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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
11/15

決着 水の魔女

「準備はいいわね、雑魚さんたち。できてなくても待ってあげないけど」

 こつこつと足を鳴らしながら近づいてくる澪音。その顔に今までのような遊びはない。

 瑠愛の魂魄魔法を受け、緋真に腕を落とされた。澪音はようやく瑠愛たちを一人前の敵として認識していた。


 瑠愛たちの警戒の中、澪音が一瞬でかき消える。緋真をも上回る速度で距離を詰めたのだ。

 遠距離主体で戦っていた相手がいきなり見せた体術。瑠愛も理愛も反応できなかった。

 

「そこ!」

 辛うじて緋真が澪音の動きに反応する。空間属性をまとわせた刀を横薙ぎに振るう。

 空間魔術による一閃。先ほど澪音の腕を切り飛ばした攻撃は――あっさりと止められた。

 

「来るとわかっていたら対処法なんていくらでもあるのよ」

 先ほど切り飛ばされた右手。その代わりに生えた水の義手が触手のように伸び、緋真の手首を握っていた。

 触れたら切り飛ばされるのは刀身のみ。その刀を動かす緋真の身体は無防備であった。


「お返ししてあげる」

 澪音が目を細めてにやりと笑う。むき出しになった澪音の本性は強い攻撃性を孕んでいる。

「あ、ぐぁぁ」

 緋真の手首からゴリゴリと嫌な音が響く。澪音の義手が緋真の手首を握りつぶさんとしているのだ。


「九條さんから離れろ」

 瑠愛が手を伸ばし澪音の義手に触れようとする。その前に澪音は数歩下がって距離を取った。

 攻撃を避けるにしては異常な距離の取り方。やはり澪音は瑠愛の魂魄魔法を強く警戒していた。

 

「九條さん、戦えますか?」

「はぁはぁ、問題ないわ。骨にひびが入った程度だもの。この程度、生命魔術で治せるわ」

 理愛の言葉に緋真が苦悶の表情を浮かべて返す。強がっていはいるが、激しい痛みが襲っているのは間違いない。

 ほんの一瞬しか握られていなかったのが救いだ。魔術でもすぐに治療できる。


「近接戦までできるだなんて」

 緋真は腕に緑色の輝きをまとわせながら澪音を見る。一瞬だけだったが、緋真と同程度以上の体術を見せた。

「私たちは本当に舐められていたんですね」

 遠距離主体で近接戦はできないタイプ。そう思い込んでいた。

 できるけど使う必要がなかった。それだけの話だったのだ。


「やっぱり近寄るのは不味いわね。じゃあ、こういうので行きましょうか」

 澪音が手を振るい、津波が押し寄せる。濁りに濁った水が、小さな人間を呑み込まんとする。

「空中へ!」

 緋真の声を聞いて瑠愛と理愛も大きく飛び上がる。そのまま地面は全て水に置き換わった。

 緋真と理愛は空気を固めて足場を作る。しかし、瑠愛にそのような魔術は使えなかった。


「わわわっ!」

 空中でもがく瑠愛。しかし、鳥のように飛ぶことはできない。

 重力に引かれ身体は一気に落ちていく。

「ビルに足を突き刺しなさい!」

「ええと、とりゃあ!」

 どんどん水に向けて落ちていく瑠愛。緋真の指示を聞いて何とか足を動かした。

 生命魔法で強化した足をビルに突き刺し、足場代わりにする。吊るし方に失敗したテルテル坊主のような有様だが、何とか水に落ちず済んだ。


「ご主人様、次が来ます!」

「え?」

 理愛の注意を聞いて周囲を見渡す。そこには水でできた触手が迫っていた。

 タコのようにくねらせながら、瑠愛を取り囲む。

 

「いや、嘘でしょ!」

 足でビルの壁に穴を開けながら走る。雪山のような足跡を残しながら。そうすることで何とか触手を躱し続ける。

 そのまま壁を駆け上り、屋上まで登り切った。


「はぁはぁ」

 息を切らせながら触手の方を見る。触手は瑠愛を追い続け、屋上に辿り着いていた。

 しかし、先ほどと違って攻撃先を迷っている。まるで瑠愛を探しているようだ。

 乱雑にビルを削りながら逃げ道を塞いでいる。しかし、先ほどのような精細さに欠ける。


「そっか、僕の正確な位置がわからないんだ」

 あの触手は生きているように見えるけど、あくまで澪音が作り出した水。感覚器官などなく、澪音が操っているだけ。

 屋上に来て澪音の視界から外れた。そして、攻撃が当たらなくなったのだ。

 これだけ魔力が渦巻いている戦場。魔力での感知は難しい。


「今がチャンス」

 あの水は澪音の魔法によって創造されたもの。魂魄魔法でこの水を通して澪音に干渉できることは確認済みだ。

 あの水に魔力を流すことができれば澪音の動きを止められる。緋真ならその隙を逃さない。


「問題はあれに(さわ)れないことだよね」

 瑠愛は触手に目を向ける。触手の中では高圧ジェットのような勢いの水が渦巻いている。

 容易くコンクリートを貫く水流。触れたら魔力を流すより先に指がなくなる。


「だったら」

 瑠愛は目を閉じて前面に両手を突き出す。見えない武器でも握るかのように。

 いや、その手の中にどんどん実体が現れる。空気が形を成すように、煌めく刃となる。

 瑠愛の手には刀が握られていた。


 創造魔法による剣の創造。いわば、緋真の真似事だ。

 代々継承されてきた九天と違い、数分で消える紛いもの。今を打開するにはそれで十分だった。

 刀に自身の魔力を押し流す。その刀は不気味なほど濃い紫の光を放った。

 

「てりゃあ!」

 型も何もない乱暴な一撃。触手に叩き込まれた刀は澪音と瑠愛を繋ぐ導線となった。

 刀が触れた先から触手を紫に染め上げる。触手は本当に生きているようにのたうちまわった。


♦♦♦


 瑠愛が戦術を考えた時間。それは理愛と緋真が命を懸けて稼いだ時間だ。

「ほらほらほら、どんどん行くわよ」

 難なく空中を足場にする澪音。その周りでは天を突くような渦潮が渦巻いている。

 瑠愛を襲った触手が何本も暴れまわり、逃げ道を塗りつぶさんとする。戦うのが間違いかと思わせるような理不尽さだ。

 それを理愛と緋真は避け続ける。空中という慣れない足場の中、なんとか命を保たせていた。

 

「どうするの?このままじゃ魔力がすぐ尽きるわよ」

 空中を足場にしている今、ただ立っているだけでも魔力を消費する。緋真の言葉通り、長く状況を維持できない。

 相手は膨大な魔力を持つ魔女なのだ。持久戦で魔術師が勝てるわけない。

 そうでなくとも、一歩間違えたら即死の状況だ。


「とりあえず屋上まで登ってご主人様と――」

 理愛は言葉を発する直前に気づいた。愛しい瑠愛の発した魔法の気配を。そして、それが反撃の契機になるであろうことを。

 全力で最善の行動を考える。澪音を詰みまで持っていくための最善を。


 澪音は依然として格上の魔女。ここまで戦いの体を成していたのは、澪音が手を抜いていたから。

 それを止めた今、死は喉元まで迫っている。ここで澪音に止めを刺さないと全員死ぬかもしれない。

 操られていないとわかった以上、改心させるのも難しい。リスクが大きいこの状況――殺すべきだ。

 一瞬でその答えまでたどり着いた。

 

「緋真さん、空間属性の攻撃を準備してください。確実な隙を作ります」

 それだけ言い残し、理愛は澪音の元へ駆け抜けた。

「あ、ちょっと。……本当に勝手な奴らね」

 悪態を吐きながらも言われた通り攻撃の準備をする。緋真に今できる最高の空間属性魔術を。


「勇ましいわね。ただ、それは蛮勇というんじゃないかしら?」

 急接近する理愛を飴玉のような水球が襲う。一発一発が肉を穿つ弾丸だ。

 理愛の身体中に穴が開く。

 理愛は心臓や脳といった重要器官にだけ空間属性の障壁を貼っている。死にはしないが、手足は全て蜂の巣のようになっていた。


「私に注意を向ける。それができれば十分です」

「は?」

 理愛の言葉に顔をしかめる澪音。

 無防備を晒し、瑠愛から意識を逸らす。それこそ理愛の狙いだったのだ。


「これは⁉」

 澪音の背後から伸びていた触手が紫に染まっていく。瑠愛の魔力に侵食されているのだ。

 流石の澪音といえど、理愛と緋真を対処しながら見えない瑠愛の対処はできない。

 理愛に意識を向けていたことも問題だった。理愛に意識を割いていたことで一瞬反応が遅れた。その一瞬が浸食を許してしまった。

 

「こんな、こんなこと……」

 直接触れられたわけではない。元々、澪音は魂魄魔法への抵抗力も高い。

 ほんの一秒硬直させることしかできなかった。緋真が攻撃を当てるのに十分な一秒を稼いで見せた。


「見せてあげようじゃない。九條流剣術の奥義を」

 緋真は刀を鞘に納め、腰元にあてていた。抜刀術の構えだ。

 長く開いていた距離を消し飛ばし、澪音の元へ迫る。


(こんなもの)

 人生を狂わせた憎い憎い空間魔術。――それさえ使っていれば澪音は負けることなどなかった。

 竜胆家を縛っていた術。権蔵が愛用していた術。父を殺した術。

 それこそ、緋真の攻撃への一番の対処方だった。魔術師を憎み過ぎたせいで、自分自身の術すら封印していた。

 それが敗因となった。

 

「断界」

 鞘を走った刃は澪音の腰元を横一線に切り裂く。溢れる出る血を滴らせながら、真っ二つになった澪音の身体は濁流の中に落ちていった。

 澪の身体は波に吞まれて押し流される。すぐにどこにいるかわからなくなった。

 

「やった、の?」

 緋真は息を荒くさせながら手に残る感触を確かめていた。人を斬った感覚を。

「わかりません。心肺の停止は確認できていませんから」

 半ば独り言のような言葉に対し、理愛は冷静に返す。澪音が穴だらけにした身体は最低限の止血が為されていた。

 緋真たちは身体が真っ二つになったのを見ただけで、澪音の死を確認したわけではないの。死体を確認しないと生死を確定することは不可能だ。


「この中を探すの?」

 改めて地面を確認する。制御を失った濁流が地面を氾濫していた。

 本当に津波が町を襲ったかのような有様だ。


「難しいでしょうね。かなり広域に広がってますし」

「そう、ね」

 運が良かったのは人が少ない十八時過ぎという時間帯。そして、閑散としたビル街が戦場だったことだろうか。

 巻き込まれた人は少ない。――少なくとも緋真はそう思いたい。


「おーい、理愛、九條さん!どうなったの?」

 一番大事なところを見逃した瑠愛がビルの屋上から手を振る。しかし、闘いが終わったことは察しているのだろう。

 流石に瑠愛でも戦闘中にここまで呑気を晒さない。


「私たちの仕事はここまでです。あとは琴羽さんに任せましょう」

 それだけ言って理愛は瑠愛の元へ駆けた。彼女らしい行動だ。

 周囲の被害を気にしても仕方ない。この濁流の中で澪音の生死を確認するなんて不可能。

 そう完全に割り切っている。与えられた役割をこなすだけだと。

 理愛が感情で動くのは瑠愛に関することだけだ。


「瑠愛はまだしも、あなたは好きになれないわ」

 緋真はぽつりと呟いてから屋上に駆けた。


 その後、瑠愛は肩をびくびくさせながら琴羽に電話をかけた。電話口から怒号が響いたことは言うまでもない。

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