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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
13/107

Sweet Sacrifice 2

 セミオートのハンドキャノン、自らの銃器のそれぞれの弾丸、ハンドキャノンを左右に入れられるガンホルダー、ハンドグレネード、バイクのメンテナンス、情報、ガスマスク、新しいパワーアシスト付きの衣服とボディアーマー、ついでにローラの物も一式。


 大人2人と将来生まれるであろう子供を養う為の金は、これだけの散財を終えてもまだ余裕を見せており、その幸か不幸か甲乙つけ難い財政状況はウィリアムに自嘲するような笑みを浮かべさせた。

 ウィリアムは海を越えてコロニーOdeonオデオンに行き、武装を揃えてきた。往復の船舶移動はなかなかの出費ではあったが、企業の手が加わったこの世において最先端を行く武装を手に入れられ、尚且つバイクのメンテナンスを任せられる企業の影響力の無い技術者が居る場所は他には無かった。よく目立つ貴重品であり、おそらく赤い機動兵器との戦闘で映像データを撮られていた企業の言う復讐者アヴェンジャーの目印には出来すぎた品であった。だからこそ、託す相手を選ぶのには慎重にならざるを得ない。

 その証拠に技術者のラボに向かう最中、ウィリアムはバイクに目を付けた連中に襲撃されていた。しかしそれは襲撃というのにはあまりに衝動的で稚拙な物であり、ウィリアムはアロースミス家から譲渡されたよく手に馴染んだアンチマテリアルライフルの銃身を襲撃者達の頭部に叩きつけそれを無力化した。左手がまだ本調子でなくても素人程度では傭兵の相手にもならなかった。

 そして全ての用事を済ました船舶から降りたウィリアムが駆るバイクがその帰路を辿り終え、車体を貸し与えられた車両の横に止めた。穢された一陣の風がウィリアムの左目を隠すように巻いた灰色の布が、そしてその左目を使用した際に変容した白髪が一筋走る黒髪が煽られ揺れる。


「ウィリアムさん、戻られましたのね」

「今着いたんだ、ただいま」


 車両の扉を開け出てきたローラにウィリアムはそう言葉を返す。

 微笑みを浮かべるローラの青い双眸は愛しそうにウィリアムの灰色掛かった黒目と布で隠された義眼を見つめる。

 この左目は諸刃の剣だ、ウィリアムはそう自覚していた。

 あの時は眠っていた2人分の記憶の解析と再生があったとは言え、擬似レーダーによる戦闘区域解析、弾道シミュレーション、敵戦力解析と一部の戦闘車両に積まれている機能をこなしたこの目は軽いとは言えないダメージを脳に残していた。そのダメージは使うには軽くは無い代償だが、その目は使わないには惜し過ぎる代物だ。

 何よりそれを使わずに今度の戦闘を勝利する事は出来ないだろう。

 ローラはウィリアムと2人で立てた策とも言えない物を押し通し、今度の襲撃が実行される事となった。ウィリアムはそれが自分の為だけにと言えるほど厚い面の皮は持ち合わせていなかったが、少女を戦いへ巻き込んでしまった自覚は持っていた。

 ウィリアムは荷解きをして、小さくはない袋をローラに渡す。


「一応もらったサイズの物を用意させたつもりだけど、悪いけど確認してもらっていいかな?」

「分かりましたわ。しかし服のサイズを聞かずに書き起こさせたデータを店員だけに見せるなんてどこで覚えましたの?」

「そういうのに口煩い一家が居たのさ。淑女レディに余計なことを聞くなってさ」

「きっと素敵なご一家なのでしょうね。きっとそこのご令嬢は聡明な絶世の美女ですわ」


 ウィリアムの解いた荷物の重くは無い物をいくつか持って車両に入るローラを残った荷物を持ったウィリアム後に続く。

 その無邪気な笑みからはかけ離れた、蠱惑的な何かをあの時のローラから放たれる全ては持っていた。

 その透き通るような碧眼はウィリアムの目を捉え離さず、語る言葉はその鈴のような音を介して心を掴んだ。

 その当のローラは荷物を置いてパワーアシスト付きの衣服を持って車両の奥に消えた。少なくともウィリアムが受けたアロースミスの教育は異性がいる空間で肌を晒す事などを許しはしなかったが、言えば面倒な事になる事は分かっていたウィリアムは何も言わずシートに腰掛けた。

 ふと辺りを見回すとローラの私物がそこらに置かれているのが見て取れた。もしローラがここに寝泊りすると言い出したら流石に止めよう、とウィリアムは心中で固く誓う。ローズ・アロースミス夫人とそういう形で対峙する形になるのはご遠慮願いたいというのがウィリアムの本心であった。


「どうです? パンツスタイルなんてあまり経験がありませんの」


 そう少し不安そうに言ったローラが身に纏うのは礼服としても使用できるようにとローラが注文した、 白基調のナポレオンジャケットと白いフリルシャツそして黒いボトム。細身に作られたそれらは均整の取れたローラの美しいスタイルを浮かび上がらせていた。


「よく似合っているよ。シャツは自分で用意したのかい?」

「ええ、ジャケットスタイルになるとお聞きしていましたので」


 そう嬉しそうに言いながらローラはウィリアムにもたれ掛かるようにシートに腰掛けた。

 ローラがあの時、ウィリアムに提示した物は全てウィリアムの望むものだった。

 自分がウィリアムであるという事を認めてくれ、どこに居ようといずれ消えなくてはならない傭兵である自分の居場所となってくれると言った。


 あの子は優しい子だ、きっと俺の過去を聞いて同情したのだろう。


 ウィリアムはそう考えると同時に、ローラを変えてしまった事に酷く責任を感じていた。

 ローラはあの日からなるべくウィリアムと共にあろうとした。ウィリアムに貸し与えられた車両のシートに座ればその傍らに、外でバイクの整備をすれば太陽を失ったこの地上で様式美以外の役割を果たさない日傘と共に傍らに居続けた。一緒に居たがるという点だけを見れば幼い頃と同じではあるが、どうにも様子が違う。例えるなら傷ついた獣の子をその親が庇護するような、室内で鳥籠から放した鳥を見守るような。

 BIG-Cは裕福なコロニーでその中でもトップクラスであるアロースミス家の長女であるローラはウィリアムのような生き方をしてきた人間を知らないのだろう。だから、同情し傍に居ようとし庇護する。そしてこの世界には幸福な人間以上に不幸な人間が多い。


 それはいずれウィリアムはローラにとって必要なくなる事を示していた。


 何より企業を潰せたとしても、企業の軍需工場等が共になくなる訳ではない。襲撃後に野放しとなるであろう私兵達にウィリアムの命が狙われない確証が無い以上、襲撃後の撤退の際に姿を消さなければならない。

 だが名前を変えようと顔を変えようと、この左目はウィリアムが復讐者アヴェンジャーである事を示し続ける。


 平穏の訪れない一生を過ごす過程で誰かを背負ってやるつもりは無い。


 ウィリアムはアドルフではない、誰かを受け入れて守っていけるような人間ではない。その結果誰かを傷つけるのが恐い訳ではなく、ただ見放される事を恐れているだけの矮小な人間だ。

 だからこそ、この襲撃後ローレライ・アロースミスの目の前から姿を消し、周囲にローレライ・アロースミスはウィリアムにとって人質となりえる存在ではなく、ただの依頼人の1人だと認知させなければならない。

 あのスラムの暗い路地裏で寒さに凍えながら眠り、時には酔っ払った大人達に暴行を加えられる。あの時の孤独を思い出したくは無いが、あの時の孤児こそがウィリアムなのである。利己的で無教養で果てしなく生き汚い存在。記憶に裏切られ、これ以上ローラに依存する訳にはいかない以上ウィリアムが縋れるその薄汚い孤児だけだった。

 ローラがウィリアムの右手に手を伸ばしたのを察し、ウィリアムは促される前にその右手でローラの頭を撫でた。

 この空が汚染され光を失いつつある地上にありながらも美しく輝く彼女の金と、血で濡れても色を変えない自分の黒が相容れることは一生無いだろう。

 ウィリアムは溜息をつくことで浅ましい思考を振り払い、端末から地図をコールする。

 表示されるのはコロニーGlaswegianの簡単な地図とメモリーインダストリー社屋の地図。いくつか穴あきがあるそれは売られていたデータでは一番詳細で、コロニーOdeonで金を使った物の中で一番高価だったものだ。この情報の為に内外問わず数人死んでいるらしく、その為に高額なのだとか。加えて言えばこれ以上の情報はもう出てこないだろう。

 端末上の地図にマーカーを幾つかつけてウィリアムはローラの端末に転送する。


「正面が我々、それ以外がレジスタンスという布陣ですのね。この一番端のがウィリアムさんですの?」

「そうだよ、俺は排水設備からの侵入する。ただ、レジスタンスに関しては話に乗らない連中もいる筈だからそれは希望的観測の側面が大きいけど」


 受け取ったデータを再生し、ローラが言う。ろくな確認もせずに受け取ったデータを再生するのは少しばかりいただけない、そう考えるウィリアムを余所にローラはウィリアムの腰に横から腕を回し笑顔を浮かべて言う。


「絶対乗ってきますわ。単独での機動兵器2機と交戦し勝利するなどウィリアムさん以外には出来ませんもの、彼らにとってもこの上なく好機のはずですわ。それに工作部隊を既に送り込みましたの、ここまでお膳立てして乗って来ないはずがありませんわ」


 傭兵はただ求められた結果を出し続ければいい。それが出来ない傭兵など無価値な存在でしかない。そしてそれは戦いの中に居ない傭兵も同様だ。傭兵である自分に価値があるのならそれ以外を望もうとは思わない。幸いにも戦い続ける力だけは手に入れた。


「……そうだね、あとは俺が上手くやればいいだけだ」


 ならば戦い続ければいい、これからも、一生。


「それはそうと、1つお願いがありますの」

「お願い? 俺が叶えられる事なら構わないけど」


 腰に腕を回したままのローラが下からウィリアムを覗き込むように言う。こういった交渉術はアロースミスの教育なのか参謀としての教育で培ったものなのか。将来はローズ以上の女傑になるのではないかとウィリアムは戦々恐々とした。そうなってしまえばウィリアムのような浅学な傭兵など、口先三寸で致命傷だ。


「そんなに難しい事をいうつもりはありませんので大丈夫ですわ。それにウィリアムさんしか出来ない事ですの」


 弾丸帯を体に巻いて走る弾丸帯運びマラソン、地雷原でただ棒を倒すだけの地雷原棒倒し、空薬莢を吊り上げられた籠に投げ入れ続ける弾入れ。

 ローラの言葉でフラッシュバックしたのは防衛隊時代の常軌を逸した訓練。世間の常識を知らない以上やらなければどうにもならない為ウィリアムは文字通り必死になってこなしたが、後日そんな危険な事をするのは第7小隊だけだと教えられ、プライベートな時間全てをアドルフの無視した事があった。その結果まさか保護者兼あり上司である男に土下座される事になり、その男に庇護されるであり部下であるウィリアムはあきれ果てながら戸惑うこととなった。


「加えて生死に関わらないもので頼むよ」

「そんな事言いませんわ」


 変なウィリアムさん、と笑うローラにウィリアムは内心で胸をなでおろす。ローラは知らない、ボディアーマーの上で炸裂する弾丸帯を、倒された棒により破裂する地雷を、狙いが外れ落ちてくる薬莢という金属片を。ウィリアムの保護者となった男は悪気も無くそういう事を平気で部下と一緒にやる男だったのだ。


「ローラと呼んでいただけませんか?」


 予想だにしないお願いにウィリアムは呆気に取られる。勝手に生命の危機を感じていたのはウィリアムで、ローラのお願いを見当違いな方へ邪推していたのもウィリアムだった。


 しかし呼び方を変えるという事はそういう事なのだろうか。


 ウィリアムは誰かの特別になる事になる事に抵抗があり、それを拒否したい気持ちが湧いたが、駄目でしょうか?、と不安げにウィリアムの目を覗き込むローラに折れる事となった。

 アロースミスはチャールズが特別優秀だっただけで実際は女系の一家なのではないか、と思うほどにウィリアムはアロースミスの女に勝てる気がしなかった。


「……ウィルだ」

「え?」


 観念したウィリアムの呟いた言葉にローラは疑問符を返す。


「ウィルだ、ローラ」

「……はい、ウィル」


 目も合わせずに素っ気なく言葉を言い捨てるウィリアムにローラは満面の笑みを浮かべて返した。


 ローラを変えてしまったのは自分である以上、せめて戦いが終わるまで、自分がこの少女の傍らから消えるまでこの子の願いを叶えてあげよう。


 そんな事を思いながらウィルはローラの頭を撫で続けた。


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 夜の帳が落ち、男達がこの時代では珍しい合成ではないアルコールを口に運ぶ広いとは言えない車内で若者の苛立った声が響き渡る。


「どういう事ですか!? 何故僕が代表から降ろされるのですか!?」

「静かにしろ、理由は貴様が1番理解しているはずだ」


 利用しやすいという理由で何も言わずに役割を果たさせていた一家は、外部の人間の力添えと世代交代によってその利点を失っていた。

 その挙句その一家はバイクという貴重な財産を、そして見目麗しい1人娘を薄汚い傭兵に与えた。

 その結果、その1人娘を手中に収めその一家を掌握し、男達の新しい世代の代表として用意したキンバリー・ポズウェルは既に用済みとなっていた。


「薄汚い傭兵風情に遅れを取り、世間知らずの小娘すら取り逃すような役立たずをおくポストなど何処にもないのだよ、ポズウェル卿」


 必死に食い下がるポズウェルを嘲笑うように男は言い放つ。


「血もその容姿も薄汚いマコーリー卿でさえ貴様よりも我等に尽くしたと言えよう。まあ、死んでしまえばそこまでだがな」

「ですが僕はまだ生きています! 僕にもう一度チャンスを!」

「黙りたまえ、結局は没落した家柄。期待した我々の落ち度と言えよう。ここにはチャールズ・アロースミスのような愚直な日和見主義オポチュニストは居ない。分かるか? 今ここに貴様の味方など居ない」


 その言葉にポズウェルは奥歯を砕かんばかりに歯を食いしばる。失敗すれば立場を追われる事になると分かっていた。だが、権力と財産、それに見目麗しい女を自らの傍らに置くという誘惑はポズウェルを陰謀の渦中へ引き込んだ。

 そもそも上手く行くはずだったのだ。幼い頃よりローレライ・アロースミスとの親交を深め、家同士の交流の証として許婚となっていた筈なのだ。当時よりアロースミスの人間は「最終的には本人の意思次第だ」と強制力のあるものにはしなかったがポズウェルは既にローラを手に入れたつもりで居た。

 当時のポズウェル家はアロースミス家と並ぶ程の力を持ち、コロニーの力を収束させるという事はその両家が手を組む事と同意義であった。不安定な情勢、「企業が所有する私兵集団に狙われている」という噂から裕福なだけのコロニー内の平穏を保つためにその婚姻が結ばれるのは時間の問題と思われていた。

 しかしそこで大きな誤算が起こる。

 アロースミス家とその傘下の有力者達が傭兵を雇い入れたのだ。

 ポズウェル家や陰謀の渦中の者達以外は戦闘のプロであるその薄汚い男を暖かく迎え入れ、そしてローラを始め子供達は外から来た男に夢中になっていた。

 その男はポズウェルからすれば、野蛮で無教養で家柄も何も無い有象無象のクズでしかなかった。

 それ故それを知ったポズウェルは面白くないと感じていた反面、自分の中では決定事項である事への影響はないと切り捨てていた。ポズウェル自身、将来は父の後を継ぎ防衛部隊の大隊長になる予定だったので遊んでいる暇も無かった。薄汚い傭兵風情の力を借りずともコロニーを守り通せる事を自らの力で証明しなければならないとポズウェルは考えていた。


 そして事態は企業の私兵集団による襲撃で大きく動く。


 大隊長である父は装甲車2台工面し、自らの役割を果たしたがその後「何故装甲車を2台も使っていたのか?」とアロースミス以外の有力者達に責め立てられポズウェルの父は立場を追われた。装甲車の処遇は大隊長次第ではあり、奪い取ったりしたわけではないとポズウェルの父とアロースミス卿は言い張ったがそれが受け入れられる事は無かった。

 役目を果たしたというのに責められそれを裏切りと感じた防衛部隊大隊長であるポズウェル卿はコロニーが疲弊した現在、傭兵をコロニー内に置いておくのは危険だと進言した。その発言にアロースミス卿は猛反発したが、他のコロニーの有力者達の心を掴んだのはポズウェルの言葉だった。

 傭兵の男はアロースミス傘下にありながらポズウェルの影響力の中にいる男により金を渡され、コロニーを追われた。

 それからローレライ・アロースミスは参謀としての教育を受け始め、ポズウェルはそれを薄汚い傭兵風情に頼るのではなく誇り高い我々で解決をしようとローラが考えていると確信し事ある毎にそれを賞賛した。

 そしてある日、あの薄汚い傭兵の男を追い出したのはポズウェル家の民の為を思った行動で、常日頃から追い出すべきだと父に進言していたのは自分だとポズウェルはローラに打ち明けた。

 今度は自分が賞賛される番だ、そう思い笑みを浮かべたその表情はローラの平手によってその表情を変える事となった。

 驚愕の余り言葉を失い、痛みを訴える頬を押さえポズウェルが窺い見たローラのその青い目は怒りと哀しみを浮かべていた。

 ポズウェルは何度考えても自身の許婚の行動が理解できなかった。自らは不穏分子を民が住まうコロニーから追放する事に貢献したというのに。


 時を同じくして防衛戦の時の装甲車の件を改めて責めたてられたポズウェル家はその力を失った。上に立つ人間としての行動ではない。アロースミス卿も同じ文言で責められる事となったが、装甲車無しで街道を守りきった功績を讃えられ不問とされた。

 力を失ったのはポズウェル家のみ。ポズウェル卿はその後家督を息子に譲渡し、第一線から退いた。

 尊敬していた父は立場を追われ、利用しようとしていたポズウェル家の権力は失われた。

 もはや何の役にも立たない家督を継いだポズウェルを立ち上がらせたのは、許婚の麗しい少女への執念とあの忌々しい傭兵への憎悪だった。そしてその感情はポズウェルを小隊長までの道を驚異的な速度で進ませた。

 ある時は上司を陥れ、ある時はライバルを消していたポズウェルに声を掛けた者達が居た。

 それが現在ポズウェルの前でアルコールを飲み交わしている男達だった。

 BIG-Cを手中に収め、意のままにすることを悲願とする男達は今となってはコロニーが失なってしまったが、しかしまだ愛すべき民は生きている、と未だ折れることを知らない。

 彼らの力添えと自らの執念が手に入れた立場を手放すわけには行かない。

 そしてポズウェルもまた麗しい許婚を未だ求めていた。あの輝く金の髪を、白磁の様に美しい白い肌を、美しく整った顔を飾る青き双眸を、服の上からでも分かる彫像のように整った体躯を。

 薄汚い傭兵に体を穢されたであろう女を伴侶とする気はもはや残っても居なかったが、妾として体を慰めてやるくらいなら情けをくれてやってもいい。

 執念と思考の混ざり合った混沌に沈んでいたポズウェルの端末にインスタントメッセージが届く。セキュリティチェックを掛け、何の問題もなかった添付されていたファイルを開き、マーカーが付けられた地図を見てポズウェルは薄く笑みを浮かべる。


「皆様方、最後にもう一度チャンスをいただけないでしょうか?」

「くどいぞ小僧。我々の悲願に貴様などもはや不要だ」

「本当にそうですかな? 皆様方にとっての今となって邪魔者であるあれらを消せるのは僭越ながら僕だけかと思われますが」

「ほう」


 ポズウェルの言葉に中心となる人物が面白そうに応える。彼らもまた企業の娯楽を甘受する人々と同じく退屈に喘ぎ、そして企業と同じく野望に満ちていた。


「どういう事か聞かせてもらおうか? ポズウェル卿よ」

「ええ、実は――」


 そして男は返された応えにその深い皺を刻む顔にポズウェル以上の笑みを浮かべ、答えを返すしわがれた声は歓喜と狂喜が混ざり合ったかのような響きを奏でる。


「面白い、面白いではないかポズウェル卿よ。もはや我々の統治する領地は失われた。しかし我々は愛すべき民を庇護していかなければならない。それを見事遂行し、全てを手中に収めれば我々の悲願も叶おう」


 その男は杯をポズウェルに差し出しこう言った。


「今夜は飲みたまえ。君が偉業を果たす事を我々は心から期待しているぞ、同士よ」


 交わした甘露の杯は復讐の甘さを謳う様だった。


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「薄々は勘付いていていました。我が夫は、チャールズは逝かれたのでしょう?」


 ローズは切れ長の美しい青い瞳の双眸を俯かせそう呟く。

 各地に散った使者が交渉の成功をシークレットチャンネルで告げ、集めていた物資も着々と防衛部隊の手元に集まりつつあった。ある物は少ない資金から購入し、ある物は横領されて秘匿されていた物を奪取してだ。

 決行を間近に控えた頃、ローラはあれから避け続けていた母の寝泊りする車両で向かい合って座り、自分が知る限りの事実を伝えた。

 父は追撃を掛けてきた私兵部隊に殺された、2人にとって何よりも残酷な事実を。


「……黙っていて申し訳ありませんでした」

「正直、黙っていられた事に何も思わないわけではありませんがローラの気持ちも理解は出来ない訳ではありません」


 目元に上質な布で作られたハンカチを当て涙を拭う自らの母を見てローラは深い後悔に見舞われた。母を悲しませずに伝える方法があった訳ではないが、何も伝えずウィリアムと過ごしていた日々を不誠実と言わずなんと言おう。

 母は今どのような気持ちなのだろうか、もし今の自分からウィルが消えたらと仮定すればその胸中に深い悲しみととてつもない喪失感に支配される事だけは理解が出来る。

 アロースミスに嫁いだローズは自らの我が侭を通すことも無くただ父の為に尽くしてきた。仕事で自身が2の次にされようと、自身の伴侶が苦手とする腹の探り合いを一手に引き受ける事になろうと。

 そしてそれは愛する夫が亡くなったと知りならがらも、娘の前で無様に泣き叫ぶ事も出来なくなる程にローズを律した。


「望むままに生きて望むままに亡くなってしまうなんて、なんて勝手なお方でしょう」


 ローズはカップの中のダージリンを覗き込み呟く。恨み言のように呟かれたもはや懐古の言葉でしかない母の言葉に返す言葉も無いローラは黙るしかなかった。


「昔からそうでしたのよ、貴方のお父上は。疑う事も諜報の意味も知らず、疑うのは私の仕事でしたわ」


 今思えば母は当時のウィリアムを一家の近くに置き、そして誰よりも注視していたのだろう、とローズは思う。

 人物を見極める為に別宅を貸し与え教育を施し、そして娘であるローラの傍に置き続けた。自身の娘に、コロニーの有力者の娘である非力な少女に何かがあれば即座に制裁を加える。疑う事を知らない夫の為に成人もしていない傭兵の少年をただ1人で疑い続けた。

 夫が果たせないアロースミス党首としての役割をただ1人で果たした。


「本当にどうしようもなく愚直で不器用で、誰よりも愛しいお方でしたわ」


 そんなローラの母は涙を零しながら笑みを浮かべる。

 自分達と同胞の為に端した金で雇った少年を疑い続ける、争いを嫌い自身の身の安全を守る為に銃を持つ事すら出来ない母にはどれほど辛い事だったのだろうか。


 そして母はこれから自分が行おうとする事を許しはしないだろう。


 しかし聡明なローズが事態に推移に気付いていないはずがない。もうローラには母に隠し事をする事は出来なかった。


「……数日後、我々は企業に襲撃を仕掛けます」

「自分が何をやろうとしているかは分かっていますの?」

「ええ、ただ仇をと考えているわけではありませんわ。非戦闘員を逃がすにはこれが――」

「そこまでして彼と共にありたいのですか?」


 確信を突いた母の問い掛けにローラは言葉を詰まらせる。


「非戦闘員を逃がす為の陽動である事も、防衛部隊の半数程が復讐を望んだのも知っていますわ。ですがローラ、貴方が望んだのは彼等の復讐の成就ではないのでしょう?」


 涙を溜めたローズの青い双眸はローラの同じく青い双眸を射抜くような眼光で見つめ、言葉を続けた。


「こんな月並みな台詞を愛娘に向ける事になるとは思いませんでしたが、私達を愛し、私達が愛したチャールズ・アロースミスはそんな事を望みはしませんわ」


 他者に責任を求める事は許さない、そう意思の込められた言葉はローラを囲い込み逃げ出す事を許さない。


「もう一度聞きますわ。そこまでして、彼と共にありたいのですか?」

「……はい、その傍らに居続けると、望みを叶えると誓いました」

「参謀でしかない貴方が戦闘のプロである彼の役に立てるとでも思いましたの?」

「はい、あの方の為なら何もかもを利用してでも叶えましょう。必要とされた全てに応えるだけですわ」

「彼と共に在り続けるというのは戦いの中に身を置き続けるという事だとわかってらして?」

「もちろんですわ。そしてあの方が戦いを終えた後、何も残らない事も承知の上ですわ」


 アドルフに出会うまでろくな言葉も知らなかった彼がもしまた1人となってしまえば、戦わずに生きていくことは出来ないだろう。そもそも生きていく為に傭兵になったのだ、他に道など無い。

 この時代の男達はそうして戦場へ赴き、戦場で死んでいった。

 ローラの回りにそういう人間はウィリアム以外居なかったが、ウィルがその身を置いている状況をローラが理解できないわけではない。


 復讐を終え、戦場に舞い戻るウィリアムに残るのは傷ついた体だけということも。


 そして戦いはいずれウィリアムの命すら奪うだろう。

 ローラはそれを許すわけにはいかなかった。何より、ローラはウィルにただ幸せにしてもらおう等と考えた事は無い。ウィルが戦うことしか知らないのであればローラがあらゆる物を与えていけばいい、ウィルが幸せを知らないのであれば2人で幸せになればいいの。


「わたくしはもうあの方を手放すつもりはありませんの。誰がなんと言おうと」


 たとえ本人がソレを拒もうと。


 ローラは2度ウィリアムを失いかけた。1度目はBIG-C防衛戦後、2度目はコロニーCrossingにて。

 ウィリアムが捉え所の無い砂のように自らの手の平から零れ落ちていくなら、落ちていくその大地すらも掌握し2度と手放したりなどしない。

 底知れない執着心を持つ娘に、ローズは得体の知れない恐怖を感じた。あの日、コロニー防衛の為にBIG-Cを出てから少しの間、娘の顔を見てはいなかったがそれまでは家族として傍に居続けてきた娘はこんな感情を持っていたとは思えない。どういう経緯があれど娘を変えたのはあの男だろう。

 恨みますよ、愛娘にそんな感情を抱かせた男と切欠となった全てにローズは胸中で毒づく。

 しかし、甘い考えを持った娘を正してやるのは母である自らの役目だと涙をハンカチで拭いながらローラを見る。


「……お好きになさい。BIG-Cもアロースミスも、どの道もうおしまいですわ。私は穏健派とは共に行かず、アロースミスに仕えていた者達の中で共に行く事を希望する者達を連れて行きます。そしてアロースミスはチャールズさんと私で終わりとしますわ」


 そしてローズは予定よりも早く自分達の下から巣立って行く愛娘にここでアロースミスの加護と義務は意味を失くし、これからは自らの力で生きていく事を提示し、最後の施しを授けた。


「この戦いの後、貴方からアロースミス当主の座を剥奪します。何にも縛られず、お好きに生きなさいローラ。それが私達の最後の願いです」


 ローズは車両の小さな窓からおぼろげな月を見上げる。娘の金色に似たその色を。


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