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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
6/15

魔女の魂

 襖で仕切られた静かな和室。控えめな照明の下で、瑠愛と理愛は向かい合って座っていた。

 今二人が訪れているのは地元も名の通った老舗料亭。その道三十年の板前が腕を振るう名店である。

 そんな落ち着いた雰囲気に反して、瑠愛はまるで子供のようだった。

 

「イッカ、イッカ、新鮮なイカ~」

 身体を揺らして上機嫌に歌う瑠愛。理愛は半目でその姿を見ていた。

「本当に……ご主人様は無邪気ですね。明日、重要な選択を迫られているというのに」

 あまりにも呑気な瑠愛に、流石の理愛も愚痴をこぼす。物理的に頭を抱えてしまうのも仕方ない。

 

 瑠愛は数多の命を奪った魔女から勧誘を受けている。明日には返事を返さなければならない。

 にも関わらず、瑠愛は食に心を奪われている。


「何言ってるの、理愛。食べることは大事なことなんだよ」

「食事を必要としないのに、ですか?」

 

 魔女は人間ではない。三大欲求に縛られず、魔力があれば無限に生きられる。

 そして、食事をしなくても魔力は自然界から徐々に取り込めばいい。食事は本来必要ない行為なのだ。


「ただお腹を満たすために食べるんじゃないよ。人間らしい心持でいるために食べるの」

「どういうことでしょう?」

 得意げに語る瑠愛へ、理愛は首を傾げた。直感任せに生きている瑠愛は、時折博識な理愛を超える理論を生み出す。

 

「魔女は魂が歪みやすいの。身体は既に人間じゃないし、人間には過ぎた力を持ってしまうから」

「……多くの魔女を見てきたから言えることですか」

 瑠愛は魂魄属性の適性を持ち、他人の魂魄をその目で見ることができる。長く生きた魔女の魂を多く見てその結論を出したのだ。


「魂が歪んだ後の行く末は二つ。魂を劣化させて消滅するか、化け物になるか」

 魔女に寿命はないが、不死ではない。身体は魔力があれば生き続けるが、魂は劣化すればいずれ死ぬ。

 そしてもう一つの道のりはある意味死より酷い。


「化け物とは具体的に何なのでしょうか?」

「魔女は願いを叶えるために魔女になるでしょ。それがいつしか、願いに捕らわれた化け物になる」

 瑠愛の言葉は感性に頼り切っているから理解が難しい。しかし、理愛はその恐ろしさが想像できた。

「例えば、『家族を生き返らせたい』という願いで魔女になったとしたら……」

 おぞましい展開になりそうな例を挙げる。その答えは予想通りおぞましいものだった。

「ただひたすら似たような死者を生き返らせるマシーンになる、とかかな?」

 理愛はその言葉を聞いて背筋が冷える。それは最早、家族を想った人物と同じ存在と言えるのだろうか?

 そして何より目の前の瑠愛がそうなると想像すると。居ても立っても居られない。

 

「どうしてそのようなことに?」

「魂って歪んでも同じようなことをしようとするの。でも、一番大事なところは失ってるから、似てるだけで意味不明になることが多いかな」

「……魂が体に染みついた魔法を行使する。しかし、動機がないから悪戯に力を振るうだけになる、と?」

「そうそう、多分そんな感じ」

 理愛の言葉を聞いて瑠愛はビシッと指をさす。どうやら、イメージの言語化に成功したようだ。

 

「『創造』とかわかりやすいんじゃない?あいつはただ面白そうだから創造する。それ以外のことは考えてないでしょ」

「それはそうですね。あれは人格破綻者の類ですから」

 無礼極まりない扱いだが、二人とも納得していた。

 『魂魄』と並び称される最強の七魔女『創造』。彼女の精神性は壊れ切っている。

 既存の枠に捕らわれないものを創造するためにだけ生きている。その結果何が起ころうと手を叩いて笑いながら見ているだけだ。

 

「魔女のなれの果ての話は理解しました。ただ、それが食事とどのような関係があるのですか?」

 結局、瑠愛はまだ理愛の質問に答えていない。理愛は全く関連がある話に思えなかった。

 

「魔女の中で一番まともな人って誰だと思う?」

「朔夜さんや琴羽さん、でしょうか?」

 理愛は自身の所属する組織のトップワンツーを挙げる。魔女でありながら裏社会の治安維持に貢献する彼女たちはまともに思えた。

 実際彼女たちは人格者だ。右も左もわからなかった理愛と瑠愛を一人前にしたのも彼女たちである。

「まあ……正解かな。あの二人が例としては一番いいね」

 微妙に歯切れが悪いながらも瑠愛は肯定する。


「あの二人は人間らしい精神性を維持する行為をしていると?」

 理愛はさらに問いかける。自分の『ご主人様』も魔女である以上、関心の強い話題である。

「朝起きて、ご飯を食べて、働いて、適度に休んで、ゆっくり寝る。プライベートでは趣味を楽しんで、たまには旅行にでも行く」

「それが大事なことなのですか?普通の人の生活ではありませんか」

 理愛はその言葉を少し疑ってしまった。あまりに普通過ぎて、魔女という超常の存在の精神を安定させる方法には思えない。


「魔女っていうのはね、放っておいたら願いのためだけに生きる。

 食事も、睡眠も、人間関係も全部捨てて願いを叶えることしか考えなくなって。そうしたら、いつか本当の魔女になる」

「……自分自身の願いに魂を侵され、壊れていくとでもいうのですか」

「そうだね」

 瑠愛の言葉は非常にリアリティがある。数々の魔女の事件の資料を見てきた理愛は、それらが一本の線で繋がるような気がした。

「だからね、『願い』以外のことをするのは大事なことなんだよ。ちゃんと人らしい楽しみを見つけて、日常を楽しむの」

 瑠愛は悪戯っぽく笑う。ただ、理愛はそれを笑うことができなかった。


「ご主人様の人らしい楽しみはお食事だと?」

「そうそう。美味しいもの、目新しいものを食べるのが幸せなの」

 そう言いながら幸せそうな顔をする瑠愛。メニューを写真を見かけして舌なめずりをする。

 その言葉を聞いて、理愛は納得した。確かに、食事は瑠愛の命を長らえさせるために重要な行為であると。


 会話が終わったタイミングで丁度良く足音が聞こえる。お待ちかねの料理が運ばれてきたようだ。

「お待たせしました。イカの活造りでございます」

 襖を開けて女性店員が大きな皿を並べていく。まだ透明なイカが触手をうねらせて新鮮さをアピールしている。

 隣には天ぷらや椀物も置かれている。濃厚な香りが食欲をそそり、瑠愛はもう我慢が利かない。

 

「は~、美味しそうだな~」

 瑠愛は目を輝かせて箸を割る。そしてそのまま好きに食していく。

「心ゆくままに食べてください。それがご主人様の安寧につながるのなら」

 控えめに料理に手をつけながら理愛は呟く。誰よりも大事な『ご主人様』の幸せを祈りながら。


♦♦♦


 一人で七割方の料理を食べた瑠愛。満足そうな笑顔で手を拭いている。

「あ~、満足した。やっぱり、出張先での楽しみは地元料理だよね」

 その地域でしか食べられない限定品。そういったものに瑠愛は目がない。

 

「満足していただけたようでよかったです。本場の豚骨ラーメンを食べたいと言われたときはどうしようかと思いました」

「え~、豚骨ラーメン美味しいじゃん」

 瑠愛は微妙に文句を言う。

 理愛は豚骨ラーメンの店に行こうとした瑠愛を止めて、瑠愛の希望に合いそうな店を探して予約した。我が儘な瑠愛の相手は気苦労が多い。


「今後のことについて話をしないといけないじゃないですか。ラーメン屋なんて明け透けな場所で話をするつもりですか?」

 理愛はさらに呆れる。

 理愛と瑠愛はこれから大事な方針を決めないといけないのだ。敵の提案に乗って『魔女の家』を裏切るかどうか。

 

「いや、別にホテルに戻ってからでも……」

「本当は食事をしながら話すつもりだったんです。一刻の猶予もありませんから」

 九條澪音が与えた時間は二十四時間。もう既に四時間ほど経過しているから、二十時間程度しか残されていない。

 それまでに返事を決めて対応を考えないといけないのだ。

 

「お食事を楽しまれているようだったので、暗い話は後にしたんですが」

「いや、本当ありがとう。流石、理愛」

 あんな話をされた後だから理愛が気を遣ったのだ。その配慮には瑠愛も頭が下がる。


 理愛は切り替えて真面目な顔になる。ここからは冗談抜きだ。

「それで、ご主人様はどうなさるおつもりなのですか?私としては、リスクを踏まえた上で乗ってもいいと思っていますが」

 元々、瑠愛と理愛は『魂魄の魔女』に近づくため魔女の家に所属した。

 その配下から勧誘を受けているのだ。相手の実力からしてかなり高い地位にいるだろうし、理愛は十分なメリットを感じている。

 『魔女の家』からの裏切りの報復や不確定要素を考慮しても。


「正直、あんまり乗り気じゃないんだよね」

「それは朔夜さんや琴羽さんに恩義を感じているからでしょうか?」

 瑠愛の態度を見て理愛は真っ先にそれを考えた。

 何から何まで教えた上で、自分たちに都合がいい立場をくれた。そんな恩人に不義理を働くことを、嫌がっているのではないかと。


「僕がそんないい人に見える?」

「見えます。ご主人様は変わっていますが、周囲のために自己を犠牲にして動く方です」

 瑠愛の問いに理愛が即答する。二人の間には微妙な空気が流れた。

 

 瑠愛は自分を悪人だと思っている。自分の願いのために大量の魂を費やした悪人だと。

 しかし、理愛はそう思っていない。情に流されやすく、優しい人間だと考えている。

「まあ、僕がいい人かどうかは置いておこう。それ以外に理由がある」

 瑠愛は少し照れ臭そうに話題を戻す。それを見て理愛は微笑ましく感じつつ、その感情を胸にしまった。

 

「あの人の魂、意味不明なんだよね。あんな魂は見たことがない」

「ええと、意味不明とはなんでしょう?歪んでいるのとは何か違うのですか?」

 瑠愛は再び頭を悩ませる。見たことない現象に勝手に名前をつけていきなり話題に出すからついて行けないのだ。


「歪んでるのと意味不明は完全に別物だよ。魂は歪んでも僕の知ってるルールで動いてる。

 でもあの人の魂はメチャクチャだった。本当に人間だった存在なのか怪しいくらいに」

 瑠愛はそう強く主張する。理愛はその言葉を聞いて思案を巡らせる。

「それをなるべく具体的に説明できますか?知ってるルールで動いてるという辺りから」

 理愛の理解力が高いのにも限度がある。そもそも、どの本にも書かれていないような理論の話をしているのだから。

 

「んー、人間や魔女の魂魄って言ってしまえば超高度な魔法なんだよね。人によって違う部分があるけど、この範囲からは出ないってのがある」

 瑠愛はそれこそ山のような魂魄を分析した過去がある。そこから人間の魂魄のルールを見つけてしまったのだ。

「人によってDNAの配列が違うけれど、染色体は必ず四十八本。それと似たようなものでしょうか?」

「多分ね」

 理愛という限りなく人間に近い存在を創り出してしまっただげはある。一人で人間の魂魄という神の領域に足を突っ込んでいる。

 

「魂魄の魔女には興味あるんだけど、あの人について行くの心配なんだよね。あんな循環がおかしい魂でまともに思考できてるのかな?」

 瑠愛はその一点を大きく心配している。魂が、精神状態が平常ではない相手に頼っていいのかと。

「どうしてそのようなことになっているのでしょうか?」

「わかんない。ただ、魂に影響を与えるような何かがあったんだろうね」

 瑠愛は机に項垂れる。これ以上はお手上げといった様子だ。

 

 しかし、理愛はそうでない。これまでに得た情報から、一つの推論を導き出した。

「ご主人様、これは仮説なのですが。九條澪音が『魂魄の魔女の傀儡』になっている可能性はありませんか?」

「……あるかも⁉」

 瑠愛は机を叩いて飛び起きる。そして、いろいろと考え始める。

「傀儡ってあのおっさんたちがされてた魔法でしょ。魂魄魔法で人を操るやつ」

 瑠愛は九條澪音と戦う前、魔術師たちと戦っている。彼らは魔法によって操られていたのだ。

「はい。発言からして今日の魔術師たちは九條澪音がやったものでしょう」


――即興の贋物だけど、そんなあっさり解除されるとは思わなかったな――


 九條澪音は確かにそう言っていた。オリジナルを模倣した魔法である可能性が高い。

「どう考えても『魂魄の魔女』のものの方がレベルは高いでしょう。そして、レベルの高いオリジナルならご主人様でも初見では見抜けないかもしれない」

「あの人は『魂魄の魔女』に操られている。だから、あんな変な魂になっている。うん、すごくしっくりくる」

 ピースが一つ一つ繋がっていく。そうとしか考えられなくなる。

 

 そして理愛は仮説を補足する追加がある。

「魂魄の魔女は人間時代から人心掌握に長けていたそうです。飛びぬけて優秀なのに、周囲の魔術師から好かれていたと」

「それと何が関係あるの?」

 瑠愛は少し羨ましいと思っただけだった。自身と違って人づきあいが得意な人間であって。

 

「実際は魔法で操っていたとしたら?男尊女卑の魔術協会で、それだけの人望を集めるなんて不自然でしょう」

「……その可能性あるかもね。最初に起こした事件でも、大量の傀儡が混ざってたのに気づかれていなかったみたいだし」

 魂魄の魔女、九條澄和は自分の功績を称えるパーティーを地獄に変えた。その際、魔術協会の魔術師たちは傀儡になっていた。

 ”魔”の専門家の巣窟で仲間が魔法をかけられていることに誰も気づけなかったのだ。実際、いつから操られていたのかは誰もわからない。

 

「魔女になって起ち上げた組織でも」

「同じことをしている可能性は高いでしょうね」

 瑠愛は理愛と同じ結論にたどり着く。少なくとも、魂魄の魔女はそれができるだけの技量を持っている可能性は高い。

 魔女すらも支配して魔術協会と戦争している。十分にあり得る話だ。

 

「どうしますか、ご主人様?」

「あの人を傀儡から解放したいな。その方が安全だし」

 現状では魂魄の魔女か魔女の家。どちらか一つしか取れない。

 しかし、九條澪音を引き込めたとしたら。魔女の家を裏切らずに情報を得られる。

 瑠愛と理愛は顔を向き合わせて頷き合う。方針はほぼ決まった。

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