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エピソード13

 「調査結果です」

 

差し出されたA4サイズの茶色の封筒を、俺は受け取った。


年が明けた1月中旬。

紹介を受けた探偵と、とある駅近商店街の喫茶店にいた。

店内は昭和レトロで、BGMにはフォークソングが流れている。

正月明けから調査依頼したにも関わらず、この期間で終了するとは流石としか言いようがない。


 「ここで見ても?」

 

 「それは、やめた方がよろしいかと」

 

 「わかりました」

 

 「調査費用の明細も入れてありますので、残金の振込をお願いします」

 

 「明日振り込みますよ」

 

 「了解しました」

 

 「じゃ、これで」

 

俺は半分も飲んでいないコーヒーをそのままに、封筒をカバンに入れ、テーブルの会計伝票を握った。


 「ひとつ言い忘れてました」

 

 「なんですか?」

 

 「あなたが調査依頼された女性、あなたの調査を私に依頼した人と同じ女性ですよ」

 

 「えっ、」

 

 「これはきっと、何かの巡り合わせですね」

 


  - 探偵さんにお金を払って、あなたのこと調べましたの。綾部京一郎様 -


 

 「・・・そう、だったんですね」

 

 「一度しかあの女性には会ってないですが、貴賓と清楚に溢れたとても美しい方でした」

 

 「・・・」

 

 「あなたのことを語る彼女の瞳は、あなたを心から愛していた。私はそう感じました」

 

立ち上がって軽く会釈をし、レジに向かおうとした俺の腕を探偵は掴んだ。


 「防犯カメラの映像も入手しましたが、見るに堪えないものでしたよ」

 

探偵は、握る手にチカラをこめた。


 「なので、あえて画像は入れてません。それが、あなたのためだと思いましてね」


骨まで握り潰すような探偵の手を、俺は無理やり跳ね除けた。


 「もし画像がほしくなったら、いつでもおっしゃってください。あなたを死ぬほど殴った後に、お渡ししますよ」

 

 「・・・」

 

俺は、レジに向かった。




マンションに戻って、報告書を読んだ。


あの屋敷を訪れた次の日、彼女はスーツケースとバッグひとつで家を出た。


彼女が向かった先は、俺のマンションだった。

何度呼び出しても応答がないので、コンシェルジュに俺の所在を尋ねていた。

彼らは不在の俺の行先を知らないし、知っていても教えないだろう。

何も聞けなかった彼女は、駅近くのビジネスホテルに宿泊した。

その後2週間の間、毎日俺のマンションを尋ねている。


土曜日には、表通り3丁目のオープンカフェにも来ていた。

朝早くから来て夕方まで同じテーブルに座っていたため、店員が不審に思っていたようだ。


彼女はホテル生活に見切りをつけ、賃貸を借りることにした。

生活費用など諸々の金を、コンビニのATMで降ろしたとき、

すぐ後ろにいた二人組の若い男に、キャッシュカードを盗まれた。


しかし、彼女は警察や銀行に連絡をしなかった。

なぜ連絡をしなかったのか、

探偵は探りを入れたが、結局理由は分からなかったようだ。

手元に残ったのは、ATMで降ろした20万の現金。

カードを盗んだ二人組の男は、その後すぐに彼女の口座から全額引き出していた。


彼女はアパートを借り、身の回りの物を買った。

アパートは俺のマンションからは、遠く離れた場所だ。

築50年の三畳ワンルームで、可能な限り安い物件を探したに違いない。


収入が必要になった彼女は、スーパーのレジ係のバイトとして採用されるが、

初めての社会経験で、戸惑うことの方が多かったと思われる。

担当者から、パワハラまがいの注意を何度も受け、

周囲とのコミュニケーションも上手く出来なかった彼女は、

5日でクビになった。


その後、あらゆる職種で応募するも、どれにも採用されなかったようだ。

そしてある夜、スーパーからの帰り道に公園でひったくりにあった。

彼女は、バッグを取られまいと抵抗したが、

暴行を受け、公園の芝生に倒れ込んでしまう。


犯人はバッグを奪い、そのまま逃走。

彼女は、ここでも警察に連絡をしていない。

現金を全てバッグに入れて持ち歩ていた彼女は、

家賃はおろか食べることも出来なくなり、アパートを追い出された。


吹きすさぶ風や、冷たい雨が降る中、

彼女は、公園のトイレやガードレールの下で震えながら身を潜めた。

道に落ちたものを食べ、時には雨水を飲んでいた。

いつもスマホを握りしめ、俺からの着信を待ち続けた。

彼女の唯一の心の支えは、スマホの壁紙の写真を見ることだった。


やがて、バッテリーが無くなり、スマホは使えなくなった。

日々痛たむ身体と極端な空腹で、彼女は正常な思考が出来なくなった。

そして運命の日、

動かなくなった身体を引きずるようにして、

彼女はあの陸橋へ向かった。



俺には2台のスマホがあった。

1台はクライアントとの連絡用に、常に持ち歩いているものだ。

この番号は、取引先にしか教えていない。

もう1台は、相手をしたくない企業などに伝える番号として持っている。

探偵が彼女に報告した番号は、このもう1台の方だった。


俺は机の引き出しから、もう1台のスマホを取り出し着信履歴を見た。

そこには、彼女からの着信が毎日1回記録され、

12月2日が最後になっていた。


彼女は電話しても出ない俺に、諦めずに電話し続けた。

何度電話しても、折り返しの着信がない。

俺への気持ちが、諦めを通り越して憎しみに変わっても不思議ではない。

こんなふうに自分がボロボロになったのは、全てあの男のせいだと、

俺の事を恨んでも、おかしくないのだ。


だが病院で会った時、彼女は俺を責めなかった。

それどころか、会えてうれしい、と笑顔で言った。


 そう、笑顔で・・・


報告書を持つ手が震えた。

押さえきれない感情が、地の底から湧いてきた。

俺は叫んだ。

泣きながら、大声で叫んだ。

彼女の夢と希望を、悪夢と絶望に変えた張本人は俺だ。


なのに、

なのに、彼女は微笑んだ。

痩せた骸骨のような顔で、微笑んだ。


 あの美しかった彼女が、

 骸骨になったのは俺のせいだ・・・


もうダメだ。

なにもかもダメだ。

そう思った時、

言いようのない不安が、黒い渦のように俺の心に広がった。



 そうか、

 わかった・・・

 俺は、死ぬのが怖いんだ

 

 父親に殺されに行くとか言いながら、

 本当は、死ぬのが怖いんだ

 

 フフフッ、

 

 これは笑える


 彼女を死に追いやったのに、自分が死ぬとなると怖くなる

 知らなかった、

 こんな最低のクズだったんだ、俺は

 

 あのネックレスを売れば、金なんていくらでもできるのに

 親に電話すれば助けてもらえるのに

 

 彼女は、それをしなかった・・・

 

 俺との思い出の品を守った

 俺の言葉を最後まで守り抜いた

 

 自分の命を犠牲にしてでも

 

 それに比べて、

 俺は、この期に及んで命乞いか!

 

 笑える

 これは、笑わずにいられない

 笑い過ぎて、

 涙が落ちた

 

 俺は情けない

 俺は惨めで、最低の男だ

 彼女と結婚できる資格なんて、俺には最初から無かったんだ

 

 

 嫌になってきた

 もの凄く自分が嫌になってきた

 生きることもできない

 死ぬこともできない・・・


 誰か!

 俺を助けてくれ・・・


 何でもする!

 何でも払う!

 もう、全てを犠牲にしてもいい!


 頼む・・・頼むよ・・・


 誰か・・・


 ・・・こんな・・・惨めな俺を

 

 ・・・救って・・・くれ・・・ないか・・・・・・







 「その絵、お好きなんですか?」

 

 はっ!

 

 「もう20分もじっとその絵の前から動いてないですけど、どこかお身体の具合でもお悪いのですか?」

 

 えっ、・・・そっ、その声は!

 

俺の後ろから声をかけた女性は、

紛れもなく、彼女だった。

 

 ・・・これは一体・・・じゃ、ここは、あの美術館・・・なのか?・・・

 

 「大丈夫ですか?」

 

 あっ、あれ・・・声が出ない・・・なぜだ・・・

 

俺はうろたえたが、彼女に向けてゆっくり頷いた。


 「大丈夫、ですね」

 

彼女は俺に向けて、優しく微笑んだ。


 「では、無理なさらずに。お身体お気をつけくださいね」

 

 あっ、ちょっと、ちょっと待ってくれ!


彼女は、別の部屋に行った。


 ・・・時間が戻ったのか?・・・でも、なぜ声が出ない・・・

 

 なぜだ、彼女を追いかけたいのに、足が動かない・・・


 ドックン

 

 うぐっ、

 

俺は、急に胸が締め付けられるような強いショックを受けた。

思わず手を胸にあてる。


 ・・・どっ、どうしたんだ・・・

 

胸の痛みは、どんどん強くなっていく。

まるで、心臓を誰かに強く握られているようだ。


 うっ、ぐっ・・・

 

俺は、その場に倒れた。

近くにいた警備員が、すぐ駆け寄ってきた。


 「大丈夫ですか!おじいさん!」

 

 おっ、おじいさん・・・

 俺のことか?

 

駆け寄った警備員のポケットから、スマホが落ちた。

その黒い画面に映った俺の顔は、

老人そのものだった。


 これが・・・おっ、俺・・・なのか・・・

 

ハゲた頭で髪がほとんどなく、痩せた顔は皮膚が垂れ下がり、シワとシミだらけになっていた。


 「誰か、救急車を!」

 



 そうか・・・

 俺の願いを、聞いてくれたんだな・・・

 

 彼女は生きてる

 あの笑顔を、俺はまた見ることができた

 

 よかった、

 本当によかった

 

 これでいい、

 

 そう、これでいいんだ

 

 ありが・・・とう・・・

 

 

 神・・・さ・・・ま・・・・・・

 

俺の鼓動は、停止した。





美術館出口の売店で、パンフレットを見ている彼女のスマホが振動した。

 

 「麗子、あなた今どこにいるの?」

 

 「美術館ですわ。気晴らしになるかなって思いましたの」

 

 「救急車のサイレンが聞こえますけど、何かあったの?」

 

 「さあー、私くしは存じ上げません」

 

 「お電話したのは、またお見合いのお話しをもらってきましてね、」

 

 「あらっ、そうなんですね」

 

 「今回のお見合いですけど、あなたいい加減に」

 

 「お母様、」

 

 「なんですの、まだお話しの途中よ」

 

 「この美術館に来て、何故だか分かりませんけど、吹っ切れましたわ」

 

 「えっ?」

 

 「私くし、今度のお見合いで結婚いたします」

 

 「お相手の方も知らないのに、そんな事言って」

 

 「大丈夫ですわ、お母様」

 

 「何が大丈夫なの?」

 

 「私くしの運命の人は、もういない気がします」

 

 

 - 完 -

 

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