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魔女の本懐  作者: 羽国
水の魔女
10/15

竜胆澪音③ そして最終局面へ

 竜胆権蔵はトントンと指で机を鳴らしながら澪音の帰りを待っていた。その顔からは明らかな苛立ちが見て取れる。

 孫の澪音が学校から帰って来ないからだ。学校に連絡すると、既に学校を出ているという。

 既に日が変わりかけている。魔術師と言えど、未成年が外にいていい時間ではない。

 

「見張りを雇っておくべきだったかのう」

 権蔵は心配していた。

 せっかく費やした時間と金が無駄になることを。竜胆家の立ち行かなくなることを。


「養子を取るのも一つの手じゃが、わしの血が後世に残らないのは……」

 跡継ぎのいなくなってしまった竜胆家。澪音はそんなときに現れた可能性だ。

 凡才よりも一段劣る才能。魔術を覚えたのが遅かった上に、向上心も見られない。

 それでも竜胆の血を引く者は現在澪音しかいない。権蔵は伝統的な魔術師としての教育を施した。

 それが自分の寿命を縮める結果になるとも知らず。

 

 どたどたと急に聞こえてくる忙しない足音。その音が部屋に少しずつ近づいて、襖越しに声が響いた。

「当主様、澪音様が帰られました!」

 竜胆家に仕えている使用人が慌てた様子で叫んだ。その声を聞いて権蔵は声を張り上げる。

「すぐにこの部屋へ連れてこい」

 権蔵は家長として命令した。何があったか問い詰めるために。


「当主様、竜胆澪音ただ今帰りました」

「入れ」

 権蔵は椅子にふんぞり返ったまま、澪音に指示した。

 

「失礼します」

 襖を開けて部屋に入る澪音。その姿に思わず視線が引き寄せられた。

 背筋を伸ばし、楚々とした歩みで部屋の中央へ歩み寄る。生まれたときからそうであるように凛としていた。

 

 権蔵はその雰囲気をどことなく異様に感じていた。いつも怯えて背中を丸めていたのに。

 まるで何かに自信を授けられたようだ。


 権蔵は少しの間言葉を失っていた。しかし、首を軽く振ってやるべきことを思いだす。

 

「澪音、どうして帰宅が遅くなった」

 権蔵はきつい口調で問い詰める。

 高校生の孫がいきなり深夜に帰ってきたのだ。嘘でも相手を気遣う言葉をかけて然るべきではないだろうか?


「ご心配はなさらないのですね」

 澪音は落ち着いた口調で権蔵に問いかける。その笑顔はきれいでとても冷たい。

 権蔵を見つめる瞳は、深海でも見ているように暗く深い闇を覗かせていた。

 

「なんだ、優しい言葉でもかけて欲しかったのか?竜胆家にも魔術界にも全く貢献できていない分際で」

 権蔵にそのような気遣いをする選択肢すら浮かばなかった。澪音のことを徹頭徹尾道具として扱っている。


 澪音は微笑んだ。

 最後まで最低の人間でいてくれたことに。ほんの一欠けらの戸惑いすらなく殺せることに。


「死になさい、竜胆権蔵」

 凍えてしまいそうな冷たい声と共に隠していた魔力を解放させる。権蔵とは比較にならない膨大な魔力が荒れ狂う。

 凄まじい魔力を肌で感じて、反射的に椅子から飛び上がる権蔵。歴戦の猛者であっても、戸惑いを隠せなかった。


「何だこの魔力は?」

 魔力だけで部屋の空気が変わったように感じられた。それは魔術師では到底起こすことのできない現象であった。

 

「澪音、貴様まさか魔女に⁉」

 これほどの魔力。それ以外ありえなかった。

 

「やっぱりわかるのね。魔術師とは違う、この素晴らしい力が」

 澪音は恍惚とした顔で自分の肩を抱く。

 その素晴らしさに感動していた。大嫌いな魔術師と違う、魔女の力に。

 権蔵はその顔を見て鳥肌を立てた。


「何故だ、貴様。なぜ人類に仇成すような存在になった」

 権蔵は本気でわからなかった。なぜ、澪音が禁忌に手を染めたのか。

 魔女とは己の欲望のため、人に仇成す救いようのない化け物。澪音にも口を酸っぱくして伝えていた。

 

 その顔を見て澪音は笑みを深める。あまりに滑稽で。

「本気でわからないの?だとしたら、救いようがないほど愚かね」

 

 澪音は権蔵のことを心の底から憎んでいた。拷問のような日々を課す権蔵を、ずっと惨たらしく殺してやりたいと思っていた。

 しかし、その感情は暴力で押さえつけられた。

 繰り返された暴力は、澪音の心に闇を溜め込ませた。その闇は魔女になったことで解放された。


「私はあなたを殺す。竜胆家を潰す。そのために魔女になった」

 澪音の瞳から隠しきれない闇が溢れる。怨嗟と憎悪が凝り固まり、溢れんばかりの魔力の燃料となっていた。

 

 権蔵と竜胆家をこの世から消し去る。その願いは彼女の魔法にしっかり現れている。

「津波」

 言葉を発すると、澪音の足元から茶色く濁った水が溢れる。部屋の中をバスタブのように水で埋め尽くさんとする。

 澪音の魔法は水を創り出し、操るもの。両親の命を奪った、澪音にとっての死の象徴。

 それが今度は澪音の武器となり、澪音の願いを叶える。

 

「断絶障壁」

 権蔵は我に返り、素早く術式を構築する。藍色の術式は権蔵の前に大きな壁を創り出す。

 津波は障壁に阻まれて権蔵に辿りつけない。空間を切り裂いて、周囲を空間を隔離した。

 これが空間を操る竜胆家の力。そして、長年魔女と戦ってきた権蔵の力だ。


「あれだけ目をかけてやったというのに、魔女になるとは」

 感情を見せたのはほんの一瞬。すぐさま仕事をする顔になる。魔女を屠り、裏社会を支配線とする魔術師の顔に。

 

 澪音を人類の災厄と断定した。躊躇をする理由などない。

 権蔵は髭を触りつつ戦略を練る。障壁を維持しつつ次の魔術を選ぶ。


 ただ、それを悠長に待つほど澪音も馬鹿ではない。

 障壁の上からら大量の水が押し寄せ、断絶した空間の周りを水で覆う。解除した途端、溺れるように。

 部屋は半分以上水で埋まり、水槽の中のようだ。澪音の周囲数十センチだけが空気に守られている。

「まるで籠の中の鳥ね。気分はいかがかしら?」

「ふん、相変わらず愚かだな。状況の理解すらまともにできないとは」

 確かに権蔵が面倒な状況に追い込まれたのは事実だ。しかし、詰みではない。


「転移!」

 権蔵は素早く術式を構築して転移を行う。 一日に二、三度しか使えない大技を躊躇なく切った。

 有効なカードを間違えない判断力。そしてピンチをチャンスに変える機転。

 権蔵はそれらを兼ね備えていた。


 権蔵の転移先は澪音のすぐ後ろ。逃げた先で敵の首を切り落とすことを考えていた。

 懐から出した扇子に空間属性の術式をまとわせ、全てを切り裂く武器に変える。

 障壁と同じで対象を空間ごと切り裂く一閃。どれだけ硬度を上げようと何の意味も持たない。

 

 同じ空間属性で防御しないと、澪音の首が飛ぶ。権蔵の見る限り、澪音の魔法に空間の属性はない。

 必然的に魔術で防ぐしかないが、澪音の術式制御は甘い。これで決着――

 

「そうだよね。魔術師は魔女の寝首をかくことしかできない卑怯者だよね」


 澪音の身体から大瀑布のような水があふれる。その勢いに権蔵は押し流された。

 洗濯機の中のハンカチのようにかき混ぜられる。

 もがいてももがいても、水から逃れることはできない。オリンピックの金メダリストだろうと、ここから逃げることは不可能だ。


「いい気味」

 権蔵の無様な姿に澪音は口元を邪悪に緩める。

 澪音は初めから予想していたのだ。権蔵が空間魔術で不意打ちをして来ると。

 そして、相手は腐っても魔術の家の当主。自分が同じ土俵では太刀打ちできないことも。


 ならばどうするか?それは権蔵が範囲に入った瞬間、自分も巻き込んで魔法を発動することだった。

 どう足掻いても攻撃の一瞬は近寄らなければならない。魔女が相手なら確実に一撃を叩きこまないといけないから。

 権蔵の攻撃するその瞬間こそ、澪音のチャンスでもある。相打ち覚悟でその一瞬にかけた。

 

「ぐがっ、ごぼぼ!」

 窒息などという生易しい結末ではない。全身を壮絶な痛みが襲う。

 骨も間接も内臓も関係なくかき混ぜられ、人の形すら失っていく。それが魔術協会の重鎮の最期であった。


 そして、澪音自身も水流の中で混ぜられる。自分の起こした魔法だからと、無傷ではいられない。

 激しい痛みが澪音の全身を襲う。それでも澪音は魔法を解除しない。むしろその威力と範囲を増大させる。

 荒れ狂う水は執務室を超えて竜胆家を徐々に呑み込んでいく。建物も、そこにいる人も、罪かされられた歴史も等しく無へ。


「こんな家、滅びればいい」

 水の中で独り、澪音は呟いた。

 それが竜胆澪音の全てだった。自分も含めてあの家に関係するもの、全てこの世から抹消したかった。

 その怨念は豪邸一つを潰し、なお拡がった。侵食を続ける水のドームは竜胆家を沈めていく。

 

 長年かけてしたためられた魔術書も、魔術協会から送られた表彰状も、歴代当主の肖像画も。等しく茶色い水の中に沈む。

 魔術師が紡いだ歴史など、魔女という天災の前では塵芥と同じ。その事実を改めて知らしめた。

 魔術協会の中で口にすることすら嫌悪される事件。それを起こしたのが竜胆澪音改め、九條澪音である。


♦♦♦


「これが魔術師を嫌う理由。そうでしょ?」

 瑠愛は自分の見た澪音の過去を全て語った。その語りを理愛も澪音も止めなかった。

「本当にぺらぺら喋ってくれたわね。デリカシーってものがないのかしら?」

 澪音がセットされた髪をガシガシと搔きながら苦言を呈す。横槍こそ入れなかったが、あけすけに語られることを快く思うわけではない。

 

「申し訳ございません。うちのご主人様はそういうことが苦手でして」

「本当、ごめんね。そのことに関しては本当に悪いって思ってるよ」

 理愛に促されて瑠愛も謝罪する。

 戦闘に必要な行為ではあったが、人の過去に土足で踏み込んだのは気まずい。瑠愛はそう思っていた。


「まあいいわ。これでわかったでしょう?魔術師は碌なものじゃないのよ」

 澪音は髪をかき上げて目を細める。最初の余裕ある淑女の顔ではなくなっていた。

 殺意と憎悪に満ち満ちた復讐者の目。見るだけで鳥肌が立つようなものだ。


「長い歴史の中で腐敗して蛆が湧いている。それが魔術師であり、魔術協会よ」

 澪音は語り続ける。瑠愛と理愛へ言い聞かせるように。

「私は澄和様に救われた。そして、魔術協会を潰すという崇高な理念に賛同した。だから、こうしてその計画の先兵として動いている」

 澪音は一歩ずつゆっくりと歩みを進める。瑠愛と理愛が立つその場所まで。


「なるほど、それがあなたの狙いですか」

「どういうこと?」

 理愛は納得したようにうなずいた。その様子を見て瑠愛が疑問に思う。

「戦闘中、こんなにゆっくり話しているのを止めなかった。それは都合がよかったからですね。ご主人様の心変わりを促すのに」

 理愛の言葉を聞いて瑠愛は澪音の顔を見る。その顔は笑みを深めていた。

 

「あら、わかっちゃった?」

「ええ、でもなければ自分のトラウマを掘り起こされて、のんびりと待っているわけないでしょう」

 二人の間に生温い風が吹く。目論見がばれてなお、澪音の顔には余裕が浮かぶ。

「知ったでしょう?見たでしょう?魔術師の醜さを。あなたはあんなもののために戦えるの?」

 澪音は両手を広げて舞台の演者のように負の感情を露にする。どう見ても、操られている人間のそれではなかった。


「あなたは魂魄の魔女に操られているわけじゃなかったの?」

 瑠愛は目を凝らして澪音の魂を見る。その魂の中では明らかに他人の魔力がうごめいていた。まるで寄生虫のように。

 紫色の魔力が澪音の魂に根を張っている。間違いなく魂魄属性の魔力に犯されている。

 魂魄の魔女が使用する魔法、傀儡。その証だと思っていたのに。

 

「ああ、あなたには見えてるのね。澄和様に授けていただいたこれが」

 澪音は愛おし気に自分の頭を撫でる。自分の中にある他人の魔力を受けいれている。それが瑠愛には酷く不気味に映った。

 

「これは私が自ら志願して授けていただいたの。いわば、澄和様に捧げた忠誠の証よ」

「そんなものを身体に取り込んでいたら、いくら魔女でも支配されるよ。相手は魂魄の魔女なんだから」

 瑠愛は澪音に忠告する。瑠愛がそうできるように、魂魄の魔女も人を操ることができる。澪音の行為は自分の首に鎖を巻き付けるようなものだ。

 

「むしろ、それで魔術師を滅ぼすのに貢献できるなら、喜んで澄和様の傀儡になるわ。この命、とおの昔に捧げてるもの」

 澪音は自分の胸に手を当てて語る。心の臓は捧げたと言わんばかりに。

 瑠愛と理愛は気圧される。その覚悟と胆力に。

 

「魔術協会は滅びないといけないこの世の癌。あんなものを放置していたら、世界まで腐ってしまう」

 澪音は瑠愛と理愛の前で手を差し出した。これ以上なく真剣な顔で。

 その手を見て、瑠愛の手はピクリと反応した。それがどのような感情によるものなのかは瑠愛自身わかっていない。

「私と一緒に魔術協会を討ち取りましょう。優秀な魔女さん」

 その顔は紛れもなく、狂信者の顔であった。


「木を見て森を見ていないわね」


 空間が窓ガラスのように割れ、刀を持った緋真が現れる。その手に持った九天は既に振りかぶられていた。

「な⁉」

 流石の澪音も突然の事態に困惑する。


「魔術協会がきれいな組織じゃないのは私も認めるわ。でも、それだけが全てじゃないでしょう」

 緋真は刀に目一杯の魔力を込めて振り下ろす。神速の一閃は遂に澪を捕えた。


(こいつの攻撃なんて私の魔法で)

 澪音はとっさに水を創造して防ごうとする。右腕にまとってガントレットのように。

 澪音の中で緋真の評価は地の底。敵に値しない。

 昨日と同じ魔法と魔術のぶつかり合い。軍配は澪音に上がる。そう思っていた。

 

「な⁉」

 しかし、澪音の創造した水はあっさりと切り裂かれる。緋真の刃に澪音の魔法が負けた。

 澪音の二の腕から先がくるくると血しぶきを上げながら宙を舞う。それを見ながら、澪音は目を見開いた。

 

(いったい何が起こった?)

 混乱する澪音とは裏腹に身体は最適な行動を選択する。防御から回避に切り替え、振り下ろされる刃をよけ続ける。

 そしてようやく気付いた。攻撃の正体に。

 

(物理じゃない。これは空間属性!)

 繰り出される剣戟の中、澪音は緋真の剣がまとっている色を見逃さなかった。それは物理属性の黄色ではなく、空間属性の藍色であった。

 魔術は魔法には勝てない。それは同じ属性に限った話である。

 空間属性は世界を切り裂く。いくら硬度があろうと、柔軟性を持っていようと、紙のように切り裂かれる。


「津波」

 残った左腕を振るい、魔法を操る。そして緋真に距離を取らせた。

 緋真は素早い歩法で瑠愛たちの下へ駆け寄った。


(とど)めはさせなかったわ。せっかく念入りに奇襲したのに」

 緋真は最初からこの戦場に立っていた。ただし、次元のずれた異空間に。

 そこでずっと身を潜めて待っていた。空間属性が不得手である緋真には、それしか奇襲の方法がなかった。

 

「いえ、お手柄ですよ」

 この奇襲は緋真だからこそ成立した。既に警戒されている理愛ではあんなに安易な防御は選択してくれなかっただろうから。

 そして、この一撃は大きな意味を持つ。

 

「あの人の魔法の属性は恐らく『創造』『物理』『魂魄』。回復に必要な『時間』も『生命』も持っていません。簡単に治療できないでしょう」

 理愛はスッと目を細めて澪音を見る。その先で澪音は切られた手の代わりに水の手を生やしていた。

 即席の義手を用意するのは流石としか言えない。しかしそれは、簡単に治せないと言っているようなものだ。

 

「空間属性、使えたのね。そういえば、その武器をしまっていたのは空間魔術だったわ」

 澪音は緋真の武器、九天をにらみつける。昨日の戦いで取り出したとき、緋真は空間魔術『空納』を解除していた。

 一番最初に澪音にも見せていたのだ。空間魔術が使えることを。

 

「見くびられたものね。二十年以上魔術を学んだ人間に使えない属性があるとでも?」

 緋真は澪音に向けて虚勢を張る。

 空間魔術を使えるが、緋真のそれはあくまで補助レベル。緋真の得意はもっぱら物理であり、その技量は理愛にすら劣っていた。


「私も焼きが回ったわね。こんなゴミ相手に不覚を取るだなんて」

 澪音は目元を押さえて、かぶりを振る。落ち込んでいるような格好だが、彼女の放つ雰囲気はそうでない。

 瑠愛たちはその気配を肌で感じていた。

「遊びはこれでお終い。あなたたちのことちゃんと沈めてあげるわ」

 澪音の背後で濁流が渦を巻く。その色は、茶色く濁っていた。

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