狐の嫁入り
佐吉の足は完全に治った。文治の腕の傷も塞がり、久しぶりに佐吉は町をぶらぶらと歩いた。
ぶらついたついでに元襤褸稲荷にお参りする。ぼうぼうの草を刈ってみるとなかなか綺麗なたたずまいをしている。
左右に鎮座する狐もなかなかの美人だ。おときをはじめ狐だと思ったが彼女は狐というよりはもっと柔らかいものだと思う。羽毛のような…
(だから、朱鷺か。)
ふと隣に続く長屋を眺めると久兵衛の家の前に差配がいた。眉を吊り上げて何かを言っている。玄関先で久兵衛と保市が何度も頭を下げて差配を見送っていた。
「行きましたか?」
佐吉のうしろからおときの声がした。雑木林に隠れていたようだ。
「差配の方に、出て行くように言われているんです。」
久兵衛と保市はおときをかばって彼女を隠している。時々ああやって差配がおときを捕まえようとやってくるらしい。
「養子の話はうまくいかないのか?」
久兵衛が駄目なら保市の夫妻の養子にすればというのもあったのだが、一度渋られると差配も首を縦に振らないらしかった。
「生きるも死ぬも、簡単ではないですね。…どの世でも」
おときの短い髪が風に揺らめいて、ときどき隠れるその横顔を佐吉は見つめて、そして決心した。
「えっ。」
おときの手を取って、長屋へ早足に歩く。玄関先でぐったりしていた久兵衛と保市がぎょっとして家の中に入る。
佐吉は久兵衛の家の土間に両膝を付いて頭を下げる。
「おときさんを…俺の嫁に下さいっ!」
急に引っ張り連れられて息を切らせていたおときは、はっとして佐吉の隣に膝を付く。
「あ、あんたはいいんだ。」
着物が汚れるのに佐吉は焦ったが、おときはいいの、と笑った。
本編はこれで一応の終わりです。番外編とか小話とかでまだ続くかもしれないです。
読んでいただき、ありがとうございました!