[5] アクスバルの目的
辺りの地面を揺らしながら、巨大なブロッキング六機がクロセットに向かってくる。
クロセットはその内の一機に狙いを定め、勢いよく飛びかかり、機械剣を振り下ろす。それに対しブロッキングも巨大な拳を振り上げる。
機械剣と金属の拳がぶつかり合った瞬間、鼓膜を貫くような鋭い金属音が辺りに響いた。
「うおっ!」
衝撃でクロセットの体はグルグルと上下回転しながら吹き飛ぶ。地面に触れたあと素早く体勢を立て直すクロセット。
「かてぇ……!」
そんなクロセットの背後から別のブロッキングの拳が襲う。素早く反応してかわすクロセット。
次々とクロセットに突進してくるブロッキング達。たまらず後ろ走りで距離をとる。
それに素早くブロッキング達が追い討ちをかけてくる。クロセットはその内の一機に狙いをつけた。狙いをつけたブロッキングに素早く斬りかかる。しかしブロッキングは素早い動きでそれをかわす。
「はえぇ、このデカさで……!」
驚くクロセット。その一瞬の隙に別のブロッキングの拳がクロセットの脇腹に叩きつけられた。鈍い音が辺りにこだまし、クロセットの体は勢いよく飛ばされ、地面に転がる。その回転が止まらない内に別のブロッキングの手がクロセットの体を地面に押しつけた。
ブロッキングの巨大な手がクロセットの体をグリグリと地面に押し込める。クロセットの体はそれと共にわずかに揺れながら、地面の同じ場所を何度も何度もえぐる。
その光景を見た風香は思わず一歩下がった。
クロセットの顔が苦痛で歪む、機械剣は手から離れ、地面に転がった。それにも関わらずブロッキングはクロセットをひたすら地面にグリグリと押しつける。クロセットの口から嗚咽のような声が漏れる。
「やめて!」
風香は叫んだ。その声を聞いたアクスバルは小さく声を出す。
「やめろ」
その命令と共にブロッキングはクロセットから手を放した。
「まだ意識はあるかね? 少年」
クロセットは地面にぐったりと横たわったまま、小さく息をしながら、虚ろな目でアクスバルをにらみつけた。
「頑丈な子だな。軍にほしいぐらいだ」
アクスバルは軽く笑う。
「これで分かっただろう? 我々に逆らうことがいかに無意味か。今回だけは私の温情で命を奪うまではしないよ。けれど覚えておきたまえ、次に同じように我々に逆らえば今度こそ命を失うことになると」
風香は遠くからアクスバルをにらみつけた。
(何が温情だよ。こういう結束力の強い町で人一人殺せば、それだけで町全体の反乱につながる。そうならないために……自分の都合で生かしただけのくせに、恩着せがましいやつ)
「いくぞ」
アクスバルは一言部下達に命令をして、飛行艇に向かって歩き出す。
「待って!」
風香は叫んだ。
アクスバルは足を止め、ゆっくりと振りむき、風香の目を見た。
風香はアクスバルの冷たい目を見た途端、背中に寒気が走ったのが分かった。
「……何かね。お嬢さん」
風香は勇気を振りしぼり、何とか声を出した。
「なんであなた達はこんな鉱山を力づくで奪おうとするの?」
「君達が知る必要のないことだ」
アクスバルは冷たく言った。
「サーモリッド」
風香のその言葉にアクスバルはわずかに反応した。
「あなた達の狙いはその鉱石でしょう? 一般的な鉱石の採掘が主なココの鉱山に特別なものがあるとすれば、あの光る鉱石しか考えられない。おそらくあなたたち軍は、その鉱石が軍用の何かとして使えることを発見した。当初あなた達は東の鉱山にそのサーモリッドの鉱床があると考えていた。けれど、そこにはサーモリッドは見つからず、実際にあるのは、すでに廃棄されていたこの鉱山だった。だからあなた達はこの鉱山を奪おうとしている。そうでしょう?」
風香の一通りの話を聞いて、アクスバルは微笑む。
「ずいぶん聡明なお嬢さんだ」
「どうやら当たりみたいね」
風香は一歩前に出た。
「取引をしましょう」
「取引……?」
「あなた達がほしいのはこの鉱山なんでしょう? なら、この鉱山を渡す代わりに、東の鉱山をこの町の人たちに返して。そうすれば、この町の人たちと争うこともなく、全てが丸く収まる。あなた達にとっても、町の人たちにとっても良い取引でしょう?」
「なるほど」
アクスバルは小さく笑う。
「見事な推理と交渉だが、いくつか間違いがあるな」
「間違い……?」
「お譲さんの言ったとおり、サーモリッドは新たな軍用エネルギーとして非常に有用な鉱石だ。そのエネルギー生産率は、従来のエネルギー資源のおよそ八〇〇倍」
「八〇〇倍……!」
(確かにそれなら、軍が無理に奪いにくるのも分かる)
「だがそれの存在は軍全体に知られてはいない。なぜなら、この有用なエネルギー資源を発見したのは私の管理下にある研究機関だからだ。つまり今のところ、この鉱石の存在を知っているのは、その研究機関の一部のものと、私とその部下だけだ」
それを聞いて風香は眉を寄せる。
「まさか……あなた」
「理解できたかな?」
アクスバルは笑みを浮かべる。
「この鉱石とその利用技術が私の手中に収めれば、この国家を我が手に収めることも可能なのだよ。無能な上官や、下らない王族達に従う必要などもうない。この国そのものをひれ伏させること……そして果ては世界をひれ伏させることすら可能なのだ」
(ダメだ、こいつ。完全に自分に酔っちゃってるタイプだ。この年で世界征服とか本気で考えちゃってる痛い大人だ。……だけど確かに従来の八〇〇倍のエネルギーなんかが存在すれば、そんなことでも現実味が出てくる。それで大戦争なんか始めちゃう、恐ろしく大迷惑な誇大妄想バカだ)
アクスバル将軍は話を続ける。
「そして間違いの二つ目だ。君は東の鉱山にはサーモリッドは採掘されなかったと言ったが、実際には東の鉱山にもサーモリッドは少量ながら採掘されている。この貴重なエネルギー資源をたとえ少量でも我々は取りこぼすつもりはない。よってこの交渉に我々は応じるつもりはない」
その言葉を聞いて風香は表情を険しくする。
「さらに言えば、この町の住民を皆殺しにすることなど、我々にとっては容易い。だから君らと交渉する意味など我々にはないのだよ。しかし、住民は殺すにしてもコストがかかる。例えば、機械兵の起動エネルギーが例に挙げられるな。だから我々はわざわざ選択肢を与えてやっているのだ。生きて鉱山を渡すか、死んで鉱山を渡すかのな」
アクスバルはそう言ったあと愛想よく笑顔を見せる。
「理解できたかね?」
風香は言葉を失う。
(ダメだ……こいつに何を言っても通じない。最悪を通り越してる。完全にどうしようもない部類の人間だ)
黙っている風香を見て、アクスバルは背を向けて再び飛行艇へと歩き出す。
「一週間後、おとなしく鉱山を明け渡してもらうことを祈っているよ」
飛行艇は浮き上がり、二人の前から飛び去っていった。
風香はすぐにクロセットに駆け寄った。
「大丈夫……?」
風香はクロセットの様子を見る。
地面に倒れているクロセットは荒く息をしている。
「クソ……サシなら……絶対負けねぇのに」
クロセットは呼吸をするようなかすれた声だった。
「動けそう?」
「悪い、肩貸してくれないか……?」
クロセットは風香の肩にドシッと体重をかけて立ち上がる。
(お、重い……)
「どこか手当てできるトコに行かないと」
「わりぃな、町の東に診療所があるんだ。そこに連れてってくれ」
風香はクロセットに肩を貸しながら、ゆっくりと町の石畳の道を歩いた。
その途中、クロセットが小さく声を出す。
「なぁ、フウカ」
「なに……?」
「おまえさっき、町のみんなのために軍と交渉してくれたな。ホントは怖かっただろうに…………アリガトな、フウカ」
風香は思わず顔をそらす。
「そ、それは……わたしも巻き込まれたくなかったし。それに……交渉は結局失敗したし」
クロセットは小さく笑った。直後、苦しそうに一度咳をする。
それを見て風香は思わず眉を寄せる。
少し歩いた時だった、今度は風香が口を開いた。
「クロセットってさぁ」
風香はボソッと言う。
「……バカだよね」
キョトンとするクロセット。
「ちょっと考えれば分かるのに……軍に勝てないことも、戦えば酷い目に遭うことも」
それを聞いてクロセットは薄く笑った。
「……分かってたよ、それぐらい。戦えば、こういう目に合うだろうってことぐらいな」
風香は一瞬言葉に迷った。
「……なら、なんで戦ったの?」
クロセットは微笑んだ。
「町のみんなが、好きだからだよ」
(……………………)
その後、風香はなんとかクロセットを診療所へと連れていった。
「どれくらいのケガなんですか?」
診療所の一室、ベッドの隣の椅子に腰かけながら、風香は診療所の医師に聞いた。
「まぁ命にゃ別状はねーな。こいつの場合、貨物運搬車にひかれても無事なぐらいのやつだから。とはいえ今回はひでぇやられっぷりだ。一カ月は安静にしねーとな」
「一カ月……」
医師の説明を受けたあと、風香は寝ているクロセットを見ていた。
クロセットの体には包帯が巻かれている。
風香はそんなクロセットの様子をしばらくのあいだ見つめていたが、そのうち目がぼんやりとしてくるのを感じた。
(ここに来てどれくらいの時間が経ったんだろう……? 八時間? それとも十時間以上? いつになったら夜になるんだろう。あっ、そういえばここの世界は太陽が三つあったんだっけ、じゃあこの世界には夜はないのかも。だったら一日の感覚ってどうやってつかんでるんだろ。それにみんないつ寝てるんだろう……そもそも寝てるのかな…………)
(……………………………………………………)
風香は座ったまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。
風香はハッと目を覚ました。
(寝ちゃってたんだ。どれくらい寝てたんだろう?)
目の前のベッドを見るとクロセットの姿がなく、風香は驚いた。
(あのバカ!)
風香はすぐに窓から通りも見る。すると通りの端をクロセットがよろよろと歩いていた。風香はすぐに診療所を飛び出した。
「クロセット!」
風香の呼び声にクロセットはゆっくりと振り向いた。
「どこに行く気?」
風香はクロセットに駆け足で近づく。
「軍の施設に殴りこみに行く」
クロセットははっきりとした口調で言った。
(やっぱり……)
「やめときなよ」
風香の言葉に、クロセットは表情を変えなかった。
「このままあいつらに全て奪われるわけにはいかねぇ」
クロセットは風香に背を向けて歩き出す。
「行ってどうするの?」
風香はクロセットの背中に向かって言った。
「行ってもあなたじゃ、軍に勝てない。そんなのさっき分かったでしょ? 仮に勝ったとしてもどうするの? 軍に逆らったってことで、町全体が軍に報復されるかもしれない」
クロセットは答えない。
「仮にあなた一人が責任を負ったとしても、あなた一生お尋ねものだよ。それでいいの? 軍に勝ったって負けたって、あなたにいい事なんて一つもない」
クロセットは背中を向けたまま歩き続ける。
「聞いているの?」
クロセットはピタッと止まった。
「なら、何もしないで、そのまま軍の言いなりになれって言うのか?」
クロセットは振り向かないまま言った。
「オレの大切の人たちが不幸になるのをほっとけって言うのか? 冗談じゃねぇよ……!」
「だけど行ったって、ただあなたが死ぬだけ」
「大切なものほっといて生きるぐらいだったら、大切なもののために死んだ方がマシだ」
クロセットは再び歩き出した。
風香は思わず視線を落とした。
(バカだ……どうしようもない。要はただの自殺志願者だ。死にたきゃ勝手に死ねばいい。もう知らない。わたしには関係ない)
風香は静かに石畳を見つめていた。
(あいつが死んだって、わたしのせいじゃない。もともとどうしようもないバカだったんだ。あんたが軍と戦って、暴れて、死んだところで一体なんの価値を生むの?)
風香の体がわずかに震える。
(何が大切なもののために死んだ方がマシだ、だよ。あんたはそれでいいのかよ。あんたはそんなことで死んでいいのかよ。こいつは……本当に………………)
「クロセット!」
風香の大きな叫びがこだました。
その叫び声に少し驚き、クロセットは足を止め、振り向いた。
風香はクロセットの目をキッと見つめた。
「わたしがあなたに知恵を貸してあげる。あなたが勝つための知恵を」
「おまえ……」
クロセットは呆然としている。
「勝ちたいんでしょ? あいつらに。ならわたしがあなたに協力してあげる。そうすれば、ほんの少しだけ、やつらに勝てる可能性が出てくる」
風香はクロセットの目を真っ直ぐに見つめた。
「勝ちたいんでしょう、あいつらに。どうなの? クロセット!」
風香の声を聞いたあと、クロセットは小さな声を漏らした。
「勝ちたい……!」
風香は静かに微笑んだ。
「なら、わたしの言う通りにして」