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【受賞・書籍化】無能だと追放された王女、謎スキル【草生える】で緑の王国を作ります  作者: 灰猫さんきち
第6章

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90:帰還


 皇帝との短い面談時間を思い出す。ヘルフリートとの縁談を勧めてきたが、孫の私情はほとんど考慮に入れていなかった。あくまで国益になるかどうかを判断基準にしている。

 また、ヘルフリートが魔晶核の危険性を訴えた際は、重く扱わないまでも話は聞いてくれた。ヘルフリートに事故調査の権限を与えるなど、バランス感覚に優れた思考が垣間見える。


「姉さまはすごいなぁ……。北の土地を立派に治めるだけではなく、大国の皇帝と知己になるなんて」


「私がすごいわけじゃないでしょ。今回はヘルフリートが連れて行ってくれたの。人の縁ね」


 サルトの頭を撫でようとして、思ったよりも高い位置にあるのに驚く。弟はまた背が伸びた。もう小さな子どもではなく、少年から大人へと成長を始める時期だった。


「王都の様子はどう?」


「落ち着いています。兄上は最近は領地によく行くようになって、あまり王都にいません。父上もいつも通りです」


「そう」


 クロエはそれから数日を王都で過ごして、人脈の再確認を行った。王太子派の凋落は激しく、多くの貴族たちが彼から距離を取ったという。それとなく探りを入れると、国王はクロエの王位継承権復帰をかなり悩んでいるようだ。


(追放しておきながら今度は復帰。勝手なものだわ)


 クロエはかつて野心家で、優秀な自分こそが国王にふさわしいと考えていた。ところが荒れ地の村での経験を経て、人一人の無力さを知った。村人たちと手を携えて復興の道のりを歩んだことで、野心そのものは減っている。

 今のセレスティア王国に小さな問題はあれど、国政レベルの破綻はない。凡人の兄王太子であっても、側近と官僚が支えれば十分に国の運営ができるだろう。


(そのうち、兄上と父上と話し合わなければ)


 今はまだ去年のゴルト商会の件が尾を引いている。来年か再来年か、もう少しほとぼりが冷めたら将来について話し合うべきだとクロエは考えた。

 彼女を不当に攻撃しないと確約が得られるのであれば、兄の王位を支持してもいい。難しいかもしれないが、交渉次第だろうと思う。


 クロエが再び王位を争うとなれば、どうしても国が荒れる。最悪の場合は内乱になってセレスティア人同士で血が流れるかもしれない。

 それを避けるためならば、譲歩も仕方ないと彼女は思った。


 そうして王都での滞在を終えて、北の村へと戻る。街道の整備が始まっているおかげで、以前よりは移動が楽だ。それでも到着する頃には、夏も後半に差し掛かっていた。







 村へと帰還したクロエは、村人たちから歓迎を受けた。


「ただいま、みんな。私がいない間、困りごとは起きなかったかしら?」


「まあ、何とかなったよ。姫さんがいないと決められねえことも多いから、先延ばしにしただけかもしれんがな」


 村長が言えばロイドも頷く。


「村長さんや移民のリーダーとよく相談して、事に当たりました。ただ、やはりクロエ様の判断を仰ぎたい事柄も多くて」


 口頭の報告や書類を見る限り、大きな問題は起きていない。入植者の受け入れは少数、交易の許可は暫定となっている。他領地や他国からの交易や街道整備の話は全て保留。

 村の中でのトラブルは、村長とロイド、移民のリーダーが中心となって解決していた。それもそんなに大きな事柄ではない。


「みんな、世話をかけたわね。しばらくは長期の留守はないから、安心して」


「頼むぜ。やっぱ姫さんがいないとみんなが不安がってよ」


「上手に回していたじゃない」


「必ずお帰りになると信じていたからですよ。お帰りになった時、村人みんなで出迎えたくて頑張ったんです」


 村長とロイドの言葉にクロエは微笑んだ。頼られるのは嬉しい。でも、それだけでは駄目だと学んだ。

 農村は秋に向けて忙しくなる。秋の収穫が一段落したら、合議制導入の話をしよう。クロエはそう考えた。







 村は今年も豊作だった。

 収穫祭が開かれて、村人たちは出自の別なく仲良く歌い騒いでいる。

 去年やって来た移民はともかく、今年になって来た入植者もいる。エレウシス人たちは少し遠慮して、精霊の名は出さなかった。

 その代わりというわけではないが、クロエはこう言った。


「大地の恵みに感謝を。私はこの土地に来てから、自然の恵みと厳しさを実感したわ。人間だけではとても生きていけない、隣り合う自然に感謝と敬意を以て接するべきだと」


「その通り! 土の豊かさも、雨と水の流れも、お日様の照り具合も。俺たちは作れないのだから」


 村人から声が上がった。移民のセレスティア人だ。


「農民ならみんな知ってますさね。都会の奴らは軽く見すぎなんですよ」


「救世教は、努力すれば全てを為せると言うけれど。お天道様相手にそれは無理ですよね」


 今年の入植者も頷いている。

 エレウシス人たちはそっと視線を交わして笑みを浮かべた。精霊の名を出さなくても、みんなの心は一つだ。

 その後に始まった宴は、去年と同じく様々な故郷の歌に彩られた。今年の入植者は出身地がばらばらで、それだけバリエーションが増えている。


「地方によって歌も違うなあ!」


「そのうち、この村の歌もできるんじゃないか」


「それいいね。誰か作らない?」


「俺ァ音痴でよ。歌作りどころか、歌うのも下手だよ!」


 そんなことを言い合って笑っている。

 宴に並べられた料理はイルマの力作。豊富な食材が揃っていて、どれを食べても美味しかった。大いに飲み食いした村人たちは、幸せそうな表情である。


 吉報はもう一つあった。エレウシス人の女性と移民の男性の結婚が決まったのだ。

 二人は村全体から祝福されて、少し照れながら幸福そうにしていた。


 豊かな秋の夜は、そのようにして更けていった。








 クロエの村は豊作だったが、一方でその他の地域では不作が続いていた。

 二年連続の飢饉だったミルカーシュは、またもや餓死者を出す凶作。

 やや不作が続いていたセレスティア全域は、はっきりと不作。


 昨年のミルカーシュ援助と不作続きのため、セレスティアの食料備蓄庫は既に在庫が少なくなっている。

 クロエの村は畑を拡張し、規模がそれなりに大きくなっていた。穀倉地帯というほどではないものの、倉庫にあふれるほどの麦がある。余裕があるため手紙で国庫への補充を打診すると、すぐに早馬の返事が来た。


「早急に麦を送るように、ですって。切羽詰まっているわね」


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