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心に大地を

作者: 香月由良
掲載日:2026/07/27

7月夏盛り。蝉の鳴る声が夏の訪れを告げていた。


「適応障害ですね。」

「それと、パニック障害もあります。」

「まずは休息と投薬治療から始めましょう。」


佐和子は会計を済まし、調剤薬局で薬の説明を受けて、バスで帰宅した。

ふう、と、ベッドで大の字になる。


「精神疾患、か。」


不思議と診断名が着いたことに安堵感さえ覚える。

世間の目は厳しい。理解されないのが当たり前。

それでも専門医から「あなたは今頑張りすぎています。」と、理解者を目の前にした実感がわいて、いつの間にか寝てしまった。


精神科の扉を開いたきっかけは、職場に行こうとすると涙が止まらなくなったからだ。

音楽事務所のパートタイムなので休みも融通は効くことが幸いして、いつか行こうと思っていたのが、今日になった。


佐和子はバイオリンを弾く。

アマチュアだがそれなりに人気があり、地域では知らないものはいないのではないか?と、少々大袈裟ではあるが、腕は確かだ。


なのに、これを仕事にして以来、思ったように弾けない。

音の伸びが悪く、突っかかる感じがする。

絶望した。それ以来バイオリンは部屋の隅っこで眠っていた。


何度めかの精神科病院に受診した帰り道、夕暮れの中でサッカーをする子供たちを見た。

無我夢中、傷も恐れない、全力の塊、輝かしい未来。


━━意を決して家まで走った。


このままでいいのか?やり残したことだらけだ。

負けたままでいいのか?自分の病気のせいで自分の首を締める真似はしたくない。



8時にもなるとさすがに子供たちはいなくなってきた。

夏の夜空は星も綺麗で、なまぬるいが確かに大地の香りがした。


すう、と深呼吸したのち、持ってきた若干ホコリ被ったバイオリンを手に取る。

ギリギリご近所さんに迷惑がかからない時間だと感じていたし、少しだけのつもりだったから、思い切り弾いてみた。


旋律はまるで宇宙そのものだった。

風になびいて揺れる大樹も、蝉の声も、自分自身から出でくる声も含めて。


帰ったら相棒をすぐ拭こう。

明日は仕事だ。重苦しい気持ち。

それでも帰ってできる事を探そう。


帰り道、三日月が、そっと佐和子に告げる。


「明日のことは明日の自分に任せなよ。」

「大丈夫。夜中も、ぼくはいるからさ。」

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