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Avenger  作者: J.Doe
旧Avenger
12/107

Sweet Sacrifice 1

「復讐などに何の意味があるのか!? 有機プラントを失った我々に資産など残って居ないというのに!」

「そんなのは以前と同じ暮らしを続けようとするからだ! 収入源を失ってなお裕福だった頃と同じ暮らしを続ければ資産が尽きるのは当たり前だ!」

「人々の生活を圧迫させてでも復讐をする意味は何だと聞いているのだ!?」

「誇りと共に生きてきた我々が、それを穢されてどう生きていける!?」


 車両内にある戦略室にBIG-Cの有力者達は集まっていた。

 防衛部隊大隊長トニー・ルーサム率いる中立派、有機プラントの管理と有機食品の流通を担当していたバップ・モーラン率いる穏健派、防衛部隊小隊長キンバリー・ポズウェル率いる復讐派、そして戦略指令にしてアロースミス家現当主であるローレライ・アロースミスが一堂に会していた。

穏健派モーランと復讐派ポズウェルの双方の利己的な主張は真っ向から対立し、議論は泥沼への一途を辿っていた。

 しかしローラとルーサムは状況を見守るだけで口出しをしない。ローラは自らの目的の為にその時を待ち、ルーサムはただ事の成り行きを見守っていた。

 保身から来る言葉の応酬を耳に入れながらローラは改めてBIG-Cの了見の狭さを実感させられた。

 収入源を失った以上私財を誰かの為に使うのを惜しみ、負けたままでは貴族は人々から尊敬されない。

 ウィリアムのやろうとしている事の支援が何よりも優先すべき事ではあるが、それも決めた後何も考えずに居た訳ではない。しかしこの2人の話はとても考えられた発言とは思えない。

 それが今までまかり通ってしまっていたのはルーサムの言っていた通り首脳陣の怠慢とも言える。

 自らの父を貶したくは無いが、ローラはソレについても実感させられてしまう。

 何より若き小隊長を、自らの許婚だった男を見るとその矮小さにローラは頭を抱えたくなる。


「ローラ! 君からもこの日和見主義オポチュニストに教えてやれ! 誇りを失った我々に何の意味があるのか!」

「あなたとBIG-Cの皆を一緒になさらないで下さいまし。しかし、誇り云々はともかくとして第2班が追撃された以上逃げるだけでは限界があるのは事実ですわ」


 ローラの辛辣な言葉にポズウェルは息を呑み、モーランは自らの意見を噛み合わない存在に苛立ちを隠そうともしない。しかし、ローラは気にせず続ける。


「ただ逃げ続けたとしても、その生活に皆が耐え続ける事は難しいでしょう」

「ならば戦うと仰るのですか!?」

「ええ、我々は外の世界を知らなかっただけで世界は戦いを繰り返していましたわ。我々はそれから目を逸らして都合のいいものだけ見ていたに過ぎませんの」


 ウィリアムが守り抜いた移民達と違い、BIG-Cには少なくは無い財産があった。それによる庇護を求めて人々は集まり、壊滅させるには手間が掛かる存在として今までは見過ごされてきた。だが、全てを失ってしまった以上この世界の、入った郷の掟に従わずに生きていくのは不可能だろう。

 戦わずには生き残れない。ウィリアムが生きる為に傭兵になったように、アドルフが金の為に防衛部隊に入ったように。この時代において戦う理由というのは限りなくシンプルだった。


「戦う力を持たぬ者達の事を考えれば我々が露払いを引き受ける他ありませんわ」

「その者達を思えばこそ、逃げて逃げて逃げ延びるのが得策なのでは!?」

「もはや我々に皆を庇護し続ける力などありませんの。皆を遠くへ逃がす為の陽動にしろ、相手に痛手を負わせて牽制するにしろ戦いはもう避けられませんわ」


 そして何よりこれだけが、ウィリアムの支援と戦略指令である事の義務を果たす唯一の方法なのだ。


「なんと無責任な! チャールズ氏が知ればなんと仰られ――」

「その父が追撃により亡くなったのです! 他の皆をそのような目に遭わせぬ様にするには戦える者が戦う他どんな方法があるというのです!?」


 モーランの言葉を遮り、ローラは抑えきれない感情と共に言葉を叩きつける。

 自らが放った怒声の後に訪れた静寂の中、ルーサムを含めた皆の驚愕に歪む表情を眺め、心を落ち着けてからローラは話を続けた。


「ポズウェル卿の言い分が気に入らないのも確かですが、何もせず防衛部隊の戦力にただ頼られるのは無責任ではないと仰りますの?」

「ならば何の為の――」

「今まではコロニーの収入から出していた資金で防衛部隊の経費を賄ってきましたが、もうそれは叶いませんわ。誇りだけでは銃や弾丸は手に入りませんのよ?」


 どう戦うのか?、とモーランの言を封殺して、ローラは現実を突きつける。夢見がちなBIG-Cの住人達は戸惑うかもしれないが、現実とはそういうものだ。


「お選びなさい、戦うか逃げ続けるか。どちらにしろ強制するつもりはありませんわ」


 ルーサムはローラの決めた覚悟に、ポズウェルは許婚のその変り様に、モーランは突きつけられた選択肢に驚愕する。

 部屋を沈黙が包み込む。選ぼうと選ぶまいと誰かが戦わなければならない事実は変りはしない。


「……どうやらもう分かり合える事は無いようですし、自分は守るべき民と共にここを去りましょう。日時は追って連絡を」

「かしこまりました。銃口1つ向けさぬよう勤めさせていただきますわ」


 ローラは丁寧に言葉を返し、戦略室を後にするモーランを見送った。


「……良かったのか? チャールズの娘よ」

「ええ、戦いを避けられぬ以上モーラン卿に非戦闘員をお任せするのが一番かと」

「ずいぶんいさぎが良くなったものだ。傭兵の小僧との再会はどうやらいい方へ転んだようだな」


 小さく笑みをこぼしながらルーサムは言う。ルーサムは自身の娘よりも若い少女に底知れぬ器を感じ始めていた。自らが望む舵取りは着々と育っているようだった。


「そんな事よりありがとうローラ! やはり君は僕の一番の理解――」

「お黙りなさい。わたくしからすればポズウェル卿も日和見主義オポチュニストの1人に過ぎませんわ」


 ポズウェルの言葉をローラは辛辣な言葉で切り捨てる。

 コロニーの運営以外では有力者達が力を持っていない以上、許婚というものは強制力のない形骸化したものに過ぎずローラは最初から相手にもしていなかったがポズウェルはそうではなかった。

 ローラとアロースミスの財産を得ようとしたポズウェル家は率先してローラに近かったウィリアムをコロニーから追い出し、参謀となるべく勉強を始めたローラを「将来は大隊長となる者の伴侶にふさわしい」と喜んでいた。ウィリアムを追い出した時点でポズウェル家はローレライ・アロースミスの敵ではないだけの存在となってしまった事も知らず。

 そんな考えもなしに戦う事だけを主張していたポズウェルにローラがいい感情を持てるはずがなかった。


「な!? 君は許婚である僕になんてことを言うんだ!」

「わたくし自身はその話に乗ったつもりはありませんわ。コロニーが無くなり、個人で生きていく以上その話を受け入れる義務もありませんわ。そもそも、わたくしには心に決めた殿方がいらっしゃいますの」


 吐き捨てられた言葉にポズウェルは目を見開き、憎憎しげに呟く。


「……あいつか? あの薄汚い傭兵が君を誑かし――」

「お黙りなさい」

「黙るのは君だ。許婚に不義理を突きつけてあんな薄汚い傭兵にほだされるなんて恥ずかしくないのか?」

「ええ、考えもなしに戦争を始めようとする方に比べてしまえばその差は歴然ですわ」

「……これだから女は信用なら無いんだ。どうせ今回のこともあいつのためなんだろう?」

「ポズウェル卿に理解が出来るとは思えませんがそれだけではありませんわ。それと女が信用なら無いのであればどうぞ良い殿方をお探しあそばせ。何があってもあの方を譲るつもりはありませんが」

「尻軽の売女が! 下手に出ればいい気になりお――」


 ローラの言葉に激昂したポズウェルは立ち上がり掴み掛かろうとするが椅子に座ったまま音も無く抜かれたローラのハンドガンを眉間に突きつけられ静止せざるを得なくなる。


「……無手の相手にそんな物を向けるとは。薄汚い傭兵に毒され誇りも失ったか?」

「わたくしはか弱い女ですもの、当然の嗜みですわ。それにあの方以外が私の肌に触れるのを許す気はございませんの。何より――」


ローラの言葉に応える様にハンドガンの黒いバレルがギラリと光る。


「――あの方への侮辱とあの方の物である私への侮辱、それを許したつもりはございませんわ」


 ローラは暴力的とも言える拒否を銃口と共に突きつける。敵対意思と同時に放たれるであろう弾丸はポズウェルの命をいつでも奪えるようその時を待っていたが、ルーサムが2人間の間に割って入った。


「そこまでにしておけ。ポズウェル卿、貴様の負けだ」

「邪魔をしないでいただこうかルーサム卿、不義理を働いた許婚は僕が裁かなければなりません」

「それで勝ち目も無いとはいえ女子供に手を上げるというのか? まあチャールズの娘もやり過ぎだとは思うが、誇りの主張しかしない貴様と2度もコロニーを救った傭兵の小僧では勝負になりはしない」

「ルーサム卿! 貴方もあの傭兵の肩を持つと仰るのか!?」

「結果的に我々はあの小僧に2度も救われた。恩人をそのような言う方も不義理だとは思うがな――この話はもう終わりだ。これが最後とは言え共に戦うのだ。身内で牙を剥き合う事など人の上に立つ者がすべきではない」


 あくまで結果重視であるルーサムの言葉にローラは銃を下ろし、ポズウェルは身を引いた。

 ポズウェルは自身の中で臆病者の大隊長と称すルーサムに諭され、苛立ちを隠せなかったが階級には逆らえなかった。


「チャールズの娘――いやアロースミス卿、策はどこまで仕上がっている?」

「策と言えるほどではありませんが。しかし資金と武装と戦力、全てが足りませんの。更に言えばそれらが揃っていたとしても私兵集団の殲滅は難しいかと思われますわ」

「大言を吐いた割には随分なことを言うじゃないか」

「ええ、私は戦う以上相手を殺し尽くさなければいけない等と考えた事がございませんの。確実な目的の遂行、それが我々に求められた事ではなくって?」


 ローラはウィリアム譲りの目的を遂行する事を勝利とする考えのもと、組み上げた策を2人に話した。

 今回の作戦の目的は穏健派の非戦闘員を逃がす為の陽動にあり、その為に迫撃砲等の視覚的にも派手な高威力兵器を使い敵の目をこちらに引き付け、その間に過去に潜入経験のあるウィリアムが単独で潜入し施設中枢の破壊と首脳の暗殺の後に脱出。そしてそれに合わせてコロニーの外に簡易的な地雷原を作りそこに敵の追撃部隊をそこに誘導しつつ全軍撤退。


「待て、我々に敵から逃げろと言うのか?」

「ええ、目的は陽動である以上復讐派が望む私兵集団の殲滅等はおまけでしかありませんわ。――ああ、心配なされなくても敵陣に乗り込む事になるので空爆のご心配はいりませんわ」


 ローラは付け加えた憶測で1つの嘘を誤魔化す。ウィリアムは一度も潜入などしたことは無い。

 企業の持つ享楽的な嗜好は赤い機動兵器乗りの女の言う通り、ウィリアムを歓迎する。ローラとウィリアムは何故かそう確信していた。それがそう上手くいかなかったとしても陽動の役目は果たせる。


「そうではない。まあ薄汚い傭兵風情の伴侶が理解できるとは思わないが、誇りを穢された我々にまた逃げろというのか?」

「1度も2度も変りませんわ。作戦の説明など何度もする気はございませんの。それとも誇り高き騎士殿の頭蓋骨ヘルメットは言葉も通さぬほどに分厚くてらっしゃるのかしら?」

「2人共いい加減にしろ。アロースミス卿、殲滅でなければ武装が少なくていい訳ではない。不足分はどうするつもりだ?」

「まず敵本拠地に攻め込む以上機動兵器との戦闘は避けられませんわ。ですのでロケットランチャー、グレネードランチャー、迫撃砲等の高威力兵器が必要ですわ――」


 そして高威力兵器を車両に固定し簡易的な戦闘車両を作り上げ、それによる戦闘を行う。機動兵器が強力な兵器であるとは言え攻撃に対しては弱いという弱点を抱えているのは事実であり、装甲車に搭載されたグレネードキャノンほどの効果は期待できないが、装甲車には出せない速度による奇襲を数台で掛けるなりすれば勝機はある。


「――そして歩兵の装備を全ては揃えられませんので、徹甲弾を徹甲弾用の経費を支給していない部隊から優先的に支給しますわ」

「先の戦闘で使ってしまった部隊はどうすればいい?」

「出納ログを見てから決めさせていただきますわ。どうやら弾丸の経費を別に回した部隊もいらっしゃるみたいですの」


 BIG-Cはウィリアムの武装を踏襲し、ハンドキャノンは不可能だが徹甲弾の支給を決めその経費をそれぞれの部隊に支給したが先の戦闘で一部の部隊が通常弾で戦闘していたと報告があった。出納ログを見てその経費が交遊費に消えていたのを発見した時にはさすがのローラも頭を抱えてしまった。一体娯楽が朽ち果てたこの時代でどう使ったというのか。

 マコーリーもそうであったがBIG-Cの人間達はやはり戦闘に大してとても楽観的であり、傭兵という戦闘のプロフェッショナルを侮りすぎている、思いつかない皮肉を除けてローラは話を続ける。


「資金がそう多くない以上、そう言った部隊にはポケットマネーから負担していただきますわ。自ら望んだ戦闘なのですから当然でしょう? そして戦力の補充には付近のレジスタンスに協力を要請し、補充します」

「とことん薄汚い男達が好みのようだな。しかし、我々のように誇り高き者達と彼らと戦線を共にするなんて出来ると思うのか?」

「ええ、彼らの戦力には傭兵も含まれているはずです。戦闘のプロを資金を使わずに戦力に加えるにはこの方法しかありませんわ」


 レジスタンスは護衛兼戦力として傭兵を長期で雇い入れる事が多い。しかしBIG-Cのように有機プラントを持っていない彼らは略奪等によって資金を稼ぐのがほとんどであった。


「もちろん通信の傍受や決行日の漏洩等を警戒する為に前もって使者を派遣し、シークレットチャンネルで逐次報告という形を取りますわ」

「アロースミス卿よ、それではレジスタンスの負担を掛ける事にならないか? 彼らにそこまでして我々と手を組むメリットがあるのか?」

「ええ、彼らの目的が企業への復讐であり、我々の保持している戦力を知ればその程度の負担は許容の範囲でしょう」

「……傭兵の小僧か」


 幾度も私兵集団との戦闘を単独で勝利し、コロニーへ侵攻した大隊の殲滅に大きく貢献し、重傷を負いながらも機動兵器2機を撃墜した傭兵。それがある一定の情報網を持つ者達の知るウィリアム・ロスチャイルドであった。ここに来てウィリアムの聞かれない限り自らの名前を名乗らない人柄が功を奏した。誤魔化しようはいくらでもあるがアドルフ・レッドフィールドと名乗っていた頃を知られていると面倒ではある。


「それに戦力や資金に余裕が無いのはどこも同じですわ。乗って来ないとは考えられません」

「しかし所詮は流れ者、裏切らないとは限らないだろう?」


 ポズウェルの言葉にローラは深い溜息をつく。自分のものにならないと分かれば態度を変え、他人を平気で侮辱し、挙句の果てに発言全てに噛み付いてくる。そしてその割にはローラの提示する穴だらけの作戦に興味を示し、意欲を見せる元許婚の姿に恐ろしいほどのアンバランスさをローラは感じた。


 布陣すら決まっていない、コロニーのどこに私兵部隊が駐在しているかも分からない敵地へ襲撃を掛けるという事が本当に分かっているのだろうか?


 ローラはそう考えたが、ポズウェルが危惧している事はもっともな事である以上真摯に応えた。


「その疑惑ですらお互い様である以上、連携を取って戦闘する事も難しいかと。ですので、お互いの邪魔にならないような布陣を敷きます。たとえ裏切られたとしても迎撃も撤退もし易い場所に。今、地図データを入手中ですので後日皆様に転送いたしますわ」

「そちらは分かった。ならあの傭兵はどうするつもりだ? 認めたくはないがアレに裏切られてしまえば我々など一網打尽だろう?」

「あの方は誰よりも遠くて誰よりも危険な場所の布陣となりますわ。撤退すら困難でしょう」

「……随分な事を言うじゃないか? あいつが死んでもまだ他に男が居るのか?」

「あら、相変わらずご聡明でらっしゃって。ポズウェル卿の明晰な頭脳にはあらゆる策士が舌を巻く事でしょう」

「……皮肉はいい。さっさと応えてもらおうか」


 裏切らなければ裏切らない。それがウィリアムの唯一の傭兵としてのルールだがウィリアムを知らない人間からすれば信じ難いルールだろう。しかし逆を言ってしまえばそれを知っている人間からすればポズウェルの疑問は滑稽なものである。それがローラなら尚更だ。


「あの方は絶対に負けませんし、そして裏切りませんわ。たとえ何があっても」


 そう言い切るローラの胸元には、金で作られたフレアのネックレスが誇らしげに輝いてた。

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