[4] 捜査の後で見たもの
二人は四件目の事件現場に着いた。辺りはもう夕暮れになっていた。
コンクリートの塀と林に挟まれた道路が続いている。
陽一はこの道をよく知っていた。
「ここが……小村拓也くんが死んだ場所ね」
陽一は少しだけ厳しい顔つきになっていた。
「特徴はひと気のないこと。またコンクリートの壁と林に挟まれて視界が極端に狭められているわね。それとこの急な階段……」
コンクリートの一角には急な階段が作られていた。少し上部に位置する隣の道路に直通している。
「この階段は拓也のやつが近道するときによく使ってた」
「急な階段ね。この階段から滑り落ちた可能性も考えられるけど……」
「ふざけんなよ」
陽一の声にわずかな怒りが宿る。
「階段から落ちて、どうして電線に吊るし上げられるんだよ」
美鈴は黙った。
そのせいで、しばらくのあいだ沈黙が続いた。
「悪い……」
陽一は謝った。
「いいわ……えっと、この場所の特徴って言ったらこんなトコかな」
「そうだな」
「これで事件現場はすべて回り終えたわね」
陽一は電線の一角を見つめながら、わずかに眉を寄せた。陽一にとってまだ記憶に新しかった。ここで拓也は逆さ吊りにされていた。動かなくなった拓也の体は風と共に力無く揺れていた。
「あの……」
突然、背後から別の高い声が聞こえた。二人が振り向くと、そこに一人の女子高生が立っていた。長い前髪のおとなしそうな雰囲気の子だ。二人と同じ高校の制服を着ている。
「その……もしかして、南陽一くんに宮沢美鈴さんですか?」
女子高生は小さな声で言った。
「ああ」
「そうだけど」
二人が同時に返事をすると、女子高生はゆっくりと二人に近づいてきた。
「あの有名な天才の二人が友達同士だったなんて知らなったな……」
すると美鈴が陽一の顔を見る。
「友達……なのかな?」
「いいんじゃね、それで」
女子高生は二人をじっと見つめる。
「二人は……ここで何してるの? もしかして黒目さんの呪いについて調べてるの……?」
「変死事件な。それについて調べてたんだよ」
「へぇ……やっぱり、そうなんだ」
「あなた、えっと……名前を教えてくれない? あと学年も」
「……倉瀬恵。学年はあなたたちと同じ」
(同じ学年か……知らない子だな。まぁ、目立つタイプには見えないからな)
美鈴は恵の顔を見る。
「倉瀬さんはよくこの道を使うの?」
「うん、塾に行くときに毎日」
「じゃあ、事件の日、何か見なかった?」
恵は二人を静かに見つめる。
「……それを言いたくて、二人に声をかけたんだけど」
陽一がすぐに反応する。
「何か見たのか?」
「直接ここで見たんじゃなくて、学校の帰り、ここの近くの道を通った時だったんだけど……」
女子高生はコンクリートの塀を見る。
「そのとき、この道の方向を何気なく見たんだけど。そしたらそこに……」
恵は一瞬視線を落とした。
「宙に浮いている人を見たの」
「宙に浮いている人?」
「遠くからだからよくは見えなかったんだけど、あれは確かに人だと思う。多分、電信柱の高さぐらいまでは浮いてた」
陽一はそのとき、黒目さんが黒い翼で飛ぶ話を思い出して、ぞっとした。
「友達に話しても信じてもらえなくて、二人ならもしかしてって」
「ありがとう、とても有益な情報だったわ」
美鈴はニコッと笑う。
「そうですか、良かった。じゃあ私はこれで……」
恵はそのまま離れようとする。
「少し暗いけど、大丈夫か?」
陽一が声をかけると、恵は微笑んだ。
「大丈夫」
恵はブルーステッキを取り出した。ステッキからまばゆい光が放たれる。
「いつもこれで道を照らしながら歩くから」
恵はそのまま道を照らしながら去って行った。
そんな様子を見ながら美鈴が口を開く。
「あれってけっこう難しいのよ」
「電磁波魔術か? それほど難しくはないだろ」
「そうじゃなくて、電磁波魔術で強い光を出すのが難しいの。光っていうのは一定の波長の電磁波でしょ? その波長を一定に保つのが難しいのよ」
「へぇ……」
「それに波長が少し短くなると紫外線になって体に悪いし、長くなったら……何になるか知ってる?」
「いや……」
「赤外線よ。電子レンジに使われてるやつ。誤って大量に放ったら、体の内側から沸騰しちゃうわよ。どんな感じかしらね、内側から沸騰するって」
「変な想像させないでくれ」
その後、二人は今まで来た道を引き返しながら歩く。辺りはもう暗くなっていた。
「とりあえず全て回ったけど。決定的な何かは得られなかったわね」
「けど、情報をそれなりに集まったな、現場もこの目で見た」
「なら、あなたには、犯人がわかったの?」
美鈴は鋭く陽一を見つめる。
その言葉に陽一は少しのあいだ黙った。
「……いや」
「でしょうね。ごめんなさい、当たり前ね。これからじっくりと検証していきましょう」
しばらく歩いたあと、陽一はあることに気づいて声を出した。
「ここは……確か一件目の事件現場の近くだよな」
「そうね」
ひと気のない直線の道が続く。暗くなった長い通りを電灯が頼りなく照らしている。
そのとき、陽一は気付いた。
もう暗いにも関わらず、カラスが妙に騒がしく鳴いている。
気味が悪い思いをしながらカラスが鳴いている方向を見たときだった。
陽一は一件目の事件現場で出会った女の作業員を見た、逆さ吊りの姿で。
「うわあああああ!!」
女の作業員は電線に逆さ吊りにされていた。
美鈴も緊迫した表情でそれを見る。
「死んでる……の?」
女の作業員の体は全く動かない。顔にはわずかに血がついていて、髪の毛を伝って、一滴の血が道路に落ちてきた。陽一は道路に視線を移した。道路には五、六滴の血が散らばっていた。
「まだ、殺されてすぐだ」
「美鈴ちゃん!」
捜査官の山内が走って寄ってきた。
「仕事が終わったから手伝いに……うわあ!!」
「山内さん……ちょうどいいところに!」
「これは……またか……」
山内は緊迫した表情で携帯を取り出す。
「とにかく仲間を呼ぼう」
携帯で仲間と連絡を取る山内を見ながら、陽一はしばらくのあいだボーっとしていた。しかしすぐにハッとなった。
「山内さん!」
陽一は連絡を終えた山内を見つめる。
「な、なんだ?」
「ここに来るまでに誰かあやしい人は見かけませんでしたか」
山内は首を振った。
「いや……」
「変だ」
陽一は緊張した様子で口を開く。
「ここの道路はずっと長い直線が続いてる。事件の直後だったら、犯人はオレたちと山内さんに挟まれてるはず、でもどっちも犯人の姿は見なかった」
「え……?」
美鈴は思わず声を漏らす。
「なら……この人は誰が吊るしたの?」
陽一は体が震えるのを感じた。
(オレは何を想像してる? 幽霊なんて存在するはずない)
大量のカラスが頭上を飛んでいた。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け)
逆さ吊りにされた死体の生気のない目が陽一を見下ろしている。
(拓也は……オレの親友を殺したのは、幽霊なんかじゃない)
陽一は前後に続く直線を見る。電灯の弱い光しかない道路の奥は、暗い闇に包まれていた。
(真実を見失うな)
陽一は必死で乱れた息を整える。
(オレは……オレは、必ず犯人を捕まえるんだ!)
陽一がそう心の中で叫んだ直後だった、脳裏になにがひらめいた。美鈴の方向にゆっくりと向く。
「南くん?」
「宮沢……」
陽一はつぶやくように言った。
「宮沢……離れろ」
「え……?」
「山内さんから、離れろ」
美鈴は最初戸惑っていたが、陽一のただならぬ様子に山内から距離を取った。
「お、おいおい、どうしたんだよ、二人とも……」
戸惑っている山内。
陽一は山内から目を離さないで、美鈴に話しかける。
「宮沢……心臓は何で動いてるか、知ってるか?」
「え……?」
「電気信号だよ」
陽一は山内をにらみつけた。
「事件が起きた直後に、現場にいたのはオレと美鈴とあんた。オレと美鈴は一緒にいた、なら犯人は一人だろ」
山内は驚く。
「な……何を言って」
「あんたに会ってしばらくして、変な男たちに待ち伏せされて絡まれたんだ。あんただったらオレたちの行く場所が予想できるよな」
「おいおい、変な推測はやめてくれよ。それにいくらオレが電気魔術が得意だからって、人の心臓なんて止めれるわけないだろ?」
美鈴は陽一を戸惑った様子で見る。
「そ、そうよ、複雑な人の体内の物理計算なんて、私だって簡単にはできない」
陽一は山内から目を離さない。
「だが……不可能じゃない」
「この人は、魔術師としてなら私たちよりはるかに能力は下よ」
「ああ、グリーンステッキは上上級の魔術師が使うものだ。だけど、本当に上上級なのか? その割には電気のコントロールがずいぶん悪くなかったか……」
陽一は静かに山内を見る。
「ステッキ、合ってないんじゃないのか?」
山内は答えなかった。無表情で固まっている。
そんな山内を見て、美鈴はさらに一歩下がる。
山内の表情は徐々に歪んでいき、不気味な笑みを作った。
「残念だよ」
山内は大きく目を見開き、二人を見つめた。
「もっと……静かに殺そうと思ったのに」