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確信

……どれくらい眠っていたのか、わからない。

でも、目を覚ましたとき、ぼんやりとした頭の中に――ひとつの言葉が浮かんだ。


(あれ……なんか、俺……)


目の前にあるのは、やわらかくて白い布の天井。ふかふかのクッション。あたたかい肌触りの布。

そして、その中に小さく収まっている、自分。


(……俺、赤ちゃんになってないか?)


その瞬間、体の中が一気に冷たくなった気がした。

……いや、そんなバカなって思った。最初は。

だけど、自分の小さな手を動かしてみると、ぷにぷにしてて、なんかおかしい。


その手で顔をさわろうとしても、思ったように動かない。

うまく力が入らないし、指もうまく開かない。

何より、手が……小さすぎる。


(……え、うそ。マジで……)


 

そして、そのまま、ふっと胸にだかれる。

あのクリーム色の髪の女性が、俺の顔をのぞきこんで、優しくほほえんでいる。

大きな青い目と、あたたかい笑顔。

その顔が、すごく近い。やっぱり、前の人生じゃ絶対こんなに人の顔が大きく見えることなんてなかった。


(やっぱり……俺、赤ちゃんに……なってる?)


目の前の彼女が、何かを話しかけてくれる。

でも、また聞いたことのない言葉だった。


 

「ヴァル……シェリィ……」 


やっぱり、言葉はわからない。日本語でも、英語でもない。

イタリアとか北欧の言葉なのだろうか。



ーーそして、日がたつにつれて、色々とわかってきた。


俺を抱っこしてくれる女性――クリーム色の髪の人は、たぶん“母さん”。

家の中で一番やさしくて、一番よく俺のそばにいてくれる人だ。

言葉はまださっぱりだけど、声のトーンとか、表情とか、あったかい手とかで、

なんとなく「この人は母親だ」って、心が感じている。


そして、大きな体でいつも堂々としてるあの金髪の男は、“父さん”。

大きくて、声が低くて、ちょっとこわそうだけど、母さんと話すときは、やさしい目になる。

俺のことも、たまに無言で頭をなでてくれる。

その手が、あったかくて、なぜかすごく安心する。


 

それから、三人の兄弟姉妹――。

まず、元気いっぱいの金髪の女の子。ポニーテールがピョンと跳ねてる。

この子は、たぶん“姉”。走り回ったり、笑ったり、よく大声を出したりしてる。

一番最初に俺の顔をのぞきこんで、ニッて笑ってくれた子だ。

毎日毎日、全力で遊んでる。俺を抱き上げようとして、母さんに怒られたりもしてる。


 

次に出てきたのが、色白で静かな女の子。

髪はアリシアと同じ金色だけど、肌が透けるみたいに白くて、話し方もゆっくりで優しい。

一人目の子とたぶん“双子だろう”。

この子は、よく俺のそばに来て、やさしくなでてくれる。

たまに、小さな花とか、きれいな石を持ってきて、俺に見せてくれることもある。



そして、最後の男の子。

クリーム色の髪で、目が少しきりっとしてるけど、どこか控えめで、落ちついた雰囲気

この子は、俺とすごく相性がいい気がする。まだ赤ちゃんの俺の手をそっとにぎってくれたり、

なんとなく、俺と同じ空気を持ってるっていうか……兄弟って感じが強い。


こんなふうに、家族みんなが俺にやさしい。

みんなが笑ってくれて、みんながあたたかくて――。


もう一つ分かったことがある

自分の名前だ、どうやら「ヴァル」というらしい

家族が俺に会うたびに、何回も繰り返されるから、たぶん俺の名前だろう。



 


ーーそして、日が昇って沈み、朝が来て夜が来て、何日もたった頃。


俺は、はっきりと気づいた。


 


(ここ……異世界だ)


 


最初は、ただの外国かと思ってた。

でも、違った。決定的に、違った。


まず、この家の中に、前の世界にあったような“機械”がまったくない。

テレビもない。スマホも、電子レンジも、冷蔵庫も、洗濯機も、何もない。

なのに、生活はちゃんと成り立ってる。水もお湯もあるけど、配管もスイッチも見たことがない。

お風呂は、いつもいい匂いがしてて、木の桶にお湯が満たされてる。


 


そして、壁に飾られていた、あの――




(……あれ、ドラゴンだよな?)


 


大広間の壁の上のほうに、巨大な何かの頭の剥製が飾られてた。

ウロコに覆われて、目のくぼみがギラギラしてて、牙もすごく鋭かった。

見たこともない生き物。だけど、ゲームや本の中では何度も見たことがある。


 

(ドラゴン。……それ以外に、ない)


 

決定的だったのは、その日の夜。

双子の姉のひとりが、俺のそばで小さな水玉を浮かせてくれたのだ。

その水玉は、ふわふわと宙に浮かんで、俺の顔の前をゆっくり動いた。

まるで、風船か、シャボン玉みたいに。


「ルファリナトルケビーウ」


姉がそう言った瞬間、水玉はくるくる回って、ちょっと輝いた。

……魔法。完全に、魔法だった。


これはもう、間違いない。


ここは、異世界。


俺は、異世界に――生まれ変わったんだ。



――それから、どれくらいの時間がたったんだろう。

朝が来て、夜が来て、また朝が来て――


俺は、赤ちゃんとしての人生を、なんとか過ごしていた。

たぶん、生まれて半年くらいはたったと思う。


あいかわらず、俺は赤ちゃんのままだ。

だけど、生まれたてのときよりは、だいぶマシになってきた。

首はちゃんとすわって、今ではハイハイもできるようになった。

まだ歩くのは無理だけど、家の中をよちよち動き回るくらいはできる。

ベビーベッドから脱出するのが最近のマイブームだったりする。


それでも、赤ちゃんって……ほんとうに不自由だ。


(言葉、通じない……)


「うー」とか「ばー」とかしか言えないし、言いたいことが伝わらないことが多すぎる。

母さんや姉たちが優しく話しかけてくれるのはうれしいけど。


あと、手足もまだまだ自由には動かせない。

思ったより力も出せないし、うまくバランスを取れなくて、たまに頭から転げて泣きそうになる。


(つーか、泣くしかできないの、ほんと情けない……)


でも、ある日――

その不安を少しだけ吹き飛ばしてくれる“感覚”を知った。


 


……魔力だ。


 


ちゃんと説明はできないけど、

体の奥が、じんわりあたたかくなる時がある。


とくに、母さんが俺を抱いてる時や、双子の姉がなでてくれる時。

目には見えないけど、空気がふわっと変わる。

体の中に、なにか“力”が通る感じがするんだ。

ほんの少しだけど、その感覚に気づけるようになってきた。


 


(これが、魔力……?)


 


まだコントロールとかは全然できない。

でも、存在ははっきりわかる。俺の中にも、ちゃんとあるんだ。


……ところで、言葉についてだけど。

最近、ちょっとだけ分かるようになってきた。


もちろん、全部じゃない。まだ「意味がわかる!」ってほどじゃないけど、

何度も何度も繰り返される言葉だけは、なんとなく「こういう意味かな?」って思えるようになってきた。


たとえば「ヴァル」。これは、完全に俺の名前だ。

みんなが俺を見るたびに、にこにこしながら呼んでくれるから、もう確定。


それから、「ママ」「パパ」みたいな、家族の呼び方もだんだん分かってきた。

姉たちはどうやら、活発な方が「ルミエラ」おとなしめの方が「エルミナ」って呼ばれてる。

よく言い合いしてるし、名前の呼び方で双子ってこともハッキリしてきた。


それと、「アルベリオ」っていう言葉。これは家の名前……たぶん苗字か、貴族的な“家名”だ。





そんなある日、俺は家の中の広間で、とんでもないものを目撃する。

父さんが、木剣を手にしていた。相手は、姉のルミエラ。

ルミエラ姉さんは小さな体で、めちゃくちゃ元気に飛び回りながら、父さんに突っかかっていく。

その姿はまるで、野生の動物みたいだった。


だけど父さんは――ただ一歩も動かず、大きな剣で、すべての攻撃を受け止めていた。


(な、なにこれ……すげえ……)


剣と剣がぶつかるたびに、風が生まれるような迫力。

父さんの剣はとにかく大きくて、ひと振りするだけで空気が動くのがわかる。

でも、それなのに全部ルミエラ姉さんの動きを捉えてる。

しかも、ぜんぜん無理してない。まるで、余裕そのもの。


(……こんなの、現実で見たことない)


ゲームやアニメならよくあるけど、生でこんなの見せられたら……そりゃ、わくわくするだろ。


その日から、俺は父さんたちの稽古を見るのが日課になった。

言葉も体もまだまだだけど、できることはある。

観察して、感じて、覚えることだって、俺にはできる。


……ちなみに。


俺、最近ようやく母さんの母乳を卒業した。


(はーーーーー、やっとだ……!)


いや、もちろん、母さんに感謝はしてる。してるんだけど。

精神的にはもう三十路手前の男だし、いろいろ複雑な気持ちにもなるんだ。

ようやくおかゆっぽいものや、

すりつぶした果物を食べられるようになって、ほんと安心してる。


(いや……ありがたいことだとは思うよ? 命を育てるって意味ではさ……)


母さんは少しさみしそうだったけど、「ルネは成長が早いわね」と言うように笑ってくれた。

あの笑顔を見ると、なんか……また頑張ろうって思えてしまう。


そうして今日も、俺は赤ちゃんの体での、異世界の暮らしは少しずつ進んでいく。


いつかきっと――この世界でも、自分の足で立って、歩いていけるように。

誤字脱字、感想などがあれば是非教えてください!

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