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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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91:村の合議制


 天幕で返信の手紙に目を通し、クロエはため息をついた。


「ま、王都に恩を売るいい機会だわ。国民たちを飢えさせるなんて、王族失格でもあるし」


 やがて王都から荷馬車の一隊が送られて来たので、荷台に麦袋を積み上げる。荷馬車隊を率いる騎士は恐縮していた。


「ありがとうございます。今回の分があれば、当座はしのげるでしょう。国王陛下からも感謝を伝えるようにと仰せつかっております」


「もったいないお言葉です。ただ、この土地は寒冷地。秋播き小麦の量は多くありません。来年の作物が回復するよう祈ります」


 北の土地では多くが冬に積雪する。年間を通した二期作や二毛作は難しく、少量の秋播き小麦がある程度だ。

 騎士は深い礼をした後、帰っていった。


「ミルカーシュはまたひどい有様なのね」


 荷馬車隊を見送りながらクロエが言うと、ロイドが頷いた。


「三年連続ですから。国庫の備蓄は完全に底を尽き、聖都市の援助も滞っています。セレスティアで不作だったため、麦の価格は高騰の一途を辿っています」


「セレスティア国内は、まだ大きな混乱は起きていません。国王陛下が備蓄を放出したのと、今回のクロエ様の援助で餓死者が出るほどではないかと」


 フリオも言った。行商で各地を回って、実際に見てきた光景を伝えてくれている。


「……魔道帝国はどうかしら」


「あちらの状況は、あまり伝わって来ませんが。属州によってまちまちのようです。かの国は広いので、何とも言えません」


 と、ロイド。

 クロエの脳裏に枯死した麦がよぎる。ぞわぞわとした不安を振り払うように、クロエは考えを切り替えた。


「ところで、みんな。今年の魔道帝国行きに際して、色々と考えたことがあるのよ。聞いてちょうだい」


「はい、もちろん」


 主だったメンバーで天幕に戻り、クロエは話し始めた。


「この村で合議制を取り入れたくてね……」


 村長とロイドを中核として、村人たちの声を細やかに取り入れたいこと。村人たち自身に村を運営する気持ちを持って欲しいこと。エレウシスやセレスティアの垣根を超えて、この村の一員として意思決定をして欲しいこと……。

 それらの趣旨を話すと、みな目を丸くしていた。


「村長と僕が中心に、ですか? 村長はもちろん良いと思いますが、僕はまだ労役中の身。補助以上のことはできません」


 ロイドが戸惑いがちに言えば、村長は鼻を鳴らした。


「ロイド。お前さん、何を今更言ってんだ。今年だってお前さんがいなきゃあ、俺だけじゃやってられなかったぜ。もっと自信を持てよ」


「ですが……」


「ロイドの労役が明けるまでは、正式なメンバーにできないのはそうね。でも時間の問題でしょう。この村で一番実務に詳しいのはあなただわ。頼りにしている」


「……はい!」


 クロエに見つめられてロイドは頬を紅潮させた。隣では村長が「現金なもんだぜ」と苦笑し、レオンは肩をすくめていた。







 日を改めて村人たちを広場に集め、合議制導入の周知をする。やはり戸惑いの声が強かった。


「村のことはクロエ様が決めるのが、一番いいと思うのに」


「俺たちで決めろと言われても」


「だいたい、何を決めればいいんです?」


 そんな声が上がっている。


「じゃあテーマを決めましょう。最初はそうね……温泉について。温泉について困っていることとか、やって欲しいことはない?」


「温泉か……」


 村人たちが首をひねっている。やがて一人の女性が手を挙げた。


「あの、クロエ様。話を聞いてもらえるだけでいいんですけど」


「ええ、どうぞ」


「最近の温泉は、湯治客が増えました。あたしら村人が子ども連れでお湯に入りに行くと、ちょっと迷惑かけちゃう時があって。ほら、子どもはどうしても騒ぐじゃないですか。湯治客はお金持ちでお上品な人が多いから、心配で」


「なるほどね」


 クロエは腕を組む。今年の温泉はますます好評で客が増えた。今のままでは手狭になっていたのだ。


「子どもが安心して入れるお湯があるといいわね」


「はい」


「みんな、どう思う?」


「え?」


 てっきりクロエが要不要の判断を下すと思っていた村人たちは、また戸惑った。


「まあ、いいんじゃないか?」


「じゃあ村人専用の風呂を作るかね。今は冬だ、畑が休みな分だけ人手はある」


「ちょっと待って。ここのところはお客さんが増えたせいで、子連れ客も来るようになったでしょ。村人、お客と分けるのはどうかと思う」


「そういやそうだな。お客の子どもも騒ぎながら風呂に入っている。問題だ」


「でも楽しそうで微笑ましいのよね」


「じゃあいっそ、子どもが騒いでも良い風呂を作るか? 客や村人は関係なくして」


 だんだん話がまとまってきた。


「うちの子、何回叱っても湯船で泳ぐのよ。楽しそうに」


「じゃあ、大人がちゃんと見ていれば泳いでもいいってことにしようぜ」


「大人も泳いでいい?」


「馬鹿、みっともない真似するな」


「大人でも泳ぎたいんだよ! 泳いでもいい風呂にすればいいだろ!」


 ちょっと変な方向に話が行きつつも、村人たちは議論を深めている。

 結果、子連れで騒いでもOKな大きな風呂を作ることになった。


「話してみれば、案外話題、いや議題? はあるもんだなぁ」


 村長が感心している。


「日常のちょっとしたことでいいのよ。気がついたことは話し合って、村の人手を使う話であれば、こうやってみなで決める」


 クロエが言うと、村人たちは頷いた。


「合議制とか、難しい言葉なので身構えてしまいました。要は大きな不満になる前に、ちょいちょい話しておけってことですね」


「お風呂の話は悩んでいたの。言ってよかったわ」


「何かあったら村長かロイド、移民のリーダーにまず相談してちょうだい。彼らの判断でさらに話し合いをしてもらうから」


「はい、クロエ様!」


 こうして合議制の第一歩が踏み出された。

 なお、完成した『子連れで楽しく泳げる風呂』は大人にも好評で、温泉地の新たな名物になったと付け加えておこう。


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