表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械世界の女子高生  作者: 笹田 一木
物理魔術師の幽霊捜査
12/17

[1] 黒目さんの呪いと変死事件




 多くのビルが立ち並ぶ、町の大通り。多くの通行人が歩いている。

 それらを見下ろすビルの巨大スクリーンから、あるニュースが読み上げられる。


「今日の未明、都内でまた変死体が発見されました」


 大通りを歩く女子高生たちが噂話を始める。


「また変死体だってさ」

「これで三人目だね。呪いで死んだの……」

「また黒目さんの呪いだ」


 そんな噂話をする女子高生を横切って、高校生のミナミ 陽一ヨウイチは小さく鼻を鳴らす。


(下らない。呪いだの、幽霊だの、そんなオカルトこの世に存在するわけがない。この世に存在した唯一のオカルトは……)


 突然、車の激しいパッシング音が鳴り響いた。陽一が歩くすぐ横の道路で、幼児が転んでいた。それに向けて勢いよく車が突進する。ブレーキ音が鳴るが、間に合わない。

 陽一はポケットから素早く黒色の手帳型の箱を取り出した。箱はスライドして長定規型のステッキに変わる。

 その瞬間、車体が巨大な衝撃で震えた。車の前方は勢いよく潰れ、タイヤは破裂し、幼児の寸前で車は停止した。

 煙を上げる車と泣きだした幼児を、周りの通行人たちが取り囲む。


「どうした、何が起きた!?」

「事故だ……」

「車がへこんでるぞ」


 通行人の中の一人が小さく口を開く。


「こりゃあ、多分……振動魔術だ」


 ざわめく通行人の群れに背を向けて、陽一は何事もなかったかのように立ち去る。


(そう……この世に存在した唯一のオカルト。それは……)


 陽一はステッキを再び手帳型に戻し、ポケットにしまう。


(魔術だ)





 2016年8月にD・カーティス博士は世界を変える、あるとてつもない発表を行った。


「我々人類の歴史上に残っている、奇跡、魔術、超能力、気功、の類は、インチキやトリックを除けば、すべて物理魔術に属するものだ」


 その後にカーティス博士が発表した理論書は世界中に出版され、十二年後の現在では、世界に五億六千万人の魔術師を生み出した。


 カーティス博士の唱えた魔術理論は、よく耳にするファンタジックな火、水、風、土、電気、などの属性を持つ魔術ではない。

 その魔術理論はきわめて単純で、エネルギーを操作することで起きる物理現象だ。

 分子に熱を与えれば発熱し、熱を奪えば冷気を作り、振動を与えれば音となる。

 その性質は一般的な物理現象に即しており、超常現象とは一線を画した、一つの科学体形だった。




「…………で、おまえは幽霊を信じないって?」


 早朝、陽一の親友、小村拓也コムラ タクヤは学校の廊下でそう言った。


「ああ」


 陽一はやる気のない返事した。拓也は茶髪を少しいじりながら、陽一の顔をのぞく。


「だけど陽一、魔術はこの世に実在するんだぜ。なら幽霊も呪いも実在しないって言い切れないんじゃないか?」


「魔術は体系化された一つの科学だ。でも幽霊も呪いも形のない超常現象だろ」


 陽一は軽くため息をつく。


「だいたい幽霊やら悪霊やらってむやみやたらに騒ぎたてるのは日本ぐらいだ。あんなに頻繁にお払いする国なんてほかにねーよ。そもそも自然災害の多い国だからな。形のないものに対する恐怖がでけーんだよ。事実、欧米じゃあ魔女やらドラキュラやらって実体のあるお化けが多いしな」


 陽一の話を聞いて、拓也はにやける。


「言うねー、じゃあ最近起こってる変死事件も、ただの殺人って言うのか?」


「そうだよ」


「でもさー、被害者は全員電線に逆さ吊りになってるんだぜ。しかも外傷は一切なしの心臓麻痺だ。そんなこと魔術を使って可能なのか?」


 魔術は万能の代物ではない、魔術の働きはエネルギーからなる物理現象。

 電気で動く電化製品に例えると分かりやすい。結局のところ電化製品や工業機器以上のことは物理魔術ではできない。


「………………」


 陽一は言葉に詰まる。


「原因不明の変死体だろ。ホントに魔術なのか? それこそホントに黒目さんの呪いなんじゃ……」


「アホらしい、大体なにが黒目さんだよ。日本人はみんな目が黒いだろ」


「バカ、日本人が黒いのは瞳だろ、目が黒いから怖いんだよ」




 三時間目の授業は物理魔術の実技だった。



「今日は振動魔術の実技を取り行う」


 男性教師の言葉と共に、グラウンドに五台の車が並べられる。

 生徒たち五人が、それぞれの車の前に並び、車を見つめながらステッキを手先で動かす。

 それと同時に車に衝撃が走り、後ろに押される。

 車の押された距離を別の生徒たちが測定する。


「3m50」

「5m60」

「4m20」


 押された車を教師がステッキを操作し、再び元の場所に押し戻す。


 拓也の番が回った。拓也は茶髪をなびかせながら、前に出ると、ステッキを構える。拓也はステッキを動かし、衝撃を車に向かって飛ばした。


「1m40」


 他の生徒よりもわずかに悪い成績に、男性教師が反応する。


「おい小村。この前から全く成長してないじゃないか。オレの話を聞いてんのか、おまえ」


 教師は拓也をにらみつけながら、声を荒げた。

 拓也は軽く頭を下げる。


「ったく、早く下がれ!」


 今度は陽一の番が回ってきた。だるそうに歩いている。


「……えと、オレもやるんですか?」


 陽一は頭をかきながら言った。


「当たり前だ!」


 教師が軽くにらみつける。すると別の生徒が声を出す。


「でも先生、南くんはブラックステッキですよ」


「構わない、特別扱いはしないぞ! いいからやれ南」


 陽一はまた頭をかく。


(やれやれ)


 すると、後ろで拓也が陽一にだけ聞こえる小さな声でつぶやいた。


「おい、思いっきりやっちまえ陽一」


 陽一も拓也にだけ聞こえる声でつぶやく。


「オイオイ、そんなことしたら……」


「あとでジュースおごるから。あのヤローに見せてやれ!」


(しょうがねーな)


 陽一は黒いステッキを取り出して、男性教師をチラリと見る。


(恨むんなら拓也を恨んでくださいね……と)


 陽一がステッキを少し動かした、その瞬間、

 ボコンッ!!! というものすごい音がグラウンド中に響き渡り、車が野球ボールの場外ホームランのごとくグラウンドの端へと飛んでいった。

 その様子に、教師を含めた皆が目を丸くする。

 車はそのまま、グラウンドの端の樹木に激突し、グチャグチャに大破。樹木もへし折れてしまった。


「悪いのは先生ですよー」


 口をあんぐり開ける教師の背中から、拓也が野次を飛ばした。




 昼休み、陽一の机の前に拓也が現れた。


「よう!」


「約束……覚えてるだろうな?」


 陽一は確認するように拓也を見つめた。


「もちろんだって、もう買ってきたぜ。ホラ」


 拓也はバンッと勢いよく缶ジュースを机に置く。


「ほらイチゴちゃん、おまえの大好きなイチゴジュースだぜ」


「誰がイチゴちゃんだ」


「陽一はこれしか飲まねーからな」


「そういうおまえもどうせカプチーノだろ」


「まあな」


 拓也はサッとカプチーノの缶を取り出した。

 二人は同時にフタを開け、飲み始める。


「しかし三時間目は痛快だったなー! 見たかよ、あの村田の顔。ざまーみろだ。流石は十年に一人の天才、陽一様だよ」


「天才ねー……」


 陽一はだるそうに答える。


「やっぱりブラックステッキは半端じゃないぜ」



 物理魔術の放出は、手の平からか、ステッキと呼ばれる人工の媒介を通して行う。

 本来、物理魔術は手の平からしか放出できないが、科学者たちの試行錯誤の結果、手の平からよりもさらに強烈に魔術を放出できる媒介としてステッキが開発された。ステッキは特殊な材質からできており、それを使う魔術師の能力の高さに合ったランクのものでないとうまく機能しない。

 ステッキのランクは、下から、初級のレッド、中級のイエロー、上級のブルー、上上級のグリーン、そして最上級のホワイトがある。

 しかし例外的に高い術者にだけは、さらに上の超上級のブラックが与えられる。



「ブラックを使えるのは国内じゃあ、たったの二〇〇人って言われてる、しかもその平均年齢は四十代、それをおまえは十五才から使えてるんだもんな」


 拓也は上機嫌に話す。


「しかも物理魔術の三段階も完璧だしな」



 物理魔術の放出には三段階の過程がある。

 一段階目は自分のいる場の物理状況の計算、把握。

 二段階目はその状況に合わせた魔術の内容をイメージ。この時点で人体に微量の物理魔術エネルギーが流れている。

 そして三段階目は魔術の放出。放出の際には指先、または杖先で細かいエネルギーの操作を行わなければならない。



「おまえは、常人が十日かけてやる物理計算を三秒で暗算して、常人が二週間かけてやるイメージを二秒で脳内構築して、国家機関の研究員が十年かけて習得する杖先の十分の一ミリの操作を生まれながらにできる。おまえは紛れもない天才だよ」


「天才天才って耳にタコができるほど聞いたよ。もうありがたみも何もないね」


 陽一はつまらなそうに耳をかく。


「おっ! 見ろよ陽一」


 拓也は廊下の方に目をやる。

 ちょうど、廊下を一人の女子生徒が通り過ぎていた。黒髪を揺らしながら、姿勢良く、きびきびと歩いている。


宮沢美鈴ミヤザワ ミスズ……おまえと同じ十年に一人の天才だぜ」


「ああ……あいつがそうなのか」


「しかしすごいねー。魔術史上の二十年分の才能が一つの学校に集まってるんだぜ。これはある意味奇跡だよな」


 陽一はすぐにそっぽを向いた。


「まあ、あっちの天才には、せいぜい国のためにがんばってもらおうかな」


「おまえはがんばらねーのかよ」


「オレは楽して生きるために才能をフル活用するんだよ。エリートだとか天才だとか言われてチヤホヤされても嬉しくも何ともないね。自由があって、そんで家族と友達と笑って過ごせれば、オレはそれでいい」


 拓也が軽く笑った。


「まあおまえはそういうやつだよな。将来億万長者にだってなれるかもしれないのにな」


 陽一は軽く笑った。


「オレは不真面目だからな」


(それに……友達は金じゃ買えねーから)






 次の日の放課後のことだった、陽一と拓也が帰るために廊下を歩いていると、大柄のスーツ姿の知らない男性と宮沢美鈴が話しているのを見かけた。


「誰だ、あいつ。教師じゃないよな」


 陽一が不思議がると拓也が答える。


「多分警察の関係者だよ。彼女、天才でブラックステッキだろ。だから警察もときどき彼女を頼るんだってさ」


「でも高校生だろ」


「実際、強力な魔術師が犯罪者になると警察でもそうそう手が出せないって話だからな。ブラックステッキなんて警察全体でも数人しかいないらしいし、強力な助っ人だよ」


「ふーん」


 拓也は話している二人をまじまじと見つめる。


「多分、変死体の事件について協力を頼んでんだろーな」


「協力ねー。彼女、ずいぶん正義の味方らしいことしてるんだな」


 陽一がそう言うと、拓也は笑いかけた。


「おまえも手伝ったらどうだ? 同じ天才だろ」


「嫌だよ、変な事件に関わるなんて冗談じゃねー」





 夕方、陽一と拓也の二人は帰り道を歩く。


「この辺だよなー、変死事件が続いてるのって……」


 拓也が少しこわがった様子で言った。


「ああ、オレたちも気をつけないとな」


「でも呪いなんてどうやって気を付けるんだよ。白目になって対抗するか?」


「バカ、呪いなわけねーだろ」


 すると拓也がフラッとよろめく。


「おお、ヤバい。フラフラする。黒目さんの呪いかも」


「バーカ、ネトゲーのし過ぎだろ。ちゃんと寝ろ」


「そういうおまえだって……」


「オレはちゃんと寝てる」


 分かれ道に差し掛かり、二人は別れのあいさつをする。

 拓也は大げさに手を振った。


「じゃあ、まったなー」


「ああ、また」


「黒目さんに気をつけろよー」


「気をつけねーよ」


 二人はそのまま別れた。

 これが陽一にとって、拓也と交わした最後の言葉になった。数時間後の午後八時、陽一は、変わり果てた姿の拓也と再会することとなる。拓也は電線に逆さ吊りにされ、頭から血を流して死んでいた。



 それからの二日間の記憶は陽一にはほとんど無かった。正確には普通に学校に通い、普通に授業を受けていた。けれど、頭は完全に止まっていた。ボーっとした様子で、上の空のままひたすら生活していた。普段注意する教師たちも、この時ばかりは陽一に対して何も言ってはこなかった。

 事件から三日後の放課後、陽一は外で校舎に寄りかかりながら、一人で缶ジュースを飲んでいた。

 風がわずかに髪を揺らすなか、空の一点を見つめ、ボーっとしていた。

 陽一は静かに自分の持っている缶を見る。いつものイチゴジュースだ。


『ほらイチゴちゃん、おまえの大好きなイチゴジュースだぜ』


 突然、拓也の顔がよみがえった。

 陽一の缶ジュースを持つ手が震えた。


「クソ……クソ……クソ……!」


 陽一は、缶ジュースを思いっきりコンクリートの床に叩きつけた。

 鋭い音が響き、缶から乱暴にジュースがこぼれる。


「クソオオオオッ!!」


 陽一は転がった缶を勢いよく踏みつけた。

 缶は乱暴に潰され、ジュースが勢いよくコンクリートに広がり、ゆっくりと周りを濡らしていく。

 陽一はそのまま、濡れたコンクリートを見つめて呆然と立っていた。

 そんな時だった、

 一人の生徒が陽一に向かって近づいてくる。

 宮沢美鈴だった。


 美鈴は背筋を伸ばしながらきびきびと歩き、そのまま陽一の目の前に立った。


「はじめまして、宮沢美鈴って言います」


 美鈴ははっきりとした口調で言った。


「ああ…………」


 陽一はうつむいたまま静かに答えた。


「私、変死事件ついて調べているの、手伝ってくれない?」


 その言葉を聞いた途端、陽一は頭を上げた。


「あなたの力が必要なの、南陽一くん」


 陽一は美鈴を見つめた。


「分かった、いいよ」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ