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Avenger  作者: J.Doe
Actors On The Last Stage/Program:Avenger
100/107

Black Water/Clack Slaughter 2

「さて、どこから話すべきかな。記憶はどこまで戻ってる?」

「……コロニーCrossing防衛戦、クリムゾン・ネイルを撃破した辺りまでだ」

「ふーん、そりゃ楽でいいや。ところどころ欠けてるだろうけど、そんなもんは元々忘れただろうからどうでもいいしね」


 困惑するあまり銃口を下ろして手近な椅子に腰を掛けるウィリアムを余所に、シモンは楽しくてしょうがない様子を隠しもせずに壁に掛けられたディスプレイの電源をつける。

 そこに映し出されたのはどこか野暮ったいルックスのクリムゾン・ネイルだった。


「まずはそもそもの始まりについて。クリムゾン・ネイル、殲滅者(アナイアレイター)、ミュリエル・フリップ。どの呼び方でもいいけど彼女を殺害しようとした君は、コロニーCrossingの防衛部隊の狙った誤射によって倒れた。最高の遊びを邪魔された彼女は怒り狂い、防衛部隊の大半を殲滅して君を企業まで連れ帰った――本当に驚いたよ、決着を付けなければならないから脳髄以外をオルタナティヴで作り変えてでも治せなんて言うんだからね」


 ミュリエルの言葉を思い出したのか、シモンは苦笑しながらディスプレイにカルテを表示させる。

 複数の骨折、奇跡的に内臓を避けた銃創、そして左目の損傷。

 その内容は紛れもなくかつてのウィリアムを表すものであり、奇跡の証明だった。


「でも社としてはそんな事は知ったこっちゃない、脳が腐る前に記憶を引き出して終わりにする事にしたんだ。そして、ここで常識をひっくり返すほどの誤算が生まれた。死に損ないの有色の少年。ただそれだけだった君は左目をメモリーサッカーで貫かれ、記憶を引き抜かれた後もまだ生きて居たんだ」

「待て、あれの致死率は100%だったはずだ」

「それは誤った認識だよ。メモリーサッカー自体が被検体を致死に至らせるのは6割、あとの4割は高速のデータ抽出によるショック死だ」


 何が違うんだ、と未だ熱を持つ左目を覆うまぶたを撫でるウィリアムを余所に、シモンはウィリアムのために注いでいたスコッチを勝手に飲み干す。

 敵地でアルコールを飲めるほどウィリアムは豪胆ではない。だがその自然で勝手な振る舞いに苛立たないほど大人物でもない。

 ウィリアムが下ろしていたショートバレルのアンチマテリアルライフルに手を掛けるなり、シモンは悪かったとばかりに肩を竦めて話を続けた。


「そこで僕は理解した、というよりはさせられた、かな。抽出した記憶で見るまでは知らなかったけど、最強の白兵戦戦力である壊殺者(ブレイカー)を1人で殺し、その挙句に当時最強の機動兵器だったクリムゾン・ネイルを撃破寸前まで追いやり、人々では耐え切れない苦痛に抗ってみせた傭兵。その人類を超越した存在と訪れるべき終わりをね」

「終わり、か。裕福な暮らしを失うのが恐かったのか?」

「それもそうだけど、それだけじゃない。あの時の僕は圧倒的な死と終わりの到来を感じて居た、恐くてたまらなかったんだ。人や組織が相手なら数の暴力で蹴散らせば良い、でも君の存在は何もかもを無に帰すエンドマークだった。今僕達が行っているのは世界と人類の闘争だよ」

「何が言いたいのか分からないけど、随分大きく出たじゃないか」


 馬鹿馬鹿しい、とウィリアムは肩を竦める。

 BIG-C防衛戦で生き残り、クリムゾン・ネイルと戦って生き残り、最新の機動兵器と戦って生き残った。そんな自分の生き汚さは理解しているつもりだが、自分を人類と世界を並べるシモンの言葉がウィリアムには滑稽でしょうがなかった。


 しかしシモンは当然のよう告げる。


「何を勘違いしているのか分からないけど、僕達はあくまで人類の側に立っているつもりだよ。僕達人類の敵は荒廃しきったこの世界であり、そして君だ」

「なんだと?」

「世界が生んだ自浄作用、怠惰な全てを焼き尽くす最強の暴力、破壊と再生のミッシングリンク――回答者(アンサラー)。それが世界が用意した特異点であり、分水嶺であり、終末を迎える全ての答えである君の存在だ」


 訳が分からないと思わず言葉を失ってしまったウィリアムを無視して、シモンは胸元の大きな十字架を指先で玩びながら続ける。


「有色と退色の人間の違いを知っているかい? 免疫力、精神力、優性遺伝子の数、全てをひっくるめた生命力が違う。有色の人間達は理解の出来ない恐怖と相対した時に逃げ惑う事が出来るけれど、退色の人間はパニックを起こしてそのまま死を待つのがほとんどだ。おそらく君の異常な強さもその煮詰められた闘争心と優性遺伝子の結末なんだと思う。君のルーツは分からないが、近親交配を続けた事で生まれた色が薄まる事もなかったってところかな。普通なら遺伝子が劣化するはずな――」

「異常だと、お前らが俺を異常にしたんだろうが!」


 シモンの一方的な推論にウィリアムは思わず声を張り上げるが、当の本人は立てた人差し指を横に振って苦笑を浮かべた。


「自分を騙すなよ。君だって気づいているはずだ。うちの精鋭達ですら出来ない単独での機動兵器殺し(ジャイアントキリング)をしてみせ、抜かれるだけでショック死に至る記憶を流し込まれて生き残って見せた自分の異常性をさ。そもそも与えられた記憶から都合よく記憶を選んだのは君だよ。都合のいい話だよね、憧れの人物に成り代わり、自分の作った居場所に執着し、人の人生を自分の物扱いするんだからさ」


 思わず怒鳴り声を上げるウィリアムを恐れることもなく、シモンはシニカルな笑みを浮かべる。

 そしてディスプレイの表示がウィリアムのカルテから、奇妙な映像へと変わる。


 引きつった笑みを浮かべるウィリアム、燃え盛るCrossingの街並み、鋭利な金属を躊躇いなく突き刺して来た企業の私兵。


 後の2つをウィリアムは知らないが、引きつった笑みを浮かべる自分を見ていたたった1人の存在をウィリアムは知っている。


 その女の名前はトレーシー・クレネル、アドルフ・レッドフィールドと名乗っていたウィリアムが最後に出会った人物だった。

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