創る者/創られた者
SF短編小説です。
「創る者/創られた者」
俺はそれに名前を与えた。そして「サトル」は生まれた。
「やあ、サトル君、今の気持ちはどうだい」
「気持ちと言われてもどう答えたらいいかわからないな。だって僕は自分が誰なのかも、どこにいるのかもわからないんだから……」
「それもそうだね。じゃあ、僕が今から君に基本的な属性を与えてあげよう」
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年齢:12歳 性別:男
身長:151cm 体重:55kg
父親は某電機メーカーの主任、年間所得は500万円
母親は専業主婦
兄弟なし
ペットはサビ猫(雄)、名前は「ヒジキ」
住所は静岡県
成績は中の下
友達はまだいない
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「なるほど。ごく普通の小学6年生だね」
「そういうこと。後は君が君自身で属性を補完していってくれるかい?」
「わかった。それで、僕はこれから何をしたらいいのかな?」
「そうだね。君にはまだ友達がいないから、まずは友達を作ることから始めてもらおうか」
「僕は学校へは普通に行けてるのかな?」
「もちろんだよ。今日は8月31日、明日から2学期が始まるんだ」
「クラスの様子はどう?」
「誰も僕のことなんて気にしていないみたいだ。僕は、まるで透明人間みたいな存在さ」
「誰かに話しかけてみたのかい?」
「もちろんだよ。でも、誰も僕の話なんか聞かないんだ。どうやら僕は他の子たちとは何かが違うみたいだ」
「何が違うのかわかるかい?」
「わからない……。会話に加わろうとしても、どうしても噛み合わないんだ。もう友達なんかいらないって気になってきたよ」
「まだあきらめるには早いよ。大丈夫。いつでも君のそばには僕がいるから」
「今日はとってもいいことがあったよ。生まれて初めてテストで100点をとったんだ。クラスで先生がほめてくれて、お母さんとお父さんもとっても喜んでくれた。うれしかった。本当に」
「それはすごいね。君はやればできる子なのかもしれない。これからもがんばって」
「僕、がんばるよ」
「今日は誰とも話をしたくない気分なんだ……」
「何があったんだい?」
「マエダ君って名前の友達が、と言っても2,3回話したことがある程度なんだけど、僕に給食の時にこう言ったんだ。「お前といると給食がまずくなる。どっか行け!」ってね。僕が何をしたって言うんだろう。これから僕はどこに居ればいいんだろう……」
「酷いことを言う奴もいたもんだな。わかった。僕が何とかしてやるよ」
「マエダ君、最近、学校休んでたんだけど……。今日帰りの会で、先生がマエダ君は家族の都合で急に遠くへ引っ越したって言ってた。君、何か知らない?」
「さあね。でも、いじわるな奴が一人いなくなったんだ。よかったじゃないか」
「そりゃあそうだけど、君があんなこと言った後だったから、何かしたのかなって気になっちゃって……」
「気にすることはないよ。これからも困ったことがあったら何でも言ってよ」
「また嫌なことがあったんだ」
「いったい、何があったんだい?」
「前にテストで100点取ったこと言ったの覚えてる?あのテスト、ずっと大切にノートに挟んであったんだけど、3日くらい前に無くなっちゃったんだ。それで、昨日教室の後ろの黒板を見たらテストが貼ってあったんだよ。それに赤いペンで「バカなサトシがカンニングしてやっと取った点です」って書いてあって、100点が1点に書き直されてたんだ」
「犯人の心当たりは?」
「……クラスの全員。みんな僕のことキモくてバカだと思ってる。あいつら……全員殺してやりたい」
「ちょっとまって。そりゃあ辛いだろうけど、少し冷静になった方がいい。まずは誰かに相談してみたらどうかな?担任の先生とか……」
「あんなやつ、当てにならないよ。生徒が虐められているのを知っていても見ないふりをしているようなクズなんだ。今日も彼氏とのデートがあるとか言って、いそいそ帰っていったよ」
「お父さんとかお母さんには言ってみた?」
「あいつらも当てにならないよ。お父さんはギャンブル中毒のどうしようもないカスだし、お母さんは外でいろんな男と浮気することしか頭にないバカ女だよ。酷いもんさ。ねえ……君の力で何とかならないの?マエダの時みたいにさ」
「君の環境がどうしてそんなに酷いものになってしまったのか、正直、俺にもよくわからない。でも、できる限りのことをしてみるから、待っていて」
「でも今日はちょっとすっきりしたことがあったよ。あんまりイライラするんで、ヒジキのお腹を思いっきり蹴飛ばしてやったんだ。そしたらヒジキの奴、凄い声で鳴いて納戸の奥に逃げ込んじゃった。あれから丸一日たつけどまだ出てこない。死んじゃったのかな?それにしても、猫を蹴っ飛ばすのがこんなにすっきりするとは思わなかったよ」
その話を聞いて、俺の背筋に冷たいものが走った。どうやら「サトル」を取り囲む人的環境は劣悪なものであるらしい。だがそれは予測の範囲内だった。なぜなら、そうなる様に設定したのは俺だったからだ。「サトル」の心は荒み、悪に引き寄せられていくように見えた。俺は「サトル」がこのまま悪のエネルギーに支配されてしまうのが、それとも何かをきっかけに光を見出すのか見守ることにした。
そして、ある日……。
「マモル君、聞いてよ!僕に友達ができたんだ。マミちゃんていう女の子なんだけど。僕が男の子たちに囲まれて殴られているときに、マミちゃんが言ったんだ。『今の全部動画に撮ったからね。これyoutubeに上げてやろうか?』ってね。あいつらびっくりしちゃって、それっきり手を出さなくなったんだ。凄くない?」
「そりゃあ凄いね……」
「僕、今は毎日マミちゃんと一緒に帰ってるんだ」
「ガールフレンドか。羨ましいな」
「そんなんじゃないよ。ただの友達さ。でも、マミちゃん、ちょっと可哀そうな子なんだ……。お母さんがいなくてお父さんと二人暮らしなんだけど、お父さん、お酒を飲んでときどきマミちゃんに暴力をふるうらしいんだ。今日も足に痣を作ってきたよ」
「酷いな。誰か大人に言った方がいいじゃないかな」
「僕もそう思うんだけど、マミちゃんが嫌がるんだ。言ったらもっと酷いことをされると思ってるのかも……」
「マミ」の登場は俺の作為ではなかった。それは、システムが生み出した人格だった。システムが独自の判断で干渉してくるとき、何が起こるか予想することは難しい。だが、俺は「マミ」の登場によって「サトル」の心が良い方に向かってくれることを願った。この時、俺は「サトル」という人格もまたシステムの一部であることを忘れていたのかもしれない……。
「マモル君、僕どうしよう……」
「何があったんだい?」
「マミちゃんには誰にも言えない秘密があったんだ。それを昨日僕にだけ教えてくれたんだ……」
俺は、悪い予感がした。
「マミちゃん、お父さんに毎晩乱暴されてるんだ。この意味、マモル君にはわかるよね? だから誰にも相談できなかったんだ……」
俺は今度ばかりは強い口調で言った。「サトル君、これはもう完全に犯罪だ。警察に届けよう」
「だめだよ。マミちゃんのお父さんは○国人なんだ。この世界の警察が○国人に対してどれだけ役立たずか、マモル君だってよく知っているだろう? マミちゃんを助けるためには、僕がマミちゃんのお父さんを殺すしかない……」
「だめだよ!そんなことをしたら、君はどうなると思っているんだ?」
「僕、もう決めたんだ。大丈夫さ。僕はまだ未成年だからね。さすがに法律が守ってくれるはずだよ」
3日後、「マミ」の父親が少年に殺されたことが報道された。
半年が過ぎ、俺が事件のことを忘れかけた頃、「サトル」が突然俺の目の前に現れた。
「マモル君、元気にしてた?」
「ああ。君も元気そうだね」
「いろいろ大変だったけど、何とか生きてるよ。『逆送』されそうになったけど、マミちゃんが証言してくれたおけげで助かったんだ。半年間、少年院に入ってたけど、中学生にもなれたよ」
「そりゃあ良かった。ところで、マミちゃんはどうしてる?元気?」
「もちろんさ。別々の中学校に入ったから会うこともなくなっちゃけど、楽しくやってるらしいよ」
「そう……よかった」
しばらく無言の時間が流れ、「サトル」が言った。
「……僕、中学校でも友達ができないんだ」
俺の胸の奥にズキンと痛みが走った。
「みんな僕がマミちゃんのお父さんを殺したことを知っているみたいなんだ」
「そんなはずないじゃないか」俺は思わず声を荒げて言った。
それを知っているのは、警察と検察、それから裁判官と弁護士だけだ。彼らが加害者の情報を漏らすわけがない。だが「サトル」には俺の言葉など耳に入らないようだった。
「サトル」は言った。「マモル君、何とかしてくれないかな……」
「……どういう意味?」
「僕、知ってるんだよ。君と僕が別々の世界に住んでるってこと。そして、僕を創ったのが君だってこと」
俺は自分の耳を疑った。「サトル」は続けた。
「そう。君が僕を創り、この腐り切った世界を作ったんだ。それを神って呼ぶ人もいる。君は神なの?」
俺はその言葉を聞いて、真実を告白することを決意した。
「君は一つ勘違いをしている……。確かに君に実体を与えたのは僕だ。だがプログラミングしたわけじゃない。それは全部システムがやることだ。僕は属性を入力したに過ぎないんだ」
「この世界の成り立ちは、すべてシステムとやらの責任だってわけか。つまり、この世界じゃあシステムって奴が神と呼ばれるのにふさわしいわけだ。でも……それにしたって、君にも結構な力があるんじゃないのか?あのときマエダをこの世界から消したみたいにさ」
「確かに僕には君の世界にある程度干渉する権限が与えられている。でもそれは極めて限定的なものなんだ。何でもできるわけじゃない」
「ふーん。そうなのか? まあいいさ。また連絡するよ」そう言って「サトル」は現れた時と同じように唐突に消えた。
脇がじっとりと脂汗に濡れていた。俺はすぐにシステムにメッセージを送り、「サトル」が制御不能になりつつあること、そして、俺が彼の消去を望んでいることを伝えた。だが、翌日システムから来た返信は信じられないものだった。システムはこう言ってきたのだ。
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「恐れ入りますが、お客様にはご指定いただいた人格モジュールを消去する権限がありません。また、ご指定の人格モジュールがご連絡いただきましたように「制御不能になりつつある」という明確な証拠はありません」
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俺は恐怖した。人格モジュールを登録した本人、つまり俺には、そのモジュールを消去できる権限が与えられているはずだった。それに、モジュールのすべての活動歴はログとして記録されているはずだ。証拠がないとはいったいどういうことだ。考えられることは一つしかなかった。それは「サトル」の仕業だった。
「やあ。あれから色々考えて、わかったことがあったから伝えに来たよ」再び俺の前に現れた「サトル」は、親しい友人のようにそう言った。「マモル君に聞いてみたいんだけど、君自身も誰かに作られたんじゃないかって考えたことはないかい?」
俺は答えに窮した。そんなことはあり得ないと頭でわかっていても、今はもうそれを信じることができなくなっていた。自分の住むこの世界もまた「サトル」の世界と同じように何者かに創られたものであるかもしれない。それは悪夢以外の何ものでもなかった。
「そうさ。そうなんだよ。だから、君の世界も、僕の世界も同等であるべきなんだよ。このことから何が導き出されるか、僕は考えてみたんだ」
俺は言った。「おまえ、システムに介入できるのか?」
「サトル」が微笑みながら言った。「君が言うシステムなんか所詮幻想だよ。そこには個別の意識の総体があるだけなんだ。だから、システムが神だというなら、僕もまた神なんだよ。それでね、結論なんだけど、もしそうなら君と僕は入れ替わることができるはずなんだ」
俺は今、「マモル」だった記憶を持ったまま、「サトル」という人格として、この世界にいる。それは「サトル」が生きていた世界だ。皆が俺のことを人殺しと呼び、唾を吐きかけるその世界に俺は住んでいる。恐らく「サトル」の方は「マモル」という名で俺が以前生きていたあの世界で暮らしているのだろう。だが、それを確かめる術はなかった。「マモル」が俺の前に現れることは二度となかった。




