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機械世界の女子高生  作者: 笹田 一木
アメフラシと少女
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[2] シルク




 ブリンクは町長の屋敷を訪ねた。


 魔物狩りと名乗るや否や、すぐに客間へと案内され、町長と向かい合う形で椅子に座った。町長の斜め後ろには女性の秘書が立つ。

 町長はこぎれいに髪とひげを整えた中年の男性だ。ブリンクから放たれる鋭い視線に一瞬気圧されたが、すぐに穏やかな表情で話しだす。


「はじめまして、町長のフルミングスです。魔物狩りの方が町を訪れる日をどれだけ待ったことか……」


「魔物はショップスだな」


 ブリンクが魔物の名を言うと、町長は驚いた。


「すでにご存じで……」


「町に着く直前に遭遇した」


「そうだったのですか。ええ、かなり厄介でして、軍が魔物に対応できない以上、我々だけではどうすることも……」


「数年前まで続いた大陸戦争のせいで、ほとんどの国の軍は力を失ってるからな。今はまさに魔物の天下だ」


「ええ、加えて魔物が魔物なので」


 町長を深刻な様子だ。


「ショップス……オレが遭遇したのは大型のオオカミ程度のデカさだった」


「あれはまだ子供です」


「だろうな、成長すればその倍はいくって話だ。加えて、交尾後のメスはそのさらに三倍の大きさまで膨れ上がるって」


「はい……我々が手に負えないのは正にそのメスの母親です」


「母親になったメスは体中を鎧のような表皮で覆い、極めて高い戦闘力を保有するようになる。その状態のメスは通常、魔物狩りの間ではショップスと分けられてグルド・ショップスと呼ばれてる。村や町を食糧場所としてよく巣にして、体内にため込んだ精子で数年にわたって子供を出産し続ける。最後には食糧どころか住民まで食い尽くされるそうだ。こいつに滅ばされた村や町をオレは何度も目にしてきた」


 町長はうなずく。


「そこまでご存じなら話は早い。母親は完全に手に負えませんし、増えすぎた子供は武器を持てば何とかなりますが、子供に危害を加えれば、すぐに母親が報復しに現れるのです。子供にも手を出せず、我々の食糧はどんどん奪われていく一方です」


「ああ、性質上、グルド・ショップスは魔物の中でもかなり厄介な部類だ」


 ブリンクがそう言ったあと、町長はハッとして急いで口を開く。


「大変失礼、あなたのお名前をまだうかがっておりませんでした」


「名など関係ないだろう。仕事さえこなせればな。オレは基本的に後払いだ」


「いえ、ですが、あなたから感じる戦士としての威厳。さぞかし有名な魔物狩りとお見受けしますが」


「名はブリンク・サブディンと言う」


「ブリンク・サブディン……!」


 町長の顔が一瞬引きつった、しかしすぐに笑顔を装う。


「ああ、あの有名な、頼もしい限りです」


「そういえば、ここに来る途中にこの町の子供に出会ったんだが」


「子供?」


「シルクって名の子だ」


 その名を聞いた途端、町長は一瞬わずかに不快な顔をした。ブリンクはその町長の表情の変化に気付いたが、気付かないふりをして話を続けた。


「その子を見る町民の目が少し妙に感じて、それで、どんな子なのか少し気になったんだ」


「ああ、そうだったのですか」


 町長はまた笑顔を装う。


「どんな子なんだ、アレは」


「ええ、彼女は、私の前任の町長の一人娘ですよ」


「前町長の……」


「ええ、その町長というのが、その、何と言うか、少し問題のある町長でしてね」


 町長は表情を曇らす。


「前町長はおよそ二年前、住民の反対を押し切って町に兵器工場を建設したのです。しかしそのすぐあとに大陸戦争が終わり大赤字、町全体が一気に廃れました。私が新たな町長として立て直すまで、町はずいぶんとひどい状態でしたよ」


「その町長は今どうしているんだ?」


「その責任を感じて家族と共に自殺しましたよ」


 その言葉にブリンクはわずかに驚く。町長は話を続ける。


「毒を使った自殺だったのですが、娘だけは分量を間違えたらしく生き残ったのです」


 そう言った町長はまた一瞬不快そうな顔を見せた。


「それよりも、魔物の件ですが」


「少し考えさせてくれ」


「えっ」


 ブリンクの回答に町長は戸惑う。


「グルド・ショップスは魔物の中でも特に手強い。その戦闘力は大砲を使っても仕留めるのが困難なほどだ。少し考えさせてくれ」


「し、しかし、あなたなら……」


 引き留めようとする町長を無視し、ブリンクは立ち上がった。


「返事は数日後にする」


 呆然とする町長に背を向け、ブリンクはそのまま屋敷を出た。



 町の路地、そこをシルクは一人で歩いていた。

 大通りを歩けば、住民の嫌な視線にさらされる。シルクはそれから隠れるように暗い建物の間を歩いていた。

 ちょうど酒場の裏道を通る時だった。何やら住民同士の話し声が聞こえる。

 その声の中に『ブリンク』という単語が入っていたことにシルクは気付き、壁に耳をくっつけ、その会話を聞く。


「ブリンク・サブディン……ていうとあの有名な」


「ああ、戦時中、ロックヘルズの国で十代にも関わらず大活躍したっていう英雄だよ。『雨降らし』って呼ばれてな、ブリンクが戦場に出ると必ず大量の血の雨が降ったって話だ。殺した数は一〇〇〇人は下らないだろうって」


「おいおい、それで戦争が終わって斬る相手がいなくなったから次は魔物ってか。恐ろしいな」


「けど、今の町の状況を考えるとこれ以上ないほど頼もしいやつじゃないか」


「それが何でも町長の依頼を断ったらしいぞ」


「なんだそりゃ、どういうことだよ。それじゃあただ殺人鬼が来ただけじゃないか!」


 シルクは壁から耳を離した。


「雨……降らし……」




 ブリンクは店でサンドイッチを買っていた。サンドイッチ屋の脂っこい顔の店主は、ブリンクに対してずいぶんと距離を取った態度だ。


(どうやら噂は町中に流れたみたいだな)


 ブリンクはサンドイッチを片手に通りを歩く。


(肉がずいぶん脂っこい……脂っこいのは顔だけにしてくれよ)


 ブリンクは不機嫌にサンドイッチにかぶりつく。

 ブリンクは町を見渡す。炎のように輝く赤屋根の建物が立ち並んでいる。上空を青い鳥の集団が通り抜ける。


(きれいな町だ……けれど)


 ブリンクは町に入った時に少女に向けられた視線を思い出す。


(恨みの感情をそのまま残った娘に向ける、か。町の景色と違って、住民の心はずいぶんと汚いな。こんなやつらを助けるために、命を懸ける……気が向かない仕事だな)


 ブリンクは再び町を見渡す。ふと一つの家に目が止まった。足を止め、その家の壁をじっと見つめる。

 その壁には爪痕が刻まれていた。家全体をえぐるような巨大な五つの爪痕だ。

 爪痕が空けた空間から、家の中まではっきりと見える。もうこの家に人は住んではいないだろう。

 ブリンクは町長が言ったある言葉を思い出した。 


「子供に危害を加えれば、すぐに母親が報復しに現れるのです」


 ブリンクは少しのあいだ、壁を見つめていた。

 再び歩き出すブリンク。

 ブリンクは歩きながら、シルクのことを思い出していた。会った直後、明るい笑顔を浮かべていた。


(どうして……あいつはあんな風に笑えたんだろう)


 ブリンクはふと路地の方に目をやった。すると奥の暗い場所にシルクが座り込んでいるのが見えた。赤い果実をすっぱそうにかじっている。


「また会ったな」


 ブリンクはシルクに歩み寄って声をかけた。

 シルクはブリンクの顔を見るなり嬉しそうにニコッと笑った。


「久しぶり!」


 ブリンクは表情を変えずにシルクの隣に座りこんだ。

 そのまま、一切何も話そうとしないブリンク。その様子をシルクはキョトンと見ている。ブリンクはシルクの顔を見ず、前を向いたまま口を開く。


「その果実は店で売ってるモンなのか?」


「ううん、お金ないし、働く場所もないから、町の外に出て取ってくるんだ」


「魔物に襲われるだろう」


「うん、だから命がけ」


 ブリンクは一瞬黙った。


「おまえ、この町に居場所はあるのか」


 ブリンクの問いかけに、シルクは顔を曇らせ、少しのあいだ黙った。


「わたしの話、聞いたの?」


 シルクは静かに言った。


「ああ」


「そっか」


 シルクは建物のあいだの狭い空を見上げた。


「ないよ」


 シルクは小さくつぶやいた。


「この町にはわたしの居場所はない。居場所って言えるところなんてせいぜいココぐらいかな」


 シルクはブリンクの方を見て笑顔を浮かべた。


「ねぇ、ブリンク。わたしを外に連れてってよ。わたしも旅をしたい。一人で旅するよりも二人で旅した方が楽しいでしょ?」


「おまえはオレのことを知ってそう言っているのか?」


「知ってるよ。あなたが『雨降らし』って言われてることを。けど、わたしにはあなたがそんなに悪い人に見えない」


「だとしても関係ないな。オレはおまえぐらいの年の女が一番嫌いなんだ」


 ブリンクのその発言に、シルクは一瞬キョトンとする。


「な、何それ、もしかして、わたしぐらいの子にたぶらかされて騙された経験があるとか?」


 シルクはからかう調子で言ったが、ブリンクは表情を変えない。


「それに仮に付いてきたとしても、オレはおまえを守らない。おまえは魔物のエサになるのがオチだ」


 その言葉を聞いてシルクはムッとした顔で黙った。そのシルクに向かってブリンクはサンドイッチを一つ差し出した。


「やるよ」


「え……」


「一つ余った、ここのサンドイッチは脂っこくて食えたモンじゃない」


「あ、ありがとう」


「野良犬にえさをやるのが趣味なんだ」


 ブリンクのその言葉にシルクはまたムッとする。ブリンクは立ち上がってそのまま立ち去ろうと歩み出す。


「ブリンク」


 シルクの呼びかけに、ブリンクは足を止めた。


「ブリンクお願い、町を……救って」


 それを聞き、ブリンクはわずかのあいだ言葉に迷った。


「この町はおまえをノケモノにしてるんだぞ。ここの人間をおまえは憎くないのか」


 ブリンクは背中を向けたまま言った。


「憎いよ。毎日のように腹を立ててる。だけど、それでも、父が大事にした町だから」


 シルクははっきりと言った。


「わたしもそう、この町が好きなんだ。赤屋根の美しい町並みも、朝に香る川の匂いも、昼ごろに通りから流れる演奏も」


 シルクの言葉を聞いたあと、ブリンクは再び歩きだした。


「おまえに言われるまでもない。初めからそのつもりだった。それがオレの仕事だからな」


 ブリンクはそのままシルクの前から立ち去った。







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