十字架たちの反逆
怒り。
怒りについて考えていた。自分の場合はどうだっただろうか。たとえばある晴れた午後、あまりにも晴れすぎていて暖かったのでひんやりとしたデザートを食べたかった。ちょうど買ってあったはずなのに、首領補佐がいつの間にか食べてしまっていた。
(小さい……うん、小さいかな)
かといって、他になにか怒った場面を思い出せたわけではなかったが。
そこで考えることは終わってしまった。現実逃避しようにも逃避する対象がない。
嘆息して、向かいの机のエリィへと話しかける。
「まぁ、なんていうか……気にしても仕方ないと思うけど」
「してません」
エリィは憮然とした表情を極力隠すようにしながら、それでも完全には隠しきれずに不機嫌さを外へ漏れ出させていた。
今日は教会へ出かけたのだが、その時にいろいろあったのだ。
「十字架が教会を乗っ取ったのも大変だったんだけど……ね」
「十字架さんたちは話せばわかるいい人たちでした。……あ、いえ、人ではないんですけど」
口を尖らせて。
「サナカちゃんはあんなに可愛かったのに……なんなんですか、あの人は。人を小ばかにして」
その『サナカちゃん』に関しては、昨日さんざん文句を言っていた気がするが。今そのことを指摘するべきでもないだろう。
「気に入らなかった……と」
「うぅ……それは、その。先輩だって嫌なこと言われてたじゃないですか。気にならないんですか?」
「特にアルカシャからなにか言われた気がしないような……」
「い、言われてましたよ。力が足りないとかなんとか……」
エリィの言葉に、やや下を向く。机に立てかけてある、夜を破くための剣。表情は見えなかったが、こちらがなにを眺めているかに気付いたのか、エリィが問いかけてくる。
「そういえば……先輩の剣がなんとか、って言ってたような……」
「なんでもないさ。彼女は、僕をどうと思って批判してたわけじゃない。そんなのは、気にすることじゃないだろう?」
「で、でも」
食い下がってくるエリィに困りつつ、言葉を紡ぐ。
「たとえば……ええと。君はアルカシャのことを素敵だと思うかい?」
「……思いません」
「なら、君が彼女に対抗したってしょうがないだろう? 気にするべきは他にある。アルカシャのことなんて、どうでもいいことなんだ」
その言葉にエリィは悩むような表情を見せたが、やがて言葉を探すようにしながら言ってきた。
「でも……その、一番の魔法使いになるためには、すべての人を超える必要がある……んですよね? それなら、その、あの人のことも……」
「怒ったからってうまくいくわけじゃないさ。もちろん、今回のことを頑張るための材料にするのは悪い事じゃないけど」
「…………。納得は、できませんけど……でも。先輩のご期待に応えられるよう、頑張りたいと思います」
「うん。明日も、頑張ろう」
エリィに優しく微笑んで、席を立ちあがった。