表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

はじめて、立った日の魔法

母さんの腕の中は、やっぱりあったかい。

お昼の光が窓から差しこんで、部屋の中をやわらかく照らしていた。

母さんのクリーム色の髪が、きらきらと光って見える。


(なんか、こうしてると……眠くなるなあ)


そう思って目を細めていると、部屋の奥の方から、なにやら声が聞こえてきた。


「ルミエラは大雑把すぎる」

「はあ!? 魔法ばっかり頼ってるくせに偉そうに言うなっての!」


(……姉さんたち、またやってる)


母さんの胸に抱かれたまま、そっと首を動かして見てみると、ルミエラ姉さんとエルミナ姉さんが、真正面からにらみ合っていた。


ルミエラ姉さんのポニーテールが、怒りでピョコピョコ揺れている。

その手には、また木剣。


「やってやるわぁぁ!!」


ルミエラ姉さんが叫ぶと同時に、地面を蹴って突っ込もうとする!


エルミナ姉さんはため息をついたように目を閉じて、手を前にすっと出す。

その指先から、ふわっと風が集まり――


「そよ風の精よ、我が頬を撫でたまえ

静けき羽音と共に――『ウインドショック』」


次の瞬間、ビュオッと突風が生まれ、ルミエラ姉さんの体が浮き上がった!


「うわっ!? ちょ、バカエルミナァッ!!」


吹き飛ばされてゴロンと転がったけど、すぐに起き上がって剣を構え直す。

しかしエルミナ姉さんは、追撃の手をゆるめない。


「潤いを携える水の精よ、いま滴りたまえ

ひとしずくの恵みをここに――『ウォーターボール』」


エルミナ姉さんの声と共に、水球がふたつ、ふわっと宙に浮かび――そのままルミエラ姉さんに向かって発射された!


「なめんなぁぁぁあああっ!!」


ルミエラ姉さんが叫びながら木剣を振り抜くと――二つの水球はきれいに真っ二つに割れて、しぶきになってはじけ飛ぶ。


「よし、ぶっとばすっ!」


水をものともせず、一気にエルミナ姉さんの懐へ!


(うおお……すげぇ、なんかアニメみたいだ……)


俺は母さんの腕の中から、まばたきもせずその光景を見ていた。

まるで魔法と剣のバトルシーン。

いや、実際そのまんまなんだけど。


だけど――


「……ふふっ」


母さんが、小さく笑って、すっと背筋を伸ばした。

そして、少しだけ深めの咳払いを一つ。


「ゴホン」


……それだけだった。


なのに、


「うっ……!」

「や、やば……」


二人とも、ピタリと動きを止めた。

そして、ゆっくり、ものすごーくぎこちない動きで、母さんの方を見る。


(……あー、こりゃ怒られる)


予想通り、母さんの顔はニコニコしているけど、その目はまったく笑ってなかった。


「ルミエラ、エルミナ。どういうつもりかしら?」


「えっと、その、軽い遊びで……!」

「そ、そう、風でちょっと転がしただけで……」


「家の中で武器と魔法は使わないって、何度も言ったわよね?」


「ごめんなさい……」

「はい……すみません……」


ぺこりと頭を下げる双子姉妹。

なんというか、これがいつもの流れらしい。

母さん、やっぱりこの家で一番強い気がする。


そんなやり取りを見ているうちに、ふと頭の中に引っかかった言葉があった。


(ルミエラ、エルミナ……うん、これは姉さんたちの名前だ)


そして、俺は言語をほとんど理解できるようになっていた

母さんの名前は「アメリア」

父さんの名前も、この前の食卓で呼ばれていた。「ギルベルト」。

そして、兄弟の一番下の男の子が、「オルリック」


(ようやく……家族全員の名前が、わかってきたな)


名前がわかると、なんだか急に身近に感じる。

自分がちゃんと、ここに“いる”って、そう思えるような気がする。


その日、夕方――

父さんと母さんが、そろってリビングにいた。


俺は、ちょこんと座布団の上に座らされていた。

最近はもう、かなり動けるようになってきて、ハイハイもスピードアップしてる。


だけど、この日は……なんか、いけそうな気がした。


(よし……今だ)


ぐっと手を握り、ぐらつく体を一度前に傾けて、反動をつける。


そして――


「んっ……!」


ふらつきながらも、俺の足が床にぺたりとついて、


ゆっくり、ゆっくり……体を起こした。


「……ヴァル!?」


母さんの声。


「おお……立ったぞ……!」


父さんの低いけど嬉しそうな声。


俺は、ふらふらと体を揺らしながらも、なんとかその場に立ち続けていた。


数秒。


でも、ちゃんと“自分の足”で立てた。


母さんがうるうるした目で近づいてきて、俺をぎゅっと抱きしめてくれた。


「すごい、すごいわ……ヴァル!」


その声が、心にじんわり染みる。


(……よかった。ちゃんと、この世界で生きてる)


そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ