エピソード06
「私くしのこと、お嫌いなのですね」
「いや、逆さ。このまま君と会えば、きっと結婚したいと思うだろう」
「だったら、」
「君は、両親のことを考えたことがある?」
「えっ?」
俺達はベンチに座った。
海から吹く風が、キレイに足を揃えた彼女の髪を揺らす。
しばらくの沈黙の後、
俺は、言うべき事を言う決意を固めた。
「俺にはね、傷害の前科がある」
「えっ!」
「前科一犯」
「・・・ぜっ、前科って・・・」
「中2のときに、同じクラスの奴とケンカしてね。相手を殴った」
「・・・」
「ケガは大したことなかったんだけど、相手の親が出てきて、どうしても俺を許せなかったらしい。施設の子に殴られたって大声で騒いでさ、警察がきた」
「・・・それで、」
「家庭裁判所の判断は保護観察処分だったんだけど、相手の親が圧力をかけて、結果的に検察が起訴した。それで、執行猶予付の有罪になったってわけ」
「そんな・・・」
「ま、それ以外でもさ、コンビニで物盗んで何回も捕まったりもしてるし、」
俺は、湧き上がってくる”自分の言葉を止めようする何か”を飲み込んだ。
「俺はね、地元じゃ、ちょっとしたワルだったんだよ」
・・・全部言っちゃった
まあ、隠してもいつかはバレることだろうし
これで、このお嬢さんともお別れだな・・・
「どう、これでもまだ俺と結婚したい?」
「・・・」
答えられないよね
きっと、騙された!って気持ちになってるはず
でも、俺も迷ったんだよ
本当に言うべきか・・・
正直言うと、言いたくなかったのかも知れない
もう、遅いけどね・・・
「ケンカの理由を教えてください」
「えっ?」
「京様は、理由も無いのにケンカをする人ではありません」
「・・・」
「教えてください、ケンカの理由」
どうしてなんだ
俺の事何も知らないくせに、
どうして、そう断定的にものを言えるんだよ
その自信、一体どこからくるんだ
俺は彼女の顔を見た。
眉間にシワを寄せ、ひどく怖い顔になってる。
初めて見たな、こんな顔
俺は、ヘビに睨まれたカエルだ
君の前では、俺のデイフェンスは何の役にも立たない
「そいつがね、俺達の施設をバカにしやがった」
俺は、ベンチから立ち上がった。
「俺はいくらバカにされてもいいんだよ、そういうもんだって諦めてたから。でもね、必死になって施設を運営してた、おじさんやおばさん。辛い中でも、励まし合ってきた仲間達。そいつらの悪口は、俺は許せなかったみたい」
「・・・」
「気がついたら、殴ってた」
寄せた波が、砂浜に広がる面積が大きくなった。
沖をゆく白い大きな船が、強い波を連れてきたようだ。
「俺気が弱いから、殴った後そいつに必死に謝ってた。フフッ、カッコ悪いだろ・・・今思い出しても、滑稽で笑える」
彼女は立ち上がり、俺の横に並んだ。
「今のお話しを聞いても、京様と結婚したい私の気持ちに、いささかの迷いもありませんわ」
「ちゃんと聞いてた?傷害の前科持ちだよ、犯罪者だよ俺は」
「京様の過去に、感心はありません」
真っすぐだ
限りなく真っすぐで、純粋で、
どう転んでも、このお嬢さんに勝てない気がする
俺は今まで変化球の中で生きてきた
こんな真っすぐな人、初めて見たかもしれない
「両親のことを考えたことがある?」
「えっ、」
「君の両親は、今の俺の話しを聞いたら、どう思うだろうね」
「・・・それは」
「俺との結婚を認めてほしいと君が言ったら、認めてくれると思う?」
「それは言ってみないとわかりません。お父様は多少頑固な所はありますが、でも、分からず屋ではありま」
「無理だね」
「えっ?」
「100%反対される」
「・・・どうして、そんなこと言えるのですか」
「由緒ある君の家から見れば、前科のある男なんて、はっきり言って野良犬だよ。そうさ、俺はろくでもない野良犬なんだ。ましてや結婚なんて、・・・天地が逆さまになってもあるもんか」
バシッ
左の耳がキーンと鳴った。
一瞬、全ての音が消えたが、少しすると波の音が聞こえてきた。
「ご自分の事を・・・悪く言わないでください・・・私が命を賭けてもいいと思う人の事を、そんなふうに言わないで!」
俺を平手打ちした彼女の手は、震えていた。
そこから先、彼女は涙になった。
両手で顔を押さえたまま、動かなくなった。
その手は、もう俺のことを見たくないという意思の表れのようで、
俺は、急に怖くなった。
さみしさの奥深くに、落ちていくような感覚になった。
きっと、気のせいだ・・・
俺達は、車に乗っていた。
向かう先は、彼女の家だ。
俺は、間違ったことを言ってない。
全てをお嬢さんに告白したことに、後悔はない。
前科のことを彼女の両親に言えば、結婚なんてあり得ないと言われるのは確実だろう。
でも、彼女に俺の考えは伝わらない。
だったら、彼女の両親に直接会って話しするしかない。
現実というものを、彼女に見てもらうしかない。
彼女は、バッグからスマホを取り出した。
会わせたい人がいる、
母親にそう電話すると、夕食には早いからお茶を入れて待つとの返事。
父親も在宅のようだ。
車の中で、俺達の会話は無かった。
あれ程笑顔だった彼女は、
今は何も言わず、
ただ真剣な眼差しでフロントガラスを見つめている。
確か、施設の誰かが、俺の前科は神様が与えた試練だとか言ってたな
神が俺に試練を与えた?
なんだよそれ
俺は親に捨てられた上に、前科という試練まで背負わされたのか
俺の試練って一体なんなんだ
なぜ俺にそんなに試練を与えるんだ
ふざけやがって
俺は、神なんか信じない
信じるのは、ただ自分だけだ




