目覚め
……あれ、ここは……どこだ?
ぼんやりとした意識の中、俺はゆっくりと目を開けた。
最初に感じたのは、温かさ。ふわふわとした何かに包まれて、妙に落ち着く。
だけど、目の前に見えるものは現実とは思えなかった。
……なんだこれ。でかい……顔?
すぐ目の前に、丸くてふくよかな女性の顔があった。
俺が知っているどんな女性よりも、顔が大きい。でかい。でかすぎる。
まつげも、瞳も、全部が大きすぎて、
なんだか動物園の大型動物に見つめられてるみたいだ。
女の人は俺の顔をのぞきこみながら、にっこり笑った。なんだか、すごく嬉しそうだ。
でも、安心するより先に、俺はちょっと怖くなった。
だって、見たことないくらい顔が近いんだ。
しかも、その人の手が信じられないくらい大きい。
「……う、うあ?」
思わず声を出そうとしたけど、うまく言葉にならなかった。
口の中が乾いているのか、舌が変なのか、「うあ」と「うー」しか出てこない。
(ここ、どこだ……?)
頭が混乱する。
俺は、確かにオフィスで倒れたはずだ。
あの冷たい蛍光灯の光、苦しかった身体、
全部、夢じゃなかったはずだ。
でも、今のこの状況はどう考えても現実じゃない。
「……オルネリァミンレーヴァ?」
女の人が優しく話しかけてきた。
でも、何を言ってるのか全然わからない。
日本語じゃないし、英語でもない。まったく知らない言葉だ。
「うう……、あ、あう……?」
自分の声も変だった。なんでこんなにうまく話せないんだ。
頭では「なんですか?」とか「ここはどこですか?」とか言いたいのに、
口から出てくるのは「うあ」とか「うー」だけ。
ふくよかな女の人は、俺の体をすっぽり包んで、ぬいぐるみみたいにひょいっと持ち上げる。
自分の体がすごく軽くてびっくりした。俺って、こんなに軽かったっけ?
いや、いくらなんでも、こんなに軽いはずがない。
自分の手も足も、なんだか小さくてぷにぷにしてる。
「……タリォオウルネミルカ」
その時、もう一人、違う女性が現れた。
さっきのふくよかな女性よりも、ずっと細くて背が高い。
髪はクリーム色で、長く柔らかく波打っていて、
顔立ちは信じられないくらいきれいで、ちょっとぼんやりしてる感じがした。
その人も、俺の顔をじっと見つめている。
「ミルナセシア……?」
また知らない言葉だ。
俺の知っている日本語でも、英語でもない。聞いたこともない音の並びだった。
ここはどこなんだ? 本当に俺、死んだのか?
夢なら早く覚めてほしいのに。
「トゥリア、アメリア、ラララ……」
ふくよかな女性が、俺をその女性にそっと渡す。
俺の体は、またふわっと持ち上がった。
クリーム色の髪の女性が俺をそっと受け取ると、ふわりと胸に抱きしめた。
体があたたかくて、胸のあたりからふんわりとした温かい匂いがした。
「う……あ、うう……」
思わず声にならない声をあげる。
クリーム色の髪の女性は、俺の顔をじっと見つめて、優しく微笑んだ。
「……うあ、あう……」
声にならない声を何度も出してみるけど、やっぱりうまく話せない。
どうしてこんなにしゃべれないんだ? 頭の中ではちゃんと考えてるのに……
でも、二人は優しく笑っているだけだった。
誰も怒ったり、怖い顔をしたりしない。それだけがちょっと救いだった。
ここは……どこなんだ?
壁にはきれいな刺繍の布が掛けられている。
知らないけど、どこかお金持ちの家みたいな雰囲気だった。
クリーム色の長い髪の女性に抱きしめられていると、ふくよかな女性が何かを言いながら部屋の扉の方へ歩いていった。
大きな背中が、ゆっくりと扉の向こうに消えていく。
扉がカタリと音を立てて閉まる。部屋には、今、俺とクリーム色の髪の女性だけが残った。
彼女は俺を胸に抱いたまま、優しく揺らしてくれる。
(なんで俺、こんなに小さいんだろう……)
自分の手を見ようとしたけど、思うように動かない。ぷにぷにしていて、なんだか頼りない。
俺の手はもっと大きくて、ゴツゴツしていたはずなのに。
その時――
ゴンッ、と扉の向こうから鈍い音がした。何か大きなものが、廊下を歩いてくる。床がミシミシときしみ、重たい足音が部屋の中に響いてきた。
なんだこの音……?
俺は思わずビクッと体をこわばらせる。クリーム色の髪の女性も驚いたように扉の方を見た。
次の瞬間、扉がバーンと大きく開いた。
「ガルヴァンルネスオルド!」
どこか響くような声が部屋に飛び込んできた。
扉の向こうから現れたのは、信じられないくらい大きな男だった。
いや、本当にでかい。身長は軽く二メートルは超えてる。肩幅も胸板もすごくて、まるでプロレスラーか、いや、それ以上だ。
男の髪は濃い金色で、短く撫でつけてある。顔は彫りが深くて、どこか外国の映画俳優みたいだ。鋭い青い目が俺をじっと見つめている。その目はちょっと怖いけど、どこかあたたかさも感じる。
(この二人、もしかして……この家の家族なのか?)
大男は部屋に入ってきて、クリーム色の髪の女性と俺を見ると、何か言葉を交わしている。だけど、やっぱり何を言ってるのかさっぱりわからない。
「ルーミナセリオガルヴァ」
クリーム色の髪の女性は優しそうな声で何か返事をする。
(うーん……二人とも、とてもきれいだし、絵に描いたような美男美女だな……。俺の知っているどんな家族よりも、みんな顔立ちが整ってる。ここはもしかして、すごいお金持ちの家なのか?)
大男は俺の顔をまじまじと見つめてきた。なんだか視線が鋭くて、ちょっと緊張する。
でも、すぐに大きな手が俺の頭を優しくなでた。予想外にあたたかい手だった。
その時、大男が部屋の外に向かって大きな声で呼びかけた。
「オルサードディガルド!」
またもや、意味のわからない言葉。でも、その呼び声はとても力強くて、優しさも感じる。
すると、廊下の向こうからドタドタと足音が響いてくる。扉がバタンと開いて、三人の子どもたちが勢いよく部屋に飛び込んできた。
最初に入ってきたのは、大男と同じ金髪に日に焼けている女の子。
次に入ってきたのは、同じ金髪だけど、肌が白い女の子。
最後に入ってきたのは、小柄な男の子。クリーム色のまっすぐな髪で、きりっとした目をしている。
(え? なに、この美男美女ばっかりの家族は……?)
三人は、俺のことをめずらしそうに見つめている。
金色のポニーテールの女の子は、俺の顔をのぞきこんでニッと笑った。
白い肌の女の子は、俺にそっと手を伸ばしてきた。
男の子はちょっと控えめに、でも興味津々という感じで俺のことを見ている。
クリーム色の髪の女性は、俺を大事そうに抱きしめたまま、三人に何か話しかけている。
みんなが俺の顔をのぞきこむたびに、なんだか恥ずかしいような、くすぐったいような気分になる。
(どうしよう……。俺、完全にこの家の注目の的になってる……)
三人の子どもたちは、俺を囲むようにして、興味津々で話しかけてくる。だけど、やっぱり何を言っているのか、まったくわからない。ただ、優しい声と笑顔だけは伝わってきた。
「ガルヴァ!」
「ルナセリオ?」
「トゥリア……」
みんなの声が重なって、部屋の中がにぎやかになった。
クリーム色の髪の女性は、俺を抱いたまま優しく微笑んでいる。
大男はそんなみんなを見て、満足そうにうなずいていた。
なんなんだ、ここは……?
不安と混乱が胸の中でぐるぐるまわる。
自分の体が小さいこと、言葉が通じないこと、みんなが美男美女すぎること――どれも現実感がない。
でも、みんなの表情はとてもやさしくて、俺を歓迎してくれているような気がした。
ふと、急にまぶたが重くなってきた。さっきまで頭の中がグルグルしていたのに、今はどうしようもなく眠い。体の奥から、こらえきれない眠気がどんどん押し寄せてくる。
あれ……なんでこんなに眠いんだ……?
クリーム色の髪の女性が、俺の背中をトントンと軽くたたいてくれる。そのリズムが、とても心地よかった。遠くで子どもたちの明るい声が響いている。
……もう、考えなくていいかな……少しだけ、寝てもいいかな……
そんなことを思いながら、俺の意識はゆっくりと薄れていった。
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