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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
15/15

後継者

 生命の魔女リヴ・リンドベルクによって保護された少女、吉川歩。彼女はリヴからいい子で過ごすよう言われていた。

 彼女はまだ法律で裁かれることもない年齢。大人の話し合いに参加するのは不適切だと判断されたからだ。


 とはいえ、無為に時間を過ごせと言われているわけではない。

 魔女の家の拠点はアリの巣のように多層構造となっている。部屋もバリエーション溢れていて、中には遊び場のようなものまで存在していた。

 彼女が案内された部屋にもマンガやボードゲームなどが備えられている。子供一人を一日飽きさせないことなど容易い――はずであった。


 彼女はそれらの娯楽に一切興味を示さなかった。別のものに対する興味でいっぱいだったから。

 歩は頑張って目に力を入れ、監督者に詰め寄っている。たどたどしくなりながらも必死に。


「瑠愛さん、教えてくだ……さい。リンドベルクさんはどのような方……なのでしょうか?」

 彼女はつい先ほどまで絶体絶命のピンチだった。家族から見放され、大勢の大人に取り囲まれ、もうどうしようもないと自身の運命を諦めていた。

 しかし、救いは現れたのだ。彼女は一人の女性によって救い出された。


 闇の中でも星のように輝く艶やかな銀髪。大勢の魔術師に立ち向かう勇敢な姿。

 そして何より、暴力を振るうことすらなくその場を収めた手腕。歩にとってリヴは紛れもないヒーローであった。

 彼女のことをもっと知りたい。そう思うのは必然とすら言える。


「え~っと、リンドベルクさんは生命の魔女だよ。最強の七魔女の一人」

 一方、監督役を任せられたのはショートカットのボーイッシュな服装をした女性、宵宮瑠愛。彼女は自分よりも遥かに小さな少女の質問によってピンチに陥っている。

 理由は非常に単純。瑠愛はリヴのことをあまり知らないのだ。


 返しきれない大きな恩を受けている。知らないなどと口が裂けても言えない。

 しかし、会ったのはおよそ一年前に一度きり。彼女の称号や立場という上っ面の言葉しか話せないのだ。


「最強の七魔女って、なんですか?」

 しかし、純朴な歩は瑠愛の言葉に食らいつく。彼女らしくない積極性を発揮して。

「知らないの、最強の七魔女?」

 瑠愛は不思議そうに問いかける。

 最強の七魔女は魔に関わる人間なら誰でも知っている。そのレベルの存在だ。

 だからこそ、魔術師の家で育った彼女が知らないのは意外であった。

 

「最強の七魔女は、一番悪い人だって……。お爺ちゃんもお父さんも、言って……ました」

 歩は途切れ途切れになりながらも言葉を紡いでいく。自分の気持ちに形を持たせるように。

「でも、リンドベルクさんがそんな人だなんて、思えま……せん。本当のことを、教えてくだ……さい」

 引っ込み思案な少女が見せた勇気。その気持ちに瑠愛は答えられない。


「最強の七魔女っていうのはね。その、なんて言うか……」

 瑠愛とてものを知らないわけじゃない。しかし、改めて説明しろと言われると難しい。

 内閣総理大臣について理路整然と説明できる日本人がどれほどいようか。そういうことだ。


「申し訳ありません。瑠愛さんはあまり説明が得意ではないので、私が代わりに説明しましょう」

 瑠愛の内心を察してサポートに入る女性がいた。もう一人の監督役、宵宮理愛だ。

 彼女は瑠愛の絶対の忠誠を誓っている。こういうときのため、自分がついているのだと信じて疑わない。


「お願いします、理愛さん」

 真剣な顔で頭をぺこりと下げる歩。その顔を見て理愛は優しい笑顔を浮かべた。

 緋真の前でこそ冷たい顔を見せる理愛。しかし、逆鱗に触れさえしなければ、かなり丁寧な応対を見せる。

 ――少なくとも上っ面は。


「最強の七魔女。それは全ての魔女の頂点に立つ存在。そして、平和を維持する存在でもあります」

 理愛は人差し指を立てながら説明する。まるで生徒に授業をする先生のように。

「平和を維持、ですか?」

 その言葉に歩はコテンと首を傾げた。なかなかぴんと来なかったようだ。


「はい。一番はやり過ぎた魔女に罰を与えることでしょうか」

 理愛はわかりやすいように落とし込みながら説明を続ける。

 

「基本的に魔女はわがままなものです。人を殺したり、物を盗んだり。そういった悪事は、呼吸をするかの如くやります」

 理愛の言葉は嘘や誇張ではない。自分の願いのためならどのような罪だろうと平気で犯す。

 願いのために倫理も常識も捨て去った化け物。それが魔女という存在だ。


「私もいつかそうなりますか?」

 歩はその言葉を聞いて拳を少し握る。彼女自身も魔女であり、そのせいで家を追われてしまった。

 彼女は恐れている。自分がいつか化物になってしまうことを。


「いえ、それはないでしょう。なるとしたら、魔女になった直後です」

「そうなんですか?」

 理愛は歩の言葉をあっさりと否定する。それは歩の気持ちに配慮した言葉ではなく、ただの事実だ。


「魔女は悪魔と契約して願いを叶えます。そして魔女は存在を置換されるのです」

 魔女は悪魔から力を授けられる。人外の力を得ると同時にゼロから作り直される。

 願いを叶えるために存在が最適化される。人体の組成はもちろん、魂の在り方すら。

 それ故に人間とは根本から異なる。


「見たところ、吉川さんはとても人間らしい倫理観を残しています。百パーセント問題ないとは言えませんが、可能性はかなり低いでしょう」

「それは……よかったです」

 歩は胸をなでおろした。人間でいられてうれしいのだろう。

 

「…………」

 その言葉を聞いて口を紡ぐ魔女が約一名。歩が前ばかり見ていたのは幸いだっただろう。


「ですが、吉川さんは例外中の例外でしょう。基本、魔女は意思を持った天災のような存在です」

 理愛は説明を再開する。歩も再び前のめりで説明を聞きなおす。

「無秩序に放り出したら、人間社会は成り立たないでしょう。裏社会だけの秘密にできるわけがありません」

 理愛の言葉通り、魔女は表社会で一切認知されていない。それどころか、魔力の存在や魔術師が裏で支配していることすらも。


「当然、管理者がいるんですよ。他の魔女より強大な力を持ち、粛清することのできる魔女が」

「それが最強の七魔女、ですか?」

 理愛は歩の言葉にうなずく。できの良い生徒を喜ぶように。


「文字通り最強の存在です。魔女が徒党を組んで挑んでも、勝てる可能性はかなり低いでしょう」

 最強の七魔女に選ばれると、他を圧倒する力を手にする。平和を維持するために。

「それが、リンドベルク……さん」

 歩は目を輝かせリヴのことを想う。彼女が自分の期待通りの人間で嬉しかったのだろう。


「七魔女は魔の七属性に一人ずつ存在します。リンドベルクさんは生命の属性を司る生命の魔女。生命の属性に関して、あの方以上の存在はあり得ません」

 破壊、創造、物理、生命、時間、空間、魂魄。七つの属性は魔の基礎であり、真髄でもある。

 七魔女はそのうちどれか一つを司る。その属性に関して誰にも後れを取ることはない。


「強大な力を得る代わり、世界の平和を守る使命を負った存在。それが七魔女です」

「お~」

 理愛が説明を締め上げ、歩は賞賛の拍手を送った。歩の満足のいく説明ができたようだ。

 生徒兼観客の態度に機嫌をよくする理愛。彼女の表情は珍しく本心を覗かせていた。


♦♦♦


 向かい合う二人の強者。時雨朔夜とリヴ・リンドベルク。

 最強の魔女たちの議題はとてつもなく重い。魔女の家の副代表たる琴羽ですら平常ではいられないほど。

 

「君の後継。その意味がどれほどの意味を持つか、言うまでもないね」

 朔夜は口を開いた。口調こそ静かで穏やかだが、少し魔力がざわついている。

 長寿な彼女も落ち着いていられるわけではない。友人の言葉に心が揺れていた。


「ええ、もちろん。私はあの子を次代の担い手に見定めているの。生命の力を継承する魔女として、私はあの子の糧になりたい」

 リヴは紅茶にミルクを加えて少しかきまぜた後、ゆっくりと口に含んだ。

 

「もう未練はないと?」

 朔夜は真剣な顔でリヴの顔を見る。その心根を確かめるように。

「私は願いを叶えた。とおの昔に火は消えてしまったのよ。少しずつ自分がすり減ってるのを感じるわ」

 銀髪の奥に覗く水色の瞳はきれいでとても儚げだ。


「魔女に寿命はない。でも、永遠じゃないのよ。執着を失ったらいずれ消えていくの。あなたと違って」

 リヴは朔夜を見つめ、そのまま視線を隣の琴羽に移す。リヴは同年代の朔夜が元気な理由をよくわかっていた。

「君も新しい目標を見つけたらいいじゃないか。私だって琴羽が――」

 朔夜は友人の歩みを止めぬよう背中を押す。しかし、リヴに走り出す気概はなかった。


「いいのよ。もう十分生きたわ。このまま枯れて、新しい若葉の養分になるのも悪くないと思ってるの」

「リヴ……」

 その顔は非常に晴れやかだった。自分の未来を理解した上で、受け入れて満足している。

 朔夜は伸ばしかけた手を握り、膝の上に置く。下唇を軽く嚙み、言葉を呑み込んだ。

 

 数少ない同輩と呼べる存在。彼女が埋まった土など見たくない。

 しかし、既に何世紀生きたかわからない。彼女の意思を止める権利など、朔夜は持ち合わせていなかった。


「それに、あの子は私より素晴らしい管理者になってくれるわ」

 リヴは嬉しそうに口を開く。まるで、自分の娘か孫について語るように。

「どうして彼女にそこまで入れ込むんだい?確かに生命属性の適性は高いみたいだけど?」

 朔夜の目には不可思議に映る。会って間もない少女へそこまで期待することに。

 

 対応した属性への高い適性がある。これは七魔女になるための最低条件だ。

 それだけでなれるほど裏社会の頂点は甘くない。

 朔夜から見れば、今の彼女は夢を見ているように見える。中学生の少女に期待し過ぎたと。


「魔女の願いが魔女の人生を縛る。あなたもよく知っていることよね?」

 リヴは語り始めた。魔女たちにとっての常識を。

「勿論だとも。魔女は誰もが願いの奴隷だ」

 相棒を望んだ瑠愛の人生は理愛に縛られた。復讐を望んだ澪音の人生は復讐が中心となった。

 魔女の願いはその後の魔女の人生の方向性を決めてしまう。その鎖は死ぬまでほどけない。


「歩ちゃんは何を望んだと思う?」

 リヴは笑った。とてもきれいで、うっとりとした顔を見せながら。

 その顔は朔夜と琴羽を慄かせる。彼女もまた魔女なのだと思い出させた。


「一体何を?」

「歩ちゃんはね……」

 静かにゆっくりと語った。

 歩を育てた歪んだ環境を。そして、そこから生まれてしまった正しくない願いを。

 

 ああ、確かに彼女は素晴らしい管理者となるだろう。それは朔夜と琴羽も共感できた。

 自分をないがしろにしてでも他者を想う彼女の願い。それは管理者となるのに相応しい気性を表す。

 しかし、同情する。これからの長い人生をそのような戯言で縛られる、彼女の人生に。


♦♦♦


 魔術協会の評議会に名を連ねる魔術師の側近、吉良文雄。彼は年功序列が強い魔術協会の中、四十代でそこまで登り詰めた。

 魔術師なら誰もが一目置く存在。そんな彼は執務室でかしずいていた。

 

 部屋の主のために用意された仕事机。その上には書類や仕事道具の代わりにチェス盤が置かれていた。

 そして駒を弄びながら話を聞く女性が座っている。吉良の話を遊び半分で聞きながら。


 彼女の名は九條澄和。最強の七魔女の一人、魂魄の魔女。

 平和を望み、魔術協会を潰そうと企む。非常に活動的な魔女だ。

 

「第二次人造魔術師計画?」

 彼女は吉良の報告を聞いて指を止めた。流石にその言葉を遊び半分で聞くことはできなかった。

 

「はい。澄和様が手にしたサンプルの代わりに、新しいものを作り出そうと計画しております」

 つい先日の事件で配下である澪音が奪った実験体。その次がすでに用意され始めていた。

 

「ふーん。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたんだけど、そこまでだったんだ。流石の私も虚を突かれちゃった」

 澄和は肩を竦めて驚きをアピールする。しかし、その顔は全く笑っていない。

 

「それで、いかがいたしましょうか?」

 吉良は恭しい態度を取りながら、魔術協会の最重要機密を暴露する。魔術協会の怨敵たる魂魄の魔女に対して。

 魔術協会の最高意思決定機関、評議会。澄和の手は魔術協会の根元まで伸びていた。

 彼女の魔法、傀儡は誰にも悟らせず他者を支配する。どこにでも自分の配下を作り出す。最恐最悪の魔法だ。


「そうだね。どうせ徒に資源を消費するだけだから、放置してもいいんだけど」

 魂魄の魔女には先が見えていた。この実験はどう足掻いても成功することがないと。

 人の道から外れているだとか、人権に配慮していないとかそういった問題でない。人の心を捨て去っても届かぬ領域なのだ。


 人工魔術師計画。

 弱い魔力だろうと一つの器にまとめることができれば魔女に対抗できる。そういった非常に単純な発想から生まれた。

 人間の魂をミキサーにかけて無理矢理一つにまとめてしまう。単純なように聞こえるが、異常な繊細さを要する。

 それこそ、魂魄の扱いで右に出る者のいない彼女ですら苦戦するほど。魔女の足元にも及ばない魔術師が成功できる道理がない。


「ただ、これを見逃したら私は嫌われちゃうからね」

 彼女は同じ館に住んでいる配下に思いを馳せる。

 彼女を慕ってついてきた魔女たち。その中には魔術協会へ復讐の炎をたぎらせる者も少なくない。そして、この計画と浅からぬ因縁がある者すら。

 

 放置するのも魔術協会を潰すための一つの戦術。しかし、それより彼女は配下の忠誠を取った。

 人心を掌握して自身への忠誠を強くする。彼女が生まれながらの支配者たる所以である。


「そうだ、どうせなら復讐を手伝ってあげようか」

 魔女たちに囲まれて穏やかに過ごす彼女。娘ほどの少女たちの面倒を見ながら、いつも朗らかに笑っている。

 しかし、その魂を見た澄和はよく知っている。その内で復讐の炎が燃え続けていることを。

 この話を聞いたらすぐにでも飛び出していくことだろう。ならば、始めから彼女の背中を押してやるのがいい。


「あなたは再び魔術協会に戻りなさい。普段通りに仕事をしているだけでいいわ」

「はっ!承知しました」

 吉良は深く頭を下げた後、部屋を出た。そのきりっとした立ち姿は到底操られている人間の者には見えない。

 しかし、彼の魂の中では繊毛のような魔力がうごめいている。彼の目から曇りが取れることはない。


「さて、今度は何を奪おうかな?」

 澄和はチェス盤の駒を動かす。ポーンが敵陣に進軍し、昇格を果たしていた。

 彼女の戦術はいつも緻密な準備からの大胆な攻め。準備の段階は既に終わっている。

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