これからもこの街で
街並みに変わっていないところが見つからないわけではない。それでも、懐かしさを実感する。慣れた道を通りながら、慣れない店先を眺めて歩く。すれちがう人々の笑顔が心に積もる。
目的のビルの前で歩を止める。雑居ビルに挟まれた、外装が少し薄汚れた古い建物。最後に見たときよりも、だいぶその姿は変わっていたが……。
建物の前にひとりの少女が立っていた。ふんわりとしたスカートのドレス。こちらに気付くと控えめな仕草でこちらを振り向き、彼女はにこりと微笑んだ。
「お久しぶりです……先輩」
「久しぶり、エリィ」
最後に別れた時の彼女の姿は、ひと時たりとも忘れたことはなかった。その分、成長したエリィに驚きを感じる。もしかしたら彼女も同じことを考えているのかもしれない。だが、表情からはなにを考えているのかは読み取れなかった。もしかしたら純粋に、ただ再会できたことを嬉しく思っているのかもしれない。そんな気もする。
「二年ぶり、ですね」
「ああ、それくらいになるね……」
「先輩が元気そうで安心しました」
「それは僕のせりふだよ」
どちらともなく笑いあう。
「帝都ではどんな感じでしたか? やっぱり、魔法結社同士の黒い思惑が……」
「い、いやいや。まあ、刺激的だったのはたしかだけど……あれ?」
「どうしたんですか?」
「あはは。いやぁ、帝都は沿岸部に比べて平和だって話のはずなのに、こっちとそれほど騒動が変わらなかったなと思って」
「先輩はそういう星のもとに生まれついたんですよ、きっと」
「やだなぁ……それは。こっちはどうだった?」
「先輩、事件が解決してすぐに帝都に異動しちゃいましたもんね。以前よりは平和……のはずです」
手で街を示して、エリィは嬉しそうに笑う。
「魔法結社・深淵の夢の事件で、押さえられた霊位を打ち破るために協力して魔法を放出しましたから」
彼女はかざした片手を握っては開く。
霊位とは魔法を使うためのフィールドで、魔法の前提になるものだ。だが、それは絶対的な物ではない。帝都で祈りをささげている銀の聖女などは膨大な魔力を持って霊位を歪ませることができる。
エリィたちは同じことした。
自分たちの魔力を一点に集中して、深淵の夢に操作された霊位を再操作したのだ。それは街に存在するすべての魔法結社が力を合わせたから果たすことのできた奇跡。
「あのときは、利害が一致しただけですけど……」
なんともなしに時間の流れを感じる。すべての魔法結社が仲良くできるはずはない。それでも、エリィが利害を語るのは違和感のようなものをおぼえないわけでもない。
「でも、です。それでもみんなが力を合わせることができて、ほんのちょっぴりだけでも、魔法結社同士が歩み寄れたんじゃないかって、わたし思うんです」
そんな彼女の言葉にうなずく。どこか、彼女の在り方が嬉しく思えた。
目の前の建物――魔法結社・なんでも屋さんの夕暮れのビルに目を移して、問いかける。
「これは?」
「先輩だったら、驚かないんじゃないかと思ってました。やっぱり。今さら聞くくらいですもんね」
「いや、驚いてはいるんだけど……」
それよりもエリィとの再会が嬉しかったのもあるし、聞いてもどうしようもなさそうだと思ったのもある。
が、結局は聞かずにはいられない。
二年前までずっと通って仕事をしていた建物は、隕石でも直撃したかのように真ん中から完璧に崩れていた。崩れているところとビルの形状が残っているところを見比べると、約半々ぐらいか。
エリィはそれほどなにも感じていないのか、あっさりと言ってきた。
「おととい、蝙蝠型の怪物を退治する際にサナカちゃんが勢いで蹴り壊しました。うちの幹部以上の方々が集まって、どう報復するか検討中です」
「い、いやいや」
魔法結社同士の歩み寄りなどと言う話ではない。このままでは全面戦争だ。まさか首領も、本気で結社間の溝を深めるつもりはないだろうが。気分のままに天を仰ぐ。
と――
聞こえてきた轟音に振り返る。最初に見えたのは粉塵だった。砂煙をあげながら、巨大なものが街を移動しているのが遠めに視認できる。
つまり、他の建物に関係なく視認できるほど巨大ということだ。
「やっぱり……」
その砂煙を見上げるようにしながら、エリィがぽつりとつぶやいた。
「先輩はこういう騒動の星のもとに生まれついたんですよ」
「そういうのはちょっと……。でも、そうだね」
不思議そうにこちらを見るエリィに、笑って答える。
「もし困ってる人を助けなければならない運命っていうなら、それはそれで素敵なのかもね。行こうか、エリィ」
「はいっ、先輩!」