大会初日
初日が終わって、冷めやらぬ興奮が人々を包んでいた。寒空のした、見物客の明るい声が響き渡っている。だがあと一時間もすれば、ほとんどが帰宅して闘技場から人はいなくなるだろう。
ただ今はたむろう人々や帰宅する人々の間を無理に通りながら、闘技場の各所を観察する。土色の床や壁に魔法的な異常がないかを見ながら、漫然と歩いているのである。とはいえ人の流れの中で見られる部分も限られているし、実際にはほとんど意味のない行為ではあった。
人ごみにうんざりとして空いたところで一息つくと、ちょうどいい段差に腰かけた。遠く下方には闘技場の円形の舞台がぽっかり口を開けている。
肩を叩かれて振り返ると、エリィが疲れを隠すような無理をした表情で、座り込むこちらを見下ろしていた。一息置いてから、彼女は肩に手を置いたまま言ってくる。
「こんなところでなにをしているんですか?」
「ちょっと、会場を調べてたんだけど……。会うとは思わなかった。奇遇だね」
「…………」
わずかにエリィの頬が膨れた。なにか彼女の気に障ることを言ってしまったらしい。会場を調べていたからといって、不機嫌になる理由もないだろう。つまり、奇遇という部分がひっかかったのだ。
奇遇じゃない。
「あ、ごめん……探してた?」
「もう……」
正解だったらしい。
ごまかすように、というのは自分でも嫌だったが、微笑みかけた。
「あらためて、2回戦突破おめでとう」
「ありがとうございます……」
エリィは謙虚に素直に受け止める……のは、先ほど謙虚すぎて首領補佐に怒られていたからだろう。
帰宅者たちもまばらになりつつある。意外にもそれほどためらいなく、エリィは隣の段差に腰を下ろした。もしかしたら、上品なスカートが汚れることを気にするかとも思ったが。いままで大きな事件が何度も起きていたので、もういまさらなのかもしれない。
エリィは控えめに顔をこちらへ向けた。
「なにか……大会に思うところでもあるんですか?」
特にない。
などと素直に言えるはずもなく、言葉を探す。
「落ち着かない……っていうのが、正直な所かもしれないけど。こうやって街の魔法使いたちが集まって、大会なんか開いてると」
「深淵の夢、ですか?」
「そう……だからこそ、この闘技場の外、街中をそれぞれの結社の魔法使いたちが警戒してる。街が手薄な時を狙って事件を起こすんじゃないかって」
「…………」
軽く指先で段差を叩いた。はっきりとした音が返ってくるわけではないが、硬い感触が伝わってくる。
「たしかに魔法使いが一堂に会している。この闘技場は安全に見える」
「そんな、まさか……」
「ありえないとは言い切れないだろう? どんな罠をしかけてくるかわからないけど、もしかしたら集まった魔法使いたちを一網打尽ということもありうる」
「可能性としてはそうかもしれませんけど……考えすぎですよ」
「まあ、それならいいんだけど……一応ね。君は安心して、大会に臨むといい。明日の相手はだいぶ有名だし、少なくとも今日より厳しい試合を覚悟したほうがいいと思う」
「はい……。あの、こういったらなんなんですけど」
「うん?」
わずかにエリィが口ごもる。
「なんだか大会の出場者の人って、変な人おおいですよね」
「いや、それは……」
「熊の着ぐるみで哄笑してたり、たるを持ってきて入場時に爆発させてたり……あそこで爆発させなければ数切れなんて起こさなかったのに」
「大会がどうのというより、単純にこの街の住人に変な人が多いだけって気がするかな……」
「そう、ですか?」
「意味もなく塔の上から現れて前向上をたれてから飛び降りてきたり……。サナカちゃんとかサナカちゃんとかサナカちゃんとか」
「そういえば……」
はぁ……。
どちらともなく、嘆息が響き渡った。




