は?
Fillsrraeteは眠りについた。
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「そこのあなた、聞こえますか?」
まずい。私、寝てた?
今どこ?終点?終点じゃないと声かけられないか。もう電車無いから……ホテル、野宿、それとも歩く?
とりあえず起きないと……
立花風音は目覚めた。
目を開けると、そこは電車の中ではなかった。
(講義室?大学は2...いや3年前に卒業したはず……)
講義室のような部屋には、多くの人がいた。
数十名の青年と、1人の中年。その中年は青年たちに何かを教えている。
「デ、アルからして、一次元の式を二次元にすることで...」
そのけだるげな表情を浮かべた中年男性はどうやら教師らしい。
つまり、これは授業。ここは教室。それは分かった。
しかし、さっき私を起こした声とは違う。
しかも、私はついさっきまで電車の中にいたのだ。明らかにおかしい。
なんでこうなったのか?
「ジュウジンのくせに居眠りとか......」
ふとこんな声が聞こえた。
居眠りをしていたのは私だ。しかし、私のボキャブラリーにある「ジュウジン」は「獣人」しかない。他に居眠りをしていた人がいたのだろうか。それとも他にジュウジンという単語があるのだろうか。
そのジュウジンが獣人なのだとしたら、一目見てみたいものだ。私も小さい頃はそういうのに憧れていて、他の女の子と趣味が合わないから、男の子の集団に混ざって枝を杖にして魔法使いごっこをしていた。
......昔話をしていると少しむずがゆいので、大人しく講義を聞くことにした。
「範囲魔術は面積効率が悪いので、よほどの物好きしか使いません。デ、アルからして、皆さんにおすすめはしません。そして空間魔術は、扱うために必要なコストがかかりすぎます。まず、三次元式が刻めるほど大きな珠を用意しますが、空間魔術は膨大な魔力を必要とするので、特級精霊核でもない限り、魔力変換効率のいいトパーズ以上の希少鉱石でないと発動できません。そして、そんな特大希少鉱石を扱える準一級刻術師がいてやっと魔術核が完成するのです。しかし、その国宝級の魔術核を扱える者はそうそういません。おそらく一級魔導師でやっとでしょう。デ、アルからして、あなたたちにはあまり関係がありません。皆さんが刻式するのは、ほとんどが一次元式、つまり一般魔術になるでしょう。しかし、範囲魔術には一つ有用なものがあります。それは防壁魔術です。これは透明な壁を発生させることで様々な攻撃から身を守ることができ......」
話はとても長かった。
しかし、いくつか気になる言葉が聞こえた。
魔術、精霊、魔力、魔導師。それは私が子供の頃憧れていたものだ。そんなものはないと、とうの昔に思い知ったはずだ。それが、実在するのだろうか。それか、本格的な魔術学校ごっこでもしているのだろうか。そうならば、すぐに逃げなければいけない。そんなことをしている人は、きっとよくわからないクスリを売りつけてくるか、よくわからない聖書や水晶を売りつけてくるに違いない。
けれど、こう思ってしまった。
――魔法があるのだろうか。
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授業はとても長く感じられた。時計の針がいつもの半分の速さで動いているような、学生時代のあの感覚を思い出した。しかし、魔術の講義は心が躍った。幼いころに妄想したファンタジーの話を目の前でしているのだ。
これで授業は終わりらしく、生徒たちがぞろぞろと席を立つ。私もそのあとに続いた。
教室から出て廊下を歩いた。この建物は少し小高い丘のような場所に建っているらしく、廊下の反対側の窓の外には、町と川、それに平原が見えた。
ここはどこなのだろうか。少なくとも日本にはこんな町はないはずだ。まるでヨーロッパのようなその町は、美しく、しかし,少し寂しくも感じる。
ある一帯では工場の煙が立ち込め、ある一帯はレンガの家が立ち並んでいる。しかし、何かが足りない。それが寂しさの原因だろう。それは分かっているのに、何が足りないのかが分からない。それがとてももどかしい。
暫くの間、大多数が進んでいる方向になんとなく進んでいると、白に近い灰色の髪をした少女が近づいてくるのが見えた。
その小学生ほどの背丈の少女は、その若緑色の目で私の目をしっかりと見据えながら言った。
「フィルスレーテ様、これで懲りましたか?」
分からない。フィルスレーテも、目の前の少女も、聞いたことも見たこともない。
私は本心からこう言った。
「どちら様でしょうか?」
「は?」
それは私のセリフだろう。きっと、私は今世界一展開に追い付いていない人間に違いない。
「申し訳ございません。どちら様でしょうか?」
「......少しお時間を頂いても?」
なぜ話しかけてきた側がそれを言うのだろう。
「……わたくしはメルストーレと申します。どうぞメルとお呼びください」
「ありがとうございます。私は立花風音と申します。ところで、フィルスラーテ様、という方はどなたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました」
少女――メルは暫し考えた後、自己紹介をした。しかし、なんとか両方の情報を獲得することが出来そうだ。ここに来てから、わからないことしか起きていないのだ。何でもいいから情報が欲しい。情報がないと、何をした方がいいのか分からない。
しかし、彼女が口にしたのは情報ではなかった。
「先に、あなた様の状況を教えていただけますか?それと、敬語は止めていただけますか?」
メルは、それだと気持ち悪い、と口走った。
「?......分かった」
何か敬語だと悪いことがあるのだろうか。それも気になるが、まずは状況を確認しなければ。お互いに知ることは悪いことではない。
「私は会社の帰りに電車に乗って寝ていたら、何時の間にか講義室のような場所にいて、授業を受けていた。その授業が終わって廊下を歩いていると、あなた、メルが話しかけてきた」
「......?」
分かっていなさそうだ。それも当たり前のことだろう。なにせ、自分でも何が起きたのかが分からないのだから。
「すみません、私にも分からないことだらけで......」
「いえ、一つ、見当がつきました。こちらに来てから、自分の姿を見たことがありますか?」
そういえば、ないかもしれない。しかし、自分の姿なんて見ても変わらないだろう。
私はそう思いながら窓の方を向き、見慣れた顔を見ようとした。
そこには淡い灰色の髪の少女が立っていた。背は普段よりも幾ばくか低く、しかしメルよりは高い。セレストブルーの目にはクマ一つ無く、きらきらと輝いていた。その少女の頭には猫耳がついていて、意識を向けるとしっかりとそこに在ることが分かる。
つまり、これは私なのだ。これが今の私の姿なのだ。
「フィルスレーテ様は、その身体に収まるべき魂を持つお方、その身体の持ち主のことです」
「は?」
私の魂はフィルスレーテの身体の中に誤って収まってしまったのだ。
そのことを理解するのに私は数分を要した。
ちらと見えた時計の一番上には、『XXIV 』と書かれていた。
時計は一日に一回転していた。
だからか。




