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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
12/15

後始末

 白いタイルで囲まれた広大な空間。そこは魔女の家が山奥の土地を買い取って建てた訓練施設だ。瑠愛たちは澪音と戦った事件の罰を受けていた。

「ほらほら、手が止まってますよ~。そんなんじゃいつまで経っても終わりません」

 語尾を伸ばしながら話すのは、中学生くらいに見える少女だ。腰まで届くほどの長い髪をリボンで結び、黒地にピンクの刺繍が入ったファッションに身を包んでいる。

 足をバタバタとさせながら、のんびりとしている。もっとも、腰掛けているのは椅子ではないが。


「あの、琴羽さん。少々重くないですか?」

 椅子代わりにされているのは魂魄属性の才能を持つ魔女、宵宮瑠愛だ。中高生のようなジャージを着て、腕立ての体勢になっている。

 瑠愛は腕を震わせながら、身体を上げるのに苦戦している。

 一見すると少女の体重で筋トレの強度を上げている。そう見えるだろう。

 

「何言ってるんですか?まだたったの一トンですよ?」

 琴羽は軽い口調で言ってのけるが軽自動車ほどの重さだ。普通の人間ならとっくに潰れている。実際、瑠愛の腕からは嫌な音がしきりに響いていた。

 物理魔術で体重を何倍にもした琴羽を背負っての筋トレ。それが瑠愛に下された罰の一部であった。


「今回の事件で瑠愛ちゃんは何億の損害を出しましたか?何人の犠牲者を出しましたか?」

 琴羽は軽い調子で瑠愛に問いかける。その声は明らかに怒りを孕んでいた。

「う、それは……。わかりません」

「そうですよね~。わかんないくらいいっぱいですよね~」

 琴羽はかわいらしい口調で瑠愛を詰める。どれほどの迷惑をかけたのか、瑠愛には想像すらできない。


「魔女の家は裏社会の組織ですから。本当なら、首が飛んでてもおかしくないですよ~」

「はい、おっしゃる通りです」

 魔女の家は代表者の性格もあって比較的温和な組織だ。しかし、魔のひしめく裏社会の一角であることに変わりない。

 瑠愛たちは独断行動を行い、大きな被害をもたらした。当然、懲罰があって然るべき。

 良くて懲戒免職、悪ければ処刑というところだろう。本来なら。


「でもですね~、うちは万年人員不足なんですよ。ま、性格に問題はありますけど、優秀な子たちですから。物理的にも組織的にもクビにするだなんて勿体ないことできませ~ん」

 魔女の家は魔術協会と違い、人を育てる土壌などない。基本、保護した魔女や魔術師へスカウトをかけている。

 戦闘員はこれっぽっちも足りていない。琴羽など常に駆け回っているような状態だ。


「だから、一番いい罰は瑠愛ちゃんたちが強くなることなんですよ。わかりましたか?」

「は、はい」

 瑠愛は琴羽の迫力に押されてうなずく。

 琴羽に組み伏せられ、猛特訓を受けた過去の日々が思い出される。反抗する気力など、とおの昔に狩り取られて。


「しっかし、瑠愛ちゃんは魂魄魔法以外だと魔力の制御がすごい雑になりますね~」

 琴羽は目に紫色の魔力を集めながら瑠愛のことを見る。その目を通せば、瑠愛の魔力の流れが一目瞭然だ。

 詰まったホースのように魔力が不安定に流れている。


 地を割り、空を跳ぶ瑠愛の生命魔法。生命魔術と違い、鍛えなくても人外の膂力を引き出せる。

 本来なら一トンなど鼻歌交じりに持ち上げることができる。それができないのは瑠愛の制御の甘さ故だ。

 だからこそ、魔術しか使えない緋真に劣っている。腕力だけで喧嘩の勝敗が決まらないのと同じだ。


「どうやったらそんなことできるんですか?」

「ぶっちゃけわかんないんですよね~。魂魄魔法だけなら私より上手いですから」

 琴羽は両手を上げて降参をアピールする。

 半世紀以上のキャリアを持つ琴羽の制御技術はすさまじい。彼女に魔力の制御で勝てる者など、数えるほどしかいない。

 その技術に迫っているだけ瑠愛は異常だ。そして、それが他の属性だと急に雑になることも。

 

「まあ、そういう子は身体に染み込ませるしかないです~」

 琴羽は肘を突きながら諦めたように吐き出す。

「そういう根性論は大嫌いなんですけど!」

「じゃあ今のうちに好きになりましょうか」

 瑠愛の弱音をバッサリと切り捨てる琴羽。こういう面倒な魔女の扱いには慣れていた。

 

「は~い、緋真ちゃ~ん。そっちはどうですか~?」

 琴羽は瑠愛に座ったまま数メートル先を見る。そこでは、九天を構えた緋真が立っていた。

 瑠愛と同じようにジャージを着て藁人形の前に立っている。既に斬った十五体を含め、百体がずらりと。

 

 本物の日本刀よりもよく斬れる創造魔術の産物、九天。二十年以上鍛えてきた緋真の剣技。

 それらが合わされば藁人形を斬ることなど容易い。――そんな優しい修行を琴羽が用意するはずない。


「ふっ!」

 刀に藍色の光をまとわせて振り下ろす。藁人形にぶつかったとは思えない金属音を放った。

 鈍い音が琴羽の耳にも聞こえる。

「ちっ!」

 その音を聞いて緋真は顔を歪める。思い通りの結果にならなかったようだ。


「緋真ちゃんは術式をちゃんと見てくださいね。同じ空間属性でも層の数が全然違いますよ」

「はい、わかりました!」

 緋真は袖で汗を拭って刀に術式をかけなおす。その顔は真剣そのものだ。

 

「空間属性は世界を切り裂く最強の一閃。――そんな甘いこと考えてたら空間属性の使い手に殺されちゃいますよ~」

「っ!」

 琴羽の言葉に緋真は息を呑む。心の奥にしまっていた本音を突かれたから。

 

「あれは魔女を以てしても一生研究が終わらない属性ですから。戦闘だけに限っても、転移、障壁、湾曲といろいろありますね~。刀にまとうだけなんて勿体ないですよ」

「はい、お教えいただきありがとうございます!」

 緋真は琴羽の言葉を聞いて精神を引き締めなおす。その心は常に上を向いていた。


「あの、琴羽さん」

「なんでしょう、理愛ちゃん?」

 今度は背後にいた理愛の方を見る。酷く訝しげな顔で琴羽を見ている。

 

「どうして私だけデスクワークなのでしょう?」

 そこには訓練場に不釣り合いなデスクがぽつんと置かれている。理愛はそこに座らされている。

 琴羽に話しかけながらも手元の書類を捌き続ける。本来琴羽がすべき仕事だ。


「私が監督してる時間は仕事ができないじゃないですか~。誰も代わりがいないなら諦めるんですけど、理愛ちゃんならできますし」

「それはまあ、おっしゃる通りですが」

 理愛は手元の書類を見つめなおす。それは澪音との戦いで起こった事件の後処理の内容が書かれている。

 

 壊れたビルをどうするか。水浸しの道をどう復旧するか。

 被害者遺族へどのような対応をするか。その他諸々。

 反省を促しているのだろうか?理愛はそう予想した。

 誰かを思い遣る感情など、全く持ち合わせていないのに。


「理愛ちゃんは精神が()()()()()()ですから。反省してくれるだなんて思ってませ~ん」

 琴羽が理愛の予想を否定する。理愛の考えごとき、琴羽には筒抜けだった。

「いえ、そんなことはありませんよ。もう二度とこのようなことを起こさないよう努めます」

 流石の理愛もその言葉を否定する。

 瑠愛のためなら誰がどうなろうと痛痒にも感じない。そんな本音をここで話してもメリットが一切ないから。


「そこまで口と魂が別のこと言ってる子も珍しいですね~」

 理愛は琴羽に気取られないように表情を変化させなかった。しかし、琴羽の目はその誤魔化しを許さない。

 魂を見てその感情をつまびらかにした。


「ならば目的はなんでしょう?私はご主人様のこと以外どうでもよいのですが」

 理愛は降参するように繕うのを止めた。琴羽相手には意味がないと諦めたからだ。

「まあ、さっき話したのも本音ですよ。私も死ぬほど忙しい身ですから。代わりに仕事ができる子がいるなら任せたいんですよね~」

 琴羽は瑠愛の上に寝転がりながら理愛の方を見る。悪い顔になりながら。

 

「まあ、理愛ちゃんの求めてる答えをしてあけましょうか。瑠愛ちゃんが罰を受けるのをじっくり見ること。それが理愛ちゃんの罰です」

「……なるほど」

 理愛は納得した。琴羽は理愛の性格も考慮した上で罰を与えていたのだ。

 理愛の最も嫌がること。それが瑠愛に罰を与えることだと把握したうえで。


「理愛ちゃんは私が厳しく指導する必要ないんですよね~。元々ストイックですし、勝手に勉強して新しい魔術を覚えちゃいますし」

 理愛はたった一年で実戦レベルの魔術を身に着けた。しかも慢心することなく研鑽を続けている。

 ご主人様のため。それだけの理由で無限に努力する存在だ。

 故に訓練は罰にならない。そう考えた琴羽は別の罰で反省を促すことにした。


「瑠愛ちゃんは緋真ちゃんの二倍の訓練をこなしてもらいます。瑠愛ちゃんが強くなれていいですね~」

 暗に理愛の分も肩代わりさせたと示している。そういうやり方が一番効くと読んで。


「琴羽さん、大変良い性格をされているようで」

「そうですね~。よく言われますよ~」

 琴羽は寝転がったまま肘をついて足をバタバタとさせる。まるで自分のベッドでくつろぐように。

 その姿は理愛の感情を思いっきり逆撫でした。


♦♦♦

 

 魔女の家本部の最上階に用意された執務室。机には山のように書類が積み上げられている。

 全て魔女や魔術師に関連する事件に関することが書かれている。表に一枚でも漏れたらビッグニュースだ。

 

「――というのが今回、瑠愛ちゃんたちが当たった事件の顛末です」

 琴羽は最後の報告書を読み上げた。そのままバインダーを胸に抱き、微笑を浮かべつつ顔を上げる。

 部屋には琴羽ともう一人。


 パーマをかけたブラウンの髪。落ち着いた雰囲気を放つその表情。

 宝石が散りばめられた金色の眼鏡をかけ、紫を主体としたカットソーをその身にまとう。

 魔女の家の中で唯一、琴羽より立場が上の人間。魔女の家代表、時雨朔夜その人である。

 

「なるほどよくわかったよ」

 朔夜は目を閉じて報告の内容を反芻する。今回の事件では注目すべき点があった。

 

「やはり澄和は危険な方向に舵取りしたかい」

 それは魂魄の魔女、九條澄和の動向。魂魄の魔女になって以降は大きな事件を起こしていなかった。

 しかし、昨夜の予想通り水面下で着々と準備を進めていた。そしてとうとう動き始めた。


「澄和ちゃん、まだ若いですからね」

 琴羽は澄和の顔を頭に浮かべながら苦笑いをする。

 長年魔女の家を取り仕切ってきた琴羽からすれば、三十路近くの九條澄和はまだまだ若者。これから丸くなる年齢という認識だ。


「才気あふれるのはいいことだが、彼女にとってこの世界はもろ過ぎたようだ」

 普通ならば社会の厳しさを知り、己の棘を削られていく。しかし、澄和の棘は強すぎた。削られることなく、逆に世界の方を削っている。

 魔術協会を滅ぼして腐敗した魔術師を掃討する。澄和はそんなたいそれた夢を叶えられるだけの力を持ってしまった。


「昔からなんかあるなとは思ってたんですけど。流石に七魔女を継承するのは予想外でしたね」

 まだ魔術協会に所属していたころの九條澄和。彼女は新進気鋭の魔術師だった。

 華々しい栄光と共に魔術協会を二段飛ばしで駆け上がっていく。しかし、その瞳の奥には何か闇のようなものが渦巻いていた。

 琴羽は知った上で無視していた。精々、魔術協会にテコ入れする程度だろうと。

 蓋を開けてみれば、魔術協会の破壊を企んでいたのだが。


「どうします?やっぱり、澄和ちゃんには死んでもらいます?」

 あっさりと言ってのける琴羽。彼女の瞳に罪や躊躇いの意識は見られない。


「そうだね。後釜が育ったら、殺す方向で考えようか。全く、若い子は過激で仕方ない」

 朔夜は紅茶で喉を潤しながら琴羽に賛同する。

 社会全体の平和のためなら一人の命ごとき簡単に奪ってみせる。それが魔女の価値観だ。


「後釜って言うのは瑠愛ちゃんで決定ですか?」

「そうだね。あの子より魂魄の才能ある子が出てきたら別だけど。まあ、多分あの子になるよ」

 朔夜の頭には瑠愛の魔法が思い出される。

 彼女が積み重ねた罪。その経験からくる繊細で大規模な魂魄魔法。

 長年生きてきた朔夜から見ても、滅多に見ない逸材だ。間違いなく、時代の魂魄の魔女に相応しい。


「まだまだお子様だけどね」

「そうですね~。もうちょっと大人になってくれないと、七魔女は無理ですね~」

 朔夜のティーカップに追加の一杯を注ぎながら琴羽は苦笑いした。

 今の瑠愛はかなり幼稚だ。過激ながらも信念を持っている澄和と違い、信念をそもそも持っていない。

 ただ自分の感情を満たしたい。それだけが原動力になっている。


「魔女らしいといえばそうなんですけど」

「ただの魔女じゃ、裏社会の安寧を守る七魔女は務まらないよ」

 朔夜は目を閉じて紅茶を啜る。

 二人の瑠愛に対する評価は落第点。今後の成長に期待といったところだ。

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