとこぼれる溜息を止める事が出来なかった。世が世とは言え蝶よ花よと育てられた子供の前で兵器の話などをするのは、流石に軽率だったとしか言えない。たとえローラがウィリアムの傍から離れたがらなかったからという理由があったとしても。


「あら、わたくしは令嬢である以前に参謀ですのよ?」

「俺は傭兵だけど日常会話でそんなえげつない事を交える事は出来ないよ」

「ありふれた日常にはちょっとしたスパイスが必要だと、メアリー叔母様が仰ってましたわ」

「ローラ、君は叔母様の言葉を完全に曲解している。すぐに謝って来るべきだ」

「叔母様は単独で海を越えてコロニーOdeonで有機食品の売買をしていますのでそれは少々難しいですわ」

「クソ! スケールが違いすぎる!」


 アロースミスの女傑を侮っていたウィリアムは思わずスラングを吐き出す。

 侍女や他の有力者が血統も何も無いウィリアムを貶そうとも、あくまで実力主義であるメアリーはウィリアムの実力を買い続けた。監視をするには不向きである別宅がウィリアムに与えられたのも、メアリーの働き掛けがあっての事だった。そして誰よりも行動派であり、コロニーという閉鎖的な空間でビジネスを成功させたメアリーからすればローラの言葉程度ちょっとしたスパイスかもしれない。それが傭兵であるウィリアムでさえ違和感を感じるほどのものであったとしても。


「それで、何か仰る事があるんじゃなくて?」


 ローラは自分が振った話ではあったが他の女の事を考えるウィリアムに不満を感じ、ウィリアムはローラの考えることが分かった訳ではないがローラの感情の推移を察し、求められたであろう言葉を発した。


「スピーチご苦労様、立派だったよ」

「あの程度何でもありませんわ。最強の傭兵の隣に立つ者は最高の参謀でなければなりませんわ」


 そしてそれは自らをおいて他には居ない、と言わんばかりにウィリアムの腰に腕を回すローラにウィリアムは妙な既視感を感じる。それはBIG-Cに企業の私兵集団による襲撃の噂がありローラの両親は家を空ける事が多くなった頃であり、まだローラがまだ幼くウィリアムの傍に居たがっていた、家に誰も居ないから帰りたくないと言っていたあの頃のような。許可が無ければウィリアムはアロースミスの屋敷に入る事も出来ず、同じくローラがウィリアムに貸し与えられていた別宅に入る事も許可されておらず、他の子供達を共に住居まで送る事によってなるべく傍に居たあの頃のような。


「……何かあったのかい?」

「ええ、とても大きな事がありましたの」


 スピーチによる緊張からの解放感以外の何かを誤魔化すように言葉を並べるローラにウィリアムは思わず問い掛け、ローラは抱えているものを感じさせぬほど軽く応えてみせた。そんなローラの様子に戸惑いながらもウィリアムはアドルフとの約束を違えぬよう迷わず問い掛ける。


「俺に出来る事はあるかい?」

「ありますわ、ウィルにしか出来ない事が」

「なんだか恐いな、悪いけど出来る事と出来ない事はあるよ」

「そこまで難しい事ではありませんので心配は無用ですわ。それに、ウィルにとってもプラスになる事ですのよ?」

「へえ、興味深い事を言うじゃないか。聞いてもいいかい?」


 予想だにしなかったローラの言葉にウィリアムは口角を上げる。傭兵にとって良い事とは金であるが、今回の戦闘は契約外のものであり金銭のやり取りは一切無い。その上でウィリアムにとってプラスになる事というローラの言葉はウィリアムの関心を強く引いた。


「そんなにがっつかれるなんて、紳士の振る舞いではありませんわ」

「なら紳士として振舞おうか? まず初めに嫁入り前の淑女レディにエスコート以外で男に体を寄せてはいけないって説くところから」

「あら、年下のレディに対して冷たいんでなくて?」

「レディなら貞淑さが必要なんじゃないか? 俺みたいなどこの馬の骨か分からないような奴に体を寄せるなんて、良い事とは言えない」

「わたくしの傍らに骨をうずめるウィルですわ」

「そういう事じゃないし、俺の逝き方を勝手に決めないでくれ、不吉じゃないか」

「なら他の言い方を考えなければなりませんのね」

「どうしてそういう事になった……」

「わたくしはウィルの望みに応えただけですのよ? 恨むのならご自分を恨んでくださいまし」


 そのローラの言葉にウィリアムは考え込む。ローラが自らに望み、自らにとってプラスになること。


「……分かった、ローラの望む紳士としての振る舞いはいつかしっかり身に付ける。それは約束するよ」

「ふふ、それはとても魅力的ですわ。でも、そうではありませんのよ?」

「そうなのか? 参ったな、自分で負担を増やしてしまった」


 仕事上で役に立った技能であり、アロースミス家の人間全員に叩き込まれたマナー等を含めた振る舞い。BIG-C以外でそれの精度に関して言及された事は無いが自らに叩き込んだアロースミスからすればまだ粗ばかり目立つのだろう、と考えていたウィリアムはローラの言葉に顔をしかめる。


「ご覚悟なさいまして。まあ2度目ですので今回はスムーズに進むと思いますわ」

「努力はするよ。それで、正解は?」

「そうですわね……事が済んだらお話しますわ」

「おいおい、ここに来て黙秘かい?」


 眉間に皺を寄せ咎めるように呻いたウィリアムにローラは最上級の笑顔で返した。


「ええ、いい淑女おんなには秘密はつき物ですもの」

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