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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
8/15

竜胆澪音①

信念のある悪役が大好きです。

 九條澪音は遥か格上の魔女。そんなことは嫌というほど理解していた。

 魔力量、魔法の操作技術、魔に関する知識。基礎的な能力は全て高い。

 瑠愛、理愛、緋真。三人はそれぞれの得意分野でほとんど負けている。

 ただ、ここまで一方的な展開になるとは予想していなかった。


「ほらほら、どうしたの?逃げてるだけじゃ私に勝つなんて夢のまた夢よ」

 圧縮された水の砲弾。ミサイルのような攻撃が雨のように大量に放たれる。

 一発一発が防御なんて軽く貫いて腹に大穴を開ける威力。そんなふざけた火力の技が必殺技でも何でもない。

 その証拠に澪音には余裕がある。窮鼠の反撃を期待して笑みすら浮かべている。


「ご主人様、こちらへ」

 理愛が前面に空気を固めた防御を繰り出す。そこへ瑠愛が転がるように滑り込む。

 そのまま二人は立ち止まった。その体勢でやり過ごすつもりのようだ。

 

「それは悪手でしょ」

 澪音は水を集めてひと際大きい弾丸を作る。そして、狙いを定めて放った。

 水の弾丸は爆発したように大きな音をたてる。二人を貫通して背後のビルに大穴を開けた。

 物理魔術の防御は障子紙のようにあっさりと破られた。

 

「あなたの防御、物理魔術でしょ?物理魔法に勝てるわけないわよ」

「ええ、そうですね」

 あらぬ方向から攻撃が飛んでくる。澪音の()()()()()

 それを水の盾で防ぎつつ攻撃の方向を見つめる。そこには黄色い術式を輝かせる理愛が立っていた。


「やっぱり罠ね」

「流石にわざとらし過ぎたようですね」

 同じ属性で魔術は魔法に敵わない。それは魔術師が最初に叩き込まれる常識だ。

 だから澪音には理愛の行動が愚策にしか見えなかった。あまりに愚かすぎて、罠を疑うほどに。


「それで、君はただの陽動でしょ。流石にわかってきたよ」

 背後から急に現れた瑠愛の手を躱す。そして、念を入れて距離を取る澪音。

「さっき私が攻撃したのは偽物。実体はなかったし催眠も受けていないわね。

 物理での光操作?時間での虚像?」

 

 理愛はその言葉を聞いて内心舌打ちをする。澪音の予想は大正解だ。

 時間魔術で少し過去の自分たちの姿を映すように細工する。そして、自分たちは光学迷彩のような魔術で隠れて不意打ちした。

 どちらも見破ることなど難しい超高等技術。それを一瞬で見破られるなんて思っていなかった。


「さてどうでしょう?空間属性かもしれませんよ?」

「だとしたらあなたは愚か者ね。魔術師が転移なんて使ったら、最低でも三割は魔力が持っていかれるもの」

 かく乱の言葉すら効かない。それほどに魔の造詣が深い。

 魔術師は魔女と違って大技をあまり使えない。そのセオリーを熟知している。

 能力に胡坐をかかない魔女は強い。澪音はその体現者だ。


「認めてあげるわ。あなたには存在する価値がある。

 魔術師は決して正攻法では魔女に敵わないことを理解して、クレバーに立ち回ってる。九條緋真とは大違い」

 澪音は理愛の品評をする。魔術師など馬鹿にしかしないのだが、理愛には価値があった。

 無論魔女と同列には扱わない。しかし、刺身のツマツマくらいの価値はあると思いなおした。


「それはそれは、大変な高評価ですね。嬉しくてたまりませんよ」

 自分の遥か上に置いた上での評価。嬉しいという感情など一切湧かない。

 その気持ちを込めてなるべく平坦に言い放つ。

「そうでしょ。泣いて喜んでいいわよ」

 その皮肉を無視して言葉のみに対応する澪音。半ば無意識で煽り続ける。


「さて、そろそろ終わりにしましょうか。遊び相手なら基地でいくらでもしてあげるわ。水牢」

 澪音は手を上げる。それと同時に、瑠愛たちを大量の水が大きく包み込みドーム状になる。

 瑠愛たちは完全に閉じ込められてしまった。中の空間も水で埋め尽くされる。

「そこから逃げ出したいなら、水を貫く威力か空間属性がいるわよ。頑張りなさい」

 そうしてる間にも水が流れ込んでくる。一分もしないうちに溺れることになるだろう。


「ご主人様、仕方がありません。ここで使います」

「わかった、やって」

 理愛が伸ばした手を瑠愛が強く握る。その瞬間、二人が消えた。

 そして、手をつないだ二人が自分の目の前に現れる。瑠愛の手には紫色の魔力が集中している。


 冷や汗をかきながら攻撃を避ける。そして、水で壁を作った。

 仕方なしに再度距離を取る。また、絶好の機会を失った。

「短距離とはいえ空間転移ができるなんて。あなた、本当に優秀ね」

 理愛は瑠愛と一緒に空間魔術で転移した。そのまま澪音のすぐ前を転移先にして攻撃に繋げた。

 防御と攻撃が一体になった機能的な一撃だ。そのコストパフォーマンスの悪さを考えなければ。


「でも、これであなたは使い物にならないでしょ。魔力なんてほぼない魔術師だのもの」

 澪音の言う通り、理愛には魔力がほとんど残っていない。今の転移で大半を使い果たしてしまった。

 何度か小技を出せるくらいは残っている。しかし、それが終われば立つことすら困難になるだろう。


「さて、もう一回水牢を使えば終わりだけど。そんな大人げないことするのは悪い気がするわね」

 澪音は息も絶え絶えの理愛を見て嗜虐的に微笑む。もうほとんど勝利を確信していた。

 瑠愛は才能があり強いけれど未熟もいいところ。総合力では全く話にならない。

 しかし、それを理愛がその頭脳と高度な技術で補っている。それがこの二人のチームの強みだ。

 その片翼をもいだ。これで脅威は澪音に届かない。

 

「こうしましょうか。今からあなたたちに水刃を放つわ。一本ずつ増やしていくから、頑張って避けてちょうだい」

 澪音が指揮者のように腕を振るう。その指示に従い、背後の水の塊から矢じりのようなものが飛び出す。

 それはそのまま龍のようにとぐろを巻き、瑠愛たちに向かって放たれる。その攻撃はコンクリートを豆腐のように貫く。

 いわゆるウォーターカッターだ。鉄板すら切り裂くような水の刃が、うねりを上げて追ってくる。


「さあ、どんどん増やしていくよ。次は二本目」

 同じ刃が水の塊から伸びる。瑠愛たちの逃げ道を塞ぐように真正面の地面を貫く。

「サービスで二本追加してあげる。嬉しいでしょ?」

 瑠愛たちの逃げ道を前後左右四方向から塞ぐ。これで避けられない。


「それではこうしましょうか」

 瑠愛は理愛を抱えて大きく飛び上がる。そして空気を踏みしめてもう一段ジャンプする。

 空気を固めた疑似的な飛行。それは澪音の狙い通りだ。

「それで魔力を使いきったでしょ。これで終わりよ!」

 今度は空中めがけて水刃を振るう。

 逃げ場のない空中で放たれた超速度の攻撃。澪音に勝利を感じさせるには十分だった。


 直後、理解のできない現象が起こった。再び瑠愛と理愛が消えたのだ。

 魔の知識を持っているからこそ目の前の現象が理解できなかった。

 理愛はもう転移ができるような魔力なんて残っていない。瑠愛は空間属性なんておそらく使えない。

 何が起きたか考える。また偽物でも見せられたのか?

 しかし、先ほど違い過去の行動をなぞっていない。時間魔術で虚像を見せるのは困難だ。


「魔力のない魔術師は何もできない。そう思ってくれますよね」

 背後を振り返る。そこには手を伸ばす瑠愛が迫っていた。

「残念。僕の魔力は理愛の魔力でもあるんだよ」

 澪音の内心の疑問に瑠愛がシンプルに返す。その言葉通り、理愛は瑠愛の膨大な魔力を受け取ることができるのだ。

 通常魔力の授受なんてできないし、できたとしても一瞬では不可能。ただし、元々同じ存在だった瑠愛と理愛は例外だ。

 魔力の質はほぼ一緒であり、接続による拒絶も一切ない。血を分けた双子のようなものだ。


 それは不可思議な現象だ。澪音が戸惑うのも仕方ない。

 しかし、戦闘中に考え事をすべきではなかった。その判断の誤りの報いをうけることになる。

 瑠愛の手が澪音の腕に届く。そしてギュッと掴み、魔法を発動させた。


「ぐあぁ~~~!」

 澪音の中に瑠愛の魔力が流れ込む。水を通して流れてきた時とは段違いの気持ち悪さが広がる。

 人の心に土足で入り込む。カッターの刃でも飲み込んでいるような最悪の気分だ。

 全身の魔力がかき乱される。魔法が使えなくなる。


 澪音の背後に存在していた水が風船のように破裂する。制御を失って形を保てなくなったのだ。

 そのまま濁流が辺りを呑み込む。

「ご主人様、こちらへ」

「わかった」

 瑠愛は理愛が空気中に作った足場へ乗る。二人は洪水のような光景を眺める。


「やりましたね、ご主人様」

「……うん」

 瑠愛は澪音に触れた自分の手を見つめる。そこには澪音の魔力の感触が残っている。

 瑠愛は理愛の言葉を素直に喜べなかった。自身の魔力を流したと同時に自分にも流れてきたものがあったから。

 人を軽く飲み込むような濁流。文字通り血反吐の吐くような厳しい訓練。

 死を望んで毎日泣きながら布団に入る夜。全てをなくし、虚ろな目で過ごした魂魄の魔女との日々。

 それは澪音という人間の記憶。瑠愛たちの予想が甘かったと突きつけるものだった。


「覗いたわね、私の記憶!」

 水をかき分けて澪音が近づいてくる。濡れた髪がべったりとついたその顔は、般若のように歪んでいた。

 魔力の制御ができず弱体化している。それなのに、先ほどよりも恐怖を感じさせた。

 

「覗かせてもらったよ。だからそんなにも魔術師が嫌いなんだね」

「ええ、そうよ。魔術師なんて狂った存在は滅ぶべきなの」

 九條澪音、いや竜胆澪音の人生は魔術師によって狂わされた。魔術師の歪みが彼女という魔女を生み出してしまった。


♦♦♦


 竜胆(りんどう)澪音は人生において二度の地獄を経験した。一つ目は両親の死である。


 澪音が十二歳になるまで、何気ない普通の家庭で暮らしていた。少なくとも澪はそう思っていた。

 首都圏に行くまでは二時間かかるような田舎。父と母と三人。

 恵まれた見た目と人懐っこい性格でクラスメートからは人気があった。裕福とは言えないが漠然と明日は来ると思っていた。

 

 その日、彼女の住む地域は記録的な津波に襲われていた。道路は水で溢れていた。

 竜胆澪音の両親は彼女を連れて車で逃げようとした。それが津波のときのタブーだと知らずに。

 

 車は災害の混雑に巻き込まれて逆に遅くなる。そして、水位が三十センチを越えると車のドアは開かなくなる。

 大抵の日本人は学生時代に教わる基礎的な防災知識。それを世間から隔離されていた二人は知らなかった。

 その結果は非常に残酷。

 家を出てわずか数百メートルの地点。竜胆一家は動かない車の中に閉じ込められた。


「チクショウ、開かない。この、この、この!」

 澪音の父親、竜胆傑は車のドアを開けるために渾身の力を込める。

 押しても叩いても蹴っても車のドアはびくともしない。水圧によって人間の力では開かなくなっているのだ。


「あなた、魔術を使いましょう。それしか脱出する方法はないわ」

 澪音の母親、竜胆美香が声をかける。自ら禁じた忌むべき技術を使うべきだと。

「ふざけるなよ!俺たちは普通に生きていくって決めたんだ!魔術に頼るなんて御免だ!」

 その説得に激怒して暴言を吐く傑。それは許容出来るものではなかった。

 家と魔術師という経歴を捨てて普通の人間としてやってきた。血反吐を吐くような思いで普通の家庭を持つに至った。

 その努力を無に帰すようなことをしたくなかった。


「わかってるわよ、あなたが魔術を嫌悪してることなんて!私だってできればあんなものに頼りたくない!

 でも私たちのわがままで澪音を殺していいの!」

 その言葉を聞いて傑ははっとなる。そして後部座席に座る娘の顔を見る。

「お父さん、怖いよ」

 澪音は今にも泣きそうな目で見ている。二人にとって命より大切な娘だ。


「私たちだけなら死を選んだわ。でも、私たちのエゴに澪音を巻き込んじゃダメでしょ」

 美香は夫の肩に手を置き説得する。その感情が痛いほどに理解できるからこそ、傑は苦しい。

「俺は、俺は……」

「これが最後よ。だから、あなたの力で澪音を助けて」

 二人は顔を見合わせる。そして決断した。


「澪音のシートベルトを外せ。いつ魔術が発動しても大丈夫なよう準備していろ」

 傑は目を閉じて集中を始めた。

 空間魔術『転移』。彼の得意魔術だがもう十年以上使っていない。

 使うには高い集中力が必要だった。それでも何とか死ぬ気で術式を構築する。

 握られた妻の手が震えている。その震えが力を与えてくれる。


 周囲の空間を把握して転移しても問題ない場所を探す。魔術師が個人で発動できる転移は基本短距離だ。

 全盛期ならキロ単位の転移ができただろうが、衰えた今は数百メートルが精々。安全な場所に転移しないとそのまま溺れかねない。

 車のドア越しに聞こえる濁流の音に焦りを感じつつ探し続ける。そしてようやく見つけた。


「転移!」

 失敗することのないように。祈るような気持ちで術式を起動させた。

 藍色の輝きが三人を包み込み姿を消し去る。そして、次の瞬間には建物の屋上に立っていた。

 四階建ての少し高いビル。もう既に中に人間は避難したようだ。

 辺りを見回すと周囲に人影はない。幸いにも魔術の行使は見られなかったが、それは逃げ遅れたことの証明でもあった。


「急いで逃げるぞ。山の麓までは強化で跳んでいく。お前も付いて来られるな?」

 傑は澪音を抱きかかえながら黄色い術式を展開する。物理魔術による肉体の運用術だ。

「なんとかやってみせるわ」

 美香は緑色の術式を展開させる。生命魔術による身体強化を自身にかける。

 しかし、その光はちかちかと点滅している。ブランクが澪音の父親以上に効いているのだ。

 その姿に不安を覚える傑。しかし、二人抱えて移動する余裕は流石にない。

 

 そのままビルの天井を跳んで移動する二人。さながらハリウッドのアクション映画だ。

 たった三歩で一つの建物を飛び越え、あっという間に一キロ近い距離を駆け抜けていく。

 避難所となる高台まで三分の二を越えた。そう思ったときだった。


 背後でざぷんと水音が聞こえる。その音を聞いて傑の全身に鳥肌が立つ。

「お父さん、お母さんが!」

 娘の声を聞いてすぐに振り返り、音の聞こえた方を見る。見えたのはただひたすら渦巻く濁った水の流れだけだった。

 すがるように辺りを見回すけど美香の姿はどこにもない。水面から顔を出す暇もなく流されたのだとしか思えなかった。


「ちっ、今すぐに――」

 今すぐに濁流の中に飛び込んで妻を救おうと考える傑。しかし、縁に足を懸けた時点で気づいた。

 それがいかに無謀な行為か。

 渦巻いている水の流れは複雑な上濁っていて底が全く見えない。美香がどこに流されたのか見当もつかない。

 しかも増水は未だ加速し続けている。ここに長居すれば自分たちも危険かもしれない。

「お父さん、お母さんを助けて!」

 それに何より、娘の命がかかっている。ここで傑が助けに行って戻れなかったら、澪音はきっと助からない。


 こうして迷っている間にも状況はどんどん悪くなる。そして傑は決断した。

「行くぞ、澪音!」

 妻を見捨てて高台に逃げる選択を。

「お父さん、どうして?お母さんあの中だよ。助けてよ!」

「うるさい!お前の命の方が大事だ!」

 

 傑は澪音を怒鳴りつけて黙らせる。澪音はそれ以上何も言えなかった。

 優しい父の一度も見たことない怒声に。何より、歯を食いしばって涙を堪える悲痛なその顔に。

 母の死という人生最大級の悲劇。しかし、これは澪音にとって苦痛な人生の序章でしかない。

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