せんにん
辻斬りは突然現れた白い女に驚いたが、獲物を女に切り替えたようだった。
「千人、斬りたいですか?」
真っ直ぐに見つめる女の瞳を濁った目で見返して辻斬りはにたりと笑った。
「千人斬って、願いを叶えたいんですか?」
辻斬りは笑ったまま首をぐうっと捻る。獲物から目を離さずに。
「町の人を千人斬って、誰も居なくなった町で、あなたは何を叶えるんですか?」
辻斬りはうっと怯んだが、やがて怒りが湧いてきたようで顔を真っ赤にして刀を振るわせる。
「危ねえ…。」
文治が焦れて動くのを佐吉は止めた。彼女の囁きを信じて。
「わたし、『仙人』です。」
辻斬りは振りかぶろうとした刀を止めて女を凝視する。女は胸の前で組んでいた手を解いて持っていた小さな箱を目の前にかざした。
「白い服は仙人の決められた装束です。この飾りは仙人が神様からもらうしるし。」
箱の先に付いている細かい鎖と輝く石が月光に煌いた。
「辻斬りさん。わたしを斬って『あわせて千人』にして貰えませんか?」
辻斬りは一瞬にたりとした笑いを引っ込めたが、次に狂ったように笑い出した。振りかぶっていたままの刀をぶうんと回して、笑いながら女に斬りかかる。
女は佐吉と文治の横を過ぎるとき、小さな声で囁いた
「わたしが合図をしたら、目を閉じてください」
「いまです!」
女の声と同時にふたりは目を閉じた。
「ぐわっ!」
瞼の向こうで何かが光ったのが見えた。行灯の火とは比べ物にならないほどの光だと感じた。佐吉が閉じた目を開けると辻斬りは刀を取り落として自分の瞼を覆っていた。目を焼かれたのかもしれない。
「文治!」
佐吉が叫ぶと文治は勢いをつけて辻斬りの腹に飛び掛った。刀が手から離れてしまえば、体格の大きい文治のほうが有利だ。難なく辻斬りは縄で縛られて御用となった。
「ありがとうよ。」
血の流れる足を引きずって女の隣に寄る。
「大丈夫ですか?」
たいしたことはねえよ。と強がってしまうのは自警団としての矜持なのか、それともこの女には格好悪いとこを見せたくないと思ったからなのか。
「仙人だったのかい?あんた。」
久兵衛も合流してきて、佐吉の足の傷を簡単にだが布で縛ってくれた。女は手に持った箱を両手で握り締めて俯いた。
「うそですよ。仙人なんて。」
「ええ?」
「それにしちゃあ、随分もっともらしいこと言ってたじゃねえか。」
文治も驚いて大きな声を出す。
「おじさんが、わたしをお稲荷さんだとか言っていたし、仙人でもばれないかなって、とっさに。」
こりゃあ、まいったと久兵衛が額を撫でた。
「いちかばちかでしたけど、うまくいって良かったです。」
お稲荷さんで仙人の女はそういって笑った。