[7] 決着戦
軍施設の精錬場、大量に漏れた熔金属に熱せられた部屋の中で、機械剣を構えるクロセットと一機のブロッキングは向かい合っていた。
クロセットはブロッキングに突進した。機械剣を勢いよく振り下ろす。ブロッキングは素早く反応しそれをかわした。
素早く反撃に出るブロッキング。
巨大な腕をハンマーのようにクロセットに向け振るう。対してクロセットも機械剣をその拳に向けて振るう。大きな金属音が鳴り、互いに押し合う硬直状態となった。ガチガチと震える機械剣とブロッキングの腕。
そんな中、クロセットは笑みを浮かべた。
「おい機械ゴリラ。言っとくけどな、このオレの愛剣に斬れねぇモノなんかねーんだよ」
その言葉の直後、機械剣から蒸気が噴き出し、刃が赤く染まる。赤い刃がブロッキングの拳にめり込む。
「はあッッ!!」
クロセットは雄叫びと共に、ブロッキングの拳を真っ二つに切り裂いた。
しかしブロッキングはすぐさまもう片方の拳をクロセットに叩きつける。クロセットはそれをかわすように、前方へと飛びあがり、ブロッキングの頭部に特攻する。
勢いよく機械剣を振り抜くクロセット。ブロッキングの頭部は真っ二つに切り裂かれた。
クロセットが床に落ちると共に、ブロッキングの動きはピタッと止まり、頭からゆっくりと煙が上がった。
「どうだ……このヤロー」
床に転がったクロセットは大きく溜め息をついた。
アクスバル将軍は施設の廊下を歩いていた。廊下の空間は、先ほど起きた火薬庫の爆発の煙で白く濁っていた。
「やれやれ、ずいぶんなことをしてくれたものだな」
アクスバルはそうぼやきながら、ゆっくりと歩く。廊下を少し歩いた時だった。アクスバルの目の前に風香が現れた。
「お久しぶり、将軍」
風香は鋭くアクスバルを見つめた。
「これはこれはお譲さん、一人でここまで来たのかな」
「まあね」
「よくもこんな中枢近くまで来れたものだ」
アクスバルの言葉に風香はふてぶてしく答える。
「そんなの簡単。これだけの混乱が起きれば、ここまで安全に行くルートなんて自然といくつも生まれる。わたしはただその一つをなぞって来ただけ」
「この事態を起こしたのは……この町の人間に入れ知恵をしたのは君か」
「その推測は間違い。行動したのはクロセットただ一人。わたしもただ歩いてここに来ただけ」
それを聞いてアクスバルは笑みを浮かべる。
「よく言う……」
「もうあなたの負け。あなただけでは何もできない」
「丸腰のお嬢さんが言える台詞かな」
アクスバルは冷たい目でジロリと見た。けれど風香は動じない。
「いまさらわたしを腕づくで倒したところで、あなたにとっての事態は全く好転しない。あなたはどうしようもないほどバカだけど、少しは頭が回るから、それぐらいは理解できるしょう?」
「ふっふっふっ、本当によく言う。ふふふふふふふふ」
アクスバルはにやつきながら不気味に笑う。
「私にはまだ手があるのだよ」
そう言ってアクスバルは槍型のライターを取り出した。ライターの先端の尖った部分を指で押す。カチッという音と共に先端の部分がめり込んだ。
その直後だった。風香の立っている場所のすぐ前方の壁が砕け散った。風香は驚いて後ろに飛びのく。
壁からは人の大きさほどしかない細い真紅の機械兵が姿を現した。
アクスバルは自信に満ちた笑みを浮かべる。
「サーモリッドを動力源とした試作型機械兵ジェレイド。私の切り札だよ」
ジェレイドは鋭い人口眼で風香を射抜くように見つめる。それに対し、風香は顔色一つ変えない。
「別に驚くことじゃない。あなたみたいな姑息なタイプなら、自分のためだけの奥の手ぐらい用意してると思ってたから」
そう言葉を発した風香の背後から、クロセットが姿を現した。
「これが正真正銘の決着戦……」
アクスバルは軽く溜め息をつく。
「やれやれ、全ては計算通りか。小生意気なお嬢さんだ。だが……」
アクスバルは二人を冷たい目で見つめる。
「このジェレイドの性能までは計算通りかな?」
ジェレイドは今までの機械兵に比べるとはるかに小さかった。だが、その存在感は今までの機械兵とは比べものにならないほどだった。まるで巨大な大爆発を無理やり一か所に集めて固めたような、そんな内なるエネルギーが感じられた。それを目の当たりにした風香が小さく口を開く。
「クロセット……」
風香は思わず不安な声で名を呼んだ。
それを見てクロセットは笑顔を見せる。
「大丈夫だ、フウカ。オレを信じろ」
「信じる……?」
「ああ、そうだ。今回オレはおまえを……フウカの作戦を信じた。だから今度はおまえがオレを信じろ」
クロセットは強い目で風香を見つめた。
(何の根拠もない言葉……だけど)
風香も強い目でクロセットを見つめた。
「分かった。わたしはあなたを信じる」
クロセットはニヤッと笑う。前を見つめて歩きだす。
「任せとけ。一対一の勝負なら絶対に負けねぇ」
「やれ」
アクスバルが命令を出した直後、ジェレイドが一瞬でクロセットの胸ぐらをつかんだ。そのままクロセットを持ち上げ、ツバメが飛ぶように高速で突き進むと、勢いそのままにクロセットの体を壁に叩きつけた。
その衝撃を受けたクロセットの口から悲鳴のような叫び声が上がった。
それを見てアクスバルは笑みを浮かべながら風香を見る。
「お譲さん、君も聞いての通り、サーモリッドは従来のエネルギー源の八〇〇倍のエネルギー生産が可能な鉱石だ。それを動力源としたジェレイドの性能は八〇〇倍、とまではいかないが、あのブロッキングのおよそ三〇倍……その戦闘力はすでに人がどうにかできる次元ではないんだよ」
ジェレイドはその小さな体からは想像もできないほどのパワーを持っていた。壁に押さえつけられたクロセットは身動き一つ取れない。今にも体が潰れてしまいそうだった。
風香の額から汗が流れる。
(三〇倍……確かにその数値は、生物の次元を完全に超えた機械の領域だ……人が勝つなんて、とても………………いや)
風香はクロセットを見つめ直した。
(信じよう。あいつを信じる、そうわたしが決めたのだから)
クロセットは体を思いっきり曲げて、ジェレイドの腕を蹴り上げた。わずかにそれたジェレイドの腕は壁へとめり込む。
その一瞬の隙、クロセットは迷わす機械剣を叩きつけた。赤い刃がジェレイドの頭部に直撃する。
しかしジェレイドの体はピクリとも動かない。機械剣は大きな金属音と共にはじき返された。ジェレイドの頭部には傷一つない。
その様子を見てアクスバルは声を上げて笑う。
「無駄だよ。ジェレイドは莫大なエネルギーに耐えるため、全身に最高硬度の金属を使用しているんだ。こんな旧式の機械剣で勝つなど、物理的に不可能なんだよ」
ジェレイドの強烈なパンチがクロセットをとらえた。クロセットの体はビリヤードの玉のように勢いよく宙にはじけ飛んだ。壁に叩きつけられ、ぶつかった壁には赤い血が飛び散る。
風香は思わず手で口を覆った。見ていられないほど壮絶な光景だった。
クロセットはそれでも倒れなかった。体をグラグラと揺らしながらも、倒れずに立っていた。目はもう虚ろで意識を保つだけでも辛そうだ。クロセットはゆっくりと片手を機械剣のレバーに付けた。機械剣の排出口から大量の蒸気が噴き上がる。
「止めを刺してやれジェレイド」
アクスバルの言葉と共に、ジェレイドはミサイルの如くクロセットへと真っ直ぐに突進する。その直後、クロセットの機械剣の排出口から炎が噴き出した。機械剣はクロセットの手から離れ、ジェレイドへ一直線に向かっていった。
「オーバーヒート。どんなに硬い金属も熱には溶けるんだよ。ボケ」
赤い閃光と共に機械剣は粉々に砕け散った。それと共にその閃光に巻き込まれたジェレイドの頭部がグニャッと曲がった。
直後、内側から爆発するようにジェレイドの全身が粉々に破裂した。その勢いでクロセットも飛ばされ、壁に押し付けられる。クロセットはそのままガクッとうなだれた。
その様子を呆然とした様子で見るアクスバル。
「バカな……私の野望の一歩が……」
風香はアクスバルを冷静な態度で見つめた。
「あなたの負け。こんな鉱山町で……しかも一町民に敗戦したあなたの失脚は確定。世界征服どころか明日の生活すらもう危ういかもね」
その言葉を聞いてアクスベルはニタッと笑った。
「何を言っている。私はまだ負けていない……。あの少年はもう倒れた、この場に立っているのは君だけだ。君を殺して、あの少年にも止めを刺せば、私の勝ちだ」
その言葉を発したアクスバルの目の前にはクロセットが立っていた。
「おまえを潰す余力ぐらい残してるに決まってんだろ」
クロセットの拳がアクスバルの顔面をとらえた。アクスベルの高い鼻はひん曲がり、体は勢いそのままに地面をゴロゴロと転がっていった。
白目をむいて仰向けに倒れるアクスバル。
「一生寝てろ、妄想ヤロー」
クロセットはそう言ったあと、アクスバルからサッと目をそらし、風香の顔見て、ニッと笑った。
「終わったな。って……」
クロセットは風香を丸い目で見つめる。そのクロセットの顔を見て、風香は初めて自分の顔から自然と笑みがこぼれていることに気付いた。風香は顔を赤くしてすぐに平静を装う。
「さ、さあ、帰ろ」
クロセットはそんな風香の様子を見てニヤニヤと笑った。
「な、なに!」
「なんでもねぇ、よし、帰るか」
町の石畳の一角、クロセットは町の住民に囲まれていた。
その住民一人一人が喜びではなく悲しみの表情を浮かべていた。
親方がクロセットの正面に立つ。
「本当に町を出るのか、クロセット」
「ああ、アクスバルはもう悪さはできねぇだろうが、オレが軍の反逆者であることは変わらねぇからな。この町にはもういれねぇ」
「どうして、おまえ一人だけ……」
親方は辛そうな顔をする。
「悪いな親方、最初から決めてたんだ。そうなるように風香に頼んで作戦を立ててもらったんだ」
「おまえ一人だけが背負う問題じゃねぇんだ。俺たち全員で背負えばいいじゃねぇか」
「ごめんな。でもな、親方たちを巻きこんじゃあ、オレが命を懸けた意味がねぇんだ。オレのためでもあるんだ。オレ一人のわがままなんだ」
「本当におまえは、バカ野郎だな」
「何回言われた分からねぇ」
クロセットは明るく笑った。
「これからどうするんだ?」
親方の問いにクロセットは少し離れた所に立っている風香をチラリと見た。
「風香にはデッケェ借りが出来ちまったからな。だからあいつが元の世界に戻れるように、あいつを助けるんだ」
「そうか、達者でな」
「ああ、親方もあんまり無理すんなよ」
二人は握手をした。
風香は少し離れた所で空を見上げていた。三つの太陽が強く光り輝いている。その時、風香はふと気付いた。エメラルドグリーンの空に浮かぶ小さな柔らかな光に。
(あれって……まさか)
「フウカ!」
クロセットが風香の背中をバンと叩いた。風香は思わずクロセットの方を向く。
「び、びっくりさせないでよ!」
風香は思わず強い口調で言った。
「行こうぜ風香、旅立ちだ」
クロセットは笑顔を見せる。
「ずいぶん楽しそうだね」
「旅立ちって言うモンはいつでもワクワクするモンさ」
「あなたって本当に前向き……」
「ああ、風香となら楽しめそうだからな」
「そうかな」
「そうさ」
クロセットは微笑んだ。
「最初はな。おまえ、何考えてんのかよく分からなかったんだ。けどな、アクスバルの一件でおまえのことが少し分かった気がしたんだ。だからいまなら確信が持てる。おまえと一緒の旅なら悪くないってな」
その言葉に風香は顔を少し赤くした。
「分かった気でいるだけかもよ」
その言葉にクロセットは笑った。
「そうかもな」
歩きだすクロセット。
「さあ、行こうぜ」
歩きだしたクロセットのあとを風香も歩き出す。途中振り返り、先ほど光が見えた場所をもう一度見た。光はもう見えなかった。その時、風香はふと思った。
(分かった気がする。これは、あくまでも推測の域を出ないけど、どうしてわたしがこの世界に来たのかが。もしアクスバルがサーモリッドを手にしていたら、世界を巻き込む大きな戦争になっていた。そして多くの人が死んでいた。わたしはそれを阻止するために、人の未来を救う異世界の人としてここに呼び出されたんだ。だけど、もしそうなのだとしたら、わたしの役目はもう終えた。本来なら、わたしはもう元の世界に戻っているはず。だけどそれでもわたしはまだこの世界にいる。その理由は……これもまた推測の域を出ないけど、それは、きっと……)
風香は微笑んだ。
(この世界で、こいつと、もう少しだけ一緒に居てもいいかもって思えたからだ)
もう少しだけ……