心に大地を
7月夏盛り。蝉の鳴る声が夏の訪れを告げていた。
「適応障害ですね。」
「それと、パニック障害もあります。」
「まずは休息と投薬治療から始めましょう。」
佐和子は会計を済まし、調剤薬局で薬の説明を受けて、バスで帰宅した。
ふう、と、ベッドで大の字になる。
「精神疾患、か。」
不思議と診断名が着いたことに安堵感さえ覚える。
世間の目は厳しい。理解されないのが当たり前。
それでも専門医から「あなたは今頑張りすぎています。」と、理解者を目の前にした実感がわいて、いつの間にか寝てしまった。
精神科の扉を開いたきっかけは、職場に行こうとすると涙が止まらなくなったからだ。
音楽事務所のパートタイムなので休みも融通は効くことが幸いして、いつか行こうと思っていたのが、今日になった。
佐和子はバイオリンを弾く。
アマチュアだがそれなりに人気があり、地域では知らないものはいないのではないか?と、少々大袈裟ではあるが、腕は確かだ。
なのに、これを仕事にして以来、思ったように弾けない。
音の伸びが悪く、突っかかる感じがする。
絶望した。それ以来バイオリンは部屋の隅っこで眠っていた。
何度めかの精神科病院に受診した帰り道、夕暮れの中でサッカーをする子供たちを見た。
無我夢中、傷も恐れない、全力の塊、輝かしい未来。
━━意を決して家まで走った。
このままでいいのか?やり残したことだらけだ。
負けたままでいいのか?自分の病気のせいで自分の首を締める真似はしたくない。
8時にもなるとさすがに子供たちはいなくなってきた。
夏の夜空は星も綺麗で、なまぬるいが確かに大地の香りがした。
すう、と深呼吸したのち、持ってきた若干ホコリ被ったバイオリンを手に取る。
ギリギリご近所さんに迷惑がかからない時間だと感じていたし、少しだけのつもりだったから、思い切り弾いてみた。
旋律はまるで宇宙そのものだった。
風になびいて揺れる大樹も、蝉の声も、自分自身から出でくる声も含めて。
帰ったら相棒をすぐ拭こう。
明日は仕事だ。重苦しい気持ち。
それでも帰ってできる事を探そう。
帰り道、三日月が、そっと佐和子に告げる。
「明日のことは明日の自分に任せなよ。」
「大丈夫。夜中も、ぼくはいるからさ。」




