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放蕩者の親父を持つと、苦労すんのはその家族なんだよな。
長男、柚流。
次男、流依。
三男、依織。
四男、織佳。
五男、佳月。
六男、月雨。
とりあえず、これが俺の兄弟。ちなみに、双子の佳月と月雨以外皆母親が違う。
女が一人もいない辺り、まだまだ隠れ兄弟がいるんだろうなってのが伺える。
その上きちんと認知されている正式なお子様方も結構な人数いるから、俺たちの父親はよっぽど精力的な人間なんだろう。
俺たち六人に共通する余りにも個性的過ぎる名前は、傍迷惑も良いところだ。
そんなにしりとりが好きかよ。しかも何人か、明らかに女名前だってな。
名前だけが個性的と言うわけじゃない。
人格も、みんな個性がありすぎてむしろ迷惑なくらいだ。
こんな奴等五人に囲まれてる俺も大変で、胃に穴が開きそう。
あ、俺は、一応常識人だと自負している四男織佳。
毎日毎日ギリギリで生きているんだ……
けたたましい目覚時計によって俺の眠りは終わりを告げられた。
半ば八つ当たりのように思いっきり叩いて止めると、時計の針が示すのは八時。寝過ごした! と焦るけど、すぐに今日は土曜日だと思い出して一息つく。
平日は学校だとかなんだで六時起きだけど、休日はもっとゆっくりできるんだ。
俺、広江織佳は高校二年生。
所謂家庭の事情とやらで、父母とは同居しないで兄弟だけで広い一戸建てを丸々占領している。まあ、六人いるからそんなに広々って感じじゃないけどな。
皆所謂妾の子供って奴だから、そんな干渉はないから楽と言えば楽だ。家政婦すらいない。
だから、兄弟六人もいるくせに、家事全般は俺と次男の流依兄が担当になっている。
理不尽っていえば理不尽なんだけどな、兄弟個々の人格を考えるとむしろ立候補したくなるくらいなのが不思議だ。
そんな訳で、俺は家族の食事を作るために愛しい布団から起き上がる……が。
何者かに阻まれてそれはできなかった。
そう言えば、なんか体が重い。何だこれ金縛りかってまさかそんなことはない。
恐る恐る自分の背を振り返ると……
見たくないものを見てしまった。
見なかったフりしたいけど、無理なんだろうなー。
俺の目に入ったのは、寝癖のせいで普段の整えられた髪型が見る影も無いほどにバサバサな、派手な銀髪。
この時点で誰だか分かってしまった。
家にこんな髪の持ち主は一人しかいない……
「何やってんだ、依織兄!」
そう。
我らが兄弟が誇らないワルい子担当。
三男依織が、何故か俺の腰をしっかり抱えて寝てるんだ。
俺と歳が一つしか変わらないのに身長は180を軽く超えていて、170前半の俺は成す術が無い。
そもそも、自分の部屋に自分のベッドがあるくせになんでここにいる!
昨日俺が寝た時はいなかったぞ、間違いなく! いつ来たんだ!
こんなことをされると心臓に悪いから本当にやめて欲しい。
必死に腕から抜け出そうとジタバタしてると、依織兄が俺の横で低い唸り声をあげた。
「あー……ウゼェ……」
ついビクッ、ってなって顔を覗き込むと、幸いまだ目は瞑られていた。
この人は病的な低血圧だから、眠りを起こすと泣きを見る。経験した俺が言うんだから、間違いない。
とは言え、こんな状態をほっとける訳がない。
依織兄は普通だと家で一、ニを争う寝ぼすけなんだ。
自然に起きるのを待ってたら、朝食の準備が無いことに気付いて他の兄弟がここに来るに決まってる。
いくら肉親でも、男としてこんな状況見られたくない!
そんな背に腹は代えられない状況だから、俺は最終手段に出た。
依織兄を、怒らせずに起こす方法。
まずは起こさないように慎重に体の向きを変える。依織兄の方を向くんだ。幸いそんな強く抱かれて無いから、これは成功した。
目の前に依織兄の整った顔があると流石にビビる。
この人は母さんが外国人だから、ハーフって奴になるんだよな。
日本人離れした顔は凄く美人なんだ。
まあ、俺は本性を知ってるから惚れ込むことは絶対ないけど。
次に、耳元で、普段からは考えられねえくらいに甘い声で囁くんだ。
「依織、起きてな……」
ってな。
内容自体は呼び捨てってだけで平凡だけど、自分でも鳥肌が立つくらいの声でやれば効果大だ。
ついで仕上げとばかりに、フイと鼻の頭にキスをする。
こうすると、この人は十中八九目を覚ます。
ほら、今も。
「おはよう!」
いきなりぱちりと目を開けて、普段からは想像出来ないくらい明るい声で目覚めの挨拶を言う。
見開かれたアッシュブルーの瞳には、他人に眠りを妨げられたというのに不機嫌の影もない。
俺の腰を抱く力は信じられないくらいに強くなって、千切れそうだ。
流石家族一の怪力。
「依織兄ー! 痛いから痛いから!」
俺が本気で涙目になって痛みを訴えると、今のテンションは寝ぼけていたものかのようにハッと覚醒し、いつもの依織兄に戻る。
「ったく、織……俺の眠り妨げんなよ」
パッ、っと腕を外されると、幾分か楽になる。
口では文句言ってるけど、この起こし方をすると目覚めがいいから八つ当たりされないんだ。
「依織兄こそ、なんで俺の布団で寝てんだよ」
しかも、抱き付きながら。 俺は早々にベッドから降りてしまうと、クローゼットを漁って今日着る服を物色し始めた。
一方の依織兄はまだ布団の上を陣取っている。
早く布団整えたいのに。
「人肌が恋しかったんだよ。織にはねえのかそんな日……」
「ない」
即答で返すと、布団直しはもう諦めて俺は部屋を出た。
すると後ろから素早い事に依織兄が追いかけて来て、むしろ抜かして洗面所に入って行った。
「先使うぜー」
「ちょっ!」
しまった……
俺もこれから洗面所で身支度しようと思ったのに!
まあ、あの依織兄相手なんだ、悔しがった所で洗面所を譲ってもらえるはずがない。
とりあえず洗面所は諦めて先にトイレを済まして、リビングのカーテンを開ける事にした。
カーテンを開けるどころか着替えまで済んだ頃、ようやく依織兄が洗面所を解放してくれた。先ほど見た寝起きのぼさぼさ頭はすっかり整えられていている。
依織兄と入れ替わりの形で洗面所に入ると洗顔や歯磨きなどの朝の身支度を終わらせと、俺は朝食作りに取り掛かった。
依織兄はいつの間にか着替えまで終わってる。
と言っても、寝てる時は下に緩めのズボン履くだけって言う半裸状態の人だから、着替え早いんだよな。
黒のズボンに白のワイシャツ。
シックで格好良いけどさ、高校生の私服としてはどうなんだそれ。
「朝飯何?」
「見れば分かるだろ? あとサラダ」
俺の背後のオーブンはパンを二つ焼いている最中だし、俺自身今焼いたベーコンの上に卵を割り落としたところ。
トーストにベーコンエッグだ。
黄身が半熟になるタイミングで皿に滑り込ませる。
これを人数分、って言うのは大変だけど、毎日やっているから苦にはならない。
「じゃあ、優しいお兄様はコーヒーでも淹れてやるかな」
「どうせならサラダ頼みたいんだけど」
依織兄は俺の訴えをシカトして、勝手にコーヒーを淹れ始めた。
まあ、この人が淹れたのが一番美味いしな。
依織兄は俺と流依以外の料理が出来るもう一人だけれど、家事労働は何か理由がないとやりたがらない困った人だ。三人の中でいちばん料理がうまいんだから、もっと料理をするべきだと思う。
怖くて口には出せないからせめて元心の中でぶつぶつ文句を言っていると最後のベーコンエッグも焼き終えて、今度は野菜庫からトマトとレタスを取り出す。昨日の夕食で野菜をたくさん使ったから、今日の朝食のサラダは貧相になってしまった。
「織兄ズおはよ!」
サラダもできあがり、食卓の上にすべての料理が並べられた頃にやって来たのは、双子の元気っ子担当の佳月だった。
丁度作業が終わった頃に来たと言う事は、見計らったんだろうな。
身嗜みも完璧に整えられ、今日はオーバーオールのズボンにTシャツを着ている。
佳月は料理が一切できない子だけれど、皿運びとかやってもらいたいことはいっぱいあるのに……結構あざとい奴だ。
ちなみに、織兄ズと言う呼称は、名前に織が入っている俺と依織兄をまとめて呼んだ呼び方だ。
爽やかな朝のあどけないあいさつは、依織兄にも見習って欲しいものだ。
「おはよう。月雨は?」
俺が先に座っていた依織兄の横に座ると、佳月はその俺の向かい側に座った。
「まだ寝てる」
「起こして来い」
ビシッとリビングのドアを指差してそう命じると、俺自身いまだ目覚めぬ他の兄弟を起こすべく席を立った。
同じ部屋で寝てるんだから、起こして来いよ。
この双子は一人じゃ寝れないとか言って、それぞれの部屋にベッドがあるくせにいつも二人で一つを使うんだ。まあそれは、依織兄が人の布団に勝手に潜りこんでくるのと違ってすごく微笑ましい光景ではあるんだけれど。
佳月と月雨はもう中学三年だからいい加減思春期には突入している年齢なんだけれど、いつもセットでいるイメージが出来るくらい仲が良い双子だ。
「面倒くせーなー」
ぶつぶつと文句を言われるけれど、素直に行動に移した。
月雨は結構やんちゃなことが多いけれど、元々は素直な性格だ。
「待て佳月、お前は月雨じゃなくて柚流起こして来い。で、織が月雨だ」
自分は行く気が全く無い依織兄が横から口出しして来た。
この人、何故か柚兄のことを呼び捨てにすんだよなー。
らしいっちゃーそうだけど、不思議と流依兄のことは兄貴って呼ぶし。
つくづくワケ分からない人だ。
ま……俺なりの解答は用意してるんだけどな。
とりあえず、その発言は納得するだけの理由があるから俺と佳月は無言で了承して、そのまま行動に移した。
どうして起こす相手を入れ替えたか。
その理由は直に分かる。
今日はどうやら佳月の部屋の方で寝ていたらしい。一応ノックをしたけれど返事はないから、そのままいまだ薄暗い部屋に足を踏み入れた。
カーテンは閉まっていて、佳月は眠り続ける月雨を気遣って来たようだ。
ベッドを覗くと案の定、月雨がスヤスヤと眠っている。
可愛いと言えば可愛いけど……中身が時々怖い子だから純粋にはそう思いきれない。
「月雨。朝だから起きろ」
ユサユサと体を揺さぶってやると、ウーって唸りをあげる。
「あと……もうちょい……」
「駄目。起きろ」
目を瞑ったままのお願いを問答無用に蹴散らして、布団をめくった。
やっぱり俺が来て正解だった。佳月は月雨に妙に甘いから、この段階で止まってしまったと思う。
まあ、入れ替えの理由はこれじゃなくて、もっと重要な理由があるんだけれど。
布団をはがされるといくら春先でも寒いらしく、ブルりと震え、不承不承にその身を起こした。
「……おはよ」
「おはよう。さ、早く自分の部屋で着替えて来い」
「ん、」
いつもはニコニコして明るい月雨は朝にめっきり弱くて、どこかふらふらとした足取りで自分の部屋に向かい始めた。
月雨が部屋から出ようとドアを開けた時、佳月の叫びが響き渡った。
「ふっざけんじゃねぇー!」
ついで聞こえるドタバタと言う争いの音。ここで月雨がドアを閉めてしまったから、続きは聞こえなかった。
でも。
……良かった。
俺が柚兄担当じゃなくて、本当よかった。
柚兄を起こしに行った佳月の身に何が起こったか、想像するだけで恐怖で震え上がってしまう。
俺だったらさらに被害ヒドいんだよなー……
これが、俺と佳月が役割を入れ替えた理由。あれが柚兄を起こしに行くと、ろくなことにならない。
とりあえず。
起こすべき人も起こしたし、さっさとカーテン開けて布団整えてリビングに戻るか。
ついでに依織兄のせいでできなかった自分の布団も整えて来よう。
リビングに全員集まったのはそれから5分後。
ギリギリ、朝食は温かいままだった。