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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
13/15

魔女と魔術師

 訓練を終え、瑠愛たちは帰路についている。

「もーいや。白いタイルとゴスロリ服はしばらく見たくない」

 ショートヘアの女性、宵宮瑠愛は歩きながら肩を落とす。その顔には疲れと恐怖がありありと伝わってくる。

 白いタイルの訓練場で次々と課される訓練。優雅に微笑みながら鞭を打つゴスロリ服の少女。

 半月に渡った缶詰訓練生活は瑠愛のトラウマとなりかけている。そして、改めて魔女の家の副代表、時雨琴羽の恐ろしさが刻み込まれた。

 

「何?マッハで追いかけられる鬼ごっこって?しかも捕まったら肩の肉を抉り取られたし」

 瑠愛の言葉は比喩でも何でもない。

 鬼である琴羽が文字通り音速で迫ってくるのだ。生命魔法の訓練と称して。

 『ストーカー』の異名を持つ相手と鬼ごっこ。ただの蹂躙でしかなかった。

 

 触れられた箇所にライフルで撃たれたような大穴が開く。骨ごと抉られ、血の滴る自分の身体はトラウマものだ。

 その怪我を見て琴羽は言い放った。『自分で治療したらそれも訓練になりますね~』と。

 当然、瑠愛は血の気が引いた。魔女の家の中だと比較的常識人である琴羽をここまで鬼にしてしまったことに。


「あの人に楯突くのは止めておきましょう。万が一本気になれば、命がいくつあっても足りません」

 ロングヘアの落ち着き払った女性、宵宮理愛は瑠愛に賛同した。

 訓練の代わりにひたすらデスクワークをさせられた理愛。彼女も瑠愛の訓練を間近で見て、琴羽の恐ろしさを実感している。

 瑠愛が感じているものとは少し違う意味で。

 

(ポテンシャルで言えばご主人様の方が遥かに上。それなのに、ご主人様は琴羽さん相手に手も足も出なかった)

 理愛は琴羽のことを過大評価も過小評価もしていない。その上で琴羽のことはこう判断している。本来戦闘に向いていない魔女だと。

 無論、魔術師である理愛自身や緋真と比べれば圧倒的に上だ。魔女と魔術師では雲泥の差がある。

 それでも、魂魄の魔女に迫る瑠愛の才能には及ばない。仮に瑠愛が魔法をきちんと当てられたら、九條澪音と同じようになるだろう。当てられたらの話だが。

 だが、実際の結果はその逆。瑠愛は本気で抵抗して琴羽に抑え込まれている。


(経験の差はそれだけ偉大ということですか)

 琴羽の強さは長年裏社会で積み上げてきた経験だ。

 魔女や魔術師相手に渡り合い、魔女の家を半世紀まとめ上げてきた。その経験がこうして結果となっている。


(魂魄の魔女に取り入ろうとしたのは早計だったかもしれませんね)

 理愛は魂魄の魔女の庇護下に入れば、魔女の家が敵に回っても身を守れると思っていた。いざとなれば、そのように立ち回ろうと。

 しかし、琴羽の実力を見て内心冷や汗をかいた。あのような人物がいつどこから襲ってくるかわからない。

 その気になればいつでも瑠愛の首を取れる。あれはそういう脅しだと理愛は感じた。


「ねえ、あなたたち」

 ずっと黙って一緒に歩いていた黒いスーツ姿の女性、九條緋真。凛とした普段の姿に似合わず、下を向いて歩いていた。

「どうしたの、九條さん?」

「珍しいですね。あなたが話しかけてくるだなんて」

 

 緋真に棘のある発言をする理愛。しかし、それも仕方がない。

 緋真は魔女を心の底から憎んでいる。魔女である瑠愛のことも、瑠愛に心酔している理愛のことも蛇蝎のごとく嫌っていたのだから。

 同じ場所に向かうのに、道中一切話さない。それどころか、わざわざ距離を空けて視界にすら入れないようにするのが常であった。


「少し、聞きたいことがあるのよ」

 緋真もその程度の発言は気にも留めない。理愛の嫌味もただの日常であったから。

「本当にどうしたんですか?今日は隕石でも降ってくるのでしょうか?」

 訝しげな目をする理愛。かなり失礼な発言だが、そのくらいには珍しいことであった。

「まあまあ、理愛。それで九條さん、聞きたいことって?」

 瑠愛は理愛と緋真の間に入る。当の魔女である瑠愛が一番落ち着いてこのチームの中を取り持とうとしていた。


「あなたたちから見て、魔術師は立派な存在かしら?」

 緋真は神妙な顔をして、二人に問うた。二人は顔を見合わせて再び緋真の方を見る。

 

「それって澪音さんが言ってたこと?」

「あの方の言葉に感化されたのでしょうか?」

 先日の事件で倒した魔女、九條澪音。彼女は魔術師とそれを束ねる魔術協会に強い恨みを持っていた。

 魔術協会を滅ぼすために自分の命すら捧げる。そういう人間だった。


「休憩中に琴羽さんと九條澪音のことを話したのよ」

「あの訓練の休憩中によく会話する気になったね」

 瑠愛が奇妙なものでも見るように緋真を見る。瑠愛は休憩時間を体力回復に費やした。

 会話をするような余裕がある緋真は瑠愛にとって人外の何かだ。


「そのとき、琴羽さんはこう言ったわ。『そういう魔女が出ても仕方ない』って」

 長い間、裏社会に君臨する六大組織、魔女の家を取り仕切ってきた琴羽。当然、同じ六大組織たる魔術協会のことも知っているだろう。

 その言葉には信憑性があった。緋真の価値観を揺らがせる程度には。


「それでどうして琴羽さんに聞かないのですか?私たちよりも詳しく知っているでしょう」

 目を細めて呆れた声を出す理愛。理愛にとって、この質問は時間の無駄でしかなかった。

 瑠愛と理愛がこの世界に入ったのはおよそ一年前。どう頑張っても、底の浅い話しかできない。

 

「聞いたわよ。でも、『自分の目で確かめなさい』って」

「ああ」

「確かにおっしゃりそうですね」

 

 琴羽はかなり世話焼きで、魔女の家所属の人間に自ら指導を施すような人間だ。しかし、全て面倒を見るわけではない。

 人生の方針や魔女の願い。そういった面には基本ノータッチだ。

 今回の緋真の質問もそういった部類だと判定されたのだろう。


「魔術師は世界に仇成す魔女と戦う気高い存在。長年そう教えられてきたし、今でもそう思っている。

 あなたたちはどう思う?」

 自分の意見が信じられなくなったから、他人の意見をとにかく聞いてみたい。だから、一番身近な人間に聞いた。

 そういうことなのだろうと瑠愛は解釈した。


「九條さんと違ってあんまり見たことないけど、魔術協会の人は面白くないって思っているよ」

「面白く……ない?」

 緋真は眉を寄せて考える。瑠愛の正直な感想は他人からは理解されにくい。

「ご主人様の言う『面白い』とは『興味深い』という意味合いが強いです。革新的、大胆、行動の一貫性がある。そういった方向性ですね」

 困っている緋真を見て理愛が補足をした。流石に会話が進行しないのはどうかと思っての助言だ。


「つまり、あなたは魔術協会が保守的で縮こまった組織だと」

「そうだね。魔女を倒すってのもあんまり統一されてない気がするし」

 魔術協会の下で人生の大半を過ごし、抜けた今でも誇りを持っている緋真。彼女を相手にするには、瑠愛の言葉は非常に無神経であった。

 

「……そう」

 緋真の声が少し震えている。自分で聞いたことではあるが、想定外の低い評価に奇妙な感情を抱いていた。

 怒りも感じているが、衝撃や寂しさといった感情も胸に湧き上がる。

 

「正直、私も同感ですね」

 理愛は敢えて空気を読まず瑠愛に追従する。緋真の静かな剣呑さが目立ち始める。

「今回生け捕りにした魔術協会の職員を覚えているでしょうか?九條澪音によって操られていた魔術師です」

 しかし、それに怯むような性格をしていない。容赦なく言葉をつづけた。

 

「覚えているけど、それがどうかしたの?」

「あのビルが魔術協会にとってどういうものだったのか、()()()()調()()をしたそうです」

 その言葉に緋真は顔をしかめる。丁寧な聞き方をしていないことが簡単に予想できる。

 ひたすら黙秘し続ける。そんなこと絶対にできないのがこの世界だ。


「それで、一体何が行われていたのよ」

「わかりません」

「は?」

 理愛の言葉に緋真は混乱する。魔術協会をダメだと思う理由を聞いているのに、わからないと答えるだなんて馬鹿げている。

 

「聞き取り調査に失敗したってこと」

「いいえ、聞き取り調査は問題なく終了していました」

 理愛はさらに言葉を継ぐ。

「しかし、その内容は私の権限では閲覧できないそうです」

 緋真はその言葉に顔をしかめる。しかし、数秒思考して答えに辿り着いた。

 

「それってまさか――」

「ええそうです。事件の関係者である私にすら教えられない。そのレベルのことを魔術協会はしていたということです。一体何をしていたのでしょうね?」

 理愛は嫌味っぽく吐き捨てた。皮肉な笑みを浮かべながら。

「魔術協会はとんでもなく危険なことをしてたってこと⁉」

 緋真は勿論、瑠愛もその言葉に驚く。二人とも嫌な想像をしてしまったのだ。

 

「元々、よくない噂で溢れている組織です。無垢な子供を弄り回すくらいなら平気でやるでしょう。何をしていても私は驚きません」

 緋真は振り上げようと強く握った拳を途中まで上げ、すぐに下ろした。

 理愛の目には強い確信がある。あいまいな論拠で話しているわけではない。

 追求すれば他の『よろしくない噂』の内容まで語ってくれることだろう。それを聞く勇気は、緋真になかった。


「早く帰りましょう」

 緋真は少し歩調を速めて歩き出す。その足取りは少し左右に揺れて、頼りない。

 その背中を見て、瑠愛は思った。このままでは面白くないと。


「ねえ、九條さん」

「何?」

 緋真が振り返る。その顔には覇気がなかった。

「だったら、九條さんが魔術協会を変えたらいいんじゃない?」

 思い付きで放った言葉。それは緋真の瞳に光を与えた。

 

「それ、どういう意味?」

「えーっとなんていうか」

 勢いだけで言った言葉だ。踏み込まれても返せる言葉なんてない。

 

 しかし、瑠愛は一人ではなかった。

「九條さんが魔術協会の上に立ち、改革を行えばいい。そういう意味でしょう、瑠愛さん」

「そうそれ。そういうことが言いたかったの」

 理愛がさりげなくフォローに入り、瑠愛もそれに乗っかった。


「私、あそこで嫌われてるのよ。戻るなんて……」

「魂魄の魔女を倒した功績があればどうでしょう?最強の七魔女を倒した魔術師など聞いたこともありません。あの組織でのし上がるには十分だと思いますが」

 瑠愛の口から出まかせをさらに補強していく。緋真を説得するには十分なロジックができていた。


「そうか、そうよね。あの人を倒すことさえできれば……」

 緋真の顔が明るくなり、声に力が戻っていく。その結果に瑠愛は胸をそっとなでおろした。

「今回は珍しくいい意見を貰ったわ。一応お礼を言っておきましょう。ありがとうね」

「うん」

 緋真は再び自信ある麗人に戻っていた。その顔に瑠愛も顔をほころばせる。


「そうそう、もう一つ言いたいことがあったの」

「なんでしょう、九條さん」

 理愛はすまし顔で緋真の方を見る。その顔にはほのかな怒りが見て取れた。

 しかし、緋真は先ほどの理愛同様に遠慮なく続ける。


「今度から私のことは緋真って呼んで頂戴」

「どうしてでしょうか?別にあなたと仲良くなった覚えはないのですが」

 下の名前で呼び合う仲じゃないだろ。理愛の内心はこと一言に尽きる。

「敵にも九條がいるんだもの。紛らわしいでしょ」

 しかし、その反論を予想していた緋真はあっさり返した。理愛が好む非常に合理的な理由だ。


「そういうことなら、これからもよろしくね緋真さん」

 すぐさま順応した瑠愛。

「……よろしくお願いします、緋真さん」

 一瞬顔をしかめてから瑠愛に続いた理愛。

「ええよろしく、瑠愛、理愛」

 緋真は少し照れたように胸に手を当てる。その顔は少し優しく見えた。


♦♦♦


 魔術の名家は全国に点在する。

 まるで江戸時代の武家のように自身の領地を守る。それが日本の魔術師の暗黙の了解となっている。

 中国地方に存在するとある魔術師の屋敷。ホールや客間は勿論のこと、ビリヤード台やパーティ会場までこしらえてある立派なものだ。

 その玄関で美しい女が嗤っていた。家の当主をマット代わりに踏みつけながら。


 靴底についた土の汚れ。それを取るために額を思いっきり踏みにじられる。

 その屈辱的な扱いに、当主であった男は幸福を感じていた。

 自分こそがこの家のマットであり、靴の汚れを落とすことが使命である。そう思い込まされている。

 人の魂を自在に操り、尊厳を踏みにじる。魂魄魔法の技術を贅沢に利用した行いであった。


 そのまま赤いコートを翻し屋敷の中に入っていく。町で見たらモデルか何かだと勘違いされるだろう。

 そのくらい彼女の美貌は輝いていた。

 ビスクドールのような白い肌。くっきりとした目鼻立ち。

 美しさと人懐っこさを絶妙なバランスで兼ね備えた笑顔。身のこなしの優雅さ。

 そして、時折見せる嗜虐的な笑み。そんな要素すら彼女の怪しい魅力を引き立てていた。


 魂魄の魔女、九條澄和。緋真の姉にして、最大の宿敵。そして、瑠愛と理愛が求める力を持った人物でもある。

 魔術協会に指名手配されて逃亡中の彼女は、あろうことか魔術師の家に住んでいた。

 家の中の人間を全て傀儡にして支配。そのまま彼女のアジトにしている。

 貧相な逃亡生活などしたくない。そういった傲慢さを実現してしまえるのが彼女の力だ。


「こんなにも魔女が集まってるのに、よくもまあ気づかないだなんて」

 澄和は歩きながら周囲を見渡す。歩いていれば魔女とすれ違うほどに魔女がたむろしている。

 澄和の従えた総勢三十二名の魔女。生きた災害たる魔女がこれだけ集まると、魔力が滝の水のように溢れている。

 本来なら、六大組織のどれかが調査に来ているはずなのだ。


「仕方ありませんよ、澄和様。この辺りの魔術師は全員傀儡にしちゃいましたから」

 澄和が振り返ると、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。日の光を浴びて輝く金色の髪をツインテールに括っている。

 この家の使用人――でないことは彼女の身体に流れる濃密な魔力が証明していた。彼女も澄和の配下の一人、西園恵理である。


「あら、恵理ちゃん。わざわざ魔法で跳んできたの?」

 澄和の後ろは玄関だ。当然家の中にいた恵理はそこにいたわけではない。

 空間魔法によってわざわざ背後に回ったのだ。澄和のお世話をするため。


「もちろんですよ。この西園恵理、澄和様のためとあらば、たとえ火の中水の中。どこへだって現れてみせますとも」

 彼女は胸に手を当てて自信満々に言い放った。その言葉には嫌な説得力がある。

「流石私のメイドさん」

 澄和の言葉通り、恵理はメイド服を仕事で来ているわけではない。自らの意思で来ているのだ。澄和への奉仕の精神を形にするため。

 ただ、恵理はその言葉に頬を膨らませる。若干の不満を持ったからだ。

 

「澄和様、いつも申し上げているではないですか。私は澄和様の愛の奴隷。どうぞ、メイドさんのような上等な扱いなどしないでくださいませ」

 恵理は情感たっぷり込めてぞんざいな扱いを求めた。それが自らの望みであると曇りなき(まなこ)で。

「澄和様、私をあの下劣なクソオス魔術師の代わりに玄関マットにしてくださって構いません。むしろ、私はそれを望んでおります」

 恵理は両手を抱きしめて澄和との距離を詰める。頬を赤らめながら。

 

「澄和様を始めとした美女、美少女のおみ足で踏んでいただける。最高のご褒美ではございませんか。えへ、えへへへ」

 恵理の口からは涎が垂れている。彼女の頭の中は大変幸せなことになっているだろう。その内容については彼女の尊厳のため、伏せさせていただく。

 西園恵理は澄和の配下の中でもかなり優秀な部類に入る。それこそ、九條澪音と並ぶほどに。

 しかし、人格面に大きな問題があった。行き過ぎた同性愛者であるという問題が。


「それで、頼んでいたことはどうなってるのかな?」

 しかし、澄和はあっさりとスルーする。恵理をサラッと流せる器がなければ彼女を従えることはできない。

「ああ、もう元気になってますよ。美月さんに治してもらいましたから」

 恵理はだらしなく緩んでいた顔を引き締めなおした。そして、仕事の成果を報告する。

 

「よかった。じゃあ、会っても大丈夫かな?」

「ええ、大丈夫だと思いますよ。ご案内いたします」


♦♦♦


 澄和は恵理に案内されてホテルのようにずらりと扉が並んだ区画に辿り着く。

 宿泊客が寝泊まりするために使用されていた部屋たちだ。今は魔女たちが自由に個室としている。

 その中の一つをノックする。


「どうぞ」

 中からはおっとりとした女性の声が聞こえた。その言葉に従い、恵理と澄和は中に入る。

「あら、澄和様。お帰りになっておられたのですね」

 中にいたのは片目を髪で隠した妙齢の女性である。どことなくはかなげな印象を感じさせる。

 彼女の名前は大江美月。彼女も澄和の配下であり、医者のようなポジションを任されている。セーターの上から白衣を着て、自分の役割をアピールしていた。

 

「うん、ついさっきね。それで、大丈夫そう?」

「はい、恵理ちゃんが早急に連れて来てくれたので。もうすっかり良くなっていますよ」

「それはよかった」

 澄和はベッドに歩み寄る。そして、うつむいている顔を見た。

 

「澪音ちゃん、調子はどうかな?」

 そこにいたのは水の魔女、九條澪音である。緋真に斬られ、腰から真っ二つにされた澪音。彼女は今、五体満足の状態でベッドに横たわっている。

「体調に支障はありません。魔力も問題なく練ることができています」

 澪音は手を握ったり開いたりして自身の状態を確かめる。ほとんど万全といっていい状態まで回復していた。

 

「本当に心配したんですからね、澪音さん。私がいなかったらどうなったと思っているんですか?」

 恵理は腰を曲げて澪音に目線を合わせる。その顔には若干の怒りと大半を占める心配が見て取れる。

 

 あの日、澪音が瑠愛たちに敗れ水の中に落ちたとき。恵理は真っ先に澪音の元へ駆け付けた。

 澪音の中に存在する澄和の魔力。それは身の危険を伝えるアラート代わりになっていた。

 

 澄和は澪音の危険を知って、すぐ恵理に指示を出した。恵理は呆気にとられながらも、即座に冷たい水の中へ転移した。

 両断された澪音の身体を回収し、この拠点まで戻ってきた。そして、美月の元へ治療を依頼した。

 彼女の活躍がなければ澪音は間違いなく死んでいた。

 

「……本当にありがとう、恵理」

「言い返してくださいよぅ。そんな、本気でへこまれると私が悪いみたいじゃないですか」

 恵理は謝る澪音を見て居心地悪そうにする。澪音が憎まれ口を叩くことを期待していたから。

 生真面目な澪音とふざけた調子の恵理。二人が喧嘩することは常であった。

 

「澄和様、面目次第もございません。魔女もいたとはいえ、後れを取ってしまいました」

 瑠愛たちに負けて以来、これが澪音と澄和の初対面となる。そんな中、彼女は真っ先に謝罪を行った。

 自身の不甲斐なさを本気で恥じている。あの敗北は相当な衝撃であったようだ。


「大丈夫だよ。当初の目的は果たしてるから。ちゃんと魔術協会の実験体、連れ帰って来てくれたでしょ?」

 今回敗北を喫した澪音。しかし、作戦に失敗したわけではない。

 瑠愛たちと最初に出会った時点で目的は果たしていた。本当にあの戦いは遊びのつもりだったのだ。


「しかし、澄和様に多大な心労とご迷惑をおかけしました。どうか私に罰をお与えください」

 澪音は涙を溜めた目で澄和に懇願する。澄和は少し困ったような顔をした。

 恵理と美月も二人を交互に見ながら固唾を飲んで見守る。そして、意を決したように澄和は口を開いた。

 

「そっか、じゃあ空間魔術を極めてもらおうかな」

 澄和は決断を下した。澪音にとって罰足りえる内容を。

「澄和様、それは⁉」

「戦闘の様子は大体恵理ちゃんから聞いたよ。今回、澪音ちゃんが負けた理由。言わなくてもわかるでしょ」

 

 その言葉を聞いて澪音は押し黙る。今回負けた要因は非常に単純。相手のことを舐めていたからだ。

 初めから全力の魔法を使っていれば。生け捕りなんて考えなければ。

 そして魔術を使用していれば、負けることなんてありえなかった。それほどに歴然とした差が開いていた。


「澪音ちゃんが竜胆家を嫌ってることも知ってるし、空間魔術が吐き気を催すほど嫌いなのも知ってる。でも、そのまま倒せるほど魔女の家は弱くないよ」

 澄和はベッドの端に腰掛け、澪音の肩に手を回した。

「考えてみて。澪音ちゃんにとって譲れないものは何なのか。何が何でも叶えたい願い、澪音ちゃんにとっての本懐は何なのかを」

「……わかりました」

 澪音は一瞬目を閉じて澄和の言葉に応えた。その瞳には確かな覚悟が見えた。それを見て、澄和も嬉しそうに笑った。


「それと澪音ちゃん、一つ聞かせてもらえないかな?」

「何でしょうか?」

 澄和は空気を切り替えるように声の調子を変える。まるで世間話でもするような雰囲気だ。


「緋真ちゃん、どうだった?強くなってた」

 澄和は少なからず緋真に興味を持っている。それが一目でわかるような調子であった。

「そうですね。魔術師の基準で見れば強いと思います。魔女に挑むのは厳しいですが」

 澪音は必死に言葉をオブラートに包んだ。弱くて魔女の前に立つには話にならないという本音を。

 今回、緋真が活躍したのは運が味方したからだ。もう少し利口にならなければ、緋真は近いうちに死ぬ。

 

「それで、他に何かない?何か面白そうなこと言ってなかった?」

「面白そうなこと、ですか」

 澪音はあごに手を当てて考える。そして、一つの問答を思い出した。

「そういえば、魔術協会について問答したときの話ですが」

「うん、それでそれで?」

 澄和はにこりと笑って澪音に顔を近づける。その様子を恵理が羨ましそうに見ていた。


 ――木を見て森を見ていないわね――

 

 ――魔術協会がきれいな組織じゃないのは私も認めるわ。でも、それだけが全てじゃないでしょう――


「緋真ちゃんがそう言ったの?」

「はい」

 澄和は目を丸めて澪音に問いかける。その言葉に澪音はゆっくりとうなずいた。

 一瞬の沈黙が流れる。


「ぷっ、あははは。あー、おっかしい。緋真ちゃん本当にかわいいよね」

 澄和はお腹を抱えて笑った。不出来な妹のあまりの愚かさに。

「その言葉、そっくりそのままブーメランじゃない。何も見えていないのは緋真ちゃんの方でしょ?」

「ええ、私もそう思います」

 澪音は澄和の言葉に深くうなずく。ゴマすりでなく、心からの同意であった。


「愚かでかわいい緋真ちゃん。早く私の元へおいで。また遊んであげるから」

 澄和は妹に想い馳せる。彼女の中には屈折した愛情が渦巻いていた。

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