Wake Up Dead. 1
「どうしたこうなった……」
ウィリアムは自らの後ろを振り返ってつぶやきました。
そこにはウィリアムの後を追うように子供達が笑顔で1列に並ぶ姿がありました。
まるでウィリアムが昔アディに見せられたかつての時代の映像記録にあったカルガモという生き物の親子のようでした。
あれからウィリアムはBIG-Cからの依頼を受諾し、装備を整えシェアバスを乗り継いでBIG-Cに到着しました。
そしてコロニーの代表としてアロースミス夫妻に迎え入れられました。
夫妻は別宅と食事等を提供してくれましたが、子供達がウィリアムに懐いていると知り教育まで施し始めました。
ウィリアムはいろいろ教育を受けさせられる事に反論をしたり、そもそも哨戒中の傭兵の傍に子供達が 一緒に居るのは危険だと言いましたが夫妻の達弁にウィリアムは一度も勝つ事が出来ませんでした。
ウィリアムは夫妻の達弁に自らが勝つには教育を受けざるを得ないという皮肉に溜息をつきました。
「おにいさん、どうかなさいましたの?」
「いや、何でもないよローラちゃん」
夫妻の1人娘、ローレライ・アロースミスの問いかけにウィリアムはそう返しました。
ウィリアムはローラが依頼人の娘である以上依頼人と同じように扱おうとしましたが、目に見えて不機嫌になったローラの様子に戸惑い夫妻に相談したところ「深く考えず、1人の子供として扱ってあげてほしい」と言われ敬語等をやめました。
そして他の子供達もそれ望んだのでウィリアムはなし崩し的にそれに従うしかありませんでした。
それでいいのかBIG-C。
かつての世の中の階級主義が色濃く残るこのコロニーではウィリアムを歓迎しない者も居るというのに 子供達を平気でウィリアムと一緒に居させる親達にウィリアムは頭を抱えてしまいました。
「おにいさんやっぱりどうかなさいましたの? あたまがわるいんですの?」
「そういう時は具合が悪いとか、頭が痛いとかって言うんだよ。でも大丈夫だから心配しないで」
ローラの心外な言葉にウィリアムは丁寧に言葉を返す。
それでも心配そうに自分を見上げるローラの頭を昔アディがしてくれたようにウィリアムは撫でました。
このコロニーの子供達は少し幼い所がありましたが基本的に皆聡明で、ウィリアムは幼い頃からの教育がいかに成果を生むか見せ付けられているような気分になりました。
ウィリアムはくすぐったそうに撫でられていたローラの頭から手を離すと哨戒を再開しました。
子供達はずるいと口々に言いましたが、哨戒を交代したら何でも付き合うとウィリアムの言葉に子供達は笑顔で応じました。
そして詰め所に戻り、ウィリアムは中に居る防衛部隊の男に声を掛けました。
「オリヴァー、交代の時間だ」
「ずいぶんゆっくりだったね。おかげでのんびりできたよ」
そう言いオリヴァーは恋人であるサビナの頬にキスを落として立ち上がります。
「大隊長に見つかっても知らねえぞ」
「大丈夫、今は認めてもらえてはないけどいつか認めてもらう約束はしたから」
「いや、仕事サボっていい理由にはならないだろ?」
「いってきます」
そう言いオリヴァーは詰め所を飛び出し、サビナはそれを見てくすくすと笑っていました。
オリヴァーの恋人の名前はサビナ・ルーサムと言い、オリヴァーの直属の上司の1人娘でした。
「あいつはきっと苦労するだろうね」
「それがおとこのかいしょうってものなのだとおもいますわ」
「ローラちゃん、君はどこからそんな言葉を覚えてくるんだい?」
精神が幼い割りに思考が早熟すぎるローラにウィリアムは溜息をつきました。
しかしこの後苦労をしたのはオリヴァーではなく、子供達に哨戒が終わったら何でも付き合うと言い、 ローラが興味本位で買った青の固形食物を共に食べ、ローラと共に苦しみ、ローラと自分の為に水を買いに走ったウィリアムでした。
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「そういえば」
「ん?」
「わたくし、おにいさんのおなまえをぞんじませんわ」
空がすっかり暗くなり、他の子供達を家まで送った後ウィリアムと手を繋いで家路を行くローラは突然そんな事を言いました。
「ああ、そう言えばローラちゃんには名乗ってなかったっけ」
ウィリアムがコロニーに着いた時にはもう夜遅く、関係者には名前を名乗っていましたが子供達は親に聞かない限りウィリアムの名前を知りませんでした。
ウィリアムはアディがくれた大事な名前と自らでこだわりもなく付けたファミリーネームを、ローラに告げました。
「ウィリアム・ロスチャイルドだよ」
「ウィニニャム・ロチュチャイルド?」
「うん、無理して言わなくていいからね」
年の割りに舌が回らないローラはウィリアムの名前を最後まで言う事が出来ず、そしてその最後は唐突に訪れました。
それから半年ほど経ったある日の事でした。
哨戒を終えたウィリアムが子供達の相手をし辺りが暗くなった頃、ウィリアムは懐かしい匂いを感じました。
戦いの、戦場の匂いです。
そして次の瞬間、コロニーの端からが銃声が聞こえ始めました。
「何の為の哨戒だ」
口の中で毒づき、ウィリアムは脳裏に時計台の地下のシェルターまでの最短経路を思い浮かべました。
「いいかい? 俺が絶対守ってやるから、何があっても俺から離れるんじゃないぞ」
未だに状況が分かっていない子供達にウィリアムはそう告げ、子供達が追いつける程度の速さで移動を始めました。
途中でローラがコロニーの住人の死体を見て泣き出してしまいましたが、ウィリアムはローラの手を引いてそのまま時計台まで急ぎました。
時計台に着き、シェルターに子供達を避難させましたが他の非戦闘員の姿が見えません。どうやらまだここまで辿り着くことすら出来ていないようです。
空虚なシェルターにローラのすすり泣く声が反響します。
他の子供達はまだ理解が出来ず、泣いてはいませんでしたがそれが伝播してパニックに陥るのは時間の問題のように思えました。
ウィリアムは泣いているローラの頭を撫でて、なるべく優しい声色で言いました。
「ちょっとだけ行ってくるけど、頼むから泣かないでくれよ」
時間がない。出来ればここにいて守ってあげたいのですが、ウィリアムの仕事はコロニーの護衛。ここに留まる訳にはいきませんでした。
「あと、任せたぜ?」
少年達にウィリアムはそう告げ、時計台を後にして戦場へ駆け出していきました。
まずは陽動、非戦闘員から目を逸らさせる為に男は最前線に居る防衛部隊の下へ走りました。
BIG-Cの防衛部隊はCrossingの防衛部隊と比べて前時代的な戦いを進める傾向がありました。
その辺のギャング程度なら押し切れますが、軍属、更に言えば最新の装備を用意している私兵集団には勝てる訳がないとウィリアムは考えていました。
銃弾と断末魔が飛び交い、薬莢と死体が転がる道を抜けてウィリアムは北の街道の最前線の部隊と合流しました。
「状況は!?」
「今は芳しくないが、その内好転する!」
そう言い張る大隊長代理にウィリアムは溜息をつきました。
この期に及んで分かっていないのならば、理解して作戦を立てさせるのは不可能でしょう。
そもそも何故この街道に3台あるはずの装甲車が居ないのか気になったウィリアムは携帯端末で戦場の状況を確認しました。
ルーサム卿が迎え撃つ西の街道は装甲車1台を所持し、ウィリアムと接点のない大隊長が迎え撃つ西の街道に装甲車が2台ありました。
ウィリアムは今までにない程の深い溜息をつきました。
おそらく北の街道の防衛部隊大隊長と中央で指令を担当するチャールズ・アロースミスは東の大隊長に装甲車を譲ってしまったのだろうとウィリアムは考えました。
お人良しで弱者を救う事を最初に考えるチャールズなら、頼まれれば簡単に譲ってしまうでしょう。
それが自分の直属の部下を危険に晒すとしても、部下もそれを望むから。
私兵集団が装甲車などを持ち出していないのならば装甲車がある東西の守りの事は忘れ、北に集中すべきだ。
ウィリアムはそう考え作戦を練ります。
しかしどんな作戦も、BIG-Cの愚直な隊列がそれを可能にさせてくれあません。
そしてウィリアムには1つしか考えが思い浮かびませんでした。それは自分を危険に晒す事になりますが、そこまでしなければ勝ち目がないのです。
北の大隊長代理はウィリアムの話を聞いてくれそうにないので、ウィリアムは端末でチャールズの端末をコールしました。
『どうした? 悪いが今手が離せない』
「北の街道の戦況を変える作戦があります」
『それは防衛部隊を危険に晒す物か?』
「いえ。ですが、失敗すればその限りではありません」
チャールズは考え込みました。
傭兵であるウィリアムと自分達の戦いにおいての考え方の違いを知っていて、彼の考えを読めずにいたからです。
だが戦況が押されているのは事実。チャールズは覚悟を決めました。
『……やろう。責任は私が取る』
「内容を聞かずに決めてよろしいので?」
『私達では理解できまい。時間の無駄だ』
「いえ、今回はそんなに難しいことではありません」
『……何をする気だ?』
「私兵集団を囲むように展開して、ひたすら敵に弾丸をばら撒いてください。あとは俺が」
そう言ってウィリアムは通信を切りました。
ウィリアムは裏切らなければ依頼人を裏切る事はしませんでしたが、それでも何度も依頼を投げ出したくなった事がありました。
移民達を人買いの組織から救った時は勝てる確信があったからやっただけで、確信がなければ襲撃など掛けなかったでしょう。
そんな自分がわざわざリスクを犯して、子供達を救おうとするのがなぜかおかしく思えウィリアムは小さく笑みをこぼしました。
しかしリスクが大きいだけで確実に死ぬと決まったわけではありません。
だからウィリアムは考えました。
1つの狂いも許されない数式のように。しかし答えに辿り着くのが必然であるように。
ただ自らが思い描く勝利に向けて駒を進めるだけの戦闘。
求めるのは予定調和の結果。
ウィリアムはジャケットとボトムのパワーアシストをフルにし、自らの切り札であるハンドキャノンを取り出して走り出しました。
過去の私兵集団との戦闘で瞬間火力の高い武器でしか私兵集団の持つパワードスーツの装甲を突破することは出来ない事をウィリアムは知っていました。
防衛部隊の装備が旧来のアサルトライフルならそれは牽制程度の役にしか立たないでしょう。
ロケットランチャーやグレネードランチャーを持っている部隊が善戦したとしても数が圧倒的に足りません。
なら自分達で突破しなければいい。
ウィリアムがそう胸中で呟く頃には防衛部隊の陣形が動き始めていました。
そしてウィリアムは敵の小隊長らしい司令官らしき人間にハンドキャノンを放ちました。
冗談のような銃声が響く前にウィリアムは瓦礫の影に隠れるように走り続けます。
時折私兵集団の高威力の弾丸がウィリアムを掠めますが、それを恐れて立ち止まってしまえばそれこそおしまいです。
敵が躍起になって自らを追いかけている事を確認したウィリアムは、戸唐突に敵陣営の中をパワーアシストがフルで働いているその足で駆け抜けました。
そのウィリアムを追いかけるように高威力の弾丸が飛び交いますが、弾丸の行く先は私兵集団のパワードスーツ。
そしてウィリアムは別の小隊にハンドキャノンを撃ち込みました。
ハンドキャノンの高威力の弾丸によって、当たった私兵が吹き飛び味方にもう動かない自らの体をぶつけました。
優位に立つ事が圧倒的に多かった私兵集団の部隊はだんだんと混乱に飲まれていきました。
相手の中に自分達の銃火器と同じような威力を銃火器を持つ人間が居て、
その相手は不意を討ち、突然現れ突然消え、
それに恐怖した小隊が高威力の銃火器をあたりにばら撒き始め、
そしてその混乱を増長させるかのように防衛部隊が銃撃を開始しました。
ウィリアムは敵味方の弾丸が飛び交う中を走り続けます。
しかし、ウィリアムの憶測とは違う方向に状況が動き始めました。
味方であるはずの防衛部隊の弾丸がウィリアムの左腕を撃ち抜いたのです。
鋼繊維が編み込まれているとはいえ所詮は布です。ウィリアムは痛みに耐えながらも走り続けました。
そしてその陰に隠れようとした瓦礫がロケットランチャーにより吹き飛ばされ、砂塵から顔を庇うようにしてウィリアムは一番近くの路地へ逃げ込みました。
ここで尻尾切りか? とウィリアムは考えましたがすぐにそれは思い違いだと気付きました。
防衛部隊の人間はウィリアムに言われた通りに、言われた通りだけに弾丸を敵陣にばら撒き続けているのです。
たとえ、そこにウィリアムが居たとしても。
路地裏に入り、もう役に立たないであろう左腕のパワーアシストを切り、ハンドキャノンの薬莢を落とし新しい弾丸を装填しました。
最悪の状況が脳裏をよぎりますが、ウィリアムはそれでもこのまま続けるのしかないのだと気付いたその時、建物の壁を打ち壊す轟音が聞こえました。
「てめえがイレギュラーか」
轟音と砂塵共に現れた不恰好な右腕を持つ男がそう言いました。
それはオルタナティブによって結合させた兵器の腕で、大雑把に作られたにも程があるパイルバンカーでした。
「てめえが居なけりゃ、ちょろい仕事だったんだけどな」
「面倒を掛けてるのはお互い様だろ」
ウィリアムは男の恨み言に皮肉を返しました。
おそらく男の腕は壁を1撃で破壊するほどの威力を持ち、そしてこの男は敵にとって重要な戦力であると考えました。
「まあ、俺も仕事でさ。さっさと終わらせて戻らないと減給されちまうかもしれないんだよ」
「片腕が使えねえのにずいぶん余裕かましてくれるじゃねえか」
ウィリアムの言葉に男は不愉快そうな表情を浮かべました。
脳裏によぎった最悪の状況を上回る状況ははすでに始まっており、ウィリアムは圧倒的に不利な立場に居ました。
「ただの強がりさ、でも取り消したりはしない」
ウィリアムはハンドキャノンを男に向けて発砲し、反動に導かれるまま走り出しました。
ハンドキャノンの反動が左腕に障りましたが今度こそ歩みを止めるわけにはいきません。
しかし男はウィリアムが装備しているパワーアシスト付の衣服よりも上等なパワードスーツを纏っており、そのパワーアシストにより大きな腕を振り回しながら追いつかんとしてきます。
建物の扉を蹴り飛ばしてウィリアムが中に入れば、男は壁をその腕で破壊して追いかけてきました。
「わざわざ狭い所に入るなんてな、ここに武器でも隠してたのか!?」
「お前らのそれに利く武器なんて、そうそうないじゃないか。もう周りなんか見てられない程に必死なのさ」
ウィリアムは問い掛けと共に男が放ってきたパイルバンカーを床に倒れることによって回避し、頭上で壁を抉っているパイルバンカーにハンドキャノンの弾を撃ち込みました。
床に寝転ぶ形になったウィリアムを蹴ろうとした男の足をウィリアムは床を転がるようにして離れることで回避し、そのまま自らの右腕の様子を見る男と対峙しました。
「すげえじゃねえか! こんなに酷くやられたのは初めてだぜ!?」
「俺だってこれで壊せなかった物は初めてだよ……」
楽しそうに言う巨大な腕を持つ男にウィリアムは溜息をつきながら返しました。
ハンドキャノンはウィリアムにとって1撃必殺の切り札だったのです。
「てめえのもそうだろうけど、こっちも残弾がそこまでねえんだよ。さっさと終わらせる」
「あとどれくらいだ?」
「12発ってところだな」
「十分じゃねえかクソッタレ」
外装が大きくへこんだ右腕を撫でながら言う男にウィリアムはスラングを吐きました。
ウィリアムのハンドキャノンの装弾数は5発で既に2発を使ってしまったので残りは3発、あまりの残弾数の違いにウィリアムは眩暈を感じました。
「ちょろい仕事じゃなくなっちまったけど、楽しかったぜ」
「勝手に終わらせないでくれ」
「終わりだ、こいつがてめえのドテッ腹に穴をぶち空ける。てめえのそれじゃこいつに穴を打ち空ける事も出来やしない」
男の言う通りウィリアムのハンドキャノンをもってしても男のパイルバンカーの大雑把な外装に穴を空けるのは不可能でした。
「まあ足掻けるだけ足掻かせてもらうさ、後で泣くなよ?」
「どうだろうな? てめえが簡単にくたばってくれれば嬉し泣きするかもしれないぜ?」
「じゃあ足掻かないとな、きっとお前の涙は気色が悪い」
「そいつは残念だ!」
そう叫びパワーアシストの力任せな前進に身を任す男をウィリアムは紙一重で回避し壁を抉らせる。
男が振り向く前に放ったハンドキャノンの弾丸はこれもまたパワーアシストによる男の右腕の力任せな横薙ぎによって防がれました。
「本当に大した装甲だな!」
「ああ! 威力とそれ以外は捨てさせたんだよ!」
叫びながらハンドキャノンの弾丸を放つウィリアムに答えながら男はまたそれを右腕で防がれました。
「どんだけクレイジーなんだよクソッタレ!」
「気でも狂ってなきゃこんな仕事しねえよ!」
男の突進を回避しながらウィリアムは考えます。
ウィリアムの考えが正しければそろそろ男の右腕は限界のはずなのですが、男にまだその様子は見えませんでした。
「てめえだってそんな冗談みてえな銃持ちやがって! 同類だ同類!」
「それを言われるとちょっと言い返せないけどな!」
パイルバンカーの機構を使わずに殴り掛かって来た男の右腕にほぼゼロ距離でハンドキャノンの弾丸を撃ち込み、ウィリアムは自分の手札をすべて切りました。
息を切らして2人はお互いを睨み対峙します。
「頼みのワイルドカードはもう切れて、お前は片腕を使えない。俺の勝ちだ」
「どうかな? まあ、やるだけはやったさ」
男は自らの右腕によりボロボロになった壁際に追い詰めたウィリアムの言葉に意を介さぬ様に右腕のパイルバンカーをウィリアムに向ける。
「逃げなきゃ一発で楽にしてやる、逃げたらバラバラだ」
「とことんクレイジーだよ、お前」
「褒め言葉ありがとうよ!」
そして男が右腕を引き、意識の中のトリガーを引こうとしたその時、ウィリアムはパワーアシストの利いた脚でボロボロの壁を蹴破るようにして壁の向こうへ逃げ出しました。
しかし男の右腕の前にはボロボロの壁などあってもなくても変わらない物で、壁ごとウィリアムを吹き飛ばそうと思考内のトリガーを引いたその時でした。
男の不恰好で大雑把な右腕が爆発し、その破片が男本人を襲いました。
何故? と痛みにまみれながら考えた瀕死の男の耳に薬莢が地面に落ちる音がしました。
「言ったろ? 後で泣くなよって」
瀕死でもう言葉にならない男を見下ろすようにハンドキャノンを持ったウィリアムがそこに居ました。
そして男は気づきました。
ウィリアムは銃身を歪ませる為に一度大きな歪みを銃身に作り、あとはあらゆる方向から衝撃を与え更に自らの射出による衝撃によって歪みを深くし、そして暴発させたのです。
いくら外装が強くても内装からの衝撃には強いはずがなく、それが自らで大規模な破壊力を生む物なら尚更でした。
爆散した金属片から逃げる為にウィリアムは壁の向こうへ、そして男は自らの右腕が手から離れないハンドグレネードと化し、瀕死の重傷を負ったのでした。
「悪いが――いや嘘だ。そんな事思ったことがない。まあいい、子供達が待ってるんだ」
そしてウィリアムは男の眼前に床を這いずりながら装填したハンドキャノンの銃口を突き付け、最後に動いた男の口から漏れなかった言葉を読み取り引き金を引きました。
「誰がクレイジーだ、クソッタレ」
ウィリアムは物言わぬ男に一方的に告げて、パイルバンカーの私兵集団のエンブレムが入った外装を手に取って戦場へと走って戻りました。
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それからウィリアムは北の街道に戻り、私兵集団のエンブレムが入った外装を敵部隊に叩きつけあのオルタナティブにより兵器と化した右腕を持った男が死んだ事を理解させました。
もはや混乱という言葉すら生温い表現の物に陥った私兵集団が壊滅するのは時間の問題でした。
ウィリアムが行動を起こせばそれに恐怖した歩兵が弾丸をばら撒き、自らの数を減らし、隙を晒した者から順にハンドキャノンやロケットランチャー、グレネードランチャーの餌食となりました。
ウィリアムは最後の1人、腰を抜かして弾の切れた銃をウィリアムに向け続ける男にハンドキャノンの弾丸を放ちその命を終わらせました。
左手から失った血のせいか、それとも掠め続けた敵と味方の弾丸のせいか、勝手に戦闘が終えたと勘違いしたウィリアムの左肩に高威力の弾丸が掠めました。
ウィリアムは反射的に弾丸が飛んできた方向にハンドキャノンを放ち、目標が沈黙した事を確認すると路地裏の壁に寄りかかりその場に座り込みました。
まるであの時のようだ、と自嘲するような笑みを浮かべてウィリアムは左肩の傷を確認します。
幸い傷は深くありませんでしたが出血量が酷くウィリアムはもう立ち上がれる気がしません。
しかし、別宅に置いてある救急用のナノマシンを注入しなければ今度こそ死んでしまうかもしれません。
そう思ったウィリアムは這いずってでも別宅に戻ろうと行動をした時、ウィリアムの視界に人影が写りました。
「そこに居るのか!? すまない、見つけるのが遅くなった!」
「なんて酷い傷……早くシェルターへ戻って治療を!」
そう言ってウィリアムに近づいて来たのはアロースミス夫妻でした。
しかし見た事のない表情をする2人にウィリアムは恐怖を覚えました。
アディやローラが自身を心配してくれた事はありましたが、こんなにも必死な表情をしていた事はありませんでした。
「……お構いなく……別宅にナノマシンがありますので……」
とにかく2人から離れたかったウィリアムはそう言い、2人を追い返そうとしました。
それに冷静な所では指令であるチャールズ・アロースミスと非戦闘員であるローズ・アロースミスが歩き回っている以上他の街道も戦闘を終了したのだろう、とウィリアムは当たりをつけました。
なら暫くは自分の仕事はないだろうから放っておいてくれ、と言わんばかりに背を向けました。
ただ恐かった。訓練中のアディよりも、死ぬかもしれないと感じた今までの戦闘よりも何よりも2人のよく分からない感情や表情が恐かった。
「……貴方、早く行きましょう」
「そうだな」
2人の沈んだ声に安心していると感じたことのない浮遊感にウィリアムは戸惑いました。そして気付けばチャールズの背にウィリアムは身を預けていました。
「……何を」
「すまなかった。もっと早く探しに来れれば良かったんだが」
「……そう……ではなく」
ずらされる論点にウィリアムは苛立ったように呟きました。
「なら貴方は死にたいんですの!?」
初めて聞くローズのヒステリックな怒鳴り声にウィリアムは体を硬直させる。
武器の整備を言い訳に騎士道精神やマナーの教育を拒否しようとした時とは比べ物にならないほどのローズは怒っていました。
「私が嫁いだアロースミスは傷ついた恩人を放って置く事などしません」
「……これも……仕事の内です」
「ならばこれは福利厚生の内です。黙って依頼主に従いなさい」
相変わらずローズの達弁にウィリアムは勝つ事が出来ず、そしてシェルターに着く頃には意識を失っていました。
ウィリアムが医療班に預けられた後、チャールズはコロニーの有力者達を集めて復興の話をしようとしましたが思うように話が進まないどころかオルタナティブにより肉体と文字通り改造した私兵を殺し、その後また乱戦に戻った傭兵を恐れた有力者達は早く金を渡してコロニーから追い出すよう言いました。
「お前達は本気で言っているのか!?」
「ええ、今回は彼によってBIG-Cは救われましたが、つまり彼は我々の脆さを知っています。ならば反逆を考えられる前に早く出て行っていただくの妥当でしょう?」
「彼がそんな事をするわけ――」
「彼個人ならばそうでしょう。しかし、依頼が入ればそれはどうでしょうか?」
思わず怒鳴るチャールズにコロニーの権力者は冷ややかに言いました。
BIG-Cの有力者達はウィリアムが組合に所属しないフリーの傭兵であると知っていて、組合の出張所に行かなくても依頼の受諾が出来る事も知っていました。
「今回、彼は我々を守る側に立っていましたが奪う側に立たれた時に内部に居られては勝ち目はありません」
その言葉が決め手となり、ウィリアムが目覚めたその瞬間に任期が満了することが決まりました。
チャールズはウィリアムを賓客としてアロースミス家に逗留させようとしていましたが、その思惑に気付いた有力者達は復興に忙殺されるチャールズを出し抜いて戦闘終了から3日後に目覚めたウィリアムに任期満了を告げました。
それを告げられたウィリアムは別宅にある少ない私物を纏め、別宅の鍵をアロースミス家の屋敷のポストへ入れ、重い体を引きずるようにシェアバスの車両がが来るコロニーの外れを目指しました。
ボロボロになったパワーアシスト付きの衣服と念の為買った防弾チョッキの損失を考えるとウィリアムは溜息を抑える事が出来ませんでした。
ウィリアムが気にする必要はありませんでしたが、BIG-Cの損失はとても大きかったようでした。
東の大隊は装甲車に守られていたおかげで比較的に損失は少なく、北の大隊はチャールズの機転により深刻と言うまでもない損失に抑えられていましたが、西の大隊はほぼ壊滅状態に陥っていました。
オリヴァーが死んだ。医療班に従事するオリヴァーの母はそうとても悲しそうに言っていたのを思い出すと、ウィリアムはよく分からない気持ちになりました。胃がなんだか重くなり、無性に寒気がするような。
1つの街道を守るだけで精一杯だったウィリアムに出来た事などある訳がないとウィリアムは気付いていましたが、少しだけそれが気に掛かってしまいました。
コロニーの外れに着き、ウィリアムはボストンを地面に置いて壊れかけの壁に寄りかかりました。
依頼料は当初の話より多くなっており、その真意を理解しないわけにはいきませんでした。
ウィリアム自身は依頼を果たし、依頼料をもらえたのでここに思い残す事はもうありませんでした。
早々にスラムに戻り、うるさい隣人と戦いながら暫くは療養しているつもりでした。
「おにいさん!」
「おおっと」
腰に泣きながら抱きついてきたローラを受け止めるが、血をそれなりに失った体はふら付き、ウィリアムは壁に右肘を突いてバランスを取ります。
「わたくしのことはあそびだったんですの!?」
「一緒に遊び回った記憶はすごく楽しかった物だけど、お兄さんは君の今後が心配だよ」
唐突に叫ばれる言葉に軽口を返せた事をウィリアムは安心しました。
これから帰る場所がBIG-Cのように迎え入れてくれる人間が居る場所ではない以上、精神を通常運転に戻さなければならなかったのです。
「こんな事になってしまってすまないと思っている」
「顔を上げてくださいチャールズさん、俺は傭兵です。もったいない程良くしていただいたと思っています」
頭を下げて謝罪するチャールズにウィリアムはそう言いました。
「ですが、まだ傷が癒えていないのでしょう……?」
「それはBIG-Cの人達の心もでしょう? 俺は早く出て行く代わりに依頼料以上の報酬をいただきました。これ以上望むつもりはありません」
「しかし、この子も子供達も悲しむでしょうね…」
ローズがウィリアムの腹に顔を押し当てて泣いているローラを見て言いました。
「ですが、俺の近くに居れば戦いの近くに居るという事になります。まだ幼いのですから、戦いの近くに居させるような真似は良くないでしょう」
ウィリアムは戦わなければ生き残れない環境で育った為に銃を取りましたが、BIG-Cの聡明な子供達は戦い以外の道を選ぶことが出来るはずだとウィリアムは考えていました。
BIG-Cはこの時代では珍しい有機的な食材等の生産のトップシェアを誇り、今の大人達より賢くやっていけるのであれば財力や資源によって戦いを避けられる筈だとチャールズもローズも気付いているはず。
ウィリアムはその事は言わず、ただその美しい青い双眸に涙をためているであろうローラの頭を撫で続け、そして口を開きました。
「1つだけ……発言をお許し下さい」
「聞かせてもらおうか」
「そんなに簡単に決めるもんじゃありませんよ」
「そうは言うが、君が我々を策にハメるつもりなら勝ち目などないじゃないか」
「買い被り過ぎです。策謀に弱いのは俺もですよ。ただ、貴方達は俺以上に翳め手に弱すぎる」
東の防衛部隊は装甲車の力押しで、北の防衛部隊はウィリアムの捨て身の作戦で、西の防衛部隊は隊員を削られながら結局装甲車の力押しで。
結果として勝利ではありましたが、この勝利は相手が見くびってくれていたおかげでしかないのです。
何故ならあのパイルバンカーの男を除いて他の戦力は全てただの歩兵だったのです。相手が戦車や装甲車を1台も連れていなかったのが何よりの証拠でしょう。
手加減された相手にこれだけの戦力を削られてしまえば、次はないという事をウィリアムは伝えておきたかったのです。
「古いだけの戦法ではいずれ何も守れず、ただ死んでいくだけになってしまいます。不愉快であれば忘れていただいて結構ですが」
「……いや、肝に銘じておく。今回、君にこんな怪我を負わせたのは装甲車を簡単に手放した私の認識不足だ」
装甲車自体はコロニーの所有物でしたが、その扱われ方はそれぞれの街道の大隊長次第たったのです。
そしてその結果、中央である北の街道を占拠されかねない自体まで陥ったのでした。
「それと、こちらからも1つ構わないか?」
「ええ、俺は別に」
改まるように言葉を発したチャールズにウィリアムはそう答えました。
「君にどういう意図があるかは分からない。君が何の為に戦っているのかも私には分からない。だが、死に急ぐような真似だけは止して欲しい。うちのもそうでない子達もきっと悲しむだろう」
ウィリアムが治療を拒否したときの事をアロースミス夫妻は未だに気に掛けていました。実際は彼のワガママなのですが、それを知らない夫妻は深刻に受け止めてしまいました。
「……肝に銘じさせていただきます」
反論する理由はなく、言葉で勝てるはずがないのでウィリアムはそれを受け入れました。
何の為に生きているかなど、ウィリアムには分かりませんでした。
ウィリアムはただ、死にたくなかっただけなのです。




