お屋敷の仲間たち
今回の登場人物はすごく多いです
とりあえず、屋敷にはいろんな人がいると、覚えてもらうだけどもありがたいです。
その日、俺は家族みんなが集まるリビングのまんなかで、座布団の上にちょこんと座っていた。
「ヴァル、今日はね、家で働いてくれてる人たちを紹介してあげるわ」
母さんがニコニコしながら言った。
周りにはルミエラ姉さんとエルミナ姉さん、そして隣にはリオル兄さんも座ってる。俺がちょっとでも動こうとするとすぐ支えてくれるから、たぶん落ちないと思う。
「まずは、最初にヴァルが会った人……覚えてないだろうけどね」
母さんが声をかけたその先から、ふくよかな女性がゆっくり歩いてきた。
白いエプロンをした優しそうな女性で、髪をきちっとまとめている。
「はーい、マルタでございますよ〜。ヴァル坊ちゃま、またおっきくなったんですねぇ」
彼女の名前はマルタさん。俺が赤ちゃんとして生まれた直後、最初に目にした大人の一人だ。
いつも笑顔で、どんな時もやさしく話しかけてくれる。
オムツ替えとか沐浴とか、俺の命を支えてくれてる人と言ってもいい。
でも、それ以外の人のことは知らないいつもマルタさんが。
「マルタはね、昔からこの家にいて、あなたの面倒を一番たくさん見てくれてるのよ」
「ふふ、坊ちゃまが泣いても、だっこしてるとすぐ泣きやんでくれるんですもの。きっと私のこと、好きなんですねぇ」
うん、たぶん好き。安心感があるし、いつもいい匂いする。
「次はこの人よ」
母さんが手を動かすと、今度はすらりと背の高い人がスッと現れた。
「執事のバルザムです。坊ちゃま、よろしくお願いいたします」
声が低くて落ち着いていて、背筋がピーンと伸びてて、まさに執事って感じの人。身長がとにかく高くて、大人たちの中でも頭一つ分くらい抜けてる。
「バルザムは家の中のことを全部把握してるの。困ったことがあれば、バルザムに言えば大体なんとかしてくれるわ」
「いえ、私などはまだまだ。坊ちゃまが元気に育ってくだされば、それで十分でございます」
口調はかたいけど、どこかやさしさがにじんでる気がする。
よく見ると、俺がちょっとふらついただけでさりげなく近づいてくるから、たぶん相当注意深く見てる。
「はい、次はこの子〜!」
ルミエラ姉さんが勢いよく言った。すると、ぱたぱたと足音を立ててやってきたのは、赤毛がきれいな若い女性だった。
「レアナです。坊ちゃま、よろしくお願いしますね!」
元気な声とキラッとした笑顔が印象的。髪は肩までの長さで、くるんと軽く巻かれている。目つきがちょっとキリッとしてて、かっこいい感じの美人だ。
「レアナは元々冒険者になりたかったんだけど、うちで働いてくれてるのよ。家事もできるし、剣もちょっとは使えるし、けっこう頼りになるの」
「ちょっとって何よ、エルミナには負けないくらいの腕前よレアナは!」
「え〜、私は魔法使うから」
あ、また始まりそうな雰囲気。
「やめなさいってば、ヴァルの前で」
母さんの声でぴしっと止まる双子姉。
「はい……」
「はい……」
なんかすごいな、母さんの一言で静かになるの。
「そしてもう一人。ニコル、おいで」
そう呼ばれて出てきたのは、俺とそう年が変わらなさそうな、小柄な男の子だった。髪はちょっとぼさぼさで、笑顔が元気いっぱい。
「ニコルです!坊ちゃまとは年近いかもっすけど、俺、立派なメイド見習いっす!」
メイドって言ってるけど、たぶん性別的には男の子。 でも、掃除とか道具運びとか、よく家の中を動き回ってるのを見かける。
「ニコルはね、ちょっと事情があってこの家に来たんだけど、今は大事な家族の一員よ。あなたともきっと仲良くなれると思うわ」
「うん!坊ちゃま、いつか一緒にかくれんぼとかしようっす!」
その言葉だけで、ちょっと心があったかくなる。 みんな、それぞれちがうけど、ちゃんと俺のことを見てくれてる。
「この四人が、今あなたのそばでいちばん関わる人たちよ」
母さんがやさしくそう言って、俺の頭をなでてくれる。
あったかくて、なんだか眠くなりそう。
でもその時、父さんがどっしりした声で言った。
「では、次は屋敷の他の者たちも紹介しておくか」
その声に、使用人たちがぴしっと背筋を伸ばす。
「まずは料理長のロゲルド。厨房から呼んでくれ」
バルザムが一礼して、すぐに扉の向こうへと消えていった。
しばらくして、ドスン、ドスンと足音が響き、そのあとから大男が現れた。
「失礼いたします。料理長ロゲルド、まいりました」
胸板が厚くて、肩幅も広く、父さんに引けを取らない体格の男だ。肌は日に焼けていて、エプロンの下には筋肉の厚みがにじんでいる。
「ロゲルドは昔、城の厨房で働いてたこともあるんだぞ。腕は確かだ」
「ヴァル坊ちゃまのためにも、栄養バランスばっちりの離乳食、毎日考えておりますぞ!」
そして後ろから、茶髪の男性がひょっこり顔を出す。
「僕は料理人のカイです。坊ちゃま、あんまり味濃いのはまだ無理だけど、甘いのが好きならがんばりますよ」
やさしい雰囲気の、普通っぽい青年だった。
「カイはお菓子作りが得意なの。ヴァルの誕生日には、ケーキを作ってもらいましょうね」
「おっ、任せてください!」
その後ろに、もう一人の男がいた。髪は青緑っぽいターコイズ色で、頬に細い傷が一本走ってる。
「俺はレーン。同じく料理人だ。あんまり喋るの得意じゃねぇけど、味で勝負するぜ」
低い声と無愛想な雰囲気。でも目は真剣で、料理に情熱を持ってるのが伝わってきた。
「レーンは魚料理の名人よ。いつかヴァルも食べられるようになるわね」
「……その時は、最高の一皿を用意してやる」
そして、庭の方からひょっこり顔を出したのは、おじいさんだった。
「おお、紹介の時間かね?」
「ヴァル、この人は庭師のソロンよ」
「ほっほ、わしはもう年寄りだがな、木と草の話なら誰にも負けんぞ」
シワの多い顔に優しい笑みを浮かべて、腰を少しかしげながらも、しっかりと立っていた。
「庭の手入れだけじゃなくて、薬草や食用植物も育ててるの。ソロンがいなきゃ、厨房も困るのよ」
「ふぉっふぉ、それほどでもないがな」
ソロンはにこにこしながら、俺のほっぺを軽くつついた。
「ほっぺた、いい色してる。元気で何よりじゃ」
「次はミレーナよ。洗濯や裁縫の達人さん」
リビングの奥から、体格のしっかりしたおばちゃんがやってきた。大きな洗濯カゴを持ってて、肩で息してる。
「ミレーナです。ヴァル坊ちゃまの肌には、この布がいちばんよさそうねぇ」
「ミレーナは、みんなの服やベッドの管理もやってくれてるのよ。使用人たちの制服も、ぜんぶ彼女が縫ってるの」
「針一本あればだいたい何でも直せるわよ。ほつれでも破れでも、気軽に言ってちょうだいね」
「次は書庫番、フリオ」
本の山の向こうから、メガネをかけた細身の男がスッと現れた。年齢はよくわからないけど、背筋がしゃんとしてて、まるで本の精霊みたい。
「フリオです。坊ちゃまが文字を読めるようになったら、ぜひ書庫にいらしてください」
「フリオは家の記録や財産目録なんかも管理してるの。とっても頭がいいのよ」
「学ぶ意欲がある子は大好きですよ。楽しみにしてます」
「最後に、馬番のロッシュ」
土と藁の匂いをまとった大柄な男が、ゆっくりと入ってきた。
「ロッシュだ。馬と世話係やってる。生き物の声のほうが、ヒトより素直で好きだ」
「ロッシュは馬だけじゃなくて、使い魔の世話もしてくれてるの。大事な命を預かってるのよ」
彼はただ一言「うむ」とだけ返して、でも俺の目を見てうなずいた。
リビングには、いろんな人の気配があった。家族じゃないけど、大事な人たち。
彼らのおかげで、この屋敷がちゃんと生きてるんだと、そう思った。