[2] 宮沢美鈴と一緒に幽霊捜査
美鈴に協力を約束して二日後の日曜日の午前、陽一は美鈴との待ち合わせ場所へ向かった。
住宅地にある公園のベンチ、待ち合わせの時間五分前に陽一がそこへ足を運ぶと、すでに美鈴は座っていた。
「遅かったね、南くん」
「五分前なんだけど」
陽一と美鈴は並んで歩き出す。速く歩く美鈴に陽一が合わせる。
「今まで起きた四件の変死事件。全てがこの住宅地周辺で起きているの」
陽一は辺りを見渡す。道路を挟んでいくつもの住宅が立ち並び、空には電線が張り巡らされている。
「私たちはこれから、事件が起きた四件の場所を回って捜査しましょう」
「でも……そういうのはすでに警察がやり尽くしてるんじゃないか?」
「今回の変死事件に対して、警察はほとんど動いていないわ」
「え……!?」
陽一は驚いた。
「なぜだかわかる?」
美鈴は鋭く見つめた。
陽一は少し考える。
「もしかして、警察は殺人と見ていないってことか?」
「その通り」
美鈴は前方に向き直る。
「まあ正確に言うと、殺人と見ようとしても見れないってところかな。この事件は死体に死に至るような外傷が確認されていない。病気の類って見方をしてる人すらいるって話よ」
陽一は無表情で黙る。
「だから、一部の警察の人が動けない自分達に変わって、私に捜査を頼んできたの」
「そうなのか…………なぁ宮沢、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「おまえ、どうしてオレに協力を申し出たんだ?」
美鈴はすぐに答えた。
「今回の事件は特殊性から見ても、厄介なものだと判断した。だから、私一人じゃ骨が折れると思ってね、パートナーが欲しかったの。私のパートナーが務まりそうな人って言ったらあなたぐらいでしょ?」
「オレへの評価はともかくとして、ずいぶんな自信だな」
「自信じゃない。ただの事実よ」
美鈴は表情を変えずに言った。
陽一は軽く頭をかいた。
「おまえはどうしてこの事件について捜査しようと思ったんだ?」
「そんなの頼まれたからに決まっているでしょ」
美鈴はきっぱりと言った。
「他に理由はないのか?」
「私には特別な才能がある。それをみんなの役に立つために使うの。私の才能はそのためにあるから」
「優等生だな」
「私に限ったことじゃない。みんながみんな、誰かの役に立つために何か行動を起こせば、それで世の中が変わってくるでしょう?」
「世の中そんなクソまじめなやつばっかじゃないだろ」
(まあ、こいつがどんな理由で事件に関わろうと関係ないか。協力してくれるってなら大歓迎だ……)
陽一は静かにこぶしを強く握りしめた。
(拓也を殺した奴は、オレが捕まえてやる)
二人は一件目の事件現場に着いた。脇道のない長い直線の道路に無数の電信柱が並んでいる。
「ここが一件目の事件現場ね」
美鈴はそう言って電線の一部分を指さす。一見何の変哲もない電線だが、陽一はそこに人が逆さ吊りにされていたかと思うと、少し背筋が寒くなった。
「警察からもらった情報だと、ここに会社員の佐藤大地さん二六才の死体が発見されたって」
美鈴は辺りを見渡す。
「あっ」
美鈴の声を聞いて、陽一も美鈴の見ている方向を見る。
電信柱の上で作業員が仕事をしていた。よく見ると女の作業員だ。
(女の作業員か……こういう仕事だと珍しいよな)
作業員はレッドステッキを使い、ネジを高速に回転させて作業をしている。
(レッドステッキってことは初心者だな。使ってる魔術は力学の回転運動か……)
「すみませーん!!」
美鈴が大声で作業員に呼びかける。
(うわ…………すげー行動力)
「少しお話を!! 聞かせてもらえませんかー!!」
美鈴の呼びかけに答えて作業員が降りてきた。
二人は作業員に話を聞く。
「なに? あたしに聞きたいことって」
作業員は三十代の活動的な雰囲気の女性だ。
「この近辺で仕事をしているんですか?」
「ああ、そうだよ」
「最近起こっている変死事件について聞かせていただきたいのですが」
「ああ、あの事件か」
作業員は腕を組む。
「でも、特に答えられるようなことはないよ。私は事件が起きた時間帯には仕事をしていなかったし、特に事件の役に立ちそうなことも見ちゃいないしね」
「なら、最近ここら辺で変わったようなことは何かありませんでしたか。どんな些細なことでもいいんです」
「些細なことね。そういえば……」
作業員は上の方を見渡す。
「最近、やけにカラスが増えたね」
作業員が見ている方向を見ると、電柱には三十羽以上の大量のカラスがとまっていた。ギャーギャーと騒がしく鳴いている。
「最近、ここらの町内のゴミの捨て方が荒れてるらしいからさ、生ごみ狙って集まってるんじゃないの?」
作業員は軽い口調で言った。
「まあ、あたしが言えるのはそんなことぐらいだよ。悪いね、力になれなくて」
「いえ、どうもありがとうございました」
美鈴は丁寧にお辞儀をした。
「そういえば作業員さん」
陽一が作業員に話しかける。
「作業員さんは回転魔術が得意なんですか?」
「ん? ああ……、便利だよ、これを使えば、スパナなしで仕事ができるからね」
「へえ、ネジ入れ以外にはどんな使い方があるんですか?」
「ああ、あと、フィギュアスケート選手みたいに回転できるよ」
陽一は突っ込まなかった。
作業員はまた電柱に登って作業を再開した。
美鈴はまた辺りを見渡す。
「……ここは特別特徴のある場所ではないわね」
美鈴は陽一の方を向いた。
「どう思う? 南くん」
「どうって言われてもな」
陽一は頭をかく。
「この現場に立って、南くんが感じた意見を聞きたいの」
「現場ねぇ」
陽一はもう一度道路を見つめる。
「何の変哲もない道路だよな。強いて言うなら、ひと気がないし、見通しもいいから、人が人を襲うとしたら都合がいいかもな」
「人が、か……」
美鈴はボソッと言った。
「ねぇ南くん。あなた、この変死事件と並行で流れてる、ある噂について知ってる?」
それを聞いて陽一は一瞬黙った。
「……黒目さんの呪いか」
「ええ」
陽一は少し眉を寄せる。
「おまえはそんな呪い信じてるのか?」
「まぁ信じる信じないに関わらず、知る価値はあるんじゃない?」
「知る価値ね……」
「黒目さんがどんな幽霊か、南くんは知ってる?」
「目が黒いぐらいしか……」
「そう……じゃあ、私が調べた情報を教えてあげる。次の現場に向かいながら話しましょ」
住宅地の道路を歩きながら、美鈴は話し出す。
「黒目さんはね、そう……一番の特徴は真っ黒な目なんだけど。それに加えて、左腕も真っ黒で、背中にも真っ黒な翼を生やしているらしいの」
美鈴はゆっくりと話す。
「黒目さんは、町の人通りのない通りに突然現れて、出会った人の心臓をまず真っ黒な左手で握り潰すの。そして息絶えた人を抱えて、空を飛んで電柱に結び付ける」
陽一は軽くため息をつく。
「……よく聞く都市伝説の類だな。どうせ不可解な事件になぞらえて誕生した偶像だろ」
「確かにね、ただ……あくまでこれは世間一般に流れている噂であって、この噂にはさらに深い部分があるの」
「深い部分……?」
「まあ、それはおいおい説明する。着いたわよ」
美鈴は足を止める。今度は別れ道が連続する複雑な道路の一角だ。
美鈴はそこにある電線の一部分を指さす。
「ここでは、女子大生の山田葉子さん二十才の死体が発見された」
美鈴は辺りを見渡す。
「まあここもさして特徴らしい特徴もない道路よね。さっきと共通してることは人通りが少ないことか。それと……」
電柱にとまった無数のカラスたちが二人の方向を見つめている。
「相変わらずカラスが多いことぐらいか」
「美鈴ちゃん!」
突然、太い声が飛んできた。
見ると、そこには大柄の三十代ぐらいのスーツ姿の男がいた。
陽一はその男に見覚えがあった。
(学校で宮沢と話してた捜査員か)
「山内さん」
山内は二人の前に立つ。
「美鈴ちゃんが今日捜査をするって聞いたからな。手伝いに来たんだよ」
美鈴がクスリと笑う。
「上司の阿部さんの命令で……ですか?」
山内は困ったように笑う。
「まあそういうこと。つっても他の仕事があるから数時間だけ。美鈴ちゃんを見つけるのに時間かかったから、もう、すぐ戻らなきゃいけないんだけどね」
山内は陽一の方を見る。
「彼は?」
「南陽一くんです。ご存じありませんか?」
「……え、えーと」
山内は少し考え込む。
「あ! あー、きみと同じ天才の……」
美鈴はニコッと愛想よく笑った。
「はい、今回は彼にも手伝ってもらってるんです」
「へー、それはそれは」
「南くんにも紹介するね。捜査員の山内さん」
陽一はペコッと軽く頭を下げる。山内もニコッと笑って頭を下げる。
「宮沢に捜査を依頼した人ですね」
「うーん、って言うより、美鈴ちゃんに調査を依頼したのはオレの上司の阿部さんで、オレはただのお使いだよ。まあ、そんなお使いに出される関係で、美鈴ちゃんと仲良くなれたんだけどな」
山内は愛想よく話す。
「……で、まあ、その阿部さんの命令で捜査の協力に来たんだ。時間もそうないから、情報提供ぐらいしかできないけど、聞きたいことがあったら何でも聞いてくれよ。答えられる範囲で答えるから」
「じゃあ一つ」
陽一がパッと口を開いた。
「死因について、詳しく教えてくれませんか?」
「ああ、死因か。確かに気になるよな」
山内はバックから資料を取り出して見る。
「死因については、四人のうち二人は何の外傷もなし、もう二人は頭部に外傷ありだ。頭部に外傷があったのは二人目の被害者山田葉子と四人目の被害者小村拓也、小村拓也に限っては死因は心臓麻痺じゃなく、頭部の外傷が原因の可能性がある。山田葉子の外傷は死に至るほどのものじゃない。たぶん心臓麻痺の際、倒れて頭を打ったと考えられている」
「外傷の全くない二人の方は、本当に心臓麻痺以外の変化はなかったんですか?」
「ああ……司法解剖の結果、体の中も心臓が止まった以外の変化は確認されなかった。体の外も中も無傷で、心臓だけがきれいに止まった状態だ」
陽一は少し気味の悪さを感じた。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
陽一は黙った。
美鈴が口を開く。
「いえ、今はまだ……また聞きたいことがあったら連絡しますね」
「そうかい、それにしても」
山内は上を見上げ、ギャーギャー鳴いているカラスの群れをにらんだ。
「うるさいカラスだな」
山内はグリーンステッキを取り出した。
(おっ、上上級者か……さすが警察だな)
山内はステッキを細かく動かす。バリバリという鋭い音が鳴り、ステッキから電気が飛び出した。電気は不規則に動き回り、カラスの群れへ飛んでいき、電柱にぶつかり、表面を焦がした。カラスの群れは驚き一斉に飛びたって逃げていった。
「得意分野は電気魔術ですか」
「ああ、便利だぜ。コントロールに難があるんだが、これで動物をよく払うんだ。鋭い音で驚かせてな」
(驚いてるのは音じゃなくて、無差別攻撃の方だろ)
「携帯の電気の充電にも使えるぞ。まあ三回に一回は失敗して携帯を買い換える羽目になるんだが……」
(そんな充電する意味あんの?)
山内の携帯が鳴った。
「おっと、呼び出しだ。行かなきゃ」
「山内さん、ありがとうございました」
美鈴がペコリとお辞儀をする。
「ああ、がんばってな」
山内は携帯で話しながら離れていく。その携帯には二十体以上の人形のストラップがついていた。
(あんたは高校生ギャルか)
「さて、次は三つ目の事件現場だけど……その前にお昼を食べたほうが良さそうね」
二人はいったん商店街へと出て、ファストフード店に入った。
美鈴はジュースの容器を持ちながら、陽一を見る。
「南くんはいくつのときにブラックステッキを持ち始めたの?」
陽一はハンバーガーを片手に答える。
「最近だよ、十五のときから」
美鈴は一瞬目つきがきつくなった。
「ふーん、私は十六になってすぐ。ただ、十四のときからホワイトステッキでのコントロールがきかなくなってきたから、本来は十四で持つべきだったのよね」
(……負けず嫌いだな)
陽一は、ハンバーガーを食べる美鈴の様子を見つめる。
(……しかし、日曜日に女子と二人っきりで町中を歩くって。一つ間違えば完全にデートだよな。本来いつも日曜は……)
「どうしたの? こっちをじっと見て」
「あっ、悪い、つい考えごとしてて」
「なにを?」
「いつもの日曜なら、家でネトゲーしてたなーって考えてたんだ」
「へぇ、ネットゲームか……」
「おまえはそういうのやりそうにないよな。読書したり、音楽聴いてたりしてそうだ」
「そんなことないわよ。どんなゲームしてるの?」
「基本RPGだな」
「RPGか……わたしも好きだけど、わたしの場合、やる方よりもむしろ作る方が好きかな」
「ああ……そういうゲームもあるよな。でもそういうのメンド臭くないか?」
「そうね、でも楽しいわよ。普通のRPGは物語に支配されるけど、作る側になると物語を支配する側になるから」
「そういうもんかな」
「私の得意な魔術もそれに近い性質を持っているのよ」
美鈴はクスリと笑った。
「へぇ」
「あなたの得意魔術は有名よね。振動魔術。この前それで車と樹木を大破させたんだってね」
陽一は少しのあいだ気まずそうに黙った。
「そういうおまえの魔術はどんななんだよ」
「秘密」
美鈴は意地悪く笑った。
「もしかしたら、この調査中に見せる機会があるかもね」
食事を終えると美鈴はすぐに立ち上がった。
「さあ、そろそろ行きましょう」