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魔女の本懐  作者: 羽国
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地獄のパーティー

 学校からの帰り道。九條緋真は胸に抱えるもやもやとした気持ちの晴らし方で悩んでいた。

 世界を等しく緋色に染め上げる夕日は、能面のような緋真の顔を照らしていた。

 

 もう高校も卒業が近い。進路などすでに固まっていて然るべき時期だ。

 緋真も最終確認が行われた。そのときの言葉が頭から離れない。

 

「お前は魔術協会の中でも期待されている。しっかりと澄和を支えていくんだぞ」

 年の割に爽やかで女子人気の高い緋真の担任。姉の担任もした彼ははにかみながらそう言った。

 誉め言葉のつもりで放った言葉。それが緋真の心に溜まっていた澱を掻き出した。

 

 緋真の進路を語る場で当たり前のように出てくる姉、九條澄和。それをおかしいとすら思わない友人、教師、両親たち。

 周囲の人間は全員魔術の関係者。魔術師としての王道を歩み続ける姉に心酔している者すらいた。

 それを否定する気など毛頭ない。姉が一部の隙も無い完璧超人であると緋真自身よく知っていた。


「私は、あの人の引き立て役じゃない」

 小学校入学前に魔術を使えるようになれば天才と呼ばれる。それを澄和は三歳から行使していた。

 中学生の澄和オリジナルの魔術を生み出したときはプロが舌を巻いた。はっきり言って常軌を逸している。

 その上、容姿端麗で性格もよく親しみやすい。『九條澄和』は人の上に立つために生まれてきたのだと思わせられた。

 

 『九條緋真』も十二分に才のある人間である。加えて、腐らずに努力を積んできた自負もある。

 学校で他を圧倒して、三年間ずっと主席の成績を守り続けてきた。普通に考えれば偉業だ。

 しかし、姉と比べて見劣りするのは否定できない。満点以外の成績を取ったことがなく、教師すら圧倒した澄和は次元が違った。


「誰も、私を評価しない」

 怨嗟のこもった言葉は風が雑草を揺らす音でかき消される。


 無意識の内に姉の姿を背後に見てしまうのも理解できる。ただ、『九條緋真』を純粋に見てほしかった。

 そんな願いはついぞ叶うことなく高校生活が終わる。一年も被らなかったのにこれなら、同じ魔術協会の職員になったらどうなるか。

 考えるだけでも心が淀んでいく。それが誰にも理解されない、緋真の悩みだった。

 

 緋真のちっぽけな悩みはこの日のうちに意味を成さなくなる。緋真にとって最悪の形で。

 自分の内心を誰も理解していないと思う緋真も全く考えなかった。姉が内心何を思っているかなんて。

 


♦♦♦


 大理石の敷き詰められた広い会場。そこでは豪華絢爛なパーティーが催されていた。

 集まる人間も一流の人間ばかり。誰も彼も車や家が買えてしまいそうな装飾品を身に着けている。

 ここにいる人間は例外なく魔術師の上位に立つ者。日本の裏社会で幅を利かせる実力者たちだ。

 

 緋真もその場に立っていた。名前のイメージに合わせて深紅のドレスを身にまとっている。

 長い髪を流したままにして、首元や手首にルビーをあしらったアクセサリーを身に着けて。

 次々に挨拶に来る有力者たちへ、料理を一切口にする暇もなく対応に追われていた。


「来年から魔術協会の術師としてお世話になります」

「緋真ちゃんももう高校卒業か。早いもんだ。ついこの間、澄和ちゃんが卒業したばかりなのに」

 ガハハハという擬音が似合いそうな声で話す五十代の男。緋真が幼いころから魔術協会を支えてきた重鎮である。

 名は阿部和孝。魂魄魔術を操るのに長けた阿部家の当主を担っている。

 第一線を退いた今も、三人の息子を活躍させて自分は評議会の一員を動かす立場にいる。緋真が尊敬する人物の一人だ。

 

 そのような相手と無難に接すること数十分。遂にパーティーの本番が始まる。

 会場が一気に暗くなり、中央にスポットライトが当てられる。そこには誰もが目を奪われる美女が立っていた。

 金銭を惜しみなく注ぎ込んだ会場の品々。そのどれよりも輝いている。

 

 薄いブルーの透明感のあるドレス。サファイアを中心に宝石をふんだんに使った装飾品。

 しかし、全て彼女の美貌を磨くためのもの。九條澄和こそが一番の素材であった。

 

 神に愛された造形。そう評するのに相応しい容姿をしている。

 長い髪は絹のようにさらさらとしていて、滑らかな感触を想起させる。整い過ぎた目鼻立ちは嫉妬を通り越して、崇拝の感情を抱かせる。

 穏やかに微笑むことで男女を問わず魅了する。それが九條澄和であった。


 静かな会場内で澄和が一歩前に出る。それだけで会場中から息を呑む音か聞こえる。


「皆様。本日はわたくし、九條澄和のためにご足労いただき誠にありがとうございます」


 澄和が口を開いたその瞬間。半分ほどがうっとりとした顔をした。


「今日という日が迎えられたことを光栄に思います。わたくし、九條澄和はこれからも研鑽を重ね……」

 その鈴の音のような声色。聞いていて心地の良くなる間の取り方。

 礼を欠かさず、過度に自信を卑下しない言葉選び。完璧としか言えないスピーチだ。

 

 そもそも、此度のパーティーは澄和の功績のねぎらうためのもの。強大な魔女を打ち倒した最大の功労者が澄和なのだ。

 彼女はこのパーティーで評議会に迎え入れられる。二十代の女性が魔術協会の意思決定機関に名を連ねるなど前代未聞のこと。

 

 これは九條澄和の新たな門出のための挨拶。魔術界全体が無視できない。

 緋真はその場において複雑な感情を抱いていた。醜い嫉妬に駆られるほど愚かではなく、姉は特別だからと割り切れるほど大人でもなかったから。

 そもそも、魔術協会では男尊女卑の空気感が蔓延している。魔女と同じ女性というだけで、悪い印象が持たれているのだ。

 次世代の魔術師を生み出すための道具として見ている男も少なくない。その中でこれだけの成果を挙げ、出世したことは誇るべきこと。

 緋真自身、いずれあのようになりたいと思っている。同時に、無理難題であることも承知している。


 憧れはある。そこに向かうための努力も欠かさない。

 ただ、到達点が遠すぎる。歩いて地球一周しようとするくらい、無謀なことだと緋真自身が思ってしまった。

 諦めに心が傾いている。そんな瞬間に景色が激変した。


「ええ、本当にうれしく思います。魔術師を一網打尽にすることができて」

 スピーチの中に急に挟まった不自然な言葉。それに群衆はわずかながら動揺が走った。

 聞き間違いじゃないか。何かしらの慣用句なのではないか。

 そのような弁護を考えていた人たちは裏切られる。

 

「やりなさい、傀儡たち」

 澄和の口からマイク越しに放たれた命令。それは会場内に紛れていた傀儡たちの耳に届く。

 次の瞬間、暗い会場のあちこちで七色の魔術光が輝いた。同時に、あちこちで嫌な音が響く。

 それは一様な音ではない。誰かの叫び声や何かを切り刻むような音、衝撃音など様々だ。


「いったい何?」

 状況を呑み込めない緋真。かすかな明かりや音を頼りに状況を把握しようとする。

「あつっ!いったい何よ!」

 そこで熱湯が頬にかかった。その正体を確かめるために自身の頬に指を当てて感触を確かめる。

 ぬるぬるとした感触。その手触りから、見知った嫌な予感がした。

「これ……血?」

 ぬるぬると嫌な感触のする指を見ると、赤黒い血液がべったりとついていた。魔術師を志してきた緋真にとって縁遠いものではない。

 

 ただ、状況がおかしかった。血が飛んできた方向には一緒にスピーチを聞いていた父親が立っていたはずである。

「お父さん、血が……」

 そんなわけはない。近接魔術戦闘では最強と言われた父が後れを取るはずない。

 

 急に暗かった会場に明かりが戻った。これで状況がよくわかるようになる。

 そう思いながら横を見る。この状況で警戒態勢に入っている姿を期待しながら。

 

「お、おお……」

 しかし現実はあまりにあっけない。そこには自身の刀で喉を貫いた父場立っていた。

 目をぎょろぎょろとさせながら痙攣するように震えている。その揺れによって、血飛沫が飛び散っている。

 スプラッタ映画が裸足で逃げ出すようなおぞましい光景であった。

 

「ひっ」

 緋真はあまりの事態に腰を抜かしてしまう。

 血みどろの世界に生きる魔術師といえど、緋真はまだひよっこですらない。いきなり父親のショッキングな自死の光景は、耐えられるものではなかった。

 父親の足の力が急に抜け、緋真の方に倒れこんでくる。そして、覆いかぶさるような形になった。

「おとう……さん?」

 歯がガチガチと震えて声も出ない。父親の状態を確認するどころか動くことすらできない。


 しかし、悲劇はこの程度では終わらない。同じような出来事が会場中のあちこちで起きていた。

 先ほどの不快な音は魔術による攻撃の音だったのだ。阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

 誰もが悲鳴を上げ、逃げ惑う――そこまで無様ではなかった。冷静に対処できる人間も大勢いたのだ。


「うろたえるな!貴様ら魔術師だろうが!冷静に状況を確認しろ!」

 緋真に挨拶をしていた阿部。戦闘経験を積んでいる彼は、一喝して混乱の最中にある魔術師たちを立ち直らせた。

 その声は緋真にも届いた。自分も魔術師であるという自負が思考を取り戻してくれた。

 到底、平常心とは言えない。ただ、お荷物にならない程度の思考はできる。


「落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて。とりあえず深呼吸」

 父親の亡骸を横に寝かせながら、何度も息を吐く。一分も経つ頃には立ち上がれるくらいになっていた。

 そして辺りを見回す。間違いなく、魔術師同士が争っていた。

 それも、魔術協会外部の魔術師ではない。魔術協会所属の術師が攻撃しているのだ。

 攻撃している中には緋真がよく知っている人もいる。明らかに何かがおかしいとしか思えない。


「もしかして、操られてる?」

 自分の良く知っている人たちがテロ行為をしている。その事態で真っ先に思い浮かぶ原因は魂魄属性。

 人の魂に干渉するその力なら、このような事態を起こし得る。そう思った。

 動揺を抑え込みながら考えたにしては、早すぎる答えへの到達。それを褒め称えるものが現れる。


「さっすが緋真ちゃん。よくわかったね」

 会場の中心にいたはずの澄和がいつの間にか真正面に立っていた。この会場の中で唯一笑いながら。

 家族、というより緋真にだけ見せる話し方をする。そのいつも通りが、この会場では異質であった。

「ね、姉さん!助けて、お父さんが!」

 まだ混乱が抜けきらない緋真は澄和に助けを求める。こんな状態の父親だが、あの姉なら助けてくれるのではないかと一縷の望みをかけて。

 誰が手にかけたのかも考えずに。


「うん、知ってるよ。だって私が殺したんだから」

「……何を、言って……」

 その言葉を脳が拒んでいた。真実が正気を捨て過ぎて、理解できるものではなかった。

「私がお父さんを操って自殺させたの。流石にお父さんがいたら被害を減らされたかもしれないから」

 九條澄和の美しく整った顔。それが今は悪魔のように歪んでいた。


 たっぷりと時間をかけて言葉を咀嚼する。感情がついていかないが、何とか事実を認識することだけはできた。

「姉さんが……父さんを殺したの?」

「そうだよ」

 変わらないきれいな笑顔で返す澄和。

「この会場で起こっていること全部……姉さんが?」

「予め、この会場に呼ばれる人を適当に選んで傀儡にしておいたの。準備するのと~っても大変だったんだよ」

 まるでサプライズでも成功したかのように自身のテロ計画を話す澄和。その壊れた人間性も信じられない。


「最後にもう一つだけ聞かせて」

「な~に、緋真ちゃん?」

 幼児にでも話しかけるような澄和の態度。それがいつも気に入らなかったが、今はそんなことどうでもいい。

 それよりおかしなものがあった。それは澄和から感じる魔力。

 

「姉さん、魔力が増えてない?」

 魔力感知に意識を割かなくても感じる異常な魔力。肌がひりつくような感覚がとまらない。

 甘く見積もっても今までの十倍以上。魔術師としてはあり得ない魔力だ。

「当り前じゃない。私、魔女になったんだから」

 澄和は悪戯が成功したかのように微笑んだ。

 その瞬間、緋真は理解した。姉は人間を捨てたのだと。


「澄和!お前、禁忌に手を出したのか!」

 背後から襲い掛かる阿部。拳に紫色の術式を輝かせて殴りつけようとする。

 この惨劇の下手人を葬るため、彼は不意を打つ。

 阿部家直伝の魔術、『魂葬』。それは人間の魂魄という最高峰の術式に穴を開けるものだ。

 これをまともに食らうと、しばらく魔力を練れなくなる。やがて、何度も食らい続けると魂魄の崩壊につながる恐ろしい魔術。

 阿部が近接戦で最も信頼を置く技だけあって使い勝手がよく、魔女相手にも効果も高い。ただ、相手が悪すぎた。


「阿部のおじさま。こんなもの私には効きませんよ」

 澄和の取った対応はシンプル。ただ殴りつける拳を受け止めただけ。

 それなのに、澄香は痛痒にも感じていない。魔術の効果が発揮されたように見えない。


「魔術は同じ属性の魔法に絶対勝てない。ただの基本じゃないですか」

「ちっ」

 舌打ちをしながら拳を引っ込めようとする。

 阿部も武闘派だった魔術師。状況を理解できないほど愚鈍なわけではない。

 ただ、得意の十八番と相手の相性が悪すぎた。その不運が勝負を呆気ないものに変えてしまった。


「傀儡」

 引っ込めようとした阿部の拳をそのまま包み込む。次の瞬間には紫色の魔力光が輝いた。

 阿部のものがイミテーションに見えるほど純度の高い紫。それが阿部の身体を侵食した。

 拳から侵入した魔力は五秒もしないうちに阿部の全身に回った。まるで毒のように。


「あ、あ、ああ」

 澄和が拳を解放したが、阿部に殴りかかろうという気概はもうない。むしろ、頭を垂れて平伏している。

「素敵ですよ、おじさま。それじゃあ、いっぱい殺してきてください」

 その声を聞いた阿部はこくりと頷いて乱戦の最中へ突っ込んでいった。死を恐れぬゾンビのように。


「姉さん、あなた何を……」

「ん?あれは傀儡。私が魔女になって使えるようになった魔法だよ。誰でも簡単に支配できるの。素敵でしょ?」

 唇に指をあてて笑う澄和。それは最早人間のものではなかった。

 悪魔と契約し、己の欲望のために世界に混沌をもたらす。正に魔女の所業だ。

「前から大嫌いだったの。弱いのに傲慢な魔術師も、腐敗しきった魔術協会も、そんな場所にいる自分自身も」

 澄和は瞳を濁らせながら語る。緋真にはその感情が万分の一も理解できなかった。


「姉さん、あなたはしてはいけないことをした。そんなこと許されるわけがない」

 震える足を押さえつけながら立ち上がる。実力差はわかっているけれど、ここで動かなければ魔術師でなはない。

 鋭い目でにらみつける緋真。澄和はどういう心情か、笑みを深めて何かを投げた。

 反射的に受け取った緋真はその正体を確かめて驚愕する。

「これは『九天』⁉」

 それは九條家に代々伝わる家宝。代々九條家当主の魔力がこめられたそれは、時期後継者の澄和が所持していた。

 緋真がどうしても欲しかった刀。それをお下がりのように放り投げられた。

 

「緋真ちゃんにあげるよ。私はもうそれ使う気ないから」

 その言葉を聞いて改めて実感させられる。姉はもう、魔術師ではないのだと。

 戸惑いながらも鞘から刀を抜く。そこには光沢を放つ刃が収められていた。

 何より柄を通して自身に流れてくる膨大な魔力。持ち主を更なる高みへ連れていく至高の逸品だ。


 敵から塩どころか刀を送られた。最早介護されてるに近い。

 敵として認識されていない。嫌でも感じてしまう。

 それでも……


「魔女を殺す。それが魔術師の使命よ」

 子供のころから耳にタコができるほど聞かされた教え。その意味がようやく実感できた。

 魔女は人類に災厄をもたらす害悪。殺さないといずれ世界を滅ぼしかねない。

 そう教えてきた先人たちは正しかった。こんな化け物が生まれてしまったのだから。


「焔!」

 刀に込められるだけの魔力を流し込み、爆炎をまとわせる。緋真の一番得意な魔術だ。

 九天の力を借りたそれは、金属すら容易く溶かす刃となる。その刃を実の姉に向けた。

 身体のひねりを使った無駄のない突き。音を置き去りする緋真の研鑽の賜物だ。

 しかしながら、その刃は容易く手刀で払われた。


「は?」

 緋真は信じられなかった。家宝の刀が手刀で払われたのもそうだが、何より澄和の手に術式が描かれていたことが。

 それはつまり、澄香が使ったのは魔法でなく魔術だということ。わざわざ魔法という圧倒的な勝負のできる武器を捨て、自分と同じ武器で戦ったのだ。

 しかもこちらは下駄を履かされている。純粋な技量の差で惨敗していた。


「弱い。いくら何でも弱すぎるよ、緋真ちゃん。こんなんじゃ傀儡に加える価値もない」

 舞台女優のように頭を抱える澄和。彼女は妹の弱さを憐れんでいた。

「だ・か・ら、せめてもうちょっと強くなってから挑みに来てね。待ってるよ」

「ふざ……けないで」

 追おうとしたが、緋真は目で追うことすらできなかった。それほどまでに実力の溝が広がっていた。


 あとに残されたのは地獄のパーティー会場。魔術師同士が血みどろになって戦い、終息には丸一日以上費やされた。

 その中でもかなりの厄介さを見せた阿部和孝評議会議員。彼の参戦で三十人以上犠牲者が増えたと予想されている。

 この事件は今も魔術協会最悪の事件として語られ続ける。九條緋真が魔女を嫌う理由である。


 この数年後、九條澄和は最強の魔女の力を得る。『魂魄』を継承した彼女は歴史ある魔術協会を潰すことを宣言した。


♦♦♦


 緋真は目を開けて飛び起きる。嫌な動悸が止まらない。

「あれは……夢?」

 久方ぶりに見る悪夢。もう何年も前の話なのに、あれだけ鮮明に思い出せる。

 服を触ってみると下着や首元が汗で濡れている。寝汗とは違うものだろう。


「九條さん、起きた?」

 声のする方に目を向ける。そこには心配そうにこちらを見る瑠愛が座っていた。

「何なの?」

 思わず顔をしかめてしまう。瑠愛も自身の欲望のために大勢犠牲にした魔女だと知っているから。


「ずいぶんな口の利き方ですね、九條さん。そのままアスファルトの上に転がしておいた方がよかったでしょうか?」

 部屋の奥から毒舌を披露したのは理愛だ。

「アスファルト?……あ」

 理愛の言葉が少し前の敗北を思い出させる。再び魔女に手も足も出なかった苦い記憶を。


「あいつは……どうなったの?」

 理愛は瑠愛にアイコンタクトで確認を取る。瑠愛に目線で頼まれ、理愛は状況を説明した。

 現れた魔女、九條澪音に完全敗北したこと。瑠愛が興味を持たれて、スカウトされたこと。

 一日の猶予が与えられたこと。捕らえた魔術協会の男たちは眠らせて確保したこと。


「それで、あんたたちは敵になびいてるってこと?」

 緋真は怒りに身を震わせながら追及する。あのような危険な魔女に迎合するなど言語道断だ。

「だったらどうしろと?むざむざ殺されていればよかったのですか?」

「…………」

 理愛の言葉に緋真は黙り込む。一番に特攻して捕らえられ、お荷物になっていたのは緋真だ。

 何の役にも立っていなかった。一矢報いた二人と違って。


「ここ、ホテルの部屋?」

「そうだよ、僕たちの部屋」

「自分の部屋に行くわ。明日の朝九時、フロント前に集合で」

 一方的に言い放って、緋真は部屋を出て行った。

「なんなんでしょう、あの女?」

「まあ、疲れた状態で話してもダメなのはそうだし。僕たちも今日は身体を休めようか」

 理愛は渋々ながら瑠愛の提案を受け入れた。明日、緋真に文句を言うと誓って。

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